第三ピリオド-5 勃発
数日後。
オールコートの4対4を行う部員たちを眺めていた修は内心フラストレーションが溜まっていた。
その原因は灯湖だ。
例のパスの話をしてから一向に改善しようとする素振りを見せない。
先程もまったく同じシチュエーションで、フリーの味方には見向きもせずにシュートを試みて失敗していた。
元々灯湖と晶の練習に対する態度にイラつきを募らせていた修だったが、時が経てば変化があるかもしれないという期待を込めて触れずにいた。
しかしこの件に関しては事前に指摘しているし、灯湖も同意したことである。
それなのにこうまで蔑ろにされると、もはやわざとやっているのではないかと勘繰ってしまう。
「永瀬君」
「あ、はい、なんですか?」
険しい顔で思案していた修に、川畑が話しかけてきた。
「実は職員室に戻らなければいけなくなってしまったんだ。最後まで居れずにすまないが、後のことは任せても構わないかな?」
「わかりました。皆にも伝えておきます」
修は申し訳なさそうな表情で体育館を後にする川畑を見送ってから、再び灯湖を見た。
凪や下級生たちが懸命に練習に取り組んでいるのに、それを意に介さず淡々としている。
最上級生でありキャプテンでもある灯湖が、このような態度で練習に臨んでいることは修にとって受け入れがたく、込み上げてくる怒りはそろそろ限界値に達しようとしていた。
とは言えここで灯湖に怒りをぶつけても仕方がないどころか、状況が悪化する可能性は大だ。
(もう一度渕上先輩と話してみて、それでも改善する気配がなければ凪先輩に相談しよう)
そう思った矢先に、コート上では例のシチュエーションが形成されていた。
右サイド0度には汐莉が、そしてそのマークである優理がディフェンスに付いている。
そして3P付近の高い位置で灯湖がボールを持ち、それに対峙するは菜々美。
「もう時間ないっす!」
シュートクロックが10秒を切ったことに気づいた星羅が叫ぶと、それを合図にするかのように灯湖が右手でドライブをしかけた。
菜々美は即座に反応し、抜かれるギリギリのところで付いていく。
そして優理がカバーのためにボールへと寄っていったために、アウトサイドの汐莉がフリーになった。
「灯湖先輩!!」
汐莉がミートの体勢をとり大声で叫ぶ。
しかし案の定灯湖はそのままそちらには見向きもせず、自分でレイアップシュートを放った。
菜々美のディフェンスが効いており、かなり無理な体勢でのシュートだったが、灯湖の手首の使い方が上手かった。
適切な回転のかかったシュートはリングの外に漏れることなくゆっくりと吸い込まれていった。
修はそれを見て深くため息をついた。
「この前俺が言ったこと、覚えてますか?」
練習が終わり帰ろうとする灯湖を呼び止めて、修は努めて冷静に問いかけた。
「……さて、なんだったかな?」
灯湖が視線を床に向けながら言った。
その態度に修は一瞬眉をひそめそうになったが、なんとか我慢して話を続けた。
「……右サイドでフリーの味方にパスしましょうって話です。あの時、同意してくれましたよね。改善しようとしてますか?」
「もちろん。何度かそうしたはずだけど」
「いいえ。あれから見てましたけど、同じシチュエーションでパスを出したところは一度も見てません」
「見落としていたんじゃないか?」
「それはあり得ません」
「………………」
このまま押し問答が続くものかと思ったが、修がきっぱりと言い放つと、とうとう灯湖は口つぐんだ。
その間灯湖は一度も目を合わせようとはしなかった。
「……すまない、フリーの味方がいるのに気付かなかったよ」
そう話す灯湖は少し苛立っているように見えて、修の神経を逆撫でした。
「気付かないわけないじゃないですか。宮井さんはすごく大きな声でアピールしてました」
冷静でいようと意識していたおかげでなんとか声を荒げることはなかったが、修の目は無意識のうちに鋭いものとなっていた。
するとそれに気付いた灯湖が、修に負けないくらいの鋭い目で睨み付けてきた。
灯湖も機嫌が悪いということは明らかである。
すると灯湖はフッと鼻で笑ったあと
「別にシュートを決めているのだから構わないだろう? それも100%ではないが、他の者に撃たせるよりは確率がいいんだから」
と嘲るように言った。
その瞬間修は自分の全身がカァッと熱くなるのを感じた。
「ふざけないでください!」
気付いた時には叫んでいた。
今の言葉はさすがに看過できなかった。
「皆勝つために本気でやってるんです! キャプテンがそんな自分勝手な考えで良いと思ってるんですか!?」
確かに試合なら最終的に点を決められればそれが正義だ。
しかしこれは練習だ。
決まる決まらないは別として、より楽にシュートを撃てるところに撃たせるべきであるし、そのことがチームの底上げにも繋がる。
そういったことをすべて無視した灯湖の発言は、チームをまとめるキャプテンとして絶対に言ってはならないことだった。
「…………」
何も言葉を発しない灯湖にさらなる憤りを覚えて口を開こうとしたとき。
「永瀬!」
突然修を咎めるような鋭い声が聴こえ、目線をそちらに向けると晶が立っていた。
「先輩に向かってその口のききかたはないだろ。わきまえなよ」
仲の良い灯湖が後輩にたてつかれているのが気に障ったのか、晶も怒りのこもった表情になっていた。
どうやら話を聴いていたらしい。
修は思わず舌打ちをしそうになった。
今回に関しては晶はあまり関係ないが、灯湖と同様練習に対する姿勢に関しては晶に対してもフラストレーションは溜まっている。
「こういうのは先輩も後輩も関係ないですよ」
「それにしたって言い方があるだろ!」
晶の言葉に修は少しだけたじろいでしまった。
正しいことを言っている自信はあったが、確かに今の言い方は怒りのせいで反射的に強い言葉になっていた。
するとその間に灯湖が踵を返して立ち去ろうとしていた。
「待ってください! まだ話は……!」
修は灯湖を追いかけようとしたが、間に晶が立ち塞がる。
「どいてください! 渕上先輩に話があるんです!」
「いやだ。どかない」
晶の表情からは固い意志が見える。
「俺もちょっと口悪かったですけど、さっきの渕上先輩の発言は酷すぎます! 易々と流していい言葉じゃない!」
修がそう言うと晶は先程までの怖い表情から一変、今にも泣きそうな顔になったので、修は驚いて何も言えなくなった。
「灯湖の気持ちも知らないくせに……」
「えっ……?」
しかし晶は呟いたあとすぐに振り返り、灯湖を追うように走って行ってしまった。
「……なんだよそれ」
意味を測りかねる捨て台詞を吐かれ、取り残された修は両こぶしを握りしめて俯いた。
「永瀬くん……」
修は呼び掛けられてはっとし、顔を上げる。
声をかけてきたのは汐莉だった。
他の部員たちも心配そうに修を見ており、隣のコートで練習していたバレー部の一部も、ちらちらとこちらの様子を窺っている。
気付かなかったが、大声を上げたせいでかなり注目を集めていたようだ。
修は気まずさを感じて再び視線を床に戻した。
「はい、ここまでよ。皆帰りましょう」
凪が思い空気を振り払うようにパンパンと手を叩いて言った。
皆顔を見合わせてから、ぞろぞろと出入口の方へ歩き出す。
凪がここにいてくれて良かったと修は思った。
「永瀬、大丈夫?」
「……えぇ、まぁ……」
心配そうに顔を覗きこんできた凪に、修は力なく答えた。
凪はそれを聴いて軽くため息を吐いてから言った。
「ちょっと話しましょうか」