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第一ピリオド-1 墜落

 ボールの弾む音。歓声。高く鳴るホイッスル。


 ここはとある県の市立体育館。

 今ここでは中学バスケットボールの県大会が行われている。

 チームや個人にその思いの差はあれど、中学三年間のすべてをぶつけて闘う場所だ。

 

 二面あるコートはどちらも男子の準決勝が行われていた。

 この試合に勝ったチームが決勝戦へと駒を進めることができるということもあり、どちらのコートも激しい闘いを繰り広げており、ベンチやスタンドも含めて熱気で溢れかえっている。

 

 永瀬修(ながせしゅう)は荒く息を吐きながら考えていた。

 スコアは54-55の一点ビハインド、タイムは残り1分32秒。

 そこから逆算し、勝つためのプランを頭の中でいくつも組み立てては壊し、最善の策を高速で導き出す。

 

 今ボールをコントロールしているのは修のチーム。

 残り時間と攻撃できる回数を考えれば、ここは確実に点を取っておかなければいけない場面だ。

 しかし修はただ点を取ることだけを考えることはしなかった。


(この場面で……相手が一番嫌がることは……)


 修は次の自分のプレーを決めた。

 ゴールに対して左サイドにいた修は、俊敏な動きでゴールに向かって走り出す。

 修をマークしていた相手の選手も即座に反応し、行かせまいと身体を割り込むようにして止めにかかる。


 しかしそれは修のフェイントだった。

 体の勢いを左足を踏ん張って殺し、それまでの進行方向とは逆の、ゴールから45°の位置に走り出す。


「こい!」


 修は味方にパスを要求した。

 ボールを持っていた味方の選手は、鋭いチェストパスで修にボールを送る。

 低い体勢でボールを受けた修は、即座にゴールに向くと同時にシュートフォームを作った。


 修がボールを持った場所は3ポイントラインの外側。

 バスケではシュートが決まれば通常は2点が加算されるが、そのラインよりも後ろからのシュートは3点になる。


 もちろん遠くから撃つということは、必然的に成功率が下がるものだ。

 外せばビハインドのまま相手のボールになってしまう可能性もある。


 だがそれでも、修は3Pを撃つことを選んだ。


 修のフェイントで引き離された相手の選手が慌てて飛び出してきた。しかし修は既にシュートモーションに入っている。


(おせ)ぇよ!)


 美しくも力強いフォームから放たれたボールは、高い弧を描き、スパンッという渇いた音と共にゴールネットに吸い込まれた。


「っしゃあッ!」


 修は利き手である右の拳を腰の前で強く握り大きく吼えた。

 瞬間、周りの観客たちも大いに沸き立つ。


「どんだけ強気だよ!?」

「ここで3P(スリー)はしびれるなぁ!」

「あの子すごいね!」


 修を称賛する声があちこちで上がり、館内はまるでお祭りのような騒ぎだ。

 これで修のチームが二点リードとなった。


 ここで審判のホイッスルが鳴り響いた。

 相手チームがタイムアウトをとるようだ。両軍ベンチに引き下がっていく。

 

 修にとっても今の一本は完璧だった。

 いまだ握りしめた拳が熱く、その熱が嵐のように全身を巡っているような感覚だった。

 すると修の両肩に強く重みがのしかかってくる。


「修~! お前ってヤツは~!」


 チームメイトの一人が満面の笑みで修の肩に腕を回してきた。

 彼を筆頭に10数名のチームメイトが全員集まってきて修をもみくちゃにする。


 興奮しているのは観客だけではない。むしろ当然だが、修の次にこの興奮と喜びを感じているのはチームのメンバーたちだった。


「あそこで3P(スリー)撃つか!? 普通は確実に2点……って思うところじゃねーの!?」


 責めているような言葉だが、そこに込められているのは修の技術と度胸に対する称賛だ。

 修は仲間のテンションにさらに嬉しくなりはにかんだ。


「いやぁ、あそこで3P(スリー)決められたら向こうはたまんないだろうな~って思って……」


 1点が勝敗を左右するこの競り合った展開で3Pを決めれば、相手へのダメージも大きく、さらにこちらには勢いがつく。

 そこまで計算した上で、修はリスクを被ってでもハイリターンを狙ったのだ。


 照れる修にチームメイトが悪魔かよ!とツッコみ、一同はさらに盛り上がる。

 計算通り、チームのムード的にも点差的にも、完全に勢いはこちらにあった。


「お前らその辺にしてさっさと座れ!」


 監督の声で一同は我に返った。

 勢いづくのは良いが、浮かれていては足をすくわれてしまう。

 にやけた顔をキリッと引き締め直し、はいっ!と返事をして急いでベンチに戻る。


「よくやったな。さすがだなキャプテン」


 座る直前の修の頭をぽん、とたたいて監督は声をかけた。

 柔らかな笑顔で、修に脱帽しているようだった。


「ありがとうございます!」


 いつもは厳しい監督のあたたかい言葉に、修は一層嬉しくなって顔をほころばせた。


 試合に出ていた5人はベンチに腰掛け、汗を拭いたりスポーツドリンクを飲んだりしながら少しでも体力の回復に努めた。

 残りの1分20秒を全力で走りきるために。


 試合に出ていないチームメイトも保冷剤を首にあてがったり、団扇で必死にあおいだりしてサポートをする。

 『勝ちたい』という思いは全員同じだ。


「いいか、次のディフェンスが大事だぞ。6番と、特に11番には絶対に3P(スリー)を撃たすな。他の選手はミドルは多少離してもいいからレイアップやゴール下で撃たせないようにしろ。焦ってファウルするんじゃないぞ」

「「「はい!」」」


 監督の言うとおり、ここで最も避けたいのは3Pでまた逆転されることだ。


 通常のシュートであれば入ってもまだ同点の状態で攻撃ができる。

 しかし逆転されればその次のオフェンスで必ずシュートを決めなければならない。

 そうしなければ一点ビハインドのまま、また相手のボールになり敗北の可能性が大いに高まるからだ。


 相手の背番号6番の選手はいわゆるエースプレイヤーであり、オールラウンドな動きができて3Pも撃てる。

 もっとも、この試合は修がマークしているので普段の60%ほどの仕事しかできていないが。


 そして11番はシューターで、今日既に5本の3Pを決めている。つまり一番警戒すべき選手ということだ。


(他の選手のロングシュートの成功率は高くない……)


 修は改めて自分の頭で分析する。


(いける……!)


 審判のホイッスルが鳴った。タイムアウト終了、試合再開の合図だ。

 コートに戻ろうと修たちが立ち上がったその瞬間。


「絶対勝つぞ!!」

「「「オオッ!!」」」


 凄まじい声量だった。相手のチームが円陣を組んだのだ。

 円陣をほどいた彼らはこちらを睨み付けるように見てきた。

 その目は闘志で燃えたぎっているようだ。

  『勝ちたい』のは修たちだけではない。


「……そうこなくっちゃな!」


 少し驚きはしたものの、修たちも怯んではいない。

 そして修はむしろこの状況を心底楽しんでいた。


(やっぱ本気の闘いってのはアツいぜ……!)


 修はプレーするメンバー4人に体を向けた。


「なぁ、俺達もやろうぜ」


 修の提案に4人も賛同し、修の元に集まって円を作る。

 そして右手を突き出し、拳を合わせた。


「ワンツースリー!」

「「「おおッ!!」」」


 修の掛け声に続き4人のみならず、ベンチのメンバーも雄叫びをあげる。

 こういう場面で最大限の一体感を出せるチームは強い。

 そして両チームともその条件を満たしている。


 相手のスローインからスタートだ。

 軽快にパスを回すが11番にはディフェンスが貼り付いているためボールが渡らない。

 相手もやはり11番の3Pで追い付くことを優先的に考えていたようだ。


 しかしそれは読まれている。

 そうなれば次の作戦に出るしかない。6番にボールが渡る。


(やっぱそうだよなぁ……!)


 エース対決。

 どちらのチームも自分達のエースを信頼し、託す。

 二人以外は空気を読むように、そして邪魔にならないように攻めるスペースを、守るスペースをやや開けるようにポジションをとる。


 修は全身の神経を研ぎ澄ませて低い姿勢で6番の前に構える。

 6番がボールを持った位置は3Pラインの外側一歩程の所だ。

 しかし距離的にも修のディフェンスの間合い的にも3Pを撃つことは難しい。


 そうなれば選択肢は一つだ。一対一をしかけてくるに違いない。


 この6番も県内でかなり上手い部類の選手だ。

 身体能力は高く、テクニックも持ち合わせている。

 だがこの試合は相手が悪かった。修が同世代の選手の中でもずば抜けた能力を持っていたからだ。


 この試合では修のマークが厳しく、思うようにプレーさせてもらえていない。

 表情を見るからに、かなりフラストレーションが溜まっているようだ。


 しかし彼はエースだ。

 仲間の期待と信頼を背負い、一人で無理やりゴールを奪わなければならない場面もある。

 それが今だった。


(来る……!)


 この試合の命運を分ける一対一が始まった。

 6番は体の前でボールを左に振ったあと、右にドリブルを開始する。

 修はフェイントには引っ掛からず問題なくついていった。


 一歩目から加速した6番はトップスピードでそのままゴールに向かう。

 と見せかけて突然その動きを止めた。

 シューズとフロアの間から高い摩擦音が鳴り響く。


(そこからレッグスルーで左だろ!)


 6番はボールを右手から自分の股の下をドリブルで通して左手に持ち替えた。修の読み通りだ。


 この試合中ずっとマークしていてわかっていたが、6番は緩急を使うことを得意としているプレイヤーだった。

 そして試合の中盤に、修はこのプレーで完璧に抜かれてしまっていた。


 だから絶対に勝たなければいけないこの一対一で、彼がこのプレーを選択するだろうと考えていた。


(もらった!)


 修は勝利を確信し、ボールを奪うために手を伸ばした。しかしその瞬間、ボールが修の眼前から消えた。


(何!?)


 消えたのではない。股下を通したボールを左手で受けたあと、そのままの勢いで反時計回りに回転――ロールターンしたのだ。

 あまりにも鋭いロールターンに、修でさえも一瞬ボールが消えたと錯覚してしまった。


 今度勝利を確信したのは6番の方だ。

 ディフェンスは誰もカバーできるポジションにいなかったため、彼を止める者はもういない。


 6番は笑みを浮かべながら、右手でレイアップシュートに持っていく。

 右手を大きく掲げてゴールに向かってボールを離した。

 しかしその瞬間。


 バシィッ!


 大きな音と同時にボールが弾き飛ばされた。


「何っ!?」


 完全に抜き去った。そう思っていた6番の想像を上回る速度で修は追い付き、さらに凄まじい跳躍で完全にシュートをブロックしたのだ。


 修たちが攻めるゴールに向かって左のサイドライン側に弾かれたボールは、今のハイレベルな攻防を目にし面食らっていた、修のチームメイトの手に収まった。


「出せ!」


 修は着地と同時に走り出し、パスを要求する。それに反応したチームメイトは即座にパスを出した。

 ボールを受け取った修はゴールに向かってドリブルを開始する。

 疾風のようなスピードでディフェンスを抜き去り、自分とゴールの間に敵はいない。


 修は一切スピードを緩めずに、左手でレイアップシュートの形を作り跳び上がる。


(俺たちの勝ちだ!)


 そう確信した瞬間、修の視界からゴールが消えた。


(!?)


 あまりに突然のことで修は状況を理解できなかったが、プレイヤーとしての本能でゴールがあったはずの場所へ懸命に左手を伸ばす。


 しかし今度は左半身への強い衝撃と上から高重量のもので押し潰される感覚が同時に襲いかかり、左膝からブチッという音が全身に鳴り響いた。

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