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嫌われ者の純情な感情

 翌朝、太燿は今まで通りの時刻に目覚まし時計のアラームが鳴り響いて目を覚ます。叩くように目覚まし時計を止めると既に起きていたのか、焔が勉強机に腰掛けていた。赤い着物を着崩していて目のやり場に困った太燿は慌ててそっぽを向く。

「おはよう。今の世の人の子らの朝はけたたましいな」

「おはよう。いつ起きたんだ?」

「天司はそもそも眠ることなど必要ないのだ」

「へぇ、そういうものなんだな」

 事も無げに会話をしたあと、制服に着替え身支度を終えると朝食をリビングで手早く済ませる。そしてこれまで通り学校へ登校する。ここまでは昨日までと変わらない。違うのは傍に焔がいることだ。焔は歩くことなくふわふわ、と太燿の隣で宙に浮かんでいる。

「なるほど。昨夜おぬしがこの道を通っていたのは学舎からの帰りだったわけか」

「学舎?あぁ、学校のことか。学校はそんなに遅くまでいないさ。学校が終わった後、塾に行ってたから帰りが遅くなったんだ」

「塾?近頃の人の子は学んでばっかりなのだな」

「……そうだな。勉強してばっかで嫌になっちまう」

 太燿は勉強が嫌いなわけではない。授業はふざけず普通に受けていて勉強の必要性も分かっている。だから学校へ行って同級生と共に勉強することの繰り返しでも我慢できた。

 G県立第三高等学校。文武両道を掲げるありきたりな地方の自称進学校。それが太燿の通う高校だ。太燿と焔はホームルームの20分前に着いた。教室に入ると既に登校して雑談に興じていた生徒が視線を向けるが、それだけだ。

「おぬし、嫌われとるのか?」

「まあ、見ての通りだ」

 太燿はイジメを受けているほどではないがクラスで孤立している。それは太燿が厄介事にやたらと首を突っ込む上に正義感がやたらとあるのが災いして煙たがられているのだ。太燿はそれを気にはしている。だがどうしようもないこととして受け入れていた。

 ホームルームの始まる10分前になってがらり、と教室の戸が開く。生徒会の仕事で教室にいなかった流が教室に入ってきた。クラスメイトのおはよう、という声に声に答えて席に着こうとしたところで太燿と目が合い、その表情が一瞬だけ強ばった。「おはよう」と一言を絞り出すと席に着く。それを見逃さなかった焔は太燿の耳元で囁いた。

「あの娘、我のことが見えておるようだ」

「あの娘って水元が?天司って人間には見えないんじゃなかったのか」

「普通の人の子には、な。それにあやつからはいけすかん臭いがする。用心することだ」

 いけすかん臭い、という言葉に疑問を感じた太燿だったが担任が教室に入ってきたことでその思考は頭の隅に追いやられた。そしてホームルームが始まる。





 4限目が終わり昼休みになった。生徒は思い思いに机を突き合わせたり他の教室にいる友達の所へ移動したりしている。

 太燿はというと校庭のベンチに一人腰掛けて弁当を開けていた。

「なぁ。おぬしは学び舎の中では食わんのか?」

「雨とか雪が降れば中で食べるさ」

「そうでなくてな、学友と共には食わんのかと聞いておるのだ」

「……大勢の人に嫌われるとさ、監視と陰口がされるようになるんだよ。最初は別のクラスの友達と食べてたんだけどそいつもとやかく言われるようになってさ。それで居づらくなったんだ」

「くだらん。だが難儀だな、人の子の営みは」

「あぁ、本当にくだらねぇ。全くもってくだらねぇよ」

 箸でおかずのミートボールをつまみ口元へ運ぶ。そして太燿の歯は虚空を噛んだ。

「あれ?」

 不思議に思った太燿が横を見やるとそこには口をもぞもぞとしている焔がいた。太燿の視線に気づいた焔は微笑みを浮かべると手でVサインを作る。

「おぬしの母君は料理上手のようだな。なかなか美味かったぞ。褒めて使わす」

「冷凍食品のおかずに料理上手もねぇから。ってか勝手に俺の昼飯を横取りすんな!」

 結局、太燿と焔の弁当を巡る争奪戦は昼休みが終わるまで続いた。太燿にとって昼休みに誰かと言葉を交わしたのは実に半年ぶりであった。





 水元流は太燿と焔の様子を生徒会室の窓越しに眺めていた。その手にはスマホが握られている。ただ弄っているわけではない。画面をタップするとスマホを耳に当てた。

「流です。お昼時に申し訳ありません」

「へぇ、流が連絡を寄越すなんて珍しいじゃない。どうしたのかしら」

 応えた声は幼い少女の声だった。しかしその声からは尊大な態度と威厳があり、流は家臣のようにかしこまっている。

「火の天司である焔様が司従を作り出したようです」

「天司が司従を作るのは普通のことじゃない。まぁ奴が作るのは確かに珍しいことではあるわね。だいたい100年ぶりくらいかしら。で、それだけ?」

「いえ、少々見逃せない点がありまして」

「見逃せない点?」

「はい。その司従……私のクラスメイトなのですが、彼から小さな穢れがまるで生まれては消えているかの如く点滅しているのです」

「彼、ということは男なのね」

「え?あっ、はい。そうです……ってそんなことはどうでもいいことじゃないですか!」

 声の主はふ~ん、とイタズラ好きの少女がイタズラをするタイミングを図っているかのように様子をうかがっている。

「ま、いいわ。にしても穢れが点滅、ね。なるほど。確かにそれは見逃せないわ」

「ですのでご意見を伺いたくお電話したのです」

「わかったわ。なら天司として貴女にその司従の監視を命じます」

「承知いたしました。妖魔の退治と平行でよろしいですね?」

「いえ、監視だけでいいわ。貴女の分も私が自ら動いてあげる。光栄に思いなさい」

「ありがとうございます」

「その代わり司従とあいつの関係性を探りなさい。可能な限り詳しく」

「詳しく、ですか?」

「えぇ。そのために奴に気づかれないよう穏形の術を付与するから学校が終わったら一度戻ってくること。いいわね?」

 流が返事をする前に電話が切れた。流は耳からスマホを話す。視線は通話中もずっと太燿に向けられたままだった。

「陽野君、貴方にいったい何があったの……」




 授業が全て終わった放課後。部活へ向かう生徒もいれば帰宅する生徒や残って勉強する生徒がいる。部活に所属していない太燿は帰路についていた。

「なんじゃ、おぬしは学び舎に残らんのか?」

「俺は部活に入ってないからな」

「またあれか?前は入ってたけどとか言うのか?」

「……ご名答」

「おぬし、本当に嫌われとるのぉ。よう通っておるわ」

「褒めてもなんもでねぇぞ」

「ぬかしおる。まあよい。学び舎に残らぬと言うなら好都合。昨日の続きを話すとしよう」

「昨日の続き……妖魔をどうやって倒すかって話だったか。んで、結局どうやるんだ?」

「おぬしが我の司従となった際に我が権能の一部を行使できるようになったのだ」

「権能、ねぇ。おま……焔は火の天司だっけ?ということは俺も火をだしたりできるようになってるのか」

「制限がかけられておるがな。我の認可無しにはその権能の行使はできん」

「な~るほど。ともあれその権能とやらを使って妖魔を倒すわけか」

 学校の最寄り駅に着いた太燿と焔の二人はベンチに腰を下ろして電車を待つ。無人駅なため人はいない。田舎の静寂に包まれている中、心地よい風が駆け抜けた。焔の美しい紅蓮の長髪がたなびく。

「ところで太燿よ、なぜ我ら天司とその司従は妖魔を討つと思う?」

「なぜって負の気、だっけ?が溜まって俺みたいに人が襲われたりするからだろ?」

「それもある。だが一番の理由は負の気……瘴気を間引くためだ」

「瘴気を間引く?」

 負の気もとい瘴気の集合体が妖魔。そう説明されている太燿。瘴気の集合体である妖魔を倒すことと瘴気を間引くこととは同じ意味ではないのか。そんな考えが浮かんだ。

「うむ。遙か昔、天帝は下界をお作りになった。続いて下界に生きる物をお作りになった。しばらくして下界に瘴気が満ちた時、その瘴気を利用して天界に仇をなした者がおってな。天界を統べる天帝とその配下たる我ら天司はその者達を滅ぼしたわけだ」

「んで、その瘴気を利用する奴がまた現れないように集合体の妖魔を倒して瘴気が満ちるのを防いでるってわけか。ゲームとかマンガにありそうだな」

「話が早いな。そうだ。瘴気を間引ければそれで良い。たとえ人の子が襲われようとな」

「なるほどなぁ。妖魔を倒せればいいだけで、誰が襲われようと関係ないってことか」

 太燿は天を見上げた。雲一つない青空が広がっている。

 現代を生きる太燿にとって衝撃的な話だった。太燿が生きる世界、下界は天界の天帝が作り上げた物だという。そしてその天帝は瘴気を利用して反旗を翻されることを恐れているだけで下界に生きる存在の安否は気にもとめていないようだ。太燿は天界がどういう所か知らない。下界でも十数年しか生きてない身ではまだまだ知らないことがたくさんある。

「面白いな!」

 太燿は声を上げて笑った。嬉しかったのだ。自分の生きて、見ている世界にこんな非日常があったことに。その非日常に身を置けることに。

「面白い!面白いじゃねぇか!昨日はとんでもない目に遭ったと思ってたがこんな嬉しいのは久々、いや、初めてかもしれねぇ!」

「……おぬし、良くも悪くも狂っておるな」

「狂ってるか。上等。狂気の沙汰ほど面白いってな」

 二人は笑い合った。常人からすると太燿のこの感覚は狂っているの一言に尽きるだろう。しかし太燿からしてみればこの狂ってることが普通であって普通の感覚が狂って見えていた。同時にそんな自分が普通じゃないことにも気づいていた。だが今、天司の司従となった太燿にとってプラスに働いている。

 焔は隣で笑っている太燿と同じように天を見上げた。元から狂っていたのか死を破壊した副作用で狂ってしまったのか。それを判別することが焔にはできない。





「流、どうしたの?ボーッとしちゃって」

 放課後の生徒会室。生徒会の会計として書類仕事をしていた流は一学年上で生徒会書記を務める先輩に声をかけられて手に持っていたペンを落とした。からころ、と転がっていく。

「せ、先輩なんですかいきなり!」

「なんでって、流がさっきから上の空だったからさー。何かあったのかな~って」

「なにもありませんよ。私だってボーッとすることくらいあります」

「そう?ならいいけど」

 書記の先輩はそう言うとお茶を汲みに出て行った。生徒会室に一人残された流。落としたペンを拾おうとした。が、足下にはペンの姿がない。見回すとペンはデスクの奥側へ転がっていたようだ。

「痛っ」

 ゴン、と鈍い音が響く。流はデスクの下から這い出る間際に後頭部をデスクの天板にぶつけた。頭をさすりながら椅子に腰を下ろす。

「何やってるんだろ私……」

 監視を言い渡された流。その任は今、鳥を模した式神を通じて実行中。だから上の空となっていたわけである。そして見たのは駅で仲良く空を見上げている太燿と焔の二人。二人は笑い合っていた。

「陽野君はあんなに笑う人だったんだ」

 昨日まで流は学校で太燿が笑っているところを見たことがなかった。

 そして今日、いつの間にか天司の司従になっているだけでなく今まで校舎内で見せたことがないような笑顔を浮かべている。

 その笑顔が元から持っている笑顔なのか司従となったから浮かべるようになったのか、それを判別することが流にはできなかった。

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