駆け寄る非日常
太燿は鬼から逃げるために自転車のペダルを漕ぐ。《どこかへ》は考えずとにかく《どこかに》。
鬼は未だに太燿を狙って巨体に似合わない速さで追いかけてくる。速度を出すために四つん這いとなり獣のように四つ足で駆けていた。
太燿は全力でペダルを漕いでいたにも関わらず徐々に距離を詰められる。
「やばいやばいやばい! 何なんだよアレ!どうなってるんだよ!」
誰かに助けを求めたい。しかし不幸にも太燿の住んでいる町は田舎で、今は周囲に民家がない道を闇雲に走っている。だから叶わない。でもそれは過去の話。突然の非日常の訪れに混乱していた太燿であったが、現代社会ではこの状況を打破できるかもしれない文明の利器があるのを思い出した。
「あ、スマホで!」
ポケットにスマホを入れている事を思い出した太燿。スマホなら電話やメールで誰かに助けを求める事ができる。だが太燿はスマホを取り出そうとしてハンドル操作を誤ってしまった。
「うわっ!」
ズシャー、と派手に転がる。立ち上がろうとするが転んだ衝撃で太燿はうずくまる事しかできなかった。そして聞こえてきたのはカラカラと自転車のタイヤが空転する音と、それを掻き消すように響く地鳴りのような足音。
ようやく太燿が立ち上がった時には既に鬼は太燿の目の前にいた。まるで何かを殴り飛ばすかのように巨腕を大きく振りかぶりながら。
「ったく。何なんだよコレ。何なんだよ!」
ヴォォォォォォォォォォォォォ!!
太燿は叫ぶ。鬼が吠える。突如として現れた非日常とそれが訪れるのを憧れていた自分を呪いながら太燿の体は鈍い音を響かせ宙を舞った。