平凡な日常の落陽
高校二年生。それは多感な思春期の子供たちが自分の将来を意識し始める年頃である。陽野太燿もまた塾帰りの夜道で自分の将来を漠然と考え始めていた。
「就職か進学か……」
カラカラ、と自転車を押す音が空しく続く。太燿の家は貧しくもなければ裕福というわけでもない。高校を卒業してすぐに就職をする必要はあまりなかった。対して進学すれば華やかで楽しいキャンパスライフが待っている、かもしれない。
「だったら進学だよなぁ」
太燿には特に学びたい分野があるわけではない。が、マンガや小説ではだいたいキャンパスライフというものは楽しげで、自分の好きなように日々を楽しんでいた。太燿にはそれがとても眩しく、そして羨ましく思えた。
最寄りの駅から彼の家までに民家は多くない。時刻も21時を回っており出歩く人影は全くない。彼一人が歩いている道をポツポツと建っている街頭が弱々しく照らす。街灯の明かりに誘われた大小様々な虫が群がり、不愉快な羽音で耳障りなハーモニーを奏でていた。
「ったく。この道はホントに暗いなぁ……」
太燿は一丁前に行政に対する不満を吐く。そして気づいた。道の奥からゆっくりと”何か”が向かってくる事に。
「車? いや、だったらライト点けてるだろうし」
足を止めて目を凝らす。歩いている時には分からなかったがズン、ズン、とかすかに地響きも感じた。少しして”何か”が灯りに照らされる。そして、視た。
「何だよアレ。まるで……」
3メートルはあるだろう巨体。岩を砕けるような逞しい腕。それらを支える太い脚。そして頭から生えている一対の短い角と虎柄の下穿き。そう、まるで――
「鬼じゃないか!」
あまりに非現実的な存在に太燿の思考は錯誤する。
「映画の撮影?だったら人だかりができててもおかしくないし。ドラマのロケかな?いやでもカメラマンもマイクも見当たらないし……」
答えの出ない無意味な思考をしている間も鬼は徐々に速度を上げてズンズンと近づいてくる。その眼は太燿を見つめていた。太燿に狙いをいすましているようだ。悠長に考えている場合ではない事は明らか。
太燿は自転車に跨がると急いで鬼の進む方向とは違う方へペダルを漕いだ。これは何かの間違いだ、と念仏のように唱えながら。