思春期チルドレン
時刻は12時20分。
急いで弁当を食べた俺は教室を後にする。
「あれ?どっか行くの?」
春樹がそう尋ねてきた。
俺はいつも昼休憩はあまり教室から出ないから不思議に思われたのだろう。
「中学校に行ってくる」
ま、3階から2階に行くだけなんだけど。
早歩きで階段の踊り場を抜け、下の階へと降りていく。
目指すは中学2年生の教室だ。
「失礼するぞー」
目当ての教室のドアをノックもせずに開け放つ。
瞬間、外の冷たい風が教室内に吹き込む。
「寒っ!誰だよドア開けたの!」
そう言い元気に怒鳴って来たのは、最近不良に憧れちゃってる丘野晴斗だ。
晴斗は俺の顔を見た途端、目をギラギラさせる。
「冬弥さんか!何しに来やがったんだ。用事がないなら帰れよな」
昔はとても真面目で良い子だったのに・・・。
数ヶ月前に放送されていた不良ドラマにはまってオラつきだしてしまった。
けど名前にはちゃんと「さん」を付けてくれる所が憎めない。
「用事はあるよ。まぁ、お前にではないけどな」
そう、俺が会いに来たのはこの教室にいるもう一人の人物。
フワフワした髪をたなびかせながらこちらを見る少女、竹原未雨だ。
俺はドアを閉めて教室の中に入る。
「未雨、ちょっと話があんだけど」
「は、はい!」
未雨が緊張した面持ちで俺に向き直る。
「未雨が冬弥さんとする話はねぇ!」
と、間に晴斗が割り込んでくる。
「いや晴斗、お前には用事ないんだって」
「お引き取り願おう!!」
こいつ・・・。
晴斗はいつもあからさまに俺と未雨を引き離そうとする。
理由は明白だ。
ずばり晴斗は未雨に惚れているのだ。
好きで仕方ないのだ。
メロメロなのだ。
だから他の男である俺を未雨から遠ざけようとする。
片思い男子の恐ろしい性よ・・・。
「晴斗君、話くらい聞いてあげようよ」
「いや、駄目だ。冬弥さんは邪心の塊なんだ。近づいたら何されるか分からないぞ」
酷い風評被害だな。
昼休憩は有限だと言うのにこのままではまったく話が進まない。
「そんなに俺に出て行って欲しいのか?晴斗」
「あぁ出て行って欲しいね!」
「で、未雨と二人っきりになりたいと?」
「っ」
晴斗の顔がみるみる赤くなっていく。
この程度の言葉責めにも耐えられないとは、所詮ただの思春期よ。
だがまだ甘いな。
これで終わると思うなよ。
「で、二人っきりになった後どうすんの?」
「は?何もしねぇし!」
「何もしないんなら俺が居てもいいじゃん」
「いや、それは」
「本当は何かしたいんじゃないの?」
「いや、そんなんねぇし」
「言葉にしなきゃ伝わんないよ?」
「いや、だから」
「さあ言ってみろよ。ほれほれ!キスか!キスがしたいんだろ!」
「キメェんだよ!!」
鳩尾に痛烈な蹴りが入る。
・・・さすがに調子に乗りすぎたか。
だがこれでチェリーボーイ晴斗君のメンタルは瀕死だろう。
晴斗は顔の火照りを落ち着かせるために教室の外に出た。
よし、今のうちだ。
「で、話なんだけどさ」
「はははい!」
未雨までもが顔面を真っ赤にしていた。
何か悪いことをした気分だ。
「なんか、ごめん」
「こっちこそ晴斗君が生意気ですみません」
未雨は深々と頭を下げて赤面した顔を見せないようにする。
これは、話辛い。
どうやらさっきの言葉責めが未雨の方にも相当効いたらしい。
まぁ、未雨も晴斗に完全に惚れちゃってるからな。
二人が両想いなのはこの学校のほとんど全員が知っている。
知らないのは当事者である晴斗と未雨だけだ。
二人だけが、その恋を片想いだと信じている。
「じゃぁ本題に入るけど大丈夫?」
「はい、もう大丈夫です」
そう言うと未雨は顔を上げた。
まぁ、まだ少し火照ってるけどね。
「実はさ」
「おらぁあ!!」
勇ましい叫び声と共に再び晴斗が教室に戻ってくる。
くそっ!外気温の低さが災いしたのか、思っていたより回復が早い。
「しつこいぞ晴斗!」
「うるせぇ!冬弥さんこそ諦めて消えな」
そう言うと晴斗は再び俺に襲いかかってくる。
もう受けて立つしかねぇ!
と身構えたところ、またしても教室に乱入者が現れる。
「なんだか騒々しいな」
「海原先輩!!」
海原先輩ならこの事態をどうにか出来るかもしれない。
「聞いて下さい海原先輩!俺は未雨に用事があるのに晴斗が邪魔して話もできないんですよ!」
「なるほど、丘野君は分かりやすいなぁ」
そう言うと海原先輩は小動物を可愛がるように晴斗を抱いて頭を撫で始める。
「ちょっ、やめ!やめてください!」
晴斗もこの包容力には逆らえないのか、昔の素直で真面目だった頃の彼に戻ってしまう。
と、逆サイドではその光景を未雨が妬ましそうに見ていた。
「晴斗君の馬鹿」
どっちかを抑えればどっちかが荒ぶるな・・・。
けれど今が千載一遇のチャンス。
「未雨!単刀直入に言う!」
「は、はい」
「俺に君の服をくれないか?」
「・・・え?」
未雨が何を言われたのか分からないような顔をする。
「やっぱ邪心の塊じゃねぇか!」
晴斗がなんとかもがいて海原先輩の腕から抜け出し、俺の前に立ちはだかる。
「いや違う。ちゃんと話は最後まで聞け」
「何も違わねぇ!じゃぁお前未雨の服をどうする気だよ!」
「あ?そりゃ着るよ」
「通報だろそんなもん!」
「いや、着るのは俺じゃなくて」
「・・・さすがに私も引くぞ」
「海原先輩!?」
ちくしょう。
晴斗が変な茶々を入れてくるから誤解が膨らんでいく。
「着るのは俺の親戚だよ!今服がなくて困ってるって聞いたからさ!」
「あ、そういうことですね」
未雨が安堵したように溜息をつく。
さすがに傷つくぞ。
「いや、まだ信じられないぜ」
何でやねん。
「大体、冬弥さんに遠い親戚がいるなんて聞いたことがない!」
「いや、それは言ってないだけで」
「未雨の服を本当はどうする気だ!」
「どうもしないって」
「嘘つけ!冬弥さんほど曲がった性癖を持っている男なら未雨の服一枚でも無限の楽しみ方があるはずだ!」
「例えば?」
「え、いや、それは」
晴斗が何を想像したのか知らないがまたしても顔が赤くなってく。
お前の方が性癖歪んでね?
「とにかく、なんかいらない服とかあったら欲しいんだけど、駄目かな?」
「別に駄目じゃないですよ」
未雨の方は俺の言い分に納得してくれたようで、お願いを引き受けてくれた。
助かる。
「サイズはどれくらいでしょう?」
「160前後とかあるかな?」
「ちょうど私のサイズくらいですね・・・。もう少し下なら着れなくなったのが何着かあるんですが」
あーそっか。
普通人に譲るのって着れなくなった服だよな。
今現在進行で着ている服をあげる人はあまり居ないだろう。
「ごめん、やっぱ今の話なしで」
「へっ!ざまーみろ」
晴斗うぜぇ。
と、そこで未雨が別の提案をしてくる。
「よろしければ、私がお作りしましょうか?」
「え?そんなことできんの?」
「はい。小さい時から裁縫は得意なんです」
まじか。
それは願ってもない話だ。
「おい未雨!冬弥さんのためにそこまでする事は・・・」
「趣味の延長だから大丈夫!」
未雨の張り切りように最終的に晴斗も説得を諦める。
「じゃ、お願いするよ。どれくらいかかりそう?三着くらい欲しいんだけど」
「贅沢言うな!未雨が困るだろ!」
「一週間もかかりませんよ」
その言葉に晴斗も驚く。
一週間以内で三着がどれくらい凄いのか俺には分からんが。
「おっけー。じゃぁ週末に取りにいくわ」
「はい」
そう約束し、俺と海原先輩は教室を後にした。
「よく分からないが良かったな、相島君」
「そうですね。なんとか第一関門突破って感じです」
とりあえず週末までは空はあの服を使い回しだなー。
手洗いで外に干せばすぐに乾くかな?
ん?っていうか週末何かあったような。
「あ」
砂浜掃除忘れてた。