賑やかな教室
「じゃあ、俺学校行くから」
「分かった」
玄関で靴紐を結ぶ俺の後ろで空が返事をする。
結局寝て起きたら夢でしたーということはなかった。
これから空をどうしようか考えなければならないのだが、そんな思いとは関係なく学校に行かなければならないのが学生である。
「お前は今日どうするんだ?テレビとかならいくらでも見てて構わないが」
「・・・島を歩いてまわろうと思ってる」
「そっか」
別に空が家から出るのを止める理由はない。
まぁ多少の不安はあるが、もしかしたら何か記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし。
だけどとりあえず、これだけは言っておこう。
「ちゃんと帰って来いよ」
「分かった」
その言葉を聞いてから俺は立ち上がり、玄関の扉を開ける。
「今日も冷え込むな」
外に出るとひんやりとした空気が肌を突き刺した。
つい先日我が有秋高校では衣替えが行われ、俺は学ランを着ることを許された。
それでもまだ寒いのだが、それまでは薄いブレザー一枚しか着てはいけないという拷問にも似た仕打ちを受けていのだ。
あの時と比べたら登下校の辛さはまさに天と地の差、月とスッポン、0と1,南極と北極。
いや、南極と北極はあんま変わらないな。
まぁ俺が言いたいのは学ラン最高ということだ。
小道を歩き鳥居の横を抜け、周円道に至る。
あとはこの坂を登るだけだ。
と、甲高い音と共に海から冷たい風が吹き抜ける。
「ひぇ」
この風こそ登下校における最後の難関。
身の毛も凍りそうな風を背中全体に浴びながら歩き続けなければならない。
だが!見方を変えれば追い風だ。
風の勢いに乗って走れば一瞬で学校に到着できるはず!
「こんな風、利用してやるぜ!」
よーいどんで走りだそうとした瞬間、急に風の向きが反転する。
あの風だ。
いつものようにその風は周円山の方角から吹き込み、生暖かい空気が俺を包み込む。
『・・・海』
案の定声が聞こえた。
誰のものかも分からない声。
その声が聞こえると同時に生暖かい空気は俺を離れ、再び海風が吹き荒れる。
「タイミングに悪意を感じる」
出鼻をくじかれた俺は素直に歩いて学校に行くことにした。
声については、いつものことなので内容については深くは考えない。
しかし、頭の中に昨日の出来事がよぎる。
空と出会った時、あいつは確かに風の声と同じ言葉を呟いていた。
ただの偶然だろうか。
そんな偶然があるのだろうか。
偶然でないとするならば、
そうこう考えている間に学校に到着した。
いつも通り一階で靴を上履きに履き替えていると後ろから誰かに声をかけられる。
「冬弥ぁ!」
と同時に背中にローキックがお見舞いされる。
「いっ!何しやがんだ!」
振り向くと、そこにはイラついた表情の千夏が立っていた。
そして昨日の春樹の助言を思い出す。
あ、完全に忘れてたわ。
「昨日のこと、きちんと説明してもらうわよ!」
「わ、分かった。落ち着けよ」
けど説明しろって言われてもどう説明すればいいんだよ。
まず千夏が何で怒っているのかを考えよう。
①わけも分からず嘘つき呼ばわりされたから。
②話の途中で俺が走り出したから。
③荷物を持たなかったから。
つまりその理由を空の存在を交えずに説明すればいいんだろ?
無理に決まってるじゃないか。
「早く言わないともう一発くらわせるわよ」
そう言うと千夏は拳を握りしめる。
どうやら次は殴られるらしい。
くそっ。どうやったらこの全身凶器女を鎮めることができるんだ。
「おーっす。お二人さん」
と、そこに春樹があくびをしながら登場する。
これは、良いところに来てくれた。
「昨日のことは、全部春樹が悪いんだ」
「「は?」」
二人が同時に同じ反応をする。
「俺は嫌だって言ったんだぞ?でも春樹が罰ゲームとして千夏をからかえって」
「いや、冬弥、何言ってんだよ?」
「春樹、全部あんたのせいだったの?」
「いやいやいや、何の話だよ!俺その場にいたの?」
「それもそうね」
「遠くに隠れて笑ってたぞ」
「へぇ」
千夏のターゲットが完全に春樹に変わった。
よしっ、完璧じゃないか。
「じゃぁ春樹、昨日会った時は内心私のこと笑ってたのね?」
「え、笑う?滅相もない!だから何で俺にそんな怒りのこもった拳向けるの!?」
「歯を食いしばりなさい!」
「冤罪だっゴハッ」
千夏の拳が春樹の鳩尾に入る。
おぉ怖ぇ。だがなんとか上手くごまかせたようだ。
計画通りと笑う俺に千夏が笑顔を向ける。
「でもからかったのは事実だから同罪ね」
「おーぅ」
どうやら悪は滅せられる運命のようだ。
俺は潔くその制裁を受け入れることにした。
「絶対許さねぇからな」
昼休みになってもまだ春樹は俺を恨めしそうな目で見てくる。
現在は昼食時間。と言っても高校二年のこの教室には俺と千夏と春樹の3人しか居ない。
つまり俺達の会話は普通に千夏にも聞こえるわけだ。
「いい加減自分の罪を認めろよ春樹」
「いやいや!」
さらに叫ぼうとする春樹の口を右手で押さえる。
そして千夏に聞こえないように小さな声で会話する。
「今度欲しいもの何か買ってやるから許せ」
「・・・本当だな?」
「あぁ」
春樹は渋渋と了承してあからさまに大きな声を出す。
「罪認めまーす」
大根役者かよ。
まぁ千夏も怪しんでいるようだがあれ以上はもうつっかかってこないらしくて安心した。
これ以上殴られると体が保たん。
「邪魔するぞ」
と、俺達の教室に見知った女性が侵入してきた。
この学校で唯一の年上、海原秋未先輩だ。
海原先輩は弁当の入ったケースを手にしながら千夏の机に向かう。
「今日もここで食べるんですか?海原先輩」
千夏が嬉しそうに机の半分を海原先輩に譲る。
海原先輩も教卓から先生用の椅子を千夏の机の前に置いて座る。
「3年は私一人だからな。退屈なんだよ」
そう言うと海原先輩はケースから弁当を取り出した。
この学校は学年によって教室が分かれている。
そのせいで学校唯一の高校三年生である海原先輩は必然的に教室にひとりぼっちという形になってしまう。
だから昼食などの時間になるとこうして遊びに来るのだ。
俺達も別に気にしていない。
千夏は随分と海原先輩に懐いているし、春樹も海原先輩にメロメロだ。
「やっぱり大人な雰囲気良いよね」
春樹は今も俺の前で海原評論を繰り出している始末だ。
「相島君や木下君もこっちで食べないか?」
海原先輩が笑顔で俺達を誘ってくる。
「え?まじで?食べます食べます!」
春樹がもの凄い勢いで飛びつく。
俺も遅れて弁当を持って立ち上がる。
さすがに一つの机に四人は狭いので俺の机も持って行って合体させることにした。
「聞いて下さいよ海原先輩!昨日冬弥達が私にやった仕打ちを!」
「いやあれは春樹が」
「ちょっ先輩、冤罪なんですよ!」
「お前さっき罪認めたろうが!」
そんな俺達の様子を見て海原先輩が楽しそうに笑う。
「君達といると賑やかだな」
「うるさいだけですよ」
「いや、それでも良いさ」
海原先輩は窓から島の風景を見つめる。
そこにはいつものように閑散とした世界が広がっていた。
「こんな島でも君達が賑やかだと救いがあるってものさ」
海原先輩は、この島を牛耳る地主の一人娘だ。
もしかしたら、そんな海原先輩の目を通してだけ見えるものもあるのかもしれない。
「そんな大層なもんじゃありませんよ」
俺はそう誤魔化したが、確かにこんな小さな島で同年代に騒げる人がいるってのは幸せなことなのかもしれない。
俺は改めて千夏と春樹の顔を見つめる。
いや、別に感謝の気持ちとかは沸いてこないな。