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秋風に誘われて  作者: タラバガニ
有秋島の日常
3/34

1+1

挿絵(By みてみん)

夕日に照らされ赤く染まった坂道を、俺と空はゆっくり歩いていた。

家が近づくにつれて俺の足は重くなる。

何も事態は解決できていない。


まず、俺は今隣を歩いている空をこれからどうすれば良いのだろう。

誰かの家に預ける?

いや、本当に空が俺以外の人には見えないのだとしたらそれは不可能だ。

かと言ってこの寒空の下に放置しておくわけにもいかない。


俺が黙ったまま考え込んでいると、空が口を開けた。


「ねぇ」


そして俺の顔を覗き込みながら静かに語る。


「私の姿は、他の人には見えないの?」

「っ」


思わず立ち止まってしまう。

まさか、それを空の方から言ってくるとは思わなかった。

いや、普通に考えれば立て続けに周りの人に無視され続ければどれだけ鈍感な人間でも気づいてしまうだろう。


けど、俺はこの質問に何て答えたら良いんだ。

現実を認めて慰めればいいのか?奇妙なやつだと避ければいいのか?そんなことないと嘘をつくべきなのか?


「いや、えっと」


上手く言葉が出てこない。

色々な言葉が頭の中をよぎるが、どれも適切でない気がする。


「どうしたの?」


急に立ち止まった俺を心配して、空が首をかしげる。


「お前は、自分の存在が他人に見えないのに、怖くないのか?」


ついに答えを出せなかった俺は、質問に質問で返すという卑怯な手を使ってしまった。

そんな俺とは対称的に、空は迷うことなく即答する。


「別に」

「嘘つくなよ・・・誰からも認識されないってことは永遠に孤独ってことだぞ!」


つい声を荒げてしまう。

一体俺は何にイラ立っているんだ。

きっと全てに対してだろう。

適当な返事をする空にも、何の答えも出せない自分にも、そして空をこんな境遇にしたこの世界にも。


「嘘じゃない」


しかし空は俺の目をまっすぐ見て反抗する。

そのまっすぐ過ぎる眼差しに、逆に俺の方が目線を逸らしてしまう。


「じゃぁ、お前はこのままでも気にしないってのか?」

「気にしない」

「一生かもしれないんだぞ!?」

「それでも良い」


再び目線を戻すが、そこには変わらず俺を真っ直ぐ見つめる青い瞳があった。

何で空はこんなに全てを受け入れることができるんだ。


俺だったら、そんな生活は絶対に耐えられない。


「・・・本当に、1人で生きていけるってのかよ」


きっとまた、肯定するのだろう。

真っ直ぐな言葉で言い放つのだろう。


「いや、それはできない」


え?


「1人だったら誰が私に昆布のおむすびをくれるの?」

「ちょ、急に矛盾してない?」

「してない」


そう言うと空は顔を逸らして前を向いてしまった。


「矛盾してるのは、冬弥の方」


空が急にスタスタと歩き出す。

俺も追いかけるように後をつける。ってか初めて名前呼ばれたな。

いや今はそんな事より


「おい待てよ、俺が矛盾?」

「してる」


言いながらも空は足を止めてくれない。

え、怒ってるの?


「ちょっ、どういうことだよ」

「矛盾は矛盾」


俺の訴えに応じるかのように空が急に足を止める。

下り坂ということもあり勢い余ってぶつかりそうになるがなんとか両足でふんばる。

そんな斜面でも空は優雅に片足でターンして俺に向き直る。


「私は、冬弥がいるから1人じゃない」


言われた意味が一瞬分からなかった。


「誰も私を見てくれないなんてことはない。冬弥は私を見てくれる」

「お、おう」


遅れて気づく。空が言いたいことに。


「他の皆が私のことを見えなくても、知らなくても、私は1人じゃない」


そもそも空は、俺と出会った時から既に独りではなかったんだ。

俺が居る限り、一人などあり得なかった。

だから怖くないと、気にしないと真っ直ぐな目で言うことが出来たのだ。


それだというのに当の俺は無意識の内に自分の存在を空の世界から勝手に排除してしまっていた。

状況が分かってなかったのは俺の方だ。

なんだか、さっきまで勝手に声を荒げていた自分が恥ずかしくなってきたと同時に少しこそばゆい。


「なのに、冬弥は私を孤独孤独っていじめた」

「あ、いやそれは」


なるほど、だから怒ってたのか。


「言葉の綾というやつでして」

「私は一人ぼっちじゃない」

「ご、ごめん」


まぁいずれにせよ、空があまり自分のことで思い詰めてなくて良かった。


しかし話は振り出しに戻る。

空をこれからどうしよう。


「そこに居るのは冬弥じゃねーか」


坂の下からまたしても誰かに話しかけられる。

見るまでもない。声で分かる。

なぜか日曜なのに学生服を身に纏ったツンツンした茶髪野郎、木下春樹きのしたはるきだ。


「春樹・・・」

「なんかさ、さっき千夏が怒ってたんだけど知ってる?」


え、まじか。

そういや話の途中で俺が走り出したんだったな。


「明日謝っとくよ」

「やっぱお前が何かやったのかよ。結構怒ってたから覚悟しといた方が良いと思うぜ」


春樹はそう言いながらズボンのポケットに手を入れ、その場を去ろうとした。

とりあえず、一応春樹にも確認しとくか。


「なぁ、今ここに何人いる?」

「はぁ?どうしたんだよ」

「いや、簡単な算数クイズだよ」

「1+1で2人だけど・・・まぁなんか引っかけ問題なんだろ?」

「正解だ」

「馬鹿にしてんのか!?」


やはり春樹にも俺の前にいる空は見えてないか。

俺からして見ればどう考えてもこの場には3人いる。

だが、他の人から見ると


「俺と春樹の2人きりってことか」

「何か気持ち悪いんだけど」


もし空と話している所を誰かに見られたらただの独り言に見えるってことだよな。

だとしたらさっきまでの会話を見られてないことを願いたい。


「じゃぁ、俺は行くから」

「待てよ春樹!もう一つ質問がある」

「まだ何か?」


さて、どう言えばいいのだろう。

俺にしか見えない少女をかくまうにはどうすればいい?

だめだ変態だ。

もっと例え話を交えながらオブラードに包んで。


「仮に、仮にだぜ?誰にも預けることが不可能なペットを拾ったらどうすればいいと思う?」


我ながら完璧な例えじゃないか?


「ペットって私のこと?」


まぁ空は不服そうだけど。


「拾うなよ」


春樹は役に立たねぇし。


「いや、拾った後の話だよ!」

「そりゃお前、自分の家で育てろよ」


ド正論。

反論する言葉もなかった。


「じゃ、今度こそ帰るわ。じゃーな」

「お、おう。また明日」


別れの挨拶を済ました頃には、もう辺りはかなり暗くなっていた。

辺りが茜色から紫色に染まりだし、周円道の外灯が一気に点灯する。

そろそろ本格的に寒くなる。

決断は迫られていた。


「俺の家、来るか?」

「どっちでも」


いや、さすがに置いては行けないし。


周円道を下り、小道に入り、今度こそ神社の横を抜けると、木造二階建ての我が家が見えてくる。

家に電気はついてない。


「一人暮らしなの?」

「いや、父親は島の外で働いてるけど母親は一緒に住んでるよ。ただ、今は島の外に遊びに行ってる」

「ふーん」


そう、だからこそなのだ。

誰もいない家に知らない少女を連れ込むというこの犯罪くさい行為。

これだけは避けようと自分の家に泊めるという行為を除外してきたのだが、まぁ、背に腹は代えられない。


意を決して玄関の扉を開ける。


「ここが冬弥の家」

「大部古いからたまに床が抜けるぞ。気をつけろ」


ギシギシ音を鳴らしながら玄関から続く廊下を歩く。

廊下には右手に二階に続く階段、左手に居間への扉、奥は台所となっている。


「2階の父さんの部屋使ってくれ。掃除は一応してあるから」

「分かった」


なんだか長い午後だった。

が、まぁ何も解決はしてないがとりあえず一段落ということで。


「夕飯にするか」

「昆布のおむすび?」

「お前そればっかだな・・・」


難しいことは明日から考えよう。


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