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秋風に誘われて  作者: タラバガニ
有秋島の日常
2/34

茜色の中

俺はとりあえず石段に座り、具が昆布のおむすびを差し渡すことにした。


「これが、昆布のおむすび」


隣に座る空と名乗った少女はまるで初めておむすびを目にしたかのように瞳を輝かせる。


「いや、おむすびくらい知ってるだろ」

「んー、名前は知ってる」

「食べたことは?」


俺の質問に空は首を傾げながら考え込む。


「ない、かも」


まじかよ。もしかして家庭が極度のパン派なのかな。

それならば衝動的に米を食いたくなったのもうなずける。

いや、でもそう言えばこの少女は自分の名前すら曖昧に答えていた。

なんらかの原因で重度の記憶障害に陥っているのかもしれない。


「他に何か覚えていないのか?住所とか年齢とか」

「覚えてるのは、自分が空だということ。あと、おむすび」


名前の次に覚えてるのが食べ物ってどうなってんだよ。

結局この空という少女については何も分からなかった。

俺は買ってきた昼飯の中からツナとキャベツの挟まったサンドイッチを取り出す。


「これからどうするかな」


さすがにこの少女をここに置いたまま帰れるほど俺の精神は図太くない。

こういう時は警察だろうか。

こんな小さな島でも交番が一つある。

そこのお巡りさんに任せるのが一番だろう。


「警察、行くか」

「警察?」

「本当に何も覚えてないんだな。まぁ行ってみれば分かる」


俺はサンドイッチを飲み込み、石段から立ち上がる。


「さ、とりあえず行こうぜ」


振り返って空に手を差し伸べる。


「分かった」


空は頷き、おむすびのゴミを俺の手に乗せて立ち上がった。

そういう意味の手じゃないんだけどな。

まぁ仕方が無いのでゴミを受け取りコンビニ袋の中に入れて丸める。


交番は周円道のほとんど端、つまり周円山の麓にあるので必然的に元来た小道を戻ることになる。

小道を抜け、周円道に出ると眩しい日差しが目を眩ませる。


「結構歩くぞ」


空は頷き、俺の横を歩き続けた。

今度は海ではなく山に行かなければならない。

少しではあるが登り斜面になっているので歩くと地味にしんどい。

距離にしておよそ2㎞の道のりなので、まぁ日暮れまでには帰れるだろう。


しかし誤算だったのは肌に突き刺さるこの寒波だ。

コンビニに行ってすぐ帰る予定だったので結構薄着で来てしまっている。

隣を歩く空に至っては長袖のワンピースを来ているだけだ。スカートの裾とか膝までしかないし。


「お前、寒くないの?」

「別に」


そう言う空は本当に身震いなど一切しないで悠々と歩き続ける。

やっぱ人は生まれた時から平等じゃないんだな。

歩き続ける間に体が温まって来た頃、道の脇に俺の通っている学校が見えた。


「お前、ここの生徒ではないよな」

「たぶん」


俺の通っている有秋高校には校舎が1つしかない。

どころか高校となっているのは3階だけで、2階は中学校、1階は小学校という超合併校である。

つまり年が上なほど高みの景色が見渡せる完全な縦社会となっている。


しかし皮肉かな、高みの景色に至るには他より多く階段を上るという労力を費やさなければならない。

社会の厳しさを知る素敵な学び舎だと思います。


「まぁお前がここの生徒だったら違う意味で怖いけどな」

「あれ、冬弥?」


と、そこで急に後ろから誰かに名前を呼ばれた。

振り返ると、そこに立っていたのは赤いパーカーにジーンズを着こなした同級生、川崎千夏かわさきちなつであった。

千夏は短い髪を揺らしながら俺に尋ねる。


「何してんのよ?こんな所で」

「お前の方こそ何してんだ?今日は日曜日だぞ」

「私は夕飯のおかず買いに行った帰りよ」


千夏の腕には自家製のエコバックが携えられていた。

その中には色んな食材が入っているのは分かるが、よく見えない。

ただネギだけはバックから飛び出して存在感をアピールしていた。


「八百屋か。コンビニじゃねぇんだな」

「そんな物ばかり食べたら栄養偏るわよ」

「一度始めたらやみつきになるぜ?」

「なんでそんな怪しく言うのよ・・・」


千夏はバックを地面に置いて一息つく。


「まぁそれに、そんな金の余裕もないしね」


千夏はこの島では珍しい一人暮らしの高校生だ。

なんでも、彼女が8歳の時に親が島の外に稼ぎに出て行ったっきりまるで音沙汰が無いらしい。


「まだ肉屋でバイトしてんの?」

「あそこは辞めた。今はコンビニの方が時給良いから」

「結局お前もコンビニの虜かよ」


家こそあるが、千夏には生きていくためのお金がない。

なので彼女は小さいころから色々な所で点々とバイトをしてお金を稼いでいる。

親がいない生活なんて、俺には計り知れない苦労も負っているのだろう。

しかし特に理由があるわけではないが、俺は千夏のそういった所にはあまり触れないようにしている。


だからいつも、ただ一言だけこう言う。


「いつでも晩飯食いに来ていいからな」

「遠慮する」


そして千夏もいつも通り笑いながら俺の誘いを断る。

と、隣にいた空が俺の服の袖を引っ張る。


「退屈」

「わ、分かった」


ちょっと立ち話しすぎたかな。

今は空のこと優先ということで千夏に別れを告げよう。


「じゃ、そういうことで」

「えー!荷物持ってよ」

「いや先急ぐし」

「どこ行くの?」

「この空って子を交番に、というかお前はこの子知らない?」


空の肩を掴んで千夏に見えやすく提示する。

が、千夏は空になど焦点も合わせずに俺に言い放つ。


「何言ってんの?」


千夏の言葉の意味が分からず、俺は必死に同じことを言う。


「いや、この子だよ!この黒い髪でワンピースの!」


千夏は再び周囲を見渡すようにキョロキョロする。

いや、そこじゃない。いるのは俺の目の前なのに。


「あんたしかいないけど?」


千夏が、まるで病人を見るような目で俺を見てくる。

そんな馬鹿な。俺の手には、しっかりと空の肩の感触がある。


「たちの悪い冗談はやめろよな」

「はぁ?」


千夏は少し苛立ったように腰に手を当てて声を荒げる。


「冗談言ってるのはそっちでしょ?最初から最後までここには私達2人しかいなかったわよ!」


その言葉に、俺は思わず後ずさりをしてしまう。

千夏の怒りようから本当にこれは冗談ではないのだろう。


では何だ?


俺の目の前には、心配そうに見つめてくる空の顔がしっかりと映っている。

これが幻だとでも言うのか。


「あんた、どっかで頭打った?」


もしかして、本当に俺の頭がおかしくなってしまっているのだろうか。

だとすれば、この空という少女は俺の頭の中で作り出した、ただの妄想なのだろうか。

不安そうな顔をする俺に、空は静かに声をかける。


「大丈夫?」


俺は訳も分からず空の手を引いて走り出していた。


「ちょっ、待ちなさいよ」


後ろから聞こえる千夏の声を振り切り、ただひたすら交番へと走った。

俺の手にはしっかりと空の手が握られている。

確かに存在している。

じゃぁ、千夏の反応はどういうことなんだ。

一体何が起きているんだ。


逡巡している内に、交番に辿り着く。

ひさしぶりの中距離走に俺は肩で息をし、しばらく声も出せないでいた。

そんな中、空は。


「平気、そうだな」


肩で息どころか呼吸一つ乱れていない。

さっきもまったく寒がってなかったし、まるで人じゃないみたい


「いや、そんなわけない」


俺は息を整え、意を決して交番の中に入り込む。


「すみません」

「ん?」


中には1人の中年の男が何やら書類を書いていた。


「この子、どこの子か知りませんか?」


俺は空の背中を押してその存在をアピールする。

が、またしても。


「どの子かな?外にいるの?」

「っ」


さっきの千夏と同じ反応。

認めたくはないが、もしかして本当に俺以外には見えないものなのか。


「いえ、やっぱ何でもないです」

「え?おい」


俺は交番を出て、元来た道を戻る。

さっきと同じように隣を歩く空が俺に尋ねる。


「どうしたの?」

「いや、何でもない」


いつの間にか日が短くなっている。

俺の目算よりも早く太陽は西に傾き、空は薄く茜色になっていた。

その光に照らし出された空は、確かにそこにいる。

でも、その姿を誰も認識してくれない。


お前は、一体誰なんだ?


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