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秋風に誘われて  作者: タラバガニ
有秋島の日常
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具は昆布

作品内に登場する島は全てフィクションです。

実在しません。

「うわっ!?」


海岸から吹き込む冷たい海風が、防波堤を越えて俺の体を煽る。


ここ有秋島ありあきとうは中国地方、中でも北の山陰地方のさらに北に位置するが故、本州よりも早く寒波が到来する。

県としては鳥取県なのだが、本州から遠く離れたこの島の住人にはそんな実感はまったくない。


「寒くなってきたな」


まだ10月だというのになんと今日の最高気温はたったの5度だという。

世間が地球温暖化だ何だと騒いでいるというのにこの島は氷河期を迎えようとしているのかと疑いたくなるくらい今年の寒波は酷い。


こうも寒いと皆さん外に出る気が失せるらしく、家を出てから今まで店の店員を除いては誰にも遭遇していない。

と言ってもいつもが騒がしいとかそういうわけでも無い。


この島はこれで正常なのだ。


島の総人口わずか120人。基本的に全員顔見知りなレベルの地域の狭さ。

加えて20歳以下の若き少年少女は俺を含めてたったの10人ときたものだ。

もはや修復不可能なほどの少子高齢化社会が展開されている。

こんな島では働き口もなく、農家を除いてはほとんどの人が高校を卒業すると同時に島の外に稼ぎに行ってしまう。

ごくまれに故郷に帰って来る人もいるが、島の人口減少は進む一方だ。


よくある過疎化。珍しくもない限界集落。


しかしそんな島にもコンビニはある。

まぁ聞いたこともない名前のコンビニだけど。

俺は先程そのコンビニで買った昼飯の入ったレジ袋を大切そうに抱えて帰路に着く。


『・・・むすび』


そんな声が聞こえると同時に今度は陸から海に向かって風が吹き荒れる。

生暖かい風が俺を包み、しばらく離してくれなかった。


この島では、たまにこういった風が吹く。

風上はいつも決まっている。島の中央に居座る活火山、周円山しゅうえんざんだ。

最初は海から吹き込んだ風が山に跳ね返って来ているのかと思っていたがどうもそうではないらしい。

島のどこに居たって海風の向きなどお構いなしに、いつも突然その風は山の方角から吹き荒れるのだ。

そして今の様に声を乗せてくる。


誰の声かは分からない。

風がノイズとなって男女の区別さえつけることができない。


「結び?」


周円山に住んでいる人の声だろうか。

だとしたら相当叫んでいるフラストレーション溜まりまくりの人に違いない。

おまけに風使いの可能性まである。

そんな人が本当に居るのならばぜひ会ってみたいものだ。


と考えているとまたしても山から風が吹き込み、俺の体を包む。

一日に二度は初めてだ。

結構気持ちの悪い風なので風使いがいるのならば今すぐ止めてくれと進言したい。


『・・・おむすび』


聞こえてきた言葉の意味が分からず、思わずその声に意識を向けてしまう。


『具は、鮭』


言い終わると同時に風は止み、いつもの静寂に戻る。


まったくもって何を伝えたいのか分からん。

おむすび。具は鮭。食べたいのだろうか?

買えよとしか言えないが一応自分が買った商品を確認する。

残念ながらおむすびの具は昆布だ。

風の声はいつも言っている意味が分からんが今日は格段に意味不明だった。

いつものことだ。無視して帰ろう。

・・・一応山に向かって謝っておこう。


「俺のは昆布です」


客観的に見たら不審者だな。

お辞儀を済ませ、俺は長く続く防波堤沿いを歩き続ける。


しばらく歩くと右側に少し大きな道路が見えてくる。この道路は島の中央にある周円山から海岸までを貫く主要道路だ。

防波堤沿いの道からその大きな道に入るように右折する。

大きな道路、まぁ地域では周円道と呼んでいるが、その道からは小さな小道が多く枝分かれしている。

左側3番目の小道が俺の家に続く道である。


小道に入ると一気に薄暗くなり、何かと不気味な雰囲気が増す。

いや、不気味な雰囲気を作り出しているのはこの薄暗さだけでは無い。

道沿いに突如存在感をもって現れる鳥居、そこから続く神社が、ここら一帯の雰囲気を禍々しくしているように感じる。


有秋神社。この島で唯一の神社。


ポケットにある小銭を確認して俺はその鳥居をくぐる。

別に神様を信じているわけでがないが、近所にこんな物があると参拝してないと呪われそうで怖い。

あれ、誰に呪われるんだ?・・・神様か。

じゃぁ神は居るということで。


「ん?」


鳥居をくぐり、長い石段を上がり本殿が見えてくる。

しかしどうやら先客が居たようだ。

島で唯一の神社である有秋神社にはよく高齢の方々が参拝しに来る。

なんで神社がこんな僻地にあるのか知らないが、もっと参拝しやすい周円道とかに移した方が良いと思う。っていうか移してくれ。


だが今回の参拝客はかなり若い女性だった。

顔は見えないが長く艶やかに伸びる黒髪からは瑞々しい若さを感じる。


けれど妙だな。

この島にこんな住人いた記憶はない。しかも若者となるとこの島には10人しか居ないし、その容姿は全て把握している。


となると、新参者か?その線も薄い。

ここ最近この島に来航してきた人物がいるなど聞いたことが無い。

となると可能性は1つ。

誰かがイメチェンしちゃったということだ。ここまで変わるともはやイメチェンというよりデビューだ。知り合いしかいない島でデビューしてどうすんだよ。

まぁ若気の至りとして少しいじるだけで許してやろう。


しかし、俺が話しかけようとした直前に、その少女は呟いた。


「・・・おむすび」


その言葉を聞いて、話かけようとした手が止まる。

さっき聞こえた声と同じ言葉。

いや、偶然に決まっている。世界広しと言えどもおむすびくらい全員知っているし何気ない日常でよく使う言葉だろ、おむすびなんて。


「具は」


続く言葉を、俺は少女の後ろで待っていた。

話しかければ遮れる。けど、なぜかそうしようとは思わなかった。

思考が追いつかないまま、その少女は最後の言葉を発する。


「昆布」

「鮭じゃないのかよ!」


俺の叫びに、その少女は驚き、肩を強ばらせながらも振り向く。


「あなたは誰?」

「こっちのセリフだよ」


顔を見ても、やはり知らない人物だった。

整った顔立ちではあるがその中でも青く輝く瞳が際立つ。


「外国人か?」

「・・・分からない」


分からない?記憶でも失っているのだろうか。


「名前とかは?」

「たぶん、そら。あなたは?」

「俺は相島冬弥あいじまとうや。高校二年生だ」


適当に自己紹介を済ませたが、これからどうしよう。

この空とかいう少女におむすびをあげるべきなんだろうか。


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