怒られて下界へ
人が住む世界とは異なる場所に存在する神々が暮らす天界に、人間から神へと転生を果たした青年がいた。
彼の名はアレク、全能神ゼウスより神の力を授かり、下界の人々を見守る事を命じられ、今日も自身の部屋から下界の監視を始めているのだが・・・
「異常なし、寝よ」
下界を覗き始めて1分もしない内にベッドに潜り込んでいった。
「かぁ~やっぱり一仕事した後のベッドは最高に気持ちいいなぁ」
そんなふざけた事を言いながら眠りにつこうとしたアレクの耳にノックの音が飛び込んだ。
「ちっ、誰だよ俺の安眠を妨げるのは」
「あら、なら永眠させてあげましょうか?」
小さい声で呟いた小言を、しっかり聞いて返事をしてきた女性の声にアレクはベッドから飛び起き、一瞬でドアの前に移動しドアを開ける。そこには、アレクが会った500年前から何一つ変わらぬ美しさを保つ女神、ヘラが立っていた。
「ご無沙汰しております、ヘラ様!このような場所に一体どうなされたのでしょうか!」
ビシッと背筋を伸ばし、訓練された軍隊の様な動きで対面するアレクに、ヘラは深いため息を吐いた。
「私が言いたい事は分かりますか?」
「いえ!皆目見当もつきません!」
「あ?」
「嘘です!理由は分かっています!」
アレクは咄嗟に土下座をし、ヘラの前に平伏した。
「ならば理由をいってみなさい」
「はい!先日噂でヘラ様とゼウス様の酒蔵には天界一の酒があると聞き、いてもたってもいられず酒蔵に忍び込んだ所、どの酒も美味しすぎて15本程飲み干してしまった事ですね!」
「あなたの仕業だったのですか!?私が150年楽しみにしていた酒を飲んだのは!」
ヘラの美しい顔が怒りに染まりアレクは命の危険を感じたが、幸いヘラはアレクの命を奪う事はしなかった。
「私が言いたいのはあなたのだらけきった生活態度です」
ヘラに指摘された意味が理解できないとでも言いたげにアレゲは首を傾げた。
「下界の監視は続けていますし、特に問題ないと思いますが」
「アレク、あなたが天界に来てからどのぐらいたったか覚えてますか?」
「確か、500年ぐらいだったと思います」
「そうです、天界へと至る塔の最上階にあなたが来てからもう500年経ちました、そして神へと転生する時に交わしたゼウスと私との約束を覚えていますか?」
アレクは500年前の約束を必死に思い出し、ヘラに告げた。
「元人間として、下界に問題が起きないように監視をし、何かあった時は人間を助けるようにと言われました」
「そうです、では今の下界の状況は?」
再びのヘラの質問に、アレクは自信を持って答えた。
「平和そのものです!」
「どこがですか!?今の下界の状況をよく見てみなさい!」
大声を上げるヘラに萎縮し、アレクは下界を覗き込む、すると多くの人々は神への試練を超える塔ではなく、地下へと続く謎の入口に装備を整え進んでいた。
「あれはなんですか?」
アレクの問いにヘラが大きく溜息をつくと、今の下界の状況を説明してくれた。
「今の人間達は私達が作り上げた塔ではなく、誰が作ったか分からない広大な地下迷宮の方に多くの者が興味を向けています、そして地下迷宮の最下層には、人間界では作られるはずのない神器があるのです」
「それは凄いですね、確かにそっちの方が興味を持つのも分かります、でもそれがそんなに問題になるのですか?」
「もう被害はでているのです!神器を手に入れた冒険者が王族を殺し国王になるなど、戦乱は世界中に広がっています」
ヘラの慌て様にアレクも少し真面目に話を聞いていたが、アレクの思いもしない言葉をヘラは告げた。
「アレク、あなたには下界に行き、この戦乱を収める義務を授けます」
「え!?」
「私達神々は直接下界へと関わる事はできません、ですが人から神になったあなたならば再び下界へと降りる事も可能なのです」
「だからって、俺がなんでいかないといけないんですか!?」
「それは、神の塔を登りきった人間はあなたしかいないからです」
そういえばそうだったとアレクは思い出し反論の言葉を無くしてしまう。
「それにこれはゼウスからのお願いでもあるのです、アレク、いってくれますね」
ゼウスとヘラに頼まれてはアレクもこれ以上断る理由もなく、渋々了解する。
「じゃあ、俺は地下迷宮を調べてくればいいんですね」
「ええ、お願いします、私達もあなたに任せた責任もあるので、あなたの能力などはそのままの状態で下界へ降ろし、サポートをするので安心してください、ただ無闇に解放しないように」
「了解しました〜」
やる気のない返事と共にアレクの体が光に包まれる。
「500年振りの下界です、少しは楽しんできなさい、あ、それと戻ってくる時はまた塔を登って来てくださいね」
「は?」
最後のヘラの言葉に返事をする前にアレクの体は光の粒子となって消えていった。