第五話 双子の死別
「ここは?」
真斗が目を開けると、そこは、何もない真っ白な空間がだった。自分が立っているか、浮いているのか、寝ているのか、それすらもわからない。そして、何も聞こえない。風の音、鳥の鳴き声、人の声すらも聞こえてこない。においは不自然なほど無臭である。本当に自分はここにいるのだろうか、夢なのだろうか。そのように思ってしまうほどであった。
「まさか、僕は死んだのか?三途の川を渡った覚えはないんだけどな」
「まさか」
どこからか声が聞こえた。
「だれかいるのか?」
「-----」
返事がない。
「誰かいたら、返事をしてくれないか?ここはどこなんだ?」
すると、何もないはずの空間の奥の奥のほうから、声が聞こえてきた。
「お前が先に行けよ」
「お前が今しゃべったんだろ。お前が責任持てよ」
「は?お前だって、前しゃべってただろ」
異なる二人の声が聞こえた。一人の声は、軽い声で早口だが、その声には落ち着きがあった。もう一人の声は、重い声で貫禄があり、いかにも高位の存在であるような口調だった。
「おい。いるなら返事をしてくれよ」
すると、急に目の前に、二つの大きな影が現れた。小さな町一つを軽く呑み込んでしまいそうな大きさっだ。
「すまない。待たせたな」
「待ったかー?」
二つの大きな影がしゃべった。
重い声の主は、龍のように横に細長く、手足は短い。目は狐のように鋭く、鷹のように威厳がある。口からのぞかせる大きな牙は削ったばかりの鉛筆のように尖っていた。尻尾の先は日本刀のように何か神秘的なもの感じる。そして、その大きな体の全身に黒い炎をまとい、見た目はとても恐ろしいものだった。
軽い声の主は、虎のように筋肉質で、体つきがよい。短い尻尾がかわいいいが、足につく爪は、少し触るだけで切れそうなくらい鋭い。この大きな足で蹴られでもしたら、ひとたまりもないだろう。体は白い光を放ち、渦巻く黒い模様が体中に流れていた。
「お前らは何だ?」
真斗は目をパチパチさせて、驚いていた。ほっぺたをつねって、自分が正気か確かめる。
「んー、お前自身だ」
重い声の主が、少し考え込んでから答えた。
「ん?」
真斗は訳が分からないというような顔をして、頭の上には ? が出ていた。
「俺がもっとわかるよに説明してやる」
軽い声の主が、呆れたような顔をして言った。重い声の主は少し、固いところがあるようだ。そして、真斗に説明した。
「俺たちは、俗にいうイレギュラーていうものの源だ。わかるか?」
「え?」
「まあ、だから、あれだ。真斗自身の力の源ってわけだ」
真斗は少しわかったような気がして、頷いた。
「うーん、なるほど。つまり、イレギュラーはお前達みたいに獣の形をしてるものもあるってことだな」
「そんなところだ。お前、意外と物わかりいいんだなー。もっと馬鹿な奴だと思ってたわ」
軽い声の主は、真斗をからかうように言った。
「じゃあ、これからは、お前達と長い付き合いになりそうだな。名前はなんていうんだ?」
「俺らに名前はない。俺らはお前であり、お前は俺らだからな。しいて言うなら、俺たち全員、真斗って名前だな」
重い声の主は、また、固い言葉で説明をした。
「真斗は僕だ。お前らは違う」
真斗はそう言うと、少し考えて、
「お前はなんとなくー、ジンだ。お前はー、そうだなー、キキだ」
真斗は龍に似た重い声の主を、ジン。虎に似た軽い声の主を、キキ。と、名前を付けた。
「いい名だ。ジンか。ありがとう」
「あー、ありがとうな。キキって名、気にったわ」
ジンとキキは真斗にお礼を言った。
「ところで、ここはどこなんだ」
真斗は改めてたずねた。
「あー、そうだな。まあ、簡単言えば、ここは真斗の心の中だ。お前は、今、意識を失ってんだ」
キキは答えた。
「お前は、まだイレギュラーを使えるほど体ができていないし、精神も強くない。しかし、お前は、イレギュラーを使っているんだ。使っているというか、使いこなせずに暴走している。直斗のことを聞いてな」
ジンが言った。
「そうだ、直斗はどうなったんだ。ナオト。ナオトーー!」
真斗は急に冷静さを失い、叫び、泣き始めた。
真斗は母さんが買い物に行った後、静かにバトルを観戦していた。すると、周りが何やら、ざわつき始めたのだ。
「テクニカルのほうで、事故があったらしいぞ」
「なに?ほんとか?」
「会場に向っていた船が一隻襲われたらしい」
真斗は、まさか直斗と父さんが乗って行った船であるはずがないと思い、バトルに集中しようとしていた。
「船は跡形もなく粉々で、辺り一面凍っていたんだとさ」
「氷を使うイレギュラーでもいたのか?また、珍しいイレギュラーだな」
真斗には、その氷のイレギュラーに心当たりがあった。以前、父さんに決闘で勝ち、父さんの必殺技を見せてもらったのだ。その必殺技とは、辺り一面にあるものすべてを凍らせてしまうというもの。氷のイレギュラーとは父さんのものであったのだ。
「まさか、父さんと直斗の船が襲われたのか?父さんは強いし、そんな簡単にやられるはずが」
真斗の顔は青ざめ、頭は混乱し、息が上がっていた。
「なに?お前、今なんて言った?」
後ろのほうで誰かが叫んだ。
「だから、だれも見つからなかったって。全員死んだんじゃないのか?」
その瞬間、真斗は急に悲しみや憎しみ、思い出や日々の日常が頭の中に流れ込んできて、混乱していた。
「ナオトが死んだ?え?」
そして、真斗は意識を失った。心の中にポッカリと空いた穴。誰も失わないと誓ったあの言葉は嘘になってしまった。なんで、なんでなんだ、と自分に問い続けた。
真斗が意識を失ったその瞬間、白い光がコロシアムを包み、観客席は瓦礫の山になった。そして、黒い炎が辺りを埋め尽くす。まるで、真斗の心を映し出すように、そこは地獄のようであった。
「落ち着け、真斗。このままでは、お前も死んでしまう」
「落ち着いて気持ちを整理すれば、きっと大丈夫だ。心を強く持て」
「あーーー!ナオトが。ナオトが」
真斗にはジンとキキの声は聞こえていなかった。泣き叫び、我を失いかけていた。
「このままでは力に飲み込まれて、消えて無くなってしまうぞ。ジン、どうすれば」
キキはあせっていた。真斗が死ねば自分たちも死んでしまうのだ。
「お前まで慌ててどうするんだ、キキ。俺たちはこの子のそばにいてやればいいんだ。真斗は俺たちであり、俺たちは真斗なんだから」
ジンは、深いため息ついて言った。
「マサトーーーー!」
遠くのほうから、かすかに声が聞こえてきた。
「か・あさ・ん?」
真斗は少し正気に戻り、心の底から、絞り出すような声で言った。しかし、すぐに直斗の死の悲しみが押し寄せてきて、何も考えられなくなった。
「あとは真斗の母親に任せるしかないな」
すると急に、真斗は現実の世界に戻った。目を覚ますと、悲しみを優しく包み込む母さんの温もりがあった。そこは、世界で一番安心できる場所。母さんの胸の中だった。