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7、接敵ですから。

 窓の件は、お母さんにそこまで怒られなかった。


 どうやら、学校が失くなってしまった件で情緒不安定になっていると思われているらしい。

 大学に行くのも辛いなら辞めていいのよとも言われた。

 何故、そこで大学の退学話が出てくるのか私にはわからなかったが、人間関係に精神的障害(トラウマ)を抱え込んでいると思われているのだろう。

 本当の理由は全く違うのだけど、都合が良いのであえて訂正することはしなかった。

 私は流れに身を任せるタイプなのだ。

 そして、何となく流れに身を任せていた結果、私は今とても困っていた。


「あっちゃー……」


 私は片手で顔を押さえる。

 押さえた指の隙間から覗く光景を見て、思わず意図しない笑いがこみ上げてくる。


 目の前に広がるのは五階建てのビルよりも背の高い樹、樹、樹……。


 まるで、ジュラ紀にでも迷い込んだかのように全てがビッグサイズな環境の中を座布団よりでかい虫がガサゴソと這い回っているのが見える。呆けたように立ち尽くす足場は湿った朽木が幾層にも重なっており、その表面には鮮やかなライトグリーンをした苔が茂っていた。

 まるで発光しているようだと思いながら、私は苔の絨毯を踏み締めるように一歩を踏み出す。

 ぐちゅと濡れたような音が足元から返ってくる。


 どうみても、更地の校庭の感触ではない。


 最初は夢か幻の類を疑っていたけど、どうやら本物のようである。

 足元の気持ち悪さが、如実に事実を突きつけてくるかのようだ。

 私は浮かび上がる感情を隠そうともせずに、大袈裟に両手で顔を覆ってしまう。


「何で異世界転移に成功しちゃうのよぉぉぉ~~~ッ!?」


 実験のつもりで色々と波動を調整していたら、偶然にも『正解』に行きついてしまったらしい。

 気がついたらこの空間だ。笑い話にもならない……。


 本来は危ない放射線がないかだとか、人間が生きられる環境なのかだとか、転移先がどうなっているのかだとか、その辺の情報を集めてから転移するつもりだったのにとんだ大誤算である。


 まぁ、行く方法が確立できたのは嬉しいのだけど……。


 とりあえず、森の風景だけ見て帰ってきましたでは本当に異世界かどうかはわからないし、単純に地球上の僻地に飛ばされた可能性も捨てきれない。私は何か異世界としての証拠になるものはないかと森の中を進んでいく。


(正直、あの場所が異世界と地球との空間の隔たりが薄い場所だから、あそこを離れたくはないんだけど……)


 それでも、あそこでぼーっと立っているのは選択肢としてないだろう。

 うん、無いよね。うん。

 私は僅かばかり足を進め、何やら樹の林立が薄い場所に足を運ぶ。


「わぁ……」


 思わず声が出た。


 そこは、森の広場ともいうべき空間であった。

 底が見渡せる程に澄んだ湖が中央に位置し、その周囲を緑色や黄色をした発光体が舞い上がるようにして天に上っていく。恐らくは木漏れ日に照らされた胞子が反射して、そんな幻想的な光景に見えるのだろう。

 タネを明かしてしまえば、何のことはない現象なのかもしれないが、それでもその幻想的な光景は、今度一緒にこーちゃんと見に来ようと思わせるだけの素敵さがあった。


 私はその幻想的な雰囲気の広場に一歩を踏み出す。


「お、お邪魔します~……」


 幻想的な雰囲気でありながら厳かな雰囲気を持つその空間は、空気的に神殿だとか、聖域だとか、そういったものを連想させた。


 何だろう? 生き物がいないせいでそんなことを思うのかな?


 普通、森の中の湖といったら、生物の憩いの場だったりするのに、本能的にその場所を避けているかのように生き物の気配がない。

 図書館で騒がしくしてはならないと気を使うような……そんな息苦しさを覚える。

 それでも、侵入することを止めはしない。


 別に注意書きが書かれているわけでもないし良いよね……?


 そんな言い訳を思いつきながら、それでも何だかとってもいけないことをしている気分になる私。

 そして、そんな私が、ひっそりと生体ソナーを発動させて周囲の様子を探っていたのは、まぁ当然といえば当然であった。

 そして、そのソナーにいきなり反応が現れたのも当然……ではないが、有り得ることではあったのかもしれない。

 私はその反応に気づき、慌てて振り返る。


(一体、いつの間に……?)


 そこには、音も立てずに雄々しく立つ一頭の巨大なトナカイが立っていた。

 全長五メートル。どす黒い色をした毛むくじゃらの肉体に鋭利な角を生やし、赤く光る目でこちらを見定めるようにして睨んできている。


 正直、今にも逃げ出したいレベルの怖さである。


 いや、野生の動物にあって怖いというのもあったけど、それ以上にこのトナカイは地球上のどの生物よりも異質であったからだ。


 トナカイの体から、じわりと墨のようなものが立ち昇っている。


 黒煙のような、黒炎のような、それが揺らめく電磁波と磁場の混合体……波動であることに気がついた時、私は背中にびっしょりと冷や汗をかいていた。


(生物があんな禍々しい黒い波動を纏えるなんて有り得るの……?)


 黒い色をしているのは恐らく『混ざっている』からだろう。

 絵の具は白以外の全ての色を混ぜていくと最後には黒色へ変わっていくという。

 そして、『波動』は生物である以上細胞レベルで発するものである。

 それが視認できるレベルで、且つ、黒色というのは相当に全身の細胞が活性化しており、止め処もなく強烈で様々な周波数と磁場……波動を放っているからに他ならないのだろう。

 波動の放出の勢いは、その生物の強さに直結する。

 そして、私は地球上であそこまで異常な波動を身に纏う生物を見たことがなかった。

 地球上の生物があんな波動を出していたら、確実に半年経たない内に老衰で死ぬだろうから纏えるわけがないのだ。


 だが、目の前のトナカイはそうではないらしい。


 有り体に言ってしまえば規格外。


 正直、戦慄を禁じ得ないほどだ。


 私が心の中で畏怖していると、トナカイは草を喰むように視線を下に向け、そして足元を擦るようにして前足で地面を蹴りつけ始めた。

 まるで、ここ掘れワンワンと言わんばかりだと、馬鹿な感想が思い浮かんだ次の瞬間――。


 ――私は真横に思い切り跳躍する。


「いっ……、たぁ……ッ!?」


 脇腹を走る強烈な熱さと痛みに、同時に抜けていく力。

 見やれば、私の脇腹はまるで刃物で斬りつけられたかのようにパクリと切り裂かれていた。


(危なぁ……。生体ソナーで動きを警戒してなきゃ死んでたよ、今の!)


 生体ソナーを点けっぱなしにしていたのが正解だったか。

 一瞬で私とすれ違ったトナカイは、その鋭い角で私の脇腹を切り裂くと、ゆっくりと前足を踏み鳴らしながらその場で方向転換し始める。


 どうやら、連続で突撃できないみたいだけど……。それがわかったからと言って、状況が好転するわけじゃないよね?

 ほら、その証拠にまたこちらに頭を向け始めているし……。


「なんなのよ、もう……ッ!」


 私の声から苛立ちが漏れる。

 理不尽に襲われたことに対する怒りではない。

 動物に空気を読むことを求めるほど、私も愚かではない。

 でも、私はとても怒っていた。

 何故なら――。


「こーちゃんの為の肉体に傷がついたじゃない!」


 折角の羨まけしからんボディ作戦の最中の肉体に傷がつけられたのだ。

 これで、こーちゃんが行為に及ぶ時に引いたりしたらどうしてくれるというのだ!(ド直球)


「もうっ! 波動で……、こんな傷ぐらいッ!」


 波動は生きている生物が放つ電磁波と磁場の複合体だ。

 当然、肉体が傷付けられれば、その部分の細胞が壊死するために波動が出力されなくなって、生物全体の波動は歪む。

 だが、私には電磁波も磁場も操る能力がある。

 歪んだ波動を整形して通常時と変わらぬ状態に固定することで細胞は何事もなかったと誤認し、やがて垂れ流れていた血はピタリと止まる。傷口部分も少し押さえれば、簡単に接着し、切られた跡が何処にあるのかすぐにわからなくなっていた。


 凄いね、波動マジック!


 まぁ、何にせよ、私の傷口は一瞬で塞がった。


 そして、それとほぼ同時に駆けてくるトナカイ。


 私は間一髪のタイミングで地面を転がる。髪の毛に苔が絡まったりして、実に気持ち悪いが背に腹は代えられない。


「あぁもう!」


 だが、その甲斐もあってか、今回はどこも切られずに済んだ。


 とはいえ、先程失った血液が戻ってくるわけではないので、全身の倦怠感は増す一方だ。思わず貧血で倒れ込んでしまいたくなる程疲れているのだが、私はここが踏ん張りどころとばかりに一気に集中力を高めていく。


 トナカイはまたしても方向転換を実施中で、きっと次もまた私に向けて舵を切ってくることだろう。

 だったら私も容赦はしない。

 周囲に人も居ないしね! 被害なんて考えないよ!?


「全方位攻撃! 避けれるものなら避けてみなさいよ!」


 ぶわっと髪が浮き上がるほどの強烈なマイクロウエーブが私を中心にして放たれる。

 目に見えない電磁波はトナカイの波動に影響を与えるかのように大きくその波動を揺らすが、トナカイ自身には影響はないのか、その蹴り足が止まることはなかった。

 トナカイが足元を固めるようにして、蹄で地面を蹴りつけ続ける。


(突撃の合図……!)


 二回も食らったせいか、慣れたものである。

 

 嫌な慣れ方だが……。


 そして、トナカイと視線が合う。

 相手は絶対にこちらを殺してやるという目で睨んできていた。


 背中にぞわぞわと怖気が走る。


 こんなに明確な殺意を向けられたのは初めてかもしれない。

 普通に暮らしていれば、ついぞ体験したことのない感覚。

 だが、私は普通じゃない。

 そんなものは脳内信号が作り出したまやかしだと否定する。

 だから、恐れを見なかったことにして、無理矢理に自分の体から追い出す。


(間に合えぇぇ……!)


 今、トナカイの頭の中では脳脊髄液が電磁波に操られ、急激に沸騰し始めているはず。

 人間の場合、体温が平熱よりも五度高くなっただけでも、まともな活動ができなくなる。

 脳味噌が温められたトナカイがどうなるかなど、推して知るべしだろう。

 だから、私は願うようにしてトナカイにマイクロウエーブを当て続ける。


 そして、次の瞬間、トナカイが突進の為の一歩を踏み出し――。


「――――ッ!」


 疾風が私のすぐ横を走った。


 まるで時速百キロを越すバイクが、私の横ギリギリを通り過ぎていったかのような恐怖感が駆け抜ける。

 ぞくりぞくりと背中を駆け抜けるものを抑えながら、私がゆっくりと背後を振り向くと、そこには地面に角を突き刺して、首をあらぬ方向へ曲げて倒れているトナカイの姿があった。

 どうやら、突進の途中で意識を失くした為、地面に角が刺さって首が折れて死んだ……ように見える。

 詳細はわからないけど、何となくそんな感じがする。


「……勝った?」


 喜びとか達成感はないけど、張っていた気がふと緩む。

 いやぁ、現代社会に生きているとわからないけど、生存競争って本来はこんなにも……。




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「ガアアアアァァァァッァァアァァ――――ッ!?」


 頭が痛い! 頭の中が焼ける! 何かが私の中をかき乱してる! 電磁波が崩れる! 頭が痛い! 焼けるように痛い! 何かが入ってくる! 死ぬ! 死んじゃう! こんなの! 何! 何なの!? 怖い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!




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「アァァァァァァァァッァァァァァァァァ―――――ッ! あ……」


 私は脳内に走る何かの耐え難い激痛によって、そのまま意識を手放していた。

波動=気とか、霊圧のノリです。

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