1、聞き込みですから。
というわけで、私は早速『こーちゃん捜索隊』を立ち上げる。
隊員は私と汐ちゃんだ。
隊長は、こーちゃんのお母さん。
この盤石の布陣で、こーちゃんの捜索を開始しようと思う。
「でも、どうやって探したらいいのかな?」
早くも頓挫しそうな難題に汐ちゃんは曇り顔だ。
私も普通の女の子だったら、きっとそんな顔をしていただろう。
でも、私には天から得た天賦がある。
これを使えば、こーちゃんの居場所をつきとめるのも難しいことではないだろう。
うん、それだけの自信があるから、私は汐ちゃんを連れ立って町中へと出てきたのだ。
わいわい、がやがや――。
正直、血と人混みと四〇四エラーが嫌いな私にとっては、この環境は死ぬほど苦手なのだが、これも汐ちゃんの為だと思って我慢する。
流石に気持ちが沈んでいる時に、家に閉じ籠もってばかりだと気が滅入っちゃうからね。
これは、私が三ヶ月程試験して実証済みだ。
そう! 全てはこの時の為の布石だったのだよ!(大嘘)
「まぁまぁ、焦らずに汐ちゃん。焦ったところで事態は好転しないよ?」
「そうですけど……」
「とりあえず、ここはのんびり町中を見て回ろう? ね?」
「うーん、でも……」
「もしかしたら、ひょっこり、こーちゃんが歩いているかもしれないし」
「そんな簡単にお兄ちゃんが見つかるかなぁ?」
うん、百パーセント見つからないよ。
だって、これは汐ちゃんの気分を晴らす為のお散歩なんだもん。
こーちゃんは一ミリも関係ないんだ。ゴメンね。
さて、とりあえずはショッピングモールにでも行って、ぶらりとウィンドウショッピングでもしながら、汐ちゃんが興味ありそうなものをプレゼントしたりして気分を上げていこうかな~?
まずは汐ちゃんの気持ちを落ち着かせてから、それからこーちゃんを探そう。
じゃないと、多分、汐ちゃんは益々混乱しちゃうだろうからね。
「ねぇ、キミ。今、暇?」
と、まぁ、そんな皮算用をやって気を抜いていたのがいけなかったのかもしれない。
いつも通りといえば、いつも通りの光景に私は呆れを通り越して感心する。
何だろう、この既視感。
あぁ、物語の主人公があり得ないほど頻繁に緊急事態に巻き込まれる、あんな感じか。
私の場合のこれは大体その手のものだ。
「暇ならさぁ、俺たちとお茶しない? ケーキの美味しい店知ってるんだ。奢るからさ、一緒に行かない?」
茶髪色黒で顎髭を生やした、一見して大学生風の男が私に声を掛けてきていた。
そう、私はこういうナンパだとか、客引きだとかに非常に付き纏われる率が高い。
原因は分かりきっている。
私の天賦のせいだ。
私の天賦は簡単にいうと、人よりも遥かに容易に且つ、遥かに自由に『電磁波を操れてしまう』というものだ。
そう聞くと凄そうだが、何も別に私が特殊というわけではない。
そもそも、生物というものは外界に熱放射をしている時点で既に電磁波を飛ばしている。
電磁波を発すること自体、誰でもやっていることなのである。
私が人と違うのは、赤ん坊の頃からそれを感覚的に知覚できる体質だったというだけだ。
そして成長するにつれて、その電磁波を自分の意志で操れるようになってしまったというだけのことである。
……うん、そこはおかしい。自覚はちょっとだけある。
今では、ガンマ線から超低周波まで自由自在。
むしろ、高校生になってからは脳波みたいな微弱な電磁波の類も読み取れたり、磁場だとか電流なんかも操れるようになってきた。
大分、幅が広く応用が効く感じに成長しているのだ(えっへん)。
例えば、目の前で精一杯優しい笑顔を見せているこの男。
この男の脳内では現在複雑に電気信号が流れていたりする。
それを解析、もしくは微弱な電磁波である脳波が皮膚表面辺りに出力されているのを増幅、解析することによって、長年積み重ねてきた人間の思考パターンと照合を行うことで他人の思考を読み取ることができるのである。
ちなみに今の男の頭の中身はこうだ。
(やっべー、マジ、可愛い! あまりに可愛くて声掛けちゃったけど、もしかしたら高校生ぐらいかな? まぁ、それぐらいの子って馬鹿だし、甘い言葉で誘えば簡単にヤれるだろ!)
…………。思考を読んで損した。
大体、私は可愛くはない。
お洒落もしたことはないし、美容にもあまりお金はかけていない。
ただの貧弱もやしっ子だ。
胸はそれなりにあるけど、色が白いし、運動もあまりしていないので引き締まってもいない。
色々だるだるなのだ。
でも、そんな私でもこうして声を掛けてくる相手が後を絶たないのは、ひとえに天賦のせいだろう。
この天賦は年々私が放出する電磁波を強め、それを後光と勝手に勘違いして人を寄せ集めてしまう習性があるのだ。色々勘弁して欲しい。
ちなみに普段は調整して、あまり外に後光という名の電磁波が出ないようにしているのだが、三ヶ月ぶりの外出だったので浮かれていて調整をすっかり忘れてしまっていた。反省である。
「で、どうかな?」
「私に声を掛けるってことは持ってるんですよね?」
「へ?
「陸特一級」
「なにそれ?」
「資格ですよ。資格」
「資格? 車の免許ぐらいなら持ってるけど?」
「基地局にも触れない人が私をどうにかしようだなんて話にならないです。帰って下さい。汐ちゃん行こ?」
私は汐ちゃんの手を取って歩き出そうとする。
男は憤慨したように声を荒らげる。
「はぁ!? 意味わかんねーよ!? 何言ってやがんだ、このクソ女!?」
男の罵倒を背に受けながら、私は心外だとばかりに心の中で舌を出す。
クソ女ではなく、私はただの電波女です、と――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、さてさて――。
結論から言おう。
汐ちゃんの気分は晴れなかった。
いや、笑顔が見れなかったとかそういうことではない。
私に気を使って笑顔を見せてくれていたし、精一杯明るい雰囲気を作り出してくれてはいたのだけれど、やはりこーちゃんのことが気になって心の底からは楽しめないようだった。
私も、そんな汐ちゃんの気持ちが読めちゃうから、頑張ってはみたのだけれど、今回に限っては惨敗だった。
こーちゃんの壁が厚いことがよぉ~くわかった。
で、惨敗した私は汐ちゃんを連れて何処にいるかというと、私の通っていた高校の校舎が元々あった場所だ。
話に聞いた時は信じられなかったけど、こうして自分の目で確かめると確かに失くなっている。
何せ学校があった土地がまるごとそっくり更地になっているからね。
私が引き篭もっている間に解体工事が行われたって言われたらちょっと信じちゃうレベルだ。凄いね。
「うん、見事に消えてるね」
「はい。一ヶ月前には、ここにお兄ちゃんの高校があったのですけど……」
「知ってるよ。私の高校でもあったし。それにしても、本当に何もなくなっちゃってるね。建物が建っていたのが嘘みたい」
私は学校に来る途中のキャンピングカーで売っていたクレープを食べながら、そんな感想を抱く。
あ、バナナ美味しい。やっぱりチョコバナナがオーソドックスで美味しいよね。
「う~ん」
しかし、こうも更地だと、調査の為の取っ掛かりがなくて困るかも。
どうしたものかなと悩んでいると、私の感覚に引っかかるものがある。
私はすかさず汐ちゃんの肩を掴んで、それ以上進まないように注意する。
「桐花お姉ちゃん?」
「汐ちゃん、それ以上は進んじゃ駄目。ココ、変な感じに電磁波が出ている気がする。放射線のような……? いやちょっと違うか……?」
正確にいうなら、校舎跡地から私でも理解できないような電磁波が漏れたり消えたりしている。
正直、この場所には長く留まりたくない感じだ。
人体にどんな影響が出るかわからない。
「とにかく下がってくれる?」
汐ちゃんは私のアドバイスを聞いて、素直に数歩下がって距離を取ってくれる。
やはり、汐ちゃんは素直で可愛いね。
汐ちゃんの為にも、私の為にもやっぱりこーちゃんは必要だね(飛躍結論)。
「桐花お姉ちゃんは下がらなくても大丈夫なの?」
そして気遣いもできる優しさ。完璧だね。
そんな優しさに応えるように私は軽く手を振る。
「私は元々そういうのに強い体質だからね」
体質というか、私は電磁波を自在に操れるから放射線を赤外線に変えるぐらいはできる。
ただ、私よりも前に出られると放射線を無害化するのは難しいので汐ちゃんには下がってもらっただけだ。
しかし、こうなると、この謎の放射線が今回の奇妙な現象の原因の一端を担っているのかな?
少し当日の話とかを誰かから聞けたりすると、もう少し何かがわかるかもしれないのだけど、普通の人間には電磁波を知覚する能力が乏しいから、ただ消えたとしか話が聞けないような気がする。
……だとすると、あっちかな?
私は空を見上げるように視線を動かし、電線に止まっている烏に目をつける。
鳥っていうのは、私たち人間よりも可視光領域が広いからね。
もしかしたら、当日の様子を私たちよりも詳しく見ているのかもしれない。
それに、鳥の脳波パターンと電気信号パターンは大分解析して理解できるからね。
会話をするのには吝かじゃない。
私はこちらを観察するようにじっと見つめる烏に向かって声をかける。
「カァカァ!(こんにちは!)」
「…………」
警戒しているのか相手は応えない。
というか、応えてもらえないと汐ちゃんの私を見る目が痛い者を見るような目になるんで応えて欲しいんだけど!?
「アァ! カァ! カァーカ!(こら! 無視しないの! 聞こえてるんでしょ!)」
「カァ(まじか)」
「アァ? ァァァ?(何? 私が喋ったんで驚いた?)」
「アァッ(本当にこっちの声が伝わっているのか?)」
「カァ!(伝わってるよ!)」
私が一鳴きしたところで、汐ちゃんが少しだけ距離を取った足音が聞こえた。
うん、凄く誤解され始めているね。
早く終わらせないと、汐ちゃんにまで高校の同級生たちと同じ扱いを受けてしまう。
もう、学園四天王の『電波女王』とか陰口を叩かれるのは嫌だ。
「アァ、ァァァ、アァ?(それで、何の用だよ?)」
「カァ、カァ! ァァァァァ、カァ!(ここにあった建物が失くなったんだけど、その時のこと知っていたら教えて!)」
「カァ……(そうだな……)」
烏はいっちょ前に考え込む素振りで口を閉ざすと、物欲しそうな目で私のクレープに視線を動かす。
クッ、タダというわけにはいかないか……。
「アァ!(教えてもいいが、それが欲しい!)」
「カァ、カァーカァカァカァカァーカァ(わかった、教えてくれたならあげる)」
「カァ!(交渉成立だ!)」
烏は私の近くに降りてきて値踏みするように旋回した後、民家の木の枝に止まった。
汐ちゃんはその様子が怖かったのか、私から更に距離を取っている。
うん。嫌われたわけではないと信じたい。
「アァ? アァ?(で? 何を聞きたい?)」
「カァー、カァ! アァーアァー(聞くというより、その時の光景を思い出して)」
「? カァ?(? そんなんでいいのか?)」
私は無言で頷きながら、全力で烏の脳内の電気信号の動きを模倣する。
それを、自分の脳内に作り上げた『仮想烏脳』の中に寸分違わぬ電気信号が流れるように調整していく。
その結果、その仮想烏脳はひとつの像を結び、私はその像を元に、欠けている部分や細かな部分を補正していく。
……で、大体十分ほどで私の記憶とは全く関係のない、校舎が消え去っていく映像が記憶として保存される。
ちなみに、鳥の目で見た光景なだけに、ちょっとだけ人間の目の見え方と違う。
具体的には紫とか青とかいった色が薄い。
うーん、何か違和感はあるんだけど、それでも状況はわかったから結果オーライということで。
「カァ! カァカァ!(はい、オーケー! ありがとうね!)」
「アァー、カァ!(よくわからないが、そっちが納得したんなら、それくれよ!)」
「はいはい」
私は食べかけのクレープを空に放ってやると烏はそれを空中でナイスキャッチ。
鳶かとツッコむ暇もなく、そのまま空へと舞い上がっていき、近くの家の屋根でクレープをつつき始める。
うん、やっぱりなんだかんだいって動物だね。
礼儀とか恩義とか、そういうものを微塵も感じない。
野良猫が簡単に靡かない感じとよく似ているよね。
「桐花お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん? あぁ、大丈夫。ちょっと情報収集をしていただけだから」
「烏さん相手に?」
「そうだよ」
「桐花お姉ちゃんって変わってるよね」
うん、よく言われる。
でも、決して私は悪くないと思う。
悪いのは烏の進化が遅いせいに違いない。
さっさと鳥人間になれ!(暴論)
「えっと、とりあえず目当ての情報は手に入ったから今日はここで解散にしよっか。私の方も色々と調べることができたからね。振り回しちゃうような感じでゴメンね?」
私は脳内に焼き付けた烏が見た光景を仔細に思い出しながら、そう告げる。
汐ちゃんはどこか納得が言っていないものの、「あ、はい。わかりました」とハキハキと答えた後で「本当に烏さんが教えてくれたんだ」と確認するように呟いている。
うん、だから、何も成果がなかったわけじゃないから、安心して欲しいんだけど無理かな?
やっぱり成果が目に見えないと不安になるよね。
でも、私が手に入れた記憶を汐ちゃんに転写するのはまずいからね。
人間の記憶というのは脳内に規律正しく整理して置かれているわけじゃないので、下手な部分に記憶を転写しちゃうと認識齟齬や記憶障害が出てもおかしくないからね。
私の場合はデフラグした後だったし、脳内の記憶情報も自分で整理しているから、どこのスペースに空きがあるだのといった情報は良くわかっているんだけど、流石に他人の脳内の情報がどうなっているかまではよくわからないし……。
いや、やればわかると思うけど、凄く時間と手間がかかるから、正しくはやりたくないってところかな。
とにかく、汐ちゃんに記憶の転写はやりすぎだと思う。
だから、汐ちゃんは納得言っていないだろうけど、とりあえず今は引き下がってもらうしかない。
「とりあえず、貰ったログを私の方で解析してみるから、何かわかったら汐ちゃんに伝えるね」
「ろぐ? は、はい。待っています」
「あぁ、後、ちょっといいかな?」
私は汐ちゃんを呼び寄せると、そのおでこにちょいと人差し指を触れる。
「? ? ?」
「おまじないだよ。汐ちゃんがピンチの時は、これで私に伝わるから」
一応、汐ちゃんの固有電磁波を私の記憶に焼き付けた。これで、汐ちゃんの固有電磁波の揺らぎが検知でき、何かが起きた時に私に伝わるといった寸法だ。こーちゃんにもこれは実施しているのだけど、現状は繋がったり切れたりの状態だ。
これはやっぱり信号の届き難い位置にいるってことなのだろうか。
「汐ちゃんが尋常じゃなく焦ったり、困ったりする時は、私が駆けつけるから安心してね」
「桐花お姉ちゃん、まるでヒーローさんみたい」
「そこは、ヒロインって言って欲しかったかな?」
ちょっぴりガックリする私は、汐ちゃんに手を振って別れを告げる。
汐ちゃんは私の姿が見えている間は、ずっと両手を振ってお別れの挨拶をしてくれていた。
やっぱり可愛い。一家に一台癒やし用に欲しいね。
さてと――。
「ちょっと、漏れている放射線が気になるから、波長とかを少し脳内記憶に保存していこうかな」
私は気になる部分を洗い出すために、校舎へと近付くのであった。