0、最愛の人ですから。
というわけで、前作の世界観を引き継ぎながらのスタートです。
一応、前作を読んでいなくても楽しめるものを目指したいです。
更新速度はストックがある限りは出していきたいですけど、ぼちぼち予定です。
それでは、本作もよろしくお願い致します。
私の名前は遠加野桐花。十八歳。
今年の四月から花の大学生活を送っているはすだった私は――。
何故か、今『線香をあげて』いる。
いや、理由はちゃんとある。
高校最後のバレンタインデーに私は幼馴染に告白をした――。
――で、フラれた。
フラれたというか、チューしようとしたら「何しやがる」と言ってグーで殴られた。
女の子の顔を本気パンチで普通殴る? とか、色々と思うことはあったのだけれど、どうやら思いが強すぎて、告白の前に本音と建前の共用器の接続部分から思考漏れが発生していたらしい。
その結果、私は本音に流されるままに、ろくに告白もせずに幼馴染に向かって襲い掛かったと。
それが、三ヶ月間部屋に引き篭もって心のデフラグ整理をして得た私の結論である。
世間一般ではそれを引き篭もりというらしいが、私は特に気にしていない。
その結果、高校の卒業式をボイコットして、大学の入学式もボイコットしてしまったが、特に気にしてはいない。大事な事なのでもう一度言う。
特に気にしてはいない。
うん。心のデフラグ整理は大切なことだ。
今後の作業効率を考えたら、絶対に必要なことである。うんうん。
閑話休題――。
結果、私の手元には卒業証明書がない。
まぁ、卒業式に出なかったので当然といえば当然なんだけど、大学に入学する際の手続きに卒業証明書が必要になるらしく、デフラグ整理を終えた私は当然のように高校に卒業証明書を取りに行かなければならなかった。
そのついでに幼馴染にも謝りに行こう。
そして、もし……。
もし許されるなら、今度こそ思いの丈を告白して結ばれたいと思っている!
私は少しだけ期待する気分で幼馴染の家に行き(勿論、卒業証明書なんて後回しだ)……。
「お兄ちゃんは一ヶ月前のあの日、学校ごと行方不明になって帰らぬ人に……、うぅ……」
遺影を前に線香をあげることになってしまっていた。
というか、何か色々とおかしい!
私は線香をあげ終わってから座布団の上で回転して、対応してくれた『大好きな人の妹』である有馬汐ちゃんに向き直る。
汐ちゃんは中学二年生にしては背が低く、それに加えてツインテールという髪型のせいか妙に庇護欲を掻き立てられる外見をしている。
勿論、女の子として見ても非常に可愛いのだが、それ以上に見た目が幼いのが色々と犯罪臭……じゃなくて、守ってあげたくなっちゃうのが特徴だ。
あれだね。ちっちゃな女の子が好きな人には人気のあるタイプだ(意味深)。
「どういうこと、汐ちゃん?」
「どうって、えぇっと、言葉通りの意味ですけど?」
「その口ぶりだと、学校が行方不明みたいに聞こえるんだけど?」
「あの、消えちゃいましたよ? ニュースとかでも連日報道していましたけど……」
どうやら、私が引き篭もっている間に学校が消滅してしまったらしい。
これは情報のアップグレードが必要だ。
パッチをあてないといけないかも。
というか、この場合卒業証明書はどうやって貰ってきたら良いのだろう?
「お兄ちゃんの学校だけじゃなくて、世界中の色んな建物や人が同時に消えちゃったみたいなんです。だよね、お母さん?」
「らしいのよねぇ。色々と政府の方も調べてくれているみたいだけど、全容はまだ分からないらしいわよ? あ、桐花ちゃん、御茶を用意したからこっちで御茶にしましょう?」
汐ちゃんのお母さんが、御茶を注いだ湯呑みをお盆に乗せて居間に運んできてくれる。
八畳の空間に安っぽいカーペットが敷かれ、そこに足の短いテーブルがポツンとある空間。
それが汐ちゃんの家の居間だ。
私はお礼のレスポンスを返しながら、御茶をフーフーしながら頂く。
高級なお茶っ葉ではないのだろうけど、淹れ方が上手いのか妙に美味しく感じる。
「汐ちゃんのお母さんは、『こーちゃん』が消えちゃって不安を感じないんですか?」
「あら、どうして?」
「汐ちゃんほど、落ち込んではいないように見えました」
「そう言う桐花ちゃんだって、全然落ち込んでいるように見えないわよ?」
私は意識を集中させる。
すると、何となくだが、こーちゃんと心が繋がったり、途切れたりする感覚が掴めた。
結構、バタつきは存在するみたいだけど、繋がるということは、こーちゃんがまだこの世に存在しているという証左となる。
全送信で送っているからバタつくのかもしれない。
居場所がわかると通信しやすいんだけど、それは私にもわからない。
「こーちゃんと通信しようとすると、繋がったり、切れたりするんです。繋がるってことは多分、こーちゃんは生きているんじゃないかと……、そんな感じです」
「相変わらず、桐花ちゃんのお話は私には少し難しいわ。汐は分かる?」
「んーっと、虫の知らせみたいなものを受け取っているってことかなぁ?」
可愛らしく小首を傾げる汐ちゃん。
全然違うのだけど、汐ちゃんが可愛いので、もうそれで良い気がする。
「えぇっと、もう大体そんな感じで」
「わーい、当たった~♪」
「良かったわねぇ、汐」
花の咲いたような汐ちゃんの笑顔が見れたことで、場に和やかな雰囲気が流れる。
私も、汐ちゃんのお母さんも笑顔だ。
おっといけない。また心の共有器が緩んでしまっている。
きちんとバルブは締めないと。
心の信号漏れはなるべく是正していかないとね。
ただでさえ、不名誉な渾名を付けられているわけだし。
「そういう意味で言うのなら、私も桐花ちゃんと同じかしら? 寂しくはあるんだけど、どうしてか不安じゃないの。息子は今も元気に生きているような気がして……、だからそこまで気落ちしていないのかもしれないわね。むしろ、今にもひょっこり帰ってきそうな気がしてねぇ」
私と汐ちゃんは、思わずアパートの玄関口を見てしまう。
こーちゃんが住んでいるのは、私の家の近くにある年季の入ったアパートで、そこで汐ちゃんと汐ちゃんのお母さんと三人で暮らしている。
こーちゃんのお父さんについてのことはあまり聞いたことはない。
こーちゃんに聞こうとすると「聞くな」といったリクエストが届くので、私は二〇〇オーケーで返しているからだ。だから、詳しい話は聞いたことがない。
でも、こうして住んでいる所や暮らしぶりを考えると苦労しているのだなあと感じてしまう。
他人の家庭のことなので、これ以上は踏み込んだりすることはないのだけど、こーちゃんが緊急呼を発信してきたら、私には即座に返信を返す心構えがある。
まぁ、こーちゃんのことだから、そんなことは絶対にないとは思うのだけど。
「お兄ちゃん、本当にひょっこり帰ってこないかなぁ」
「汐……」
汐ちゃんのお母さんの言葉で、汐ちゃんの脳裏にこーちゃんの姿が蘇ったのだろう。
汐ちゃんの目がどことなく潤んでいるように見える。今にも泣き出しそうだ。
うむ、これはいけない。
何がいけないかというと――。
こーちゃんが溺愛する汐ちゃんが悲しそうな顔をする。
→こーちゃんが悲しむ。
→それを想像する私が悲しむ。
→また引き篭もる(デフラグ整理)。
こういうシーケンスが成り立ってしまう。
これはいけない。この状況はなんとか打破しないといけない。だから、私は言う。
「汐ちゃん、心配しないで。私がきっとこーちゃんを探し出してみせるから」
そう宣言すると、汐ちゃんはちょっとだけ困った顔をして見せてから、それでも笑ってくれた。
そして、汐ちゃんのお母さんは困った顔で、こーちゃんの姿が映った遺影を見つめ――。
「一応とはいえ、どこかで気持ちの整理をつけなくちゃいけないと思って遺影を用意したのだけど、桐花ちゃんがそう言うならこれはしまった方が良いのかしら?」
はい。申し訳ないですけど、その遺影はしまって頂きたいです。
私は静かに頷いた。