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9〜秘密

 その瞬間、竹崎は目を見開きミカエルを睨み付ける。 表情や態度に変化は見られず、呼吸に乱れはなかったが、動揺を悟られまいとする竹崎の努力は相当なものだった。 そんな竹崎の動揺をそ知らぬ顔で無視したミカエルは、話を続ける。


「一昨年の12月中旬、お前は一週間のクリスマス休暇を取った。 別にクリスマス休暇と言う名目で休暇を取ったのではないことは知っているよ。 

 ただお前はクリスチャンだ。 幼少の頃、戦災孤児だったお前は、当時米軍諜報部に籍を置いていた将校の養子となる。 その時洗礼を受けたね、パウロ。 洗礼名で呼ばれるのは何年振りかな?

 物心付く前に自分の意志と関係なく洗礼を受けた、と主張しそれで通しているようだが、我らは知っている。 お前は根っからのクリスチャンだ。


 まあ、公務員倫理規定ではカルト以外、宗教の自由は確保されているようだが、事、我らに対抗する秘密捜査部門の長が、敵対集団である我らの根源を成す宗教の信者だった、では格好が付かないからな。


 目立たぬ様、平日の昼下がりに尾行の有無を確かめながら、お前は教会に通っている。 クリスマスは海外で過ごすが、バカンスより教会で過ごす事が多い。 小さな教会にふらっと現れ、クリスマス準備の奉仕をして行く東洋人がいる、東南アジアの数ヶ国で、教会関係者の間にそんな噂話があるが・・・」


 ミカエルはそこでクスクスと笑い出す。 そして竹崎の鬼の形相に肩を竦め、


「済まない、お前は本当に面白い男だ、と思ってな。 内面と外面そとづらがここまでかけ離れているとは、ね。 まあ、いい。 そのお前が、だ。 一昨年の休暇が明けても出勤しなかった。 滅多な事ではなかった。 すわ誘拐か、と色めき立ったそうじゃないか、お前の配下の警官どもは。

 半日の後、東南アジア渡航中にインフルエンザにかかった、そう連絡して来たのはお前の兄だ。 そのまま入院し、動けない、と。


 年が明け、2週間が過ぎた頃、お前は職場に復帰した。 心配をかけた、と不在を詫び、その後精力的に『エンジェル狩り』を続ける。

 だが、お前の部下や上司が気付かなかった些細な変化が起こっていた。 この類は、追う側の傲慢な心は見逃すが、追われる側の敏感な心は気付くものだ。


 我らは、今までの容赦のない、どこへ隠れようと必ず発見される、その恐怖が薄らぐのを肌で感じた。  次々に消える同志の数が鈍った。 今までは無かった、間違った方向へのアプローチ、そして追跡の鈍い動き。

 幾度か拠点への攻撃直前に脱出出来たケースがあったが、以前ならそんな甘いことなど一切なかった。


 そんな流れに気付いた同志が、お前が最近上司に提出した報告書を入手して来た。 無論コピーだが。 そこにお前は書いている。


『エンジェルの討伐が最終段階に至った今日、対象は必死の抵抗と今まで見られなかったパターンの逃走を見せるはずであり、構成員の検挙、アジトの撲滅ともに成果を挙げ悪くなるであろう。 しかし、これは作戦が順調に推移した結果であり、我々は手を緩める事無く地道に、確実に対象を追い込まなくてはならない。』


 さすがだな。 部下は、今までの様にはいかない、と失敗を当然と考える。 上司は、焦らず上手の手から我らという成果が漏れぬよう、多少の失敗には目を瞑って見守る。 これなら気付かれる事無く、手を抜く事が出来た訳だ。」


 ミカエルは竹崎を見つめたまま、身を乗り出す。


「一体どういう心境の変化だね?」


 しかし竹崎はミカエルを睨んだまま、口は閉じたままだった。


「そう、お前はその時、リバースしたんだ。 昏睡期間が1週間程度で助かったな? もし数ヶ月以上も掛かろうものなら、気付かれずに済むとは思えないものな?

 ・・・第三条、幻歳せし者は幻歳に至りし時を以て国が保護し別に定める施設にこれを収容する。 第五条、幻歳せし者は直ちに国へ届け出なくてはならない。 第八条、幻歳者は国がこれを登録し管理する。 第九条、幻歳者の帰属はこれを国が定める。 第十七条、幻歳者に対する国の権利については、いかなる場合に於いてもこれを減免しない・・・幻歳者の保護管理に関する法、という奴だ。

 我らとお前らの間に横たわる怪物、という訳だ。 その怪物をお前らは操り、我らは倒そうとする。


 ところがどうだ、その怪物のお先棒を担いで来たお前が怪物の犠牲になる。 しかし、生け贄に選ばれたはずのお前は、生け贄になった事を誰にも知らせず、のうのうと怪物の後ろにいる。

 不幸にもリバーサーとなった者はそれまでの地位、築き上げた物、家族、全てを失い、新たな地位、つまり国家の奴隷となる。 そう定めたのはお前の信じる世界、全てが怪物の言いなりの世界の者どもだ。


 お前はそれすら裏切るのか? どうだ、いつかはその嘘が暴かれる、恐ろしくは無いか? 年々若くなって行くのだから。 整形でも施し老いを演じて逃げ切るつもりか? それすらせいぜいが15年、いくら何でもハタチと還暦ではごまかせまい。 一体どうするつもりだね?」


 ミカエルの言葉はいちいち最もらしく聞こえ、竹崎を苛立たせる。 自分が卑小な人物である事など自分が一番良く知っている。 それを暴き、囃し、なぶるミカエルに竹崎は憎悪すら覚えた。


― 自分がリバーサーとなった事を伏せた理由。 ミカエルが決め付ける、そんな単純で利己的な理由ではない。 最初、自分が本当に恐れたのは、そんな地位や名誉を失う事ではない。 せっかくエンジェルを追込みながら、皮肉にもエンジェルが救いと称して拉致の対象とするリバーサーとなってしまった事、それが発覚すれば、せっかくここまで成し遂げた、エンジェルの撲滅作戦が大きく後退するからだ。


 政府中枢まで浸透した奴らのネットワーク、その庇護の下存続して来た奴ら。

 それを密かに暴き、破壊し、エンジェル側の人間は徹底して弾圧し、政府側で、ある者は同情から、またある者は自らの政府への反発から支援者となっていた官僚や代議士、行政府の重要人物たちへは、罰を下さず、秘密裏に処理する事で支援の輪をズタズタにしていった。


 そうした、過去誰もなし得なかった成果を上げ始めた作戦は、たった一人の人物、竹崎進によって企画され実行されて来たのだ。 リバーサーとなってしまっては、きっと彼に煮え湯を飲まされた官僚どもが、復讐のいい機会とばかり彼をエンジェル関連の強大な権力の中枢から追い出し、どうでもいいような閑職へと追い遣るだろう。


 そう、それを恐れたのは否めない。 しかし・・・


― 全てはそんなことではない。 自分はあの時。 一つの鮮明な記憶を、否、幻、だろうか? 朧気な記憶ながら、それでいて自身が経験したと確信するような、そう、悪夢を見たのだ。


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