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8〜豹変


― この家はいつからあるのだろう?


 太陽が木立の梢を越えて、ようやく暖まり出した外から、深と冷えた叩きの土間に入った兼田は思う。 造りは古民家風で土間の奥、続きの台所が見え、土間の左手は居間、真ん中には囲炉裏が見える。 居間の奥、襖が半開きとなった向うに奥座敷が覗く。 居間の左手は障子に外廊下、右手は襖が閉じているが、多分着替えをしたり配膳の準備をする控えの間だろう。


 兼田は武装警察に入りたての頃、同じ東北地方へ大麻密売の捜査に赴いた事があり、山奥の部落を巡る内、こうした民家を何件も調べた。


 彼自身は都会の出身、特に戦災に因って灰塵に帰した川崎の出で、全て新しく建てられた能率一辺倒の建築ばかりを見て育ったせいか、戦前からある建物を見ると、微かに羨望に似た感動を覚えた。 子供の頃から都会ではない田舎のある人間に憧れがあったのだ。


 例の大男二人組は居間から障子を開け、外廊下へ出ていく。 ミカエルと一度も話さない彼そっくりの男は、奥座敷へ入って、竹崎を招く。 竹崎は、手を上げてそれを断るかの様な仕草をして、兼田を緊張させたが、外廊下へ出た彼は一言、(かわや)だ、と言って、予想通り廊下の突き当たりにあった便所へ入る。


 竹崎を待つ間、更に建物を観察した兼田は、この建物が繰り返し改築され使われている事を確認した。 多分、今はトタン張りの屋根も30年も遡れば茅葺きだったのだろう。 建物自体も長年使われ、しかも今も使われている、その様子がありありと伺え、大佐たちがこの建物を何年も使われていないと判断した理由が分からない。  奴らの偽装は、観察力に命すら賭けている特殊部隊の目をも欺くほどすごいものなのだろうか?


 竹崎が戻り、廊下側から座敷へ入る。 兼田は、ふと自分が丸腰だった事を思い出し、ヒヤリとする。

 そういえば中佐は、と見ると、土間の壁に凭れて居間越しに奥座敷を見ている。 要人護衛は密着が基本、特に敵が目の前だ。 最新機器で爆発物や銃器の無い事は確認出来ても、人間は身体そのものが凶器となる。 あの大男2人が繰り出す魔法の様な術もある。


 そこで兼田は気付く。 中佐は奴らに『対抗』する、と言わなかったか? そうだ、竹崎が思わせ振りに言った事、広場での大男が森を、中佐がいた方向を気にしていた事、そして大男と中佐の対峙、何かを止めたミカエル。


「兼田君、悪いがそこで楽にしていたまえ。」


 座敷から竹崎が声を掛けた。


「私は立ち会わなくてよろしいのですか?」


「ああ、大丈夫だ。」


 そして話をしない男が襖を閉め、兼田は、廊下に2人して衛兵の様に立つ、未だフードを被ったままの不気味な男たちと、土間からじっと見つめている、味方とは言え、危険な雰囲気を漂わせる女と一緒に待つはめになってしまった。


                        *


 襖を閉めた男は、無言で座敷の床の間に行き、何も活けていない一輪挿しを退かすと、その下の花台を持ち上げる。 そしてそのまま、花台を座卓の上に乗せ、位置を定めると、花台の足を触って何かの細工を始める。 やがて男はミカエルに頷くと、その隣に座る。


 座卓を挟んで上座を空け、竹崎は壁を、ミカエルらは廊下を背に座っている。 そのまま2分間はお互い黙ったままで過ぎた。 最初に口を聞いた者が負け。 そんな子供遊びをするかのように無言の時間はゆっくりと過ぎて行く。


 その間、竹崎は腕とあぐらを組んでどっしりと構え、視線は廊下側鴨居の上、透かし彫に富士と鷹を描いた、やや稚屈で素朴な欄間に据えて動かさなかった。


 ミカエルは軽く笑みを浮かべ、正座の背をすくっと伸ばし、視線は竹崎の肩に置く。


 片割れの男の方は、同じく姿勢の良い正座をするが、目は閉じ、腕を組んで何かを考え込んでいた。


 更に1分、また1分。 ようやく沈黙が解けたのは7分後、ミカエルが今までの沈黙など無かったかのように、つい今しがた座ったかの様に話始める。


「改めまして、この度はわざわざ、」


 と、そこで竹崎が遮り、


「そんな虚礼はいいと言っている。 そんなものを続けるなら今度こそ帰るからな!」


「これは失礼しました。 では端折りまして、この男はラミエルと言います。 彼は特に機会が無い限り発言致しません。 お邪魔はしませんので、ここに同席をお許し願います。 さて、竹崎さんもお気付きの様に、立ち聞きを防いであります。 そちらはこれを『バルーンメーカー』、と名付けたと聞きます。 なるほど、センスのいいネーミングですね。」


「どこから盗んだ?」


「これはまた人聞きの悪い。 支援者から頂きました。 誓って言いますが賄賂とか脅迫ではありません。」


 ミカエルはここで口をつぐみ、竹崎の様子を伺うが、竹崎はただミカエルを睨むだけだった。


「さて、貴重なお時間を頂き、お茶もお出ししない不調法の中、正直言って話をどう切り出すか、私は今だに迷っています。」


「構わない。 聞かれたくない話を、盗んだ機器を使ってまでしようと言うんだ、つべこべ言わず話すんだな。」


 すると、ミカエルは視線を竹崎の目に合わせ、竹崎が自分の目を見るのを確認してから話し出した。


「過去、お前ほど我々の秘密に迫った者はいない。」


 ミカエルの変化に、さすがの竹崎も無意識に身じろぐ。 彼の声は全くの別人に変わった。 にこやかな田舎町の商店主のような立ち振る舞いが、突然冷徹な軍人のそれに変わる。


 竹崎は近くに能力者がいるため、思考を固定しないよう、次々に雑念を思いつくままに並べていたが、この時ばかりは深く考えてしまう。


― こいつ、多重人格者か!


なんの前兆もなく豹変したミカエルは、軍人そのものの態度で続ける。


「何故我らは潰されても復活するのか、何故支援者が絶えないのか、救済された人間はどこに消えるのか・・・お前は知っている。 かつてない方法でアプローチし、調査は常識の範囲を越え、ありえない事と過去の追跡者たちが考えもしなかった部分にも大胆に踏み込んだ。 お前のお陰で肝を冷やした政府高官や政治家も多いだろうな。 お前への圧力も相当あったはずだ。


 しかし、お前は諦めなかった。 真実が見えなくなればなるほど、貪欲に追求した。 我らは最初、高を括っていた。 お前は政府が放った、新たな猟犬に過ぎないと。

 確かに過去の追跡者に比べれば、警察でなく、軍でもなく、歴史家でも無いお前は、我らには、政府が切羽詰まって繰り出した道化に見えたものだよ。


 だが、その油断がお前の第一の武器だと気付いた時、お前は我らの背中が見えるところまで迫っていた。 言い訳に聞こえるだろうが、我らとて、手を拱いていた訳ではない。 ありとあらゆる手段でお前を妨害し、罠を仕掛け、誤った情報を流して来た。 だが、お前はその都度正しい方向へ、確実に歩んで来た。」


 ミカエルは言葉を切ると、蓄めた息を吐く。 じろりと竹崎を見直すその目は、語調に反して何か悲しげに見える。


「我らは追い詰められた。 もう後がないところまで、だ。 ここまで来てしまったら、過去、我らの先達がして来た様に後継を用意し、育て、我らが大義に殉じた後、復活までを耐え忍び、組織を一から組み上げる、そのプロセスを安全に、確実に用意する時期が来ていた。


 しかし、それは過去、脱皮する蛇や尾を犠牲にするトカゲのように、見事に成し遂げた先達の様にはいかない、それも分かっていた。

 お前が全ての『道』を閉ざし、監視したからだ。 根絶される。 我らの代で終わる。   恐怖以外何物でもなかったよ。」


 再びミカエルは唐突に話を切る。 そして竹崎を見つめたまま、言い切った。


「竹崎進。 うまく隠しているつもりだろうが、我らは知っている。 お前はリバーサーだ。」


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