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5〜自由

 その3時間はカネダにとって『悪夢』のような時間だった。


 彼は27歳。 生まれた時、彼の日本は最悪の時期から激動の発展期へ脱皮しようとしていた。 核の冬の時代の後期、南北日本が半年の戦いの末再統一された年である。 


 彼の本名は兼田勝利。 自分の名前が、統一戦争勝利に沸く当時の勢いのまま付けられた事に不満であり、『マサトシ』という音に『雅敏』、と充てて答案用紙の氏名欄に書き、学校の試験で0点を取った事もある。 姓も金田、と間違われる事が多く、キング、というあだ名にもカネ=金の連想が入っている。

 但し、このあだ名は気に入っていて、自らキングと名乗る事さえあり、彼の変人さを際立たせることがあった。


 そんな彼が育った日本は、人の命が軽く、国家の存在は厳しい父親のようなものだった。 第二次大戦前の様な軍部主導と精神主義が台頭する全体主義ではなかったものの、国家が常に個人の上位に位置し、国民は如何に国家に対し尽くすことが出来るかを問われる、そんな国には成っていた。


 それは彼がいくらアウトロー的傾向があったにせよ、武装警察に所属している、という事実が物語っている。 彼が成長するあらゆる段階で、強制的に所属させられた組織の中、隊列を組んで行進したり、奉仕活動に集団で従事したり、スポーツ大会でマスゲームをしたりする内に、自然と身についていった集団の中の個、という意識は、身体に染み付いている。


 そんな彼が、平和を享受し、経済成長と個人消費が急速度で上昇するバブル期の『あちらの日本』を歩いたのである。 その驚きは、それまでの半日に受けた衝撃以上のものだった。


「行って参りました。」


「報告しろ。」


「はい・・・途中、障害と呼べる障害はありません。 対象人物は不在、別途指示通り郵便にて郵送としました。 対象宅至近のポストに投函致しました。 そのまま現場を離れ、帰着は1405・・・以上です。」


「任務を解く。」


「はい、ありがとうございます。」


 兼田は敬礼すると、


「次の指示を受けたいと思いますが。」


 無表情に竹崎を見る。 そんな様子に竹崎は、


「なんだ、いやに殊勝じゃないか。」


 しかし、兼田は何も言わずに気を付けの姿勢を崩さない。


「毒気にあてられたかな? 無理も無いが。」


 黙ったままの兼田に、


「見てはいけない物を見た、そういうことだな。 普通、怒りを感じる者と、羨望を感じる者とに二分される。 極少数だが、感動する者が居る。 君は何を感じたかな?」


「命令ですか?」


「私は命令しない。 階級は関係ない。 話したくなければ話さなくても良い。」


「・・・私は、悲しかったです。」


「ほう。」


「何だか、表現し辛いですが、悲しかった。」


「・・・どちらに対してだね?」


「どちらも、です。」


「なるほど。」


「こちらの秩序の無さ、個人としての自由度の高さには、正直驚きました。 制限の無い個人主義が恐ろしくもありましたが。 軍人を見かけませんでした、軍部は弱いようですね。 ただ、国家としては脆い、そもそも国民にとって『国は家』ではないのではないか、そんな気がしました。 それが何か、とても悲しかった・・・」


「そして我々の世界も悲しい、と。」


「ええ・・・。 個人の奔放な自由を制限する事が、国家を強化する事になる。 それに異議は無いですが、しかし、無制限の自由を与える事で生まれる、この世界の雰囲気は、正直羨ましい。 それがあちらで不可能な理由、それも良く分かりますから、それが悲しかったのです。」


「君は意外とリアリストなんだな。」


「劣等生は、常に下から物を見てますから・・・時には下からの方が良く見えるんですよ。」


 竹崎は苦笑すると、


「萎んでいる君を雇った訳ではないので、少尉、気を取り直して頑張って頂きたい。」


「差し出がましいようですが、一つよろしいでしょうか?」


「なんだね?」


「今日の配達先はご親戚で?」


「プライベートを任務に偽装した、と? そう思うかね?」


「それにお答えするつもりはありません。 ただ、憶えて置くべきか忘れるべきか、を聞いております。」


 兼田は真面目な表情で言っている。 つまりは上司がプライベートで使いを頼んだのなら忘れ、公務なら憶えて置く、そういうことなのだ。 竹崎は笑ったが、兼田には作り笑いに見えた。


「では、頼む。忘れてくれ。」


「了解しました。」


                          *



 竹崎たちは、指定の時間30分前に現場に到着した。


 午前9時で気温は7℃。 12月の平均気温がマイナス5℃の世界からやって来た彼らには暑い位だった。


 彼らはあの屋敷から直接、黒塗りの大型セダンでやって来た。 特殊部隊の軍曹が運転し、なんの障害も無かった。

 それは兼田には珍しい光景だった。 運転手の軍曹は制帽を被り黒い制服姿、車内は座席と背凭れに白カバー、窓にはレースのカーテンと贅沢な設えで、珍しそうに見る兼田に竹崎は、ハイヤーだ、とこちらの送迎車の風習を説明する。


 タクシーやハイヤーと呼ばれる有料送迎車のシステムが、公共交通の一種として機能していた時代を兼田は知らない。 1951年以降、公共交通は行政が統制し、少人数用の乗用車を使ったタクシーは禁止されて現在まで続いている。 燃料と車両の無駄遣い、と言う訳だが、実際は個人が無断で送迎業を行なっており、取り締まりは続くものの、需要がある以上、完全ないたちごっことなっている。


 エンジェルの指定した場所は南東北の山地、とある温泉から更に山中に入った地点、経緯度で指定された場所に来て見れば、そこは廃坑になった炭鉱の作業員たちが暮らした部落の跡地だった。

 特殊部隊の事前偵察では、仕掛け地雷のような罠や撮影機材などは見られず、周囲200メートル以内に生体反応はなかった。 総勢21名のチームの内、竹崎らの護衛に残った4名以外の17名はそのまま周囲に展開、エンジェルが現われるのを待った。 しかしその日は、エンジェルはおろか大佐が5キロ以内に設けた警戒線を踏み越える者すら居なかった。 彼らは50センチほど雪が積もった周囲の林間に野営、翌日に備えた。


 竹崎たちが除雪された脇道をやって来ると、大佐と2名の部下だけが出迎えた。 残りは完全な警戒態勢で、緊張が高まっていた。 この場所で待て、という指示から先は何も無い。 彼らとしては、ただ待つしかなかった。

 そしてその状態のまま、指定時間の午前10時を迎える。


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