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4〜異界

 

 カネダ少尉は、もう何があっても驚くものか、と決心した。


 その決心の僅か一時間後には驚いていたが、何から何まで常識を覆す、彼にとっては奇怪な出来事ばかりなのだから、何人たりともその様子を嗤うことは出来なかっただろう。 逆にある意味天の邪鬼じゃくな彼だから、精神的な打撃だけは受けることはなかった。


― ひょっとしたらこういうことを想定して、無神経な俺を起用したのではあるまいか?


 カネダがそんな事を考えるほど、驚きの体験は続いた。


 手始めにしては最大の衝撃 (と彼が考える)、2つの世界がある、という事実。 しかも、お互いの世界が古来より往来しているとか。 魔法のようなゲート。 それを抜けて行く特殊部隊。 あちらとこちらとの『通信』を行なう例の女中佐。 そしてボス・竹崎と一緒に潜った彼自身のゲート体験。 抜けた先の古風な洋館。 そんなものが100ケ所ばかりこちらの各地に点在しているとか。


 彼は竹崎、女中佐と供に、エンジェルが指定した会見場所周辺の、偵察と警備に出ていく特殊部隊の出立を見送る。

 残されたのは、彼を含めて7名、竹崎と彼、中佐を除いた4名は洋館周囲の警備に残された特殊部隊員だったが、内2名は交替に備えてさっさと寝てしまい、竹崎は何か書き物をし、中佐は建物内部の点検に動いた。


 カネダは中佐に、手伝いましょう、と声を掛けたが、


「いいえ。 結構よ。 休んでいなさいな少尉。」


 とやんわり断られていた。 カネダと中佐が会話を交わしたのはそれが最初で、想像よりもずっと優しげな彼女の態度に、少しびっくりした。

 だが、驚く事ばかりの中では、これなどは些細なものか、とカネダは思う。 たった一日で経験するには、かなりハードな出来事続きで、さすがの彼も疲労感を覚えていた。


 そんな彼を、書き物が終った竹崎が眺めていた。


 主人の書斎向きに設えた一室で、大きな机と、天井までの高さがある造り付けの書棚が目立ったが、蔵書は一冊もなく、がらんどうだった。

 竹崎が取り払った机の布カバーも、元は白かったのだろう、表は黄色く焼けていて、使われていなかった期間が数十年の単位である事を物語った。

 竹崎は、


「そろそろ追い付いたかな。」


 と、彼に笑い掛ける。 不意を付かれ、何の事か分からなかった彼が、


「何のことを言ってますか?」


 と聞けば、


「いや、君の混乱も、もっともだ。 済まんな。 君一人のために、観光ガイドを雇う訳にもいかんのだよ。 新入生の疎外感と思って勘弁してくれ。」


 やっと言っている意味が分かった彼は、


「ですがね、ボス。 その新入生は、田舎町から親の都合で都会に出て来たものだから、同級生も知らない、学校も分からない、なのに校長が特別クラスに入れて、ちんぷんかんぷんの外国語を習えって言う。 正にそんな状態なんですよ?」


 竹崎は呆れて、


「三流雑誌のナンセンス小説でも書けば、君のその独特な感性も無駄にならんかもな。」


「どうも物書きっていう柄じゃないので、遠慮しておきます。」


「そうか、残念だな。」


 竹崎は腕を組んで、主の椅子からじっと値踏みするようにカネダを見ていた。 少々居心地が悪くなったカネダは、大げさな欠伸をして、失礼しました、と謝る。


「それは、『エントランス』というものの存在から始まった。」


 突然、竹崎が話し出す。


「エントランス?」


「そうだ。 君が先程通った『ゲート』とよく似ている。 同じようにあちらとこちらを繋ぐ、まあ、トンネルのようなものだ。 『ゲート』が意図的な存在とすると、『エントランス』は偶然の産物、自然界の不思議に属するものだな。 


 その『エントランス』を使って、都合の悪い人間をあちらへ逃がす、という極秘の商売を古くから行なって来た一握りの人間たちがいた。

 戦国の末期、秀吉が禁教令を発して後、キリシタンが迫害の対象となると、商売人たちは、その門口をキリシタンに広げた。 無論、抜け出す先のあちらの世界も、当時はこちらと全く同じ環境、迫害は行なわれていたが、行き来を繰り返せば行方を眩ませることは出来る。 やがて、あちらの人間もこちらへと逃げて来るようになった。 その内、エントランスの商売人は頭の良いキリシタンに取って代わられ、それは修道会のような厳密な組織となっていった。


 彼らはお互いを洗礼名で呼び合っていたが、やがて『使徒』の名を借りて呼び合い、よって『使徒連』と呼ばれるようになった。 しかしこうなると、必然的に秘密を知る者は以前に比べ大幅に増える結果となり、それは秘密が漏れる危険性を一気に高めた。 その恐れは現実のものとなり、島原の乱の折、九州にあった2箇所のエントランスの秘密が幕府の知るところとなる。 余りにも多くの人間が行き来をした結果だな。


 2つの世界の秘密とゲートは、時の最大権力者の独占物と思われて来たが、そうでもないことが知れたのだ。 それ以来、幕府と『使徒連』との間で暗闘が続く事となる。 幕府は弾圧を繰り返し、何度も使徒連を壊滅するが、その都度どこからか新たな人物により復活し、再び追跡して弾圧、といたちごっこの様相だった。

 それは明治に入ってキリシタンの禁令が解かれても変らず、組織はやがて『エンジェル』と呼ばれるようになり、その目的もキリシタンの逃亡の手助けから、リバーサーが国家に組み込まれるようになったのち、国家に支配される事を嫌うリバーサーの逃亡組織へと変質して行ったのさ。」


 一気にエンジェルの成り立ちを説明すると、竹崎は暫く黙って空の書棚を見つめていた。 カネダはこの途方もない話を、半ば唖然として聞いていたが、我に返り、コホン、と咳払いをする。 竹崎の方も現実に立ち返り、


「まあいい、仕事だ。」


と、机の上にあった一通の白い封筒を滑らせる。


「それを今から言う住所に届けて貰いたい。」


「はあ。」


「いいのか? 言うぞ。」


「ちょっと待って下さいよ。」


「なんだ?」


「あの、私はここがどこかも知らないんですよ?」


「心配しなくて良い。 ここから駅までは中佐が案内する。」


「そのまま中佐ドノがお届けした方が確実かと。」


「馬鹿か君は。」


「あ? はあ。」


「中佐は私の護衛だろうが。 長い時間離れてしまったら、危ないじゃないか。」


「私はもっと危ないような気がしますが。」


「君は何故、準軍事組織の制服を着る羽目になったのかね?」


「正規軍よりは楽そうだったので。 国内限定ですし。」


 透かさずカネダが答える。


「徴兵回避か。 あ、いや、批判に聞こえたら済まん。 それで思惑通り、楽出来たかな?」


「楽じゃなかった、ですね。」


「危ない目に逢ったことは?」


「・・・ありますね。」


「士官になった時、何か誓いを立てなかったか?」


 カネダは、ハァーっと溜息を付く。


「分かりました、降参ですよ、ボス。」


「よろしい。 ではすぐに行ってくれ。 多少地理と習慣が違うが、武装警察の猛者なんだから、実地で覚えながら、なんとかするだろう。」


「猛者、ねえ。」


 カネダはたちの悪いセールスに捕まった哀れな男、といったところだ。 竹崎は現在地と目的地の住所、手紙を渡す相手の名を言う。 その相手の名前にほんの僅か、彼は反応するが、すぐにさらりと復唱すると、


「あの、地図は?」


「そこをなんとかするのがプロだろう?」


 竹崎は取りつく島もない。


「片道1時間半、今から3時間後には戻れるな。 ではよろしく頼む。 あ、昼飯は戻ってからにしろよ。 ここは通貨が違うからな。 何か用意しておいてあげよう。 ああ、電車賃くらいは出してやる。 こちらは公共交通が発達しているから、切符の買い方、改札の入り方など、こちらの人間の様子をよく見て置けよ。 こちらと間違えて身分証明なんか出すなよ。 と、まあ、プロに言う事でもないな。」


「それはまあ、なんともご親切な事で。」


 カネダが抑揚を付けずに言うと、


「部下は常に快適にしておく、出来る将の基本だそうだ。 どうかね、私の将軍振りは。」


 カネダはもう返す気力もなく、だらしのない敬礼をすると、竹崎の財布と白い封筒を懐に、中佐の後に続いて屋敷を出て行った。



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