21〜再会
緩い斜面に斜めに着地したせいか、機はスキッドをへし折られ、少佐がエンジンを切ると同時に傾き始め、ローターが辺りの草や地面をほじくり返しながら吹き飛んで、ようやく止まった。
安心する間もなく、兼田は横倒しの機内から、もがく様にして外へ出る。 少佐も続けて出ると、腕を振って、
「早く離れよう。」
「パイロットと少尉は?」
「死んでる。」
兼田はヘリの中をもう一度覗き、座席の下に括り付けてあったサバイバルキットを外し、少佐に渡すと、横倒しになったヘリの下側、窓から覗く足を見て首を振る。
― 運がなかったな、少尉。
パイロットの方は、嫌な角度で首が折れ、顔が真後ろを向いている。 振り返れば少佐が既に、狭い空き地と森の境にいた。 下敷きになった少尉や、首の骨を折ったパイロットを置いて兼田もヘリを離れる。 少佐が近付く兼田に、サバイバルキットから懐中電灯を渡し、
「よく平気でいられるな、燃料臭かったろうが。 いつ爆発するかも知れんのに。」
「忘れてました。」
「お前なあ・・・。」
「それに燃料もあと僅かでしたから、派手には燃えないでしょう。 何処で操縦を覚えたんですか?」
「ちょっと前、軍でな。 まあいい。 暗視装置はだめにしてしまった。 ここはまだ明るいが、すぐに照明弾が消える。 明るい内にここを出るぞ。」
そして少佐が懐からミニサブを取り出すと、
「銃は何を?」
「武警標準装備ですが。」
「ナンブM75、38口径か、弾は入っているよな?」
「ええ。 ですが、こういう時は少佐ドノと同じモノがよろしいかと。 取って来ます。」
と言いながらヘリを振り返ると、待っていたかの様に火の手が上がる。 すぐさま2人は森の中に入り、小走りに斜面を下ると、背後から籠った爆発音がして、赤々と辺りが更に明るくなった。
「ついてないな。」
少佐は苦笑いすると、
「諦めろよ。 君は射撃が得意なんだろ? 拳銃で十分だろう。 よし、では先導しろ。」
森を縫うように進むと、すぐに辺りは暗闇に覆われた。 微かに空は月明かりで深い藍の色を見せ、木々の合間から星が瞬いている。 方向感覚を取り戻すため、兼田は暫くその星を、正確には星の並びを見ていたが、やがてヘリが向かっていた方向へ小走りに進み出す。 もう一機のヘリはどうしたのか、辺りは静まり返っている。
「どの位離れたと思う?」
少佐が静かに呟く様に尋ねると、兼田は、
「そんなに離れていませんよ、気を付けて下さい、いつ遭遇するか分かりません。」
兼田は、時折黒い軍用懐中電灯を点け消しして、足元が危なくないかを確かめ、明かりが長く点く事がない様にした。 墜落から20分が過ぎた頃には、2人は空から人影を見かけた地点に辿り着いた。 急な斜面がなだらかになり、尾根となる。 反対側も同じで、針葉樹の急斜面がどこまでも広がっている。 尾根の部分は樹木線となって開けており、そのままでは夜空を背景に目立つので、2人は森の縁ぎりぎりの斜面で、息を整えるため小休止した。
「少佐。」
少し遅れて兼田に追いついた少佐に、兼田は足元を示す。 なにか黒い塊が並んで2つ見えた。 兼田が一瞬懐中電灯を点け消しすると、少佐は頷いて、
「後で・・・丁重に弔ってやる。 こん畜生、私が間違っていた。」
珍しく荒々しい言葉を吐くと、少佐は、
「近いな。」
「ええ。」
「二手に別れよう、私はここから行く、君はこの先、出来るだけ迂回するんだ。 反対側から上がって来い。 5分後、この上で会おう。」
少佐が行け、と言うように手を振ると、兼田は音を出来るだけ立てないようにして斜面を走る。 尾根が抉れて窪地となった岩場を横切り、反対側へと出た。 丁度5分後、兼田が尾根へと上がると、反対側から少佐が銃を構えて登ってくる。
「こっちだ。」
兼田に撃たれぬよう、少佐が控えめに声を掛けたその時。
パンパンパン。 銃声がして少佐が崩折れる。 そのまま、ずるずると登って来た斜面を滑り落ちて行った。
兼田が振り向くと、10メートルほど先の岩陰から、竹崎准将が立ち上がるところだった。 竹崎はそのまま斜面をあちら側へと下って行く。 迷う事無く兼田は走る。 竹崎を追って斜面を下り、その下、雪が残る森の縁で遂に追い付いた。
「止まれ!」
兼田は竹崎に銃口を向ける。
「銃を捨て、手を上げて下さい、准将。」
兼田は乱れる呼吸を整え、落ち着いた声で竹崎に対する。
「久しいな、キング。」
竹崎も落ち着いた様子だったが、拳銃を捨てる様子も手を上げる様子も見えない。
「お願いだから、銃を捨てて、手を上げて下さい。」
「でないと、撃つかね?」
「ええ。」
「では撃ちたまえ。」
兼田は即座にトリガーを引く。 タン、と乾いた音が響き、竹崎の頬を掠めて9mm弾が森の中へ消えた。 竹崎は笑う。
「今のは、外れたのかね? 狙ったのかね?」
「勿論狙ったんですよ。 自慢じゃありませんが、5年前は射撃では関東チャンピオンです。 ご存知なはずでは?」
「ああ、知っているよ。 君が撃ったのは初めて見たがね。」
「だったら、次は足に行きますよ。 どうか銃を捨てて下さい。」
竹崎は手にした22口径をしばし眺めるようにすると、投げ捨てた。
「ありがとうございます。」
兼田も銃を降ろす。
「惜しいな、君はこの世界に置いて置くのが勿体無い。」
竹崎はゆっくりと歩き回る。
「買い被り過ぎです。」
「いや、君はこの世界だからこそ余計物なのさ。 この管理社会では、君のような型に嵌らない人物が生きて行ける余裕が無い。 『あちら』を見ただろう? 君はあちらで暮らすつもりは無いか?」