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19/22

19〜暴露

 保安調査局からの出頭命令が届いたのは、兼田が最初に呼び出されてから2週間後の事だった。 3日後東京は赤羽にある局に出頭せよ、とある。 前回と同じく事由は『国家の最優先事項』。 担当欄にはあの少佐の署名があった。


 ひと月に2回も『保調』に呼出されたれた彼を、周りの人間は忌み嫌い、タダでさえ問題視される彼を益々孤独にした。

 普通、この形で出頭を求められる場合は、何かの事件で証言者となるケース。 出頭を求められた本人が、何かを告発した場合もこれに当たる。


 こういう時には友人すら、触らぬ神に・・・とばかり離れると言われるが、彼には勤務地に友人と呼べる人間は皆無だったので、周囲の無視が敵意に近い状態に変化するのを溜息混じりに見るばかりだった。 お陰で東京から帰って来てからと言うもの、彼の前で会話すら行われない。


「もっと他に洒落た呼び出し方はないんですかね?」


 兼田が、指定時間に少佐と対面しての第一声がこうなったのも無理はない。


「悪いな、君とデートする訳ではないのでね。」


 少佐は涼しい顔でそう言った。


「年度末の忙しい時にすまんが、動き出したのでね。」


「あの件ですか?」


 例えバルーンメーカーが作動していても実名は憚れた。


「そうそう、それだ。 ちなみに対象の秘匿名は『キング』だ。」


「うへ。」


 兼田は露骨に嫌な顔をする。


「君のあだ名を拝借したよ。 問題があったかな?」


 少佐がとぼけると兼田は、


「はあ、別に何もありませんがね。 少佐ドノはもっとセンスがおありかと思ったもので。」


「いいねえ、君の不遜さは喜劇的だ。 シェークスピアが好んで書いた道化者並みだな。 キングが君を好んで傍らに置いたのも良く分かるよ。 そうそう、君は『ジョーカー』と呼ばれとるからそのつもりで。」


「これはまた良いネーミングで・・・」


 もはや皮肉を言うしかない兼田だった。



 竹崎の調査は、初動から意外な展開を見せた。


 少佐が本格的な調査を実施するため少人数のチームを発足させ、その一回目の会議の折、ある警察の刑事課から転属したベテラン大尉の発言がきっかけだった。


「この時点まで、誰か竹崎稔氏を訪問しましたか?」


 大尉は無言のチームを眺めながら、


「では私が行って参りましょう。 宜しいですか? 少佐。」


 と言う訳で翌日、多摩に向った大尉はとんでもない収穫をして来たのだった。


「お兄さまは弟君の事をどう考えて居られますか?」


 大尉は竹崎稔、進の兄でグリックの研究員に、挨拶と世間話の後、こう切り出した。

 これは定期調査の一環、と断っていたので、発言は記録され質問に嘘やノーコメントは許されなかった。 この辺りの法は厳しく運用されている。


 竹崎兄は暫く考え、やがて、


「はっきり申し上げて憎んでいる、と言っていい。」


 大尉は手応えを感じ、獲物を告白モードへと誘った。 つまりは無言で視線を兄の顔に向け、動かさなかった。 兄は、続けて、


「最近はとんとご無沙汰でね。 アレと最後に会ったのはもう3年ほど前になる。 電話も数えるくらいしかない。 だから、最近の彼を私はほとんど知らんのだよ。」


 兄は大尉を伺うが、彼は励ます様な笑みを浮かべてこちらを見るばかり。 兄は首を振って告白を続けた。


「私の恨みは嫉妬からだ。 ああ、彼の名声や手にした権力、能力に嫉妬しているのではない。 彼は私に無いものを獲たからだ。」


 兄は再び言い淀む。 しかし、人間を見ることに半生を費やした大尉には分かった。 この男は自分の立場に酔っている、と。 秘密を暴露しようとする者が直前に示す兆候だ。 程なく兄は、さり気ない振りで重大な事を白状した。


「私はこの国でも、トップクラスのリバース研究者だと自負している。 大尉、私は自分の研究に誇りと情熱を注いで来た。 その結果私は自分の研究対象に憧れを抱くに至ったのだよ。 私はリバーサーになりたかった。 自分がなって見ないことには、研究は完璧ではない、違うかね?

 しかし、私はこの歳になってもリバースする事は無かった。 統計上全年齢全人口対象のリバースの割合は9000分の1。 だが30から45歳までが実に89パーセントを占めている。 45歳以上がリバースする確率は380万分の1。 50過ぎだと2000万分の1まで低くなる。 私は今年で49。 もう諦めている。 しかし、アレは、弟は6年前、私が望んでもなれない者になったのだよ。」


 さすがの大尉も顔色を失い、吸い込んだ息が止まった。


「竹崎進准将が、リバースした?」


「その通り。 勿論それを隠している行為は法を犯している。 しかし当時はエンジェル撲滅の最終段階にあった。 あの時点でアレがリバースしたとして、素直に届け出ることが国の利に適うことか? 私はそう判断してアレが起きるまで自分の家で匿った。 幸いにも1週間足らずで睡眠が解けたので、インフルエンザで押し通すことが出来た。

 何時かは正直に申し出なくてはならない。 アレもそう理解していたが、もう暫く国のために今のポジショニングで頑張りたい、とアレが言うので、私は今日まで黙って来たのだ。 しかし、いつまでも黙っている訳には行かない。 若くなって行くのはゴマカシが利かなくなる時が来るからね。 誰かが、そう、あなたのような人間が私の前に現れたら、私は全て語ってしまおう。 そう思っていたが、この6年間そういう人間は現れなかった。 いよいよ誰かに言い出さなくては、とは思っていたが・・・実にいいタイミングだったね、大尉。」


 リバースに深く関わる兄弟が、寄りによってリバースした事を隠していた、これだけでも大変なスキャンダルと言えた。

 大尉の報告を受けた少佐は、直ちに保安調査第2課(警察担当)の課長である大佐と相談、大佐は上に相談、と保調の幹部が協議した結果、まずは事を荒立てず極秘裏に処理することに決定、グリックにも密かに通報された。


 これにより、兄弟は処分されたが、兄は公表されない訓告処分という非常に軽い処分で済んだのに対し、弟の方は、これも公表されない自宅謹慎を申し付けられ、後日然るべきタイミングでグリックにリバーサーとして収監される事となった。


 これで一件落着を図りたい上層部に対し、既に竹崎進の調査を進めていた少佐は、まだ何かがある、と調査続行を願い出た。 大佐は少佐に対し、本人への聴取を開始することを許可、少佐は竹崎弟の自宅にて連日、尋問を続けていた。 しかし・・・



「想像通りの難物でね、ウチの副局長は。」


「准将は、降格や解任されていないので?」


「表向きは処分保留だ。 統制されているとは言え、最近のマスコミは民意とやらに敬意を払って、知る権利を行使することが多い。 ゲリラ的にお咎め覚悟で記事にする編集長が後を絶たないのは君も知っているだろう?」


「はあ。 確かに表立って発表出来るスキャンダルではないですね。」


「全部調べ終わって、准将が収監された後、何か考えるそうだ。」


「なるほど。」


「君に来て貰ったのは、聴取に立ち会って貰いたいからだ。」


 兼田は少佐をまじまじと見て呟くように、


「私ごときに、尋問に立ち会え、と?」


「君は准将お気に入りの問題児なんだろう? 何も質問せんでもいい。 観察していてくれ。 そして何か思う所があったら、私に教えて頂けないか?」


「・・・何時から、ですか?」


「明日からだ。」


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