17〜爾後
『エンジェル』の壊滅。 過去幾度か組織を壊滅した、と時の政府が自信を持って認めた事も1度や2度ではなかったが、その都度エンジェルはいつの間にやら復活し、リバーサーの拉致・誘拐は以前と比べても増加の傾向が続いていた。
しかし、今回は幹部の一斉投降、しかも初めてエンジェル側からの『降伏』である。
幹部2人を確保して帰還した竹崎らを迎えて、政府内では賞賛する声が相次いだ。 エンジェルの存在自体、政府は認めていないため報道される事はなかったが、リバーサーの間で、密かな噂話として口コミで伝播したエンジェル壊滅の話題は、収監予定のリバーサーに自殺者や逃走者が相次ぐなど、少なからず影響が出始めた。
帰還して2日後、逃亡していた残り3名のエンジェルが自首、逮捕され、これでエンジェル掃討作戦は、残された組織のアジトや資金などの捜査・解体と凍結など、事後処理の段階に入った。
5人の尋問は竹崎自身が指揮して行われ、観念したのか、幹部たちは、今まで明らかにされなかった支持者の情報や、エントランスの場所などの秘密を次々にしゃべっていた。 年の瀬にもかかわらず公安警察や武装警察は色めきたち、各地でエンジェルのアジトやリバーサーを逃走させる時のセーフティハウス、エントランスの発見、封鎖が相次いで報告された。
特に逃走ルートが全て判明した事は、今まで何度も煮え湯を飲まされていた武装警察で歓迎され、幹部たちは溜飲を下げた。 捜査は『あちら』にまで及び、エントランスのあちら側にも監視ポイントが置かれた。 人目が近い場所にあるエントランスに関しては、『それとなく』あちらのRGチームに伝えられ、官有・民有を問わずエントランス周囲には監視の目が張り巡らされ、動きがあれば記録されていた。
支持者に関してはほとんどが警告で済ませた。 余りにも多くの官僚や議員、軍人までいたので、全員検挙などという過激な行動は差し控えられたのだ。 とは言うものの、甘過ぎるとの意見が無い訳ではなかった。 しかし、この筋からの組織復活はあり得ない、との最終報告が竹崎から上がると、最終的には上層部でもみ消され不問とされたのだった。 脛に傷がある者は、何時か代償を払ってもらえば良い。 ここにも政治があった。
当然ながら、これだけの功績を挙げたプロジェクトチームにも、賞賛と見返りが与えられた。 チームは対外作戦部門が不要になったことで半減し、早期にそれぞれの所属部署に帰った者には、昇進・昇級が待っていた。
残った者も今まで以上の厚遇が約束され、即日昇級が発令された。 追加予算も盛り込まれ、尋問と捜査を続ける人員の福利厚生面が充実された。
コーヒー好きの警視庁出向組のある警部は、インスタントコーヒーがレギュラーコーヒーに変わったと言って喜び、通産省経済統制局から出向していた統計の下級アナリストは、食堂が無料となりメニューも増えたことに喜んだ。
浮かれていると言っても良い雰囲気の中、賞賛の頂点に居たのは、勿論竹崎進だった。 彼の場合、軍が直前に准将の位を与えていた事もあり、これ以上昇進させると様々な弊害が起こる懸念があっため、軍の名目上の位階は上がらなかったが、公安、警察、軍、グリックと、政府の武力と裏を司る部門での発言力はかなりのものとなった。
年が改まって2月末、全国に隠されていたエンジェルの拠点とエントランスは、彼らが知る限りは全てが解明され、管理下に置かれ、第三者によるリバーサーの『拉致』も遂に今月0件、と報告された。 プロジェクトチームは3月末の年度末を持って解散、職員は全て原職へと復帰と決まった。
そんな昇進と賞賛の中、例外もいて、警視庁の警視が一人、逮捕されて姿を消した。 エンジェルに内通していた、との疑いだったが彼の場合は有力な支持者たちと違い、罪は重いとされたのだ。
どっちつかずに放置された男もいた。
兼田は最後まで残っていた。 残務処理の最後まで、埼玉のあの庁舎に残り、多忙を極める竹崎が出入りするのを横目に最後の日々を過ごした。 エンジェルの全員捕縛により、必要の無くなった武装警察や軍の同輩が早々と原隊に復帰して行く中、兼田が最後まで残っていたのは、やはり元の職場の上司が彼を嫌っていたからかも知れないが、決め手となったのは竹崎だった。 彼がぎりぎりまで居ても良いだろう、と残留を望んだからだ。 どうせ早く帰っても面白いことは無かろう、と兼田の事を思っての処置だというのだ。
残務処理といっても資料の整理、処分や報告書のまとめなど書類仕事がほとんどであり、そのための要員は有り余るほど居た。 彼の仕事は中小企業の庶務係のような雑務だったが、兼田はのんびりとコーヒーを飲みながら、だらだらとこなしていて、忙しい事務官たちに恨まれていたが、何故かトップのお気に入りとなっていた彼に敢えて意見を言う者もいなかった。
そんな日々も、遂に年度末に最後を迎える。
一時期はレンタルの特殊部隊も含めると数千人にまで膨れ上がったプロジェクトも、ほんの十数人にまで減っていた。 その彼らがそれぞれの組織の制服やスーツに身を固め、荷物がまとめられ閑散とした会議室に整列していた。
竹崎が、最後の最後までご苦労、と労い、記念に、と一人一人に様々な形をした紙袋を手渡す。
「それは私からのささやかなプレゼントだ。 君らの直属の上司には断ってある。 気持ち良く受けて頂きたい。」
腕時計や女性にはネックレスや指輪などが渡され、会議室の厳粛な解散式は、乾杯後には開放感や達成感から高揚したエリートたちによる、がやがやと騒々しい打ち上げパーティへと変っていった。
「どうした、開けないのか?」
竹崎は、一人ぽつんと窓際でビールをちびちびやっていた兼田に声を掛ける。 彼は手に、竹崎から渡された紙袋に入っていた小箱を弄んでいた。
「はあ。 ありがとうございました。 楽しみは家まで持って帰ろうかと。」
「どうも楽しくないように見受けられるがね。」
「まあ、これで楽が出来なくなりますからね。 昨日辞令が来ましたよ。 昇進はないそうで。 結局私は東京からお払い箱です。 明日には九州方面本部へ赴任しなくてはなりませんから。」
「それは気の毒だったな。 まあ、人生は楽あり苦あり、だから面白いそうじゃないか。 少し地方の空気を吸えば、戻って来れるだろうよ。 またいつか一緒に仕事をしたいな、いや、本当に君は面白かったよ。」
「准将のお気持ちを少しでも明るく出来たのなら、私も存在価値があったということですか、ね?」
皮肉たっぷりに兼田が言うと竹崎は、
「君が思う以上に存在価値はあったよ。 ありがとう。」
力強く握手すると、
「ああ、そうだ。 その箱は早目に開けた方がいい。 ちょっとした装身具だ。 君の上司の事など気にすることは無いさ。」
竹崎は笑うと、他の人間と話すために離れて行く。 その後姿を複雑な想いで見送ると、兼田は暫く小箱を見つめていたが、やがて溜息混じりに箱の包装紙を破き、蓋を開けた。
中には高価な腕時計。 ほう、と時計を持ち上げると、その下に朱色の布に包まれた物が出て来る。 布を開くと真新しい肩章が一組。 五弁の桜花が2つづつ。
兼田は首を振る。 しかし顔は笑っていない。
「全くあなたは禄でもない人だ、竹崎准将。」