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16〜条件

  紅蓮の炎。 阿鼻叫喚。 屍と腐肉を漁る犬。 戦場の光景だった。


 ただ一ヶ所ではない。 スライドショーの様に延々と続いて行く。

 時代も様々、場所も様々、只一国でなく外国もあれば、野蛮な未開人同士の殺し合いもある。


 棍棒、投石からミサイル、弾道弾までのあらゆる兵器。

 裸のケルトから重装歩兵のアテネ、ローマ騎兵、十字軍やサラセン、ナチスの戦車兵まで、あらゆる時代の兵士、そして必ず犠牲になる民間人。

 虐殺と暴行、略奪とそれを無かった事にする放火。 それは何千年経っても全く変わらない。 兵器や兵法は変わっても、極限の人間の行動には何も変わりはしない。 殺戮とは、何一つ進化は無く必ず同じ事が繰り返される、哀れで悲しい人間の本質。


 そしてそこから生まれる憎しみの連鎖。


 奪われた者が奪い返し、持たざる者が持てる者から略奪し、それは更に過激になるが止む気配はない。


 見ている竹崎にとって、一番堪えたのは宗教の名の下、神を正義に据えて戦う愚かな人間の姿だった。 それも時代、国に関係なく延々と繰り返されている戦争の理由のひとつ。

 宗教とは己の価値を高め、人を豊かにするものではないのか? 破壊と征服欲に宗教が使われる事の、実に不毛で空虚な・・・そこで光景が変わる。


 どこかの森、突然表れた男が2人。 瞬きする間に現れたかの様に。 男たちの姿形でかなり昔の日本だと分かる。


 すると場面が変わり、今度は川。 谷を勢い良く流れ下る川の、その中から現れる男と女。 先程から時代が後なのか、衣服が違う。 江戸期だろうか?

 2人が川から上がろうとした時、突然銃声がして、男が倒れる。 女は唖然と佇み、すぐに川に呑まれた男を追うかの様に、川へ飛び込む。

 すると川岸から男たちが飛び出し、男に縋っていた女を引き剥がす。 そのまま突き飛ばす様に川岸へ連れて行くと、一人の狩装束の男が現れ、いきなり女の両襟を掴むと、乱暴に引き摺り下げた。

 顕になった薄い胸の膨らみの谷間には、首から下がった木のクルスが見えた。

 男が頷くと、女は2人の男に両側から支えられ、何処か引っ立てられて行く。 女が絶叫した。 そして場面は変わり・・・


 目まぐるしく変わる光景。 その全てがエンジェルに関するもので、それはそのままエンジェルと時の権力とのいたちごっこだった。

 だが、そこには殉じた者たちやキリシタンの悲劇が様々なかたちで顕になって、エンジェルがいかに自己犠牲に依って成り立っているのかが伺えた。


 戦いと殺しと略奪。 憤りと、もう見たくないという拒絶。 そこでの竹崎は、内面と外面、食い違う二面性を持っていても、達観し割り切った生き方をして来た、あの皮肉屋ではなかった。

 ただただ深く失望し、厭世と自己欺瞞を恥じる気持ちが静かに流れていた。 そして彼は・・・・・・


「どうしたんだ?」


 はっ、と竹崎はミカエルを見る。


 完全に自分の世界に浸っていたが、自分でも驚いた事に時間の感覚が無く、長い時間だったような無かったような・・・


― 何をしているんだ、一体。


 自分が信じられなかった。 困惑だけがある。


― 今のは・・・こいつが仕掛けたのか?


「いいや。 私は仕掛けていない。」


「心を、読んだな?」


「そんなことはどうでもいいだろう? お前もそうしようとすれば、そう出来た、外に居るあの女を使って。 だが、お前はそれをしない。 あの女も、だ。 それは、お前が一番良く知っている。」


「訳の分からんことを言うな。」


「そうかな? まあいい、どうでも良い些細なことだ。」


 ミカエルは腕を組む。


「それで、お前の心境の変化、だが。 リバースした事で、我らに対する同情でも呼び起こしたか?」


 竹崎は何か言い掛けて、止めた。


「何も言いたくは、ないか。 まあ、無理も無いな。」


 何を言った所で、自分の心理は説明出来ない。 それは余りにも個人的で単純、誰にも理解出来るとは思えない。 それにミカエルに言った所で、自らへの言い訳にしか聞こえないだろう。 そう思って竹崎は黙っている。 そんな彼に構わず、ミカエルは先を続ける。


「さて、本題に入ろう。 竹崎進。 我らは降伏する。 但し条件がある。」


「馬鹿を言うな。 条件など認めない。」


 するとミカエルはケラケラ笑う。


「まあ、聞け。 大した条件ではない。 その条件を呑んで貰えれば、我らは投降し、エンジェルの資材、施設、資金は全て明け渡す。 お前はエンジェルを壊滅することになる。 と言っても現在、我らは7名。 残りはお前が根絶してしまった。 条件一は、その内2名を見逃して貰いたい。」


「それは無理だ。 そこからお前たちは復活する。」


「それはない。 何故なら彼らは、『鏡』だからだ。」


「・・・やはりそうか。 で、『鏡』を見逃しても、エンジェルが復活しないという保障は、どこにある?」


「『鏡』は我らの思考コントロールを受けているからだ。 お前が見逃してくれると約束すれば、コントロールを解く。 彼らは記憶喪失として『あちら』で保護される。 その後はあちらの行政が何とかするだろうよ。」


「何故、分身を使った。」


「自分とほぼ同じ思考や姿形を持つ人間を使うのは、いろいろと便利だからな。 あちらの分身とも言える『鏡』には悪かったが、拉致同然で参加して貰った。 彼らの意思に関係なく、な。」


「で、お前の隣に居る男も釈放しろと?」


「いいや。 このラミエルは自分の意思で参加している。 彼は私と同じだ。 逃げはしない。」


「そうかい。 まあ、考えておこう。 で、その一と言うからには、その二以降があるのだろう?」


 ミカエルは間を置かずに『条件その二』を言う。 聞いた竹崎は唖然とした。



                          *



 襖が開き、2人のエンジェルを先に後から竹崎が出て来る。 彼らが部屋に篭って1時間ほど。 正直兼田はほっとした。


 廊下に立ったままだった2名の大男がミカエルに寄って来ると、ミカエルは大きく頷く。 すると大男の片割れが身を屈めて何かを囁くと、ミカエルは軽く笑って、行け、と言う様に手を振る。 大男2人は軽く頭を下げるとそのまま外へと出て行く。


「兼田君。」


 やや掠れた声で竹崎が声を掛けた。


「何でしょう。」


「大佐に言ってくれ。 この2人が投降する。 連行するので、帰還の用意を、とね。」


 兼田が大男が家を出て行くのを見ながら、


「了解しました。 あの2人も、ですよね?」


「いや。 あの2人は無関係だ。 何処へなりとも行ってよい。」


「無関係?」


「そうだ。 ああ、大佐にもそう言ってくれ。 多分、そのままどこかへ行くだろうから、邪魔をするな、とね。」


「はあ。 あ、はい。」


 兼田が訝しげに大男に続いて家を出る。


「中佐?」


 竹崎が声を掛けた先に女中佐。 竹崎が見ていると彼女は一瞬、ふと表情が緩むと、


「了解しました。」


 黙ったままの2人のエンジェルの後ろに回る。 そのまま軽くミカエルの肩に触れると、促すように戸口を示す。 ミカエルも苦笑する様な表情を浮かべると、傍らのラミエルに頷き、薄暗い土間から弱い日差しが庭を暖めている表へと出て行った。



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