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15〜偽神

 蹲る様に丸くなった『影』は、ふわっ、と上に向かって伸びた。 立ち上ったらしい。


「それは偶然だった。 幕末、戊辰戦争が京から東へと広がり、西郷らが江戸を目指し東進を始めた頃、私は各地に飛んで、幕府側が混乱の中、防備を固めるのを見守っていた。 そして江戸に至る、ある街道筋を見ていた時、ちょっとした変事に行き当たったのだ。

 その街道に防護の木柵を設けるため、付近の住民を駆り出して、地均しをさせていた役人が突然倒れた。 ちょとした騒ぎとなり、右往左往の後、その侍は自分の館に運ばれて行った。 人々は深く眠る彼を見て口々に幻歳だ、と囁き合った。 私も幻歳に行き当たったのは初めてだったので、暫く彼や周りの騒ぎを眺めていたが、やがてある事に気付いたのだ。


 彼の近くに寄ると、すぅっと引かれる感覚がある。 何度か彼の周りをぐるぐると回って見ると、はっきりと彼の方へ引き込まれそうな力を感じた。

 興味と微かな期待で私はゆっくり彼に近寄り、その男が寝かされている寝具に手を掛けた瞬間、パチンと透明の球体が弾け、同時に私は彼の中に入り込んでしまった。


 そこは色のない水墨画の様な場所で、何かの模様が一面に広がるだけの所、形になった物は私の前に眠る彼だけだった。 私は思わず、出してくれ!と叫んだ。

 するとその光景は消え、再び寝具に眠る彼の前に私はいた。


 暫く驚きで動けなかったよ。 驚く事など滅多になくなっていた私が、ね。

 そして私は意を決し、再び彼の中に入り、彼を起こす事が出来る事を知り、80年振りかで人間と会話をしたのだ。」


 影は息を接ぐ様に話を止め、再び蹲る様に小さくなった。


「リバースした者だけ、それも昏睡時のみ私は話す事が出来る。 彼と何を話したのか忘れてしまったが、それからは私は、リバース睡眠中の人間を探して各地を彷徨った。 そして私は、使徒連の再興をリバースを利用して謀ったのだ。


 あまり頭の良くないリバーサーに暗示を掛ける所から始め、新興宗教の教祖を幾人も作った。 私は神のお告げを彼らにしたのだ。 だから私は神の国へは行けないだろう、神を騙ったのだからな。


 ともかく、そこから始めて、各地に散らばるエントランスを知る者をつなげ、少しづつ組織を拡大した。 私は彼らに目的を与え、敵となる政府の情報や、君の様な者たちの弱点や、捕縛の際の情報をリバース睡眠中のリバーサーを通じて流した。


 ほとんどのリバーサーは、リバース睡眠から覚めたら、私のお告げを彼らに伝えたよ。

 使徒連、まあ、世が昭和になる頃に、エンゼルやらエンジェルなどとハイカラな名前となったが、私が神の使徒を名乗ったお陰か、私が接触したリバーサー本人が参加するようになる場合も続出した。


 ちょうどその頃だ、あの関東の震災直後に成立した、幻歳者保護法なるものが、リバーサーを国家に隷属させる根拠となったのは。

 それによって、エンジェルはあの島原の乱前後の様に、被虐者を助けて異界へ渡す、という本来の目的を復活させたのだ。

 組織は拡大し、リバーサーの救出はあの大戦の最中も続いた。 私が老いを意識したのはそんな時だった。


 私はずっと、永遠の命を得たものとばかり思っていたが、実はそうではなかった。 身体は霧状となって無いに等しかったが、自分では身体を意識出来ていたし、その感覚は若い、丈夫で健康な肉体そのものだった。


 しかし、それは極ゆっくりと、何十年も掛けて衰えていたのだ。 大戦が終わっても、あの核の地獄がやって来ても、エンジェルの戦いは終わらなかった。 その中で私は確実に老いていて、やがては死に至る、その感触をはっきりと意識していた。


 私は改めて自分の存在を考えてみたよ。 つまりはこういうことだ、と自分で納得している理屈を話そう。


 私は、あのエントランスに入り、あちらへ出なかった事によりこの世に存在しない者となったのだ。 つまりは最初に考えた、亡霊のような存在、正にそれが正しかった。 亡霊である私は、身体を失った後もそこに残り、言わば残留思念とでも呼ばれる存在になった。 それにも万物と同じく寿命があり、それは人間のそれのおよそ4倍、200年はある。 そういう理屈なら私が今、老いて死を意識する理由が分かる。


 そして私がようやく眠る事が出来ると確信した時、君がエンジェルの息の根を止める寸前まで彼らを追い込んだ。


 最初、私はエンジェルの中から、たとえば信義に篤い幹部の一人に白羽の矢を立て、私の後継にしようと考えた。 しかし、それは止めたよ。 そこまでして守ったとしても、それはやがて対抗手段としての私と同じ様な者を生み出し、愚かな奴らがそれを軍に取り入れ、やがては武器として使い出すのは簡単に想像出来たし、もう一つは君らが躍起になって開発しているサイの存在だ。


 アレはいかんね。 鋭い者は私を察知するし、やがては私にも手を下すだろう。 君らは彼や彼女たちをしっかりコントロール出来るのだろうか? そうであれば良いが、統率出来なくなった場合、アレほど危険な存在はない。


 私は彼らと相談するために、リバーサーを介してのまどろこしい会談を続けた。 私の危惧をリバーサーに伝え、そのリバーサーが覚めたら彼らに告げ、彼らは私が見守っているのを承知で虚空に考えや問いを発する。 私は回答を新しいリバーサーに伝え、彼らが従うか別の考えで行動するかを見る。


 実に時間が掛かるやり方だ。 なにせリバーサーが、どれだけの時間でリバース睡眠をクリアするのか分からないからね。 中には半年から一年近い人間もいたし、目覚めても彼らに接触しない者も多い。

 だから自然と睡眠中のリバーサーへの接触は増えたが、今度は君らがこのカラクリに気付く可能性が高くなった。

 実際何人かのリバーサーは、睡眠時の私との会話をグリックに収監された後、告白している。 まあ、珍しい夢、と聴取した者が受け取ったお陰で、君の兄までは報告されなかったから助かったが。


 いつまでもこんなことを続けられる訳はないので、君の手が確実に彼らに及ぶのを、悔しい思いで見ているしかなかった。


 そんな事で、私は近頃はずっと君に付いていた。 まるで憑依霊のように、ね。 こんな状況だったので、君がリバースするという願ってもいない状況となった時には、私が大喜びしたのも分かるだろう?


 一も二もなく、私は君の睡眠に忍び込んだ。 君がリバース睡眠に落ち込んだ直後からだから、君は別世界に拉致されたかの様に感じたろうね。


 さあて、これで私と君は、ようやく同じテーブルに着いた訳だ。 静聴を感謝する。」


 影は暫く黙った。 しかし竹崎が何も言わず、彼の方を見ているだけだったので、やがて、


「さて、後は君にある光景を見てもらうだけだ。 君はおそらく明日中には目覚める。 だから、時間は今しかないので、いつもより長く君を起こしている事を許してくれ。」


 するとずっと黙ったままだった竹崎が、


「何を見せる?」


 しかし影は、再び自分の世界に入り込んでしまった様で、静かに語り続けた。


「これから君に見せるのは、私がある日、ぼんやりと私の故郷の上で海を見ていた時、突然表れた幻だ。

 これをどう解釈しようが君の自由だ。 私の講釈など邪魔になるだけなので、私はこれでいとまを願うことにする。


 そして、これを見たら君は、起きたらどうするのか、君だけで、独りで考えなくてはならない。


 さあ、これでお別れだ。 私はやっと、私の肩に乗ったものを下ろす事が出来る。 すぐに迎えも来るだろう、その時をずうっと待ち望んでいたのだ。 実に長かったな・・・


 後は君次第、残すも壊すも、続けるも辞めてしまうも・・・・・」


 すると今まで変化する事がなかった風景が崩れ、融け出し、一変した。


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