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11〜問答

 彼は自分の考えが流れるのも構わずに、


― 催眠術か、サイの幻術か、だな。


 と考える。 しかしその考えは声にならなかった。 しかもジャングルの背景音も何時の間にやら消えている。


「ああ、雑音は消した。 君は小手先の幻惑には反応しなかったからね。」


「ほう、やっぱりサイか。」


 竹崎が今度は口に出すと、『声』が、


「サイキックではない。 信じる信じないは勝手だがね。」


「では、これは一体なんなんだ?」


「私の心象風景の中だ、と言っておこう。 もっと独特な呼び名はあるが、とても理解して貰えそうにないので、言っても余り意味はなさそうだ。」


「お前は誰だ、と言ってもまともに答える気はないかもしれんが。」


 声が笑う。 皺枯れて弱々しい声。


「さすがに良く分かっている。 今正体を明かしても、君はまともに取り合わないかもしれん。 私のことはなんとでも呼ぶがいい。 名前に意味はない。」


「では、お前、と呼ばせてもらう。」


「いいだろう。 少し話をしても構わないか?」


「どうせ話すつもりだろう? 勝手にしろ。」


 声はまたも笑うと咳き込む。 一仕切り咳き込んだ後、


「済まない、私はもう長くはないのだ、聞き苦しい点は詫びる。 さて、何故君のところに来たのか、その話をしよう。 君はプロテスタントだ、それは認めるね?」


 竹崎は無言だ。


「まあ、否定はしない、ということで。 それにしても、複雑な人間だね、君は。 

 愛国者。 とは違うな、国家公務員、ではある。 生い立ちを考えれば兄共々、国の申し子だ。

 戦災孤児で最初は占領軍に、やがて国が親代わりとなった。 小学生からずっと成績優秀、奨学金を得て東大卒、兄と違うのは3年間予備士官として陸軍に勤務した点だ。 だが完璧なエリートキャリアを進む君は、謎も多く敵も多い。 一見しただけでは野心家の策士だが、良く調べてみれば、そうとも言い切れない人間性が覗く。」


「お前は私の経歴と性格を分析するために来たのか?」


 竹崎が少々苛ついて割って入る。


「そうではないが、そんなに急ぐ必要もないので、私に時間を貰っても構わないだろう、と思ってな。」


「時間とはリアルタイムの事か?」


「まあ、そうだ。」


「お前には有り余る時間があっても私には無い。 言いたい事をさっさと言え。」


「いいや。 君にも時間があるよ。」


「馬鹿を言え。 それは私を拉致した、と言う意味か?」


「拉致などせんよ。 私は今、休眠している君の脳の中にアクセスし、目覚めとともに始まる年令の逆行に対して、君の身体が準備をする過程の邪魔をしない範囲で脳内を活性化させ、私の世界を映し出している。」


「・・・なんだと?」


「言い換えよう。 君は今、いわゆる『リバース睡眠』の真っ最中だ。」


「まさか。」


「信じる信じないは君の自由だと最初に言ってある。 この状態が私のトリックか催眠術だ、と考えるのならばそれでもよい。 間違いなく君は、数日か数ヵ月かは知らんが、目覚めた時に髪の色が蒼くなる。 そうなればいくら疑り深い君でも夢や術か、はたまた真実か、の判断が出来るだろう。」


 声はそういうと、また妙な咳をする。 咳き込んだ後に、喘息特有のヒューヒューという気管支から洩れる空気の音がして、やがて落ち着いたのか声がクククッ、と笑った。


「なあ、君。 君は敬虔なプロテスタントだ。 その君に聞きたい。 死をどう理解するね? よろしかったら私に教えてくれないか?」


 竹崎も笑いながら答える。


「死生感など個人の主観、他人にどうのこうの言えるものでもない。 本人の感性でどうとも変わる。 素性もしれぬ他人に気安く話せるものでもないだろう。」


「薄情だな、君は、ハハハ・・・。」


 声は暫らく黙った。 竹崎は今では緑の壁のひとつに寄り掛かり目を瞑っていた。 やがて声は、


「私は・・・宗教を持っていない。 持ちたいとも考えたことはなかった。 だが私にも終わりがある。 こうなって見ると、少々神について考えるところがあってな。 君たち宗教信者は、神の存在を疑わないのだろう? 私はどうしても、そこの部分から一歩を踏み出せないのだよ。 神が永遠であるのなら、それは存在しない。 永遠なものなどない、それだけは信じているのでね。」


 すると竹崎が初めて自ら語り出す。


「それを否定はしないが、神を信じる者として、これだけは言っておく。 それでも神は永遠だ。 信じる者が絶えるまでは、な。

 神は信じる者にだけ存在する。 神のかたちは信じる者の数だけある。 世界中の宗教の形態は様々だが、結局のところ神はただひとつの存在だ。 様々な宗教を信じる者、全ての個人に存在する、その点において、な。 だから永遠かどうかは関係ない。 死後の平安のために神を信じる者も多いが、それにしても永遠の存在かどうかなど本人だけの問題だ。

 本人が永遠と思えば永遠。 証明など必要ではない。 要はその人間の内に神を意識するかしないかなのだ。」


 一気にここまで話すと、竹崎は困惑して黙る。 目を開くと不可思議な世界はそのままで、彼は僅かに失望する。


― このアンバランスな世界など消えてしまえばいいのに。 ああ、私は何をムキになっているんだ。


 声が再び静かに話し出す。


「それだけの高度な宗教論を持ちながら、君はあの無慈悲な政府に仕える、何故かね?」


「日本国民だからに決まっているだろう。」


「冗談が好きだね。」


「勝手にほざけ。」


「芯から政府を信じる、と?」


 竹崎はもう答えなかった。


「まあ、いいだろう。 自我を殺し欺き続けるには、君は頭の出来が良過ぎる。 今までは仕事自体の面白さでなんとかやってきた様だが、さて、これでどうなるかな?

 リバーサーとなってしまっては、今までと同じと言う訳にも行くまい。 皮肉な事に君がそもそも働いていた組織の言いなりになるのだからね。 兄上はちゃんと厚遇するだろうか? ああ、答えなくていい。 単なる独り言だ。

 さて、今日はここまでにしよう。 明日また会おう。」


「明日?」


「言ったろう、君が目覚めるまで暫く掛かる。 時間はあると。 では眠り給え。」


「待て。 何故、私に会いに来たかを話すのではなかったのか?」


「だから、明日だ。 すまん。」


 すると耐えられない強烈な睡魔が彼を襲う。 彼は目を醒ますべく意識を集中しようとしたが、睡魔は容赦なく彼を深く沈めた。 考える隙もなかった。 彼は暗黒の無へと沈んだ。


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