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1〜発端

「責任者と直接話がしたい。」


 『エンジェル』側からコンタクトがあったのは、暮も押し迫った12月、庶民ならそろそろ年越しの準備を、官僚なら来年度予算の最終案締切に向け、徹夜を続ける頃合い、民間であろうと行政であろうと、多少の問題なら先送りされてしまう、正に師走の真唯中だった。


 最初に電話があった。 政府のある極秘プロジェクトの本部とされた埼玉県の某所、中央省庁の合同庁舎、数ある会議室のひとつだった。


「一回だけ言う、記録をしろ。 明日11時30分重要な電話をする。 エンジェルに対抗する幹部職は必ず聞け。 以上だ。」


「11時30分とは午前か午後か?」


 電話を取った、警視庁から出向した警部は質問したが、画像無しで掛けられた電話は既に切れていた。 通話時間17秒、逆探に依ると東京は渋谷、公衆電話からの通話だった。 


 直ぐに所轄署の巡回パトカーが急行するが、通話終了後、約1分後という早い行動だったにも関わらず、繁華街の雑踏故か、それらしい人物は特定出来なかった。

 国家的大事と周辺を封鎖、誰彼構わず蝨潰しに拘束し、突き止めることも出来なくはなかったが、いくら権力を振りかざそうが、そう滅多に出来ることではない。

 

 結局翌日、責任者たちは昼と夜、2回スケジュールを空けて待つ事となった。 


 関係者がこの出来事を悪戯と決め付けなかったと言う理由は2つある。 関係者しか知らない連絡先の直通電話が鳴ったこと、そして、たまたま居合わせて電話を取った警部に、


「竹崎進に伝えろ」


 と切り出したからだ。 この一件の責任者・極秘作戦の指揮者の名前である。


                         *


「准将に昇格したそうだね?」


 問われた男は苦笑しながら、


「何時もながら情報が早いな。 恐れ入るよ。」


 返された方も笑いながら、


「曲がりなりにも将軍さまだ。 部長格だからね、次長格の私より上だ。」


「フン、確かに処遇も格上げなら懐にもうれしいだろうがね。 お生憎さま、軍は指揮権のみと注釈を入れて来たよ。 大佐の時と同じだそうだ。」


「それでも名誉には違いあるまい?」


 すると男は急に醒めた顔となり、声も感情のカケラも感じられないものとなる。


「名誉など仕事には何も関係ない。 軍の階級など能力に比例する訳でもない。 所詮軍も官僚機構により運営されているからな。 下らん。 なんなら兄貴が代わって受けるかい?」


「私はインドア派さ。 アウトドア派のお前と違って、走り回るのは苦手でね。 まあ、お前の性格はよく知っているつもりだよ。 本当は軍嫌いのお前が、軍を使うという皮肉に辛くも耐えている、その位は理解しているよ。 短慮を起こさぬことだ。」


「ご忠告、有り難く受けておくよ、で、なんだい? 昇進祝いにだけ掛けて来た訳でもないだろう?」


「まあね。 奴らからコンタクトがあったとか。」


「やっぱりな。 それで?」


「言うまでもないだろうが、お前のお陰で、奴らはかつてないほど追い詰められた。 何を言って来るにせよ、死に物狂いの奴らのこと、必ず罠を仕掛けて来るはず。 注意を怠るなよ。」


「分かっているさ、兄貴。 その点抜かりなくやらせてもらう。」


「気を付けろよ。 奴らの目標はお前個人かもしれん。」


「ほう、奴らは単なる個人的報復など行なったことなどないが。 なにせ生い立ちが伴天連、だからね。」


「何事にも始めがあり、可能性を根拠に行動してはならない。 先月ウチの新入『社員』のために講演した、警護隊の隊長はそう言っていたが。」


 すると諭された方はククク、と笑い出す。


「笑い事でもないだろう?」


 諭した方は憮然として返す。


「悪いね兄貴。 いや、何、心配されるのも随分と久々だからね。」


「そうかな?」


「まあ、十分気を付けるよ。 では、ぼちぼち。 ブリーフティングの時間が迫ってる。」


「ああ、忙しい所済まなかったね、では、よろしく。」


「じゃ。 また。」


 目の前のモニター画面から、精悍な顔立ちの中年男性の姿が消え、回線が閉じました、の文字が流れる。

 竹崎稔、兄の方は顔をしかめて吐息を付く。 再び受話器を取ると、内線を掛ける。


「ああ、竹崎だ、ムラオカ君を・・・・・・竹崎だが、先程の私と弟との会話だがね・・・・・・そうか、そうして頂けると助かる。 では。」


 受話器を下ろした兄は、暫く座った椅子の背もたれに身体を預け天井を睨むようにしていたが、やがて疲れたように目を閉じた。


                         *


 電話は昼前に掛かって来た。 昼の11時30分だった訳だが、ネゴシエーターに依れば夜のはずはないそうなので、この時点では、まだおかしな所はない、と言うことなのだろう。 まずはネゴシエーターが取る。


「はい。」


「竹崎を。」


「昨日掛けて来た人だね?」


「ネゴシエーター君と戯言を言い合う時間はない。 居るのか居ないのか?」


「今ここには居ないが、すぐに呼ぶ―」


「では30分後にまた掛ける。」


 電話が切れた。 ネゴシエーターは肩を竦める。 


「人質事件ではないので・・・」


 とその男。


「向こうが一方的に話したいのです。 ですから、30分後には必ず掛けて来ます。」


「で?」


 竹崎は、たった一音に全てを込めた。


「相手はあなたと直接交渉したがっています。 間違いなく焦りがあり、相手には攻撃的な切り札、えー、人質とか爆発物とか、そういったものですが、一切ないと思われます。 相手が望むのは情状酌量や降伏条件の話し合い、微かな可能性として、何かの情報と引き替えの恩赦、といった所です。」


「だめでした。」


 とこちらは警察組。


「今日は池袋からです。 昨日と同じく被疑者と思しき人物は見当たらないとのことです。」


 竹崎は黙って頷くと、再びネゴシエーターに、


「それで次は?」


 と尋ねる。


「次も私が対応し、再び切るかどうか見るべきかと。 明らかにあなたが相手にしない、と分かった時、奴らがどんな行動を採るか、それは分かりません。 念のため警戒したほうがよろしいでしょう。」


「それだと、可能性の範囲が余りにも広がり過ぎることにならないか? 私は独り身だからいいが、この作戦に従事する者と、その家族から始まって首相に至るまで対象が絞り切れなくなるぞ。」


「それは否定しません。」


「では次は私が出る。それしかあるまい。」


「まあ・・・ええ、はい。」


 竹崎は頷くと冷笑する。


「今までさんざ手を焼いて来たんだ。 奴らがどんな悪あがきをするか、見てみるのもいいだろう?」


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