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ひらひら  作者: 鳴海
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四話

四話 秋月と音瀬の関係性



 始業式も終わり次の日。

 音瀬は毎日ベルベットを学校に連れてきます、本人いわく家に入れておくのはかわいそうだとのこと、実際ベルはどう思っているのかは知らないですけど、確かに学校の中庭だと生き生きするので、楽しくはあるんでしょう。ちなみに学園長からも中庭であれば解放してもいいという許可を出しているので音瀬は何の気兼ねもなくベルを連れてくるのでした。

「今日もいい子にしてろよ」

「なう」

「誰かに連れて行かれちゃだめだぞ」

「なう」

 そんなやり取りが二人の日常で、いつも通りのやり取りを躱したあとに音瀬は教室に向かうのでした。

今日の日程はHRからの授業選択からの共通授業のレクリエーションで。

まだまだ新しい友人関係を構築するイベントは少ないのですけど。

ここであきらめてはいけないと音瀬は考えています。

新しい交友関係の構築をするには、今日か明日中にクラスに好印象を与えておく必要がある、頼れる奴だとか、ひょうきんな奴だとか、個性を見せてしまえば、クラス内での地位と役割が与えられます、それを早々に手に入れることこそが、楽しい学校生活を送るために重要とまぁ音瀬は考えているようで、今日は朝から気合十分なのでした。

「まずは、個性、そして強調性、そしてリーダーシップ。俺は今年学校のクラス委員になる、それだけで個性はわりと十分」

 しかしその思惑は脆くも崩れ去ることが、今から約束されているのを音瀬は気が付いていません。

 まぁようは去年自分がクラス委員になれなかった理由を、クラスのリーダーになれなかった理由をきれいさっぱりわすれてしまってる。

 これでは去年の二の舞です。

 まぁ見ていればわかります。

 そんなこんなで音瀬が扉を開けると、黒板の前に水場が立っていました。どうやら席順とあとはクラス名をメモに取っているようです。

「おはよう水場」

「ああ、おはよう音瀬。雲雀は一緒じゃないのか?」

 音瀬の忘れていることその一。水場は去年は隣のクラスのリーダを務めていました。そして彼は社交というものを別っています。

 わかったいる故のメモであることを音瀬はわかっていないのでした。

「雲雀は先に教室に向かわせたけど、あれ来てないのか?」

「おはよっ! 音瀬」

そう朝の晴れやかな陽気にぴったりと合った明るい声、直後後ろからかぶさるように秋月が音瀬の肩に両腕をかけてきました。

「うわあああ」

 そして密着。ふんわり甘い香り。

「うわ! 暑苦しい、密着するなよな」

 逃げる音瀬、それを阻止しようと強く密着、ふんわりいい香り。

「お、熱いのは顔かな? 頬が真っ赤だよ。うれしいのか」

「何の話だかさっぱりだ!」

 音瀬はむっつりスケベなのでした。

 それを冷たい目で見ているツルペタが独り。

「音瀬、エッチ」

 雲雀でした、雲雀にはできない芸当を見せつけられいろんな意味で朝から不機嫌です。

「先に来てると思ったのに」

「むー」

 なぜか雲雀は音瀬と口をきいてくれません。

「いや、私がね引き留めて話を訊いてたのよ」

 秋月が音瀬の肩に肘を乗せ、にやついた笑みで音瀬を見つめました。

「音瀬と二人一つ屋根の下で、何もないのかなって」

「ない!」

「なかったです!」

 二人が一斉に、吠えるように否定しました。

「怪しい、あとは音瀬の私生活とか」

「私生活なんてお前が知ってる通りだよ。ああ、もうそんなこともういい。雲雀ちょっと来なさい」

「はい」

 そう音瀬は雲雀を廊下に誘い出すと。

「あいつにうかつなこと話さなかったろうな、下手したら棺桶に入るまでいじられるぞ」

「ううん、話さなかったよ」

「何を聞かれた?」

「あさ、音瀬を起こしに行ってるのかとか」

「うん」

「音瀬と同じ部屋で寝てるのかとか」

「うん」

「あと、音瀬とはどこまで進んだのかとかです」

「頭の中には色恋しかないのかあのやろう」

 野郎ではないんですけどね、一応女の子です。

「でもでもでも、私何も話しませんでした、大丈夫です、それにほとんど知らないことだったし」

 そう言った瞬間、雲雀が顔を赤くしてうつむいてしまいます、その黒い前髪が表情を隠し何も読み取れません

「それなら安心だ……」

「その……いやほんとわからないし、何もわからないし、私全然わからないし」

「あ、なんでこいつ、人を不安にさせるリアクションが得意なんだろう」

「え、あ、ごめん、なさい」

「まぁいいよ、なんとなく大丈夫なきがしてきた」

 それでいいのか。

「あそうだ、音瀬、まだ、私話さないといけないことが」

「……、いやそれは後にしよう、ほら、教室戻るぞ、チャイムがなる」

 そう雲雀を先導して、音瀬は席に戻ります。

 ちなみにこの教室は36個の机といすがあり、それが等間隔正方形に並べられています。音瀬はその席の一番後ろ窓際、そしてその前の席が水場で、隣の席が雲雀です。秋月は雲雀の前の席。このはかったような席順は昨日席替えをした結果なのでした。

 そして本日の日程はホームルームが二限分その後国語に、数学、ホームルームで選択科目やクラス委員を決めて、年間のスケジュールの説明、新入生歓迎会の説明があり。午後には教科書が届くので早速選択科目の授業なのでした。

 そして選択科目を決めている時間中に秋月が堂々と音瀬に話しかけてきます。

「選択科目さ、どれにする?」

 ちなみに、このクラスでは選択科目は三つ。

芸術から『音楽』か『美術』

アプローチから『表現』か『心理』

社会は『世界史』か『日本史』

英語も『リーディング、ライティング』『オーラルコミュニケーション』

 あとはざっと他のクラスと変わらないですね、現代文、古文、数学2B、物理、化学、現代社会、英語、体育、保健エトセトラ。

 音瀬は勉強は苦手な方ではないので、真剣に何が自分にとって必要で何を優先すべきかを考えていたのですが。秋月に集中を乱されて、少しイライラしてしまいます。

「なに?」

「こわ、音瀬どうしたの、鉄分足りてる?」

「ああ、はい、そう言うのいいから授業中にしゃべるな」

「ええ、いいじゃん、こういう時にはみんなで話し合った方が間違った選択をしなくて済むんだよ」

「ああ、そうですよね、私もそう思ってました、おとせ~」

 そんな情けない声を上げたのは雲雀でした、そう言えばさっきから紙を見つめては目を回してるみたいに頭をふらふらさせてたので、たぶん悩んでいたんでしょうね、本当はもっと音瀬にいろいろ聞きたかったはずです。

「私は何をとったらいいのでしょうか」

「将来の自分にきいてくれ」

「将来の自分なんてわかるわけないじゃないですか」

「そーだ、そーだ」

 そんな騒がしい三人を水場が無言で見つめています。

「じゃあ、二人とも何に悩んでるんだよ」

 その言葉に雲雀が反応します。

「授業内容が説明文からでは全く想像できないのです」

 雲雀はプリントをばしばしと叩きます。

「特にアプローチの授業、これほとんど遊びよね」

「いや、遊び感覚でやれるようにって配慮してんだよ、学園長が言ってた」

 実際に最近の学生を乗り気にさせるのはとても難しいですね、何せ最近の学生は体育ですら息抜きと感じないらしいですから。

 だからこそアプローチの授業を入れているらしいです。

「参考までに音瀬の選択教えてよ」

「うーん、俺は『美術』『表現』『世界史』『リーディング、ライティング』かな」

「なぜ」

「いや、将来は俺月で研究職をして働きたいから、文章の読み書きとあとは他の国の歴史について詳しく知らないとダメかなって」

 月では各国の優秀な人材が国に関係なく集められているので、国家間のギャップがひどいと、音瀬は父親から聞いていて、そのギャップに今から耐性をつけておこうという目論みでした。

「他の二つは適当だよ、やりたいなって思った」

「いや、だったら音瀬は音楽の方がいいよ」

「なんでさ」

「だって、そこらへんどっちでもいいなら、いい成績取れそうな方を選んだ方が得だと思わない? だったら普段カラオケ行きまくっている音瀬は音楽よ、絵なんか普段書かないでしょ?」

「いや、普段やらないからこそやってみたいと」

「いや、絶対音楽の方がいいって、それに表現これも行けないな、多国籍の人間とコミュニケーションとりたいなら、表現方法を学ぶより、やっぱり断然心理だよね、相手の心の中を読み取ってあげないと、心の中にある、本当に思ってること。真理をさ」

「な、なるほど」

「そして他の二つもダメダメだね、日本人という個性を失わないために、日本史、それを相手に伝えるためにオーラル。これでしょやっぱ!」

「そ、そうかな」

「そうだよ」

「そうだな」

「ちょろいな」

「ん?」

 そして水場が耐え切れずに笑い出します。

「音瀬、誘導されているぞ。こいつは自分の受けたい授業へとお前を巧みに誘導しているだけだ、自分の意志を曲げない方がいい」

「ばれたか」

「ばれたかって、その通りかよ! 否定しないのかよ」

 まるで悪びれない秋月の肩を掴んで音瀬はその首をがくがくとゆすります。

「いや、だって音瀬面白いくらい私の意見に賛同するんだもん、何か面白くて。いやほんと面白い」

「あんまり面白いっていうなよ、面白いってなんだろうってなっちゃうだろ」

「音瀬全部が面白いよ」

 秋月がしなを作りながらそう言いました。

「そうかな?」

「ちょろいな」

「ん?」

 雲雀はそのやり取りをぽかんとながめていました、でもたぶん内心は早く私の相談に乗ってほしいという気持ちでいっぱいでしょう。

「人をおもちゃみたいにするなよ!」

 音瀬が切れます。

 そんな音瀬に縋り付く雲雀。

「はわわ、音瀬、私もうだめです、結局何がいいやら」

「うわ、雲雀が頭から煙を出してる」

「出ません!」

「音瀬、まじめに相談に乗ってやれよ」

 悪ふざけの空気が体に染みつくとなかなか抜けないのも音瀬の悪い癖なのでした。

「自分のやりたいと思ったのでいいんじゃないか」

「さっきとおんなじこと言うけど、プリント見ても何が何だかわからないの!」

 雲雀がさっきよりも強くプリントをバンバン叩きます。もうプリントはへにゃへにゃです

「っていうか、水場、私と音瀬の間に割って入らないでよ、虫唾が走る」

 そして唐突に水場にケンカを売る秋月。本当にこの子は大人しくしているのが苦手です。

「そうでもしないと音瀬がお前の奴隷になってしまう、ただでさえ最近秋月に流されやすいのに」

「ねー、音瀬。私どうしたらいいの?」

「お前の将来くらいお前が決めろ」

 もはや動物園のようなにぎやかさになっていましたが、音瀬のその一言で雲雀が口をつぐみました。引きつったように一度だけ笑い、そして、雲雀の表情に少し影が落ちました、そのことに音瀬は気が付かず話をすすめます。

「それに秋月も、俺と授業を受ける意味なんてないだろ、俺には関係なく自分の……」

「えー、やだ。音瀬がいないと授業中つまらない!」

「そんな理由かよ、っていうか俺で授業中遊ぶ気満々だろ! ていうかお前も悩んでるっていうから相談に乗ってやってたのに」

「ははは、嘘も方便」

「お前は席に戻れ、俺は雲雀のめんどうをみる!」

 結局音瀬はもともとの選択希望で通しました、そして雲雀も目を話すのが心配だったので同じ授業を受けさせることにしました。


*  *


 時間は昼休み。各々中庭でお弁当を広げて食べていました。音瀬はベルにご飯を上げています。

「すこし、自分を持たないとダメだぞ、雲雀」

 音瀬はお弁当をつまみながら雲雀に説教をしていました。

「ごめんなさい」

「いや、謝ることじゃないけど」

 それに対して水場は言います。

「何があったんだよ」

「いや、雲雀さ、何をするのにも俺と同じものにしようとするんだよ」

 そう、先ほどの選択授業、結局雲雀は音瀬と同じ授業をとりました、それどころか。音瀬が休み時間に買うジュースも同じもの、購買で勝ったシャープペンも同じもの、トイレに行くにも後をついてくるし、授業のプリントも同じ答え。

「最後のはよくないか、っていうか全部あってたら自然とそうなるだろう」

「音瀬は今日の数学全部あってた、おめでとう」

「ん? ああ、ありがとう」

 あれ? 答えが書かれたプリントはまだ配布されていないはずなのに。

「なぁ雲雀」

「どうしたの音瀬」

「毒見なのか?」

「はい?」

「俺に先になんでもかんでもやらせることで、これはやっても平気、あれはやってはいけないって判断しているのか、もしかして」

「……うん」

 音瀬は唖然となりました。

「じゃあ、ある意味個性だ、この話は終了」

 水場が野菜ジュースのパックをじゅるじゅると飲み干すと、それをゴミ袋の中に入れ口を縛ります。

「なぁ音瀬はもう少し雲雀のことを気にかけてやったほうがいいんじゃないか?」

「気にかけてるよ」

 怪訝そうな顔をして音瀬は野菜ジュースをすすります。

 雲雀は追及が済んだとみるな否やベルと遊び始めました。

「だから、もうすこしだよ、雲雀は右も左もわからないんだろ?」

「うん、まぁそうだな、けどもっと具体的には?」

「雲雀がどうしたいか聞くとか」

「……雲雀はどうしたい?」

 そう水場から受け取った言葉を雲雀に流す音瀬、まるで流水がごとく。

「私、勉強は一通りインプットされてるから勉強なんてほんとはどうでもいい、音瀬のそばにいたい」

「……だってさ」

 そして今度は音瀬が雲雀から聞いたことを水場に報告しました、左から来たものを右へ流す流水がごとく。

「それを俺に言われていも困る、お前が受け止めないとダメだ」

「自分で……」

 そして音瀬は雲雀に向き直りました。

「雲雀」

 神妙な面持ちで音瀬は言います。

「はい」

 雲雀はそれに困ったような表情で応じます。

「雲雀はつまり、これからどうやっていけばいいか全くわからないわけだ」

「うん」

「そして、自分のやりたいことは俺といたいって、ただそれだけなわけだ」

「うん」

「ああ、なんかもうよくわからなくなってきた」

「うん?」

「自分でかんがえてくれ」

「え」

「だって、俺雲雀の今後の人生に責任持てないし」

「えーーーー」

「おい、雲雀が白目向いて固まったぞ」

 水場が呆れたようにつぶやきました

「白目なんて向いてません!」

 ぴしゃりと反射的に言葉を返す雲雀。

「っていうかなんで、なんで音瀬、私とずっと一緒にいるんじゃないの? 私を導いてくれる約束は?」

「いやだって……」

「ずっと一緒に行ってくれるって言ったのに」

 いや、音瀬は確かそんなことは言っていなかったような気がしますよ、私的には。

 っていうか地の文が言ってないって言ってるんだからそれは言ってないんじゃないのかな。うん。

 そんな、雲雀のヤンデレ要素が垣間見えたその時。間が悪いことに秋月が登場しました。お行儀の悪いことにカレーパンを口にくわえています。

「聞き捨てならないんだけど、そのセリフ」

 そしてなぜか見るからに不機嫌、秋月の声のトーンがいつもより低いです。

「やっぱ結婚でもしてるのあんたたち」

「いや、そんなことないよ」

「だったら、続柄を、関係性を私にきっちり説明しなさい」

 秋月がどっかり座ると、音瀬が逃げられないように、視線を無理やり合わせました。

「だから妹なんだよ」

「信じられない」

 不思議です、秋月はなぜここまで戸籍にこだわるのでしょうか私が言うのもなんですが、すごくそれはどうでもいいことなんじゃないでしょうか。

「大体、お前が信じようと信じまいと別に変わらないんだぞ、戸籍上そうなんだから、だってお前に俺の家をどうにかできる力はないんだから」

「言ったわね」

「え?」

「私にあなたの家をどうこうできる力はないって言ったわね、あと戸籍上そうなんだからって言ったわね」

 今に見てなさい。

 そう言うと秋月は鞄から携帯電話を、取り出し、脇に起きました。

「侮らないで」

 そしてまたもう一つ携帯電話をかばんから取り出します、あらまた一つ、もう一つ。あらあらすごくたくさん持っているんですね。ソーシャルゲームとかで優位に立てそうですね。

「それがどうしたんだよ」

「今からその子の素性を丸裸にする」

 そう言うと秋月は片っ端から電話をかけ始めました。

 音瀬の目の前で堂々と。

 音瀬はそれを凝視しているしかありませんでした。

 心なしか雲雀も緊張していますし、水場はメガネをクイッと持ち上げました。


「ええ、役所に収めれれている戸籍からさかのぼって。住民票がきちんとした物なのか確認して」

「学園長に圧力をかけて資料を出させて、言質をとって、いいわね」

「私が全く見覚えがないってことはもともとこの町にはいなかったってことになる、滞在者のリストからこのこがどうやってこの町へ入ったか洗い出すんのよ、いいわね」


 秋月の話がどんどん先に進んでいるのは、そんな秋月の言葉でわかりました、次第に音瀬はパニックになっていきます、焦りが冷や汗となって手に浮かびました。

「相手が悪かったな」

 水場がそっと耳打ちした瞬間、秋月が最後の携帯の電源を落とし、そして言いました。

「調べ終えたけど。結果聞きたい? たぶん私の方がその子について詳しくなっちゃったかも」

 秋月が雲雀をにらみ、雲雀は音瀬の背後に隠れます。

「あわわわ」

「その子の戸籍、月の法律の特例によって新規作成されたもののようね、しかも作成に使った情報の生年月日、略歴、両親の情報も全くの空欄らしいじゃない、これはどういうこと?」

「それは……」

「実は前から調べていたのよ、人口生命体、あなたのお父さんの研究機関に問い合わせると確かにそう言う実験をしていたらしいわね。もしかしてその子が」

「でも、今は戸籍もあるし学園長だって学園に通うことを許可してる、何の問題もない」

「それはどうかしらね、今回の件、あなたのお父さん、月の法律と、この地球の法律の隙間をうまく通って申告を出しているようよ、だから私が全力で潰そうと思えば彼女は月に強制送還されるんじゃないかしら」

「な、なんで」

 雲雀が音瀬の後ろから言います。

「なんで一人の高校生にそんなことができるのよ。秋月さんはいったいなにもの」

「私はこの地域一帯を仕切る財閥の長女、そしてその影響下にある会社をいくつか任されているの、権力ならそこそこある、だからごまかせるなんて思わない方がいい」

「なんでそんないじわるを……」

「意地悪をしているわけじゃないわ、あなたが悪いんだもの、そうでしょ、不法入国ちゃん」

 その時はとても秋月が冷たく見えました。

 それに対し水場が反論します。

「お前、何がしたいんだ、こんな手でもし雲雀を排除したとしても、音瀬は」

「私はルール違反が見過ごせないだけ、雲雀のことは関係ない」

「そうやっていつも強い意見や強い自分を前に出して、弱みを見せずにことを押し通そうとする。本当の理由は別にあるくせに、大義名分を振りかざすなんて人としてどうかと思うぞ」

「はぁ? 水場に私の何がわかるわけ」

「お前のことは知らないが、音瀬のことはわかる、お前音瀬にまで嫌われるつもりか?」

「音瀬にまでって何よ、それに音瀬は私のこと、私のこと嫌ったりしない」

「本当にそう思うのか?」

「ペテン師ね、相変わらず、その眼鏡の奥で何を考えてるのかわかったもんじゃない」

 場の空気が徐々に徐々に薄く氷が張っていくようでした。

今まで笑いあっていたはずの三人は今や険しい顔つきで刃を向け合っています。そうこれこそ言刃のやり取り、私こういうの好きじゃないです。

 可哀そうに、雲雀はおいて行かれてしまって、寒さに震えるように縮こまってしまっています。

それに気が付いた音瀬が、その細い肩に手を置きました。

「秋月」

 その声で二人は言い争いをやめました。

「秋月、俺はお前に二つかしがあるよな」

 それまで黙っていた音瀬が口を開きます。

「あるけど、今回は其れではどうにもならない」

「じゃあ、不本意だがお前の弱みに訴えさせてもらう」

 そう音瀬が取り出したのは一枚のSDカード。

 立ち上がり音瀬はそれを天に高々とかざします。

「それは?」

 水場がそう問いかけます。

「これは、秋月の弱みをカメラに収めて焼いたものだ」

 その時、秋月の纏うオーラが変わりました。今までは余裕があったのに、今はそれが全く感じ取れません。

「これは俺にとっても相当な痛手だが、雲雀を守るためなら仕方ない」

「何が入ってるんだそれ」

「画像のデータだ」

「そんなのねつ造だって簡単だろ今の時代、何の証拠になるんだ」

「証拠になるかどうかは別に問題じゃない、問題は秋月がこういうことをする可能性があるということを世に知らしめることができるだけで、いいのだ、だから画像で十分なのさ」

「ますます何が入ってるのかみたくなってきた」

「どうする秋月、俺は休戦を提案する。雲雀を学校に通わせてあげたいんだ」

「ふーん、そう音瀬、私と真っ向からやる気?」

 そしてこの瞬間、明確に秋月の纏う空気が変わりました。これは獲物を狩る熊が纏っていたオーラです、私知ってます!

「私を奸計にはめようっての? 簒奪者ね許せない。私の前に立ちはだかるっていうなら、音瀬でも許さない」

「え、秋月さん、いったいどうしたんですか?」

「アンタがその気なら、だったら! それすら無意味にする戦略を私は展開するわ」

 語気を荒げて秋月が言います。そして立ち上がり真っ向から音瀬と視線を躱します。

「どうするんだよ」

「こうする」

 そうにやりと口元を釣り上げて秋月は笑い、秋月は数歩後ろに下がりました。何か思いついた水場が口を開こうとしたその瞬間。しなやかな足が舞いあがり、スカートが一切のためらいもなく打ち上げられます。そうして秋月は前蹴りを音瀬めがけてはなちました。

 綺麗に孤を描く前足、そして器用につま先でSDカードを蹴り上げると。

 周囲が驚きの声を上げている間に、音瀬にタックルして、弾き飛ばしてから。

SDカードをキャッチしました。

「暴力かよ!」

「最終手段!」

「開き直ったよ!」

 そして秋月は即座にバックステップ。三人から距離をとり。そして。

「私を捕まえられたら返してあげる」

 そう微笑みSDカードに口づけをするポーズをとりました。

「捕まえられなければ?」

「私の思うとおりにさせてもらう」

「そんなの理不尽だ!」

 音瀬がそう叫んだ瞬間、秋月は全速力で中庭を抜けて校舎の方へ行ってしまいました。

「たぶん、タイムリミットは授業が始まるまでの三十分、手分けしていくか」

「水場は何か作戦を考えててくれ、雲雀と」

「音瀬はどうするのですか?」

「俺は秋月を説得する」

 そう言って音瀬も中庭を後にしました。


*  *


 音瀬は校舎中をがむしゃらに走り回りました。休み時間が終わるまで、時間としてはあとに十分程度、早く見つけ出さなければなりません、だから音瀬は周囲に白けた目で見られても全速力で校内を駆け巡っていました。

そして一つあることに気が付くのです。それは校舎の温度感でした。

 もしついさっき廊下を全速力で駆け抜ける陸上部エースがいれば、その話題をしている人間が独りでもいないとおかしいと思いましたし、少し騒ぎになっていてもよさそうなものです。しかしそんな温度感はなく。音瀬は秋月が早々に校舎の外に身を隠したんだなと察しました。

 そしてそう考えると秋月がいる場所に少し心当たりがあるので、そこに行ってみることにしました。

 学校の山側。林道へ。

 この学校の林道は園芸部が整備していますが、優先度が低いようで、ところどころゴミが落ちています。ついでに舗装も適当ですごく危ないです、中庭の存在もありここには誰も近づきません。

 その林道を歩いていると不意に上から声がふってきました。

「音瀬」

 その声に驚きはじかれたように見上げると、秋月が木の枝の上に爪先立ちになってこちらに手をふっていました。

「おま! パンツ見える」

「ああ、別に減るもんじゃないし」

「それ、見られる側が言ったらまずいからな、全国のエロ親父の発言を肯定したら、困るのは他の女学生だからな」

「変なところこだわるね」

 というか、何でこの子こんなに恥じらいと言うものがないのでしょうか。

 女を捨てているわけではないんですが、いかんせん大切にしていないというか、どうでもよさそうというか。

「ああ、もうばっか、早く降りろ」

「あなたの指示には従いませんし、別に私が気にしなければ別段問題ないと思うし」

「なんでそんな頑固なんだよ」

「それはお互い様、音瀬。一つきいていい?」

 秋月は不意に視線を遠くに向けました。まるで何かに思いをはせるように

「ねぇ、音瀬。今まで通りでよくない?」

「なに?」

 音瀬は片手で秋月の下半身部分を隠しながら話を続けます。

こういうところが律儀というか、ピュアというかなんというか。

「雲雀って子が来なかった、高校一年生、それより前の、私たちの関係性。水場がいて、私がいて、その間に音瀬がいる。それじゃだめなの?」

 秋月が寂しそうに言いました。それに対して音瀬は考えることもなく言葉を返します。

「でも、もう雲雀は家族なんだ、いまさら帰れなんて言えない」

「そうだった、音瀬はそう言う人間だ。でも私もわがままで、こう言ってるわけじゃないんだよ。音瀬、雲雀と別れる日はたぶん、音瀬が思ってるより早く来るよ」

「どういうこと?」

「それは言えない、それは私の口からは言えない約束なんだ」

「ん? 何をいってるんだ」

「その前に、私は、まだ音瀬が傷つかないうちに、雲雀を排除する必要がある」

「言ってることがよくわからないんだよ秋月、わかるようにちゃんと説明してくれよ」

 苛立ち交じりに音瀬がそう言葉を吐き、それを秋月は受け止めることなく、ただただ淡々とながします

「いい音瀬、音瀬が私に言えることははいかいいえ、それだけなの、私はそれを聞いてそしてリアクションする」

「それを判断するための材料をよこせって言ってるんだろうが」

「いつでもすべてが与えられて、その上で審判が行われるなんて思ってるから、人は神に騙されるのよ」

「わけのわからないことを言ってないで、とりあえず降りてこい、首が痛い」

 音瀬が苛立ち交じりにたんたんと足を踏み鳴らし、秋月はそれを冷たい目で見降ろしています。

「嫌よ、私は人を見下ろすのが好き」

「俺は嫌い」

「君の話は聞いてない」

「君呼ばわりも嫌い」

「可愛くおねだりしたら言うこと聞いてあげてもいいかもよ?」

「ふざけたこと言ってないでとっとと、降りろ!」

 堪忍袋の緒が切れた音瀬は怒鳴り、秋月が乗っている樹を何度も強く蹴ります。

「ゆ、揺らさないで!」

「そっちは見ないからな、危なくなったらちゃんと着地の体制作れよ」

「うわ、わわわわ」

 ついに秋月がバランスを崩し、ずるっと足を滑らせます。

ですが少しおかしいことがおこります。

本来であれば秋月はそのまま下に落下するはずなのに、なぜか秋月は、音瀬めがけて落ちてきたのでした。

「きゃあああああ」

「うわああああ」

 そして音瀬は秋月の下敷きになります、仰向けの音瀬にしなだれかかるように秋月が倒れ込みまして、何ともまぁあられもない姿になっています。

「あいたたた」

「ごめん、音瀬、でも樹を蹴った音瀬が悪いんだからね」

「お前、わざと俺の方に飛んだだろう」

「えへへへ、ばれたか!」

「元気いいな!」

「コントロールするのはたやすい」

「お前の思う壺かよ!」

 音瀬は頭痛の残る頭を抱えて身を起こそうとします。

けれどもまるで、岩に挟まれているみたいにがっちりと、体が固定されているものですから、全くうごけません。

「ちょ、どいてくれないか」

 そう音瀬はもぞもぞと体をくねらせると。

「うわっ、どこ触ってるよ」

 見れば動かそうと曲げた指ががっちりと秋月の太ももを掴んでいました。

 音瀬は反射的に指を動かしました。

 その肌はまるで吸いつくように音瀬の指にフィットし、すべすべ、なおかつふっくらとしていて。見ている側からも、すごくもちもちなのが見て取れます。

「変な声出すなよ」

「ひゃうん」

「だから、今度は膝の裏だろうが、っていうか。俺の足に足を絡めるのやめろ!」

 音瀬はもがき、秋月の両足の拘束から逃れようと身をよじります。それがいけない、秋月がバランスを崩し、より音瀬に体重を預ける形になりました。

「でも、それ、膝を抑えて引かれたら、私ガニマタになるし」

「だったら足をどければいいだろう。俺は手が痛いんだよ」

「だからって、手を横に逃がしていたらまずいことになるんじゃない?」

「まずいって何が?」

「はたから見ると、絵面がまずいことに」

 ええ、そうです、私気が付いていましたよ、音瀬がやってるのはもうセクハラですし、悪手ですし、もうなんか全部変態的ですとも。

 最初は音瀬の両足を秋月が両足でがっちりホールドしていたのですが、そのホールドから逃れるために、音瀬は徐々に両腕ををずるずる上げていったんですね。

するとその動きでどんどん秋月の足の角度が開いて行って、体制をうまく保てなくなった秋月はどんどん前のめりになっていくわけですよ、より密着し、今では寄り添っているようにしか見えなくなりました。

「音瀬、大胆」

「ああああああ、暑苦しいんだよ!」

 音瀬はいらだたしげにそう叫ぶと、秋月をひっくり返すようにして引きはがしました。火事場の馬鹿力ってやつです。

「それより、捕まえたぞSDカードを返せ」

 音瀬は立ち上がりそう秋月に指を突きつけます、何でしょうねこのポーズ。

「あら、これで私を捕まえられたと思ってるの?」

 秋月は泥まみれになった足をほろって立ちます、そしていたずらっぽく微笑むと、SDカードを取り出してちらつかせました。

「タッチしたら捕まえたことにならないのか?」

「ならない」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「たとえば、私を倒すとか」

「え?」

 音瀬は気が付きました、秋月のその目が笑っていないことに。

「私を捕まえるっていうのはこういうことだ!」

 そう叫んで、秋月は一歩前に踏み出しました。

 踏み出したと言っても歩いてきたわけじゃないですよ、秋月は武術家ですから。

武術家の一歩とは、体を少し傾けただけに見えても、まるで足の裏にローラーでもあるみたいに、スィーッと動くものです、まさにあれを披露してきました。

 そして秋月は音瀬に容赦なく、前蹴りを繰り出します。

 音瀬はそれを首をひねって間一髪のことで回避。

「あぶなっ」

「まだまだ」

 秋月はその勢いを残したまま半歩前進、音瀬との適切な距離を保ちながら、裏拳で薙ぎ、それを音瀬は屈んでかわし、飛んでくる膝を音瀬は転がって回避します。

 あわてて立ち上がった音瀬の顔めがけて前蹴り、音瀬はそれを後ろに下がって手で受けます。

「秋月!シャレにならないって」

 秋月はどんどん調子が良くなっていくようでした。速度が上がり舞うような連撃が飛び出します、それを奇跡的に音瀬は回避し続けていますが、額から噴き出す汗は玉のよう。もう限界が近いのでしょう。

「やめようぜ、秋月、俺ちょっとお腹痛くなってきた」

「問答無用!」

 いやぁ、なんとなく秋月の様子がおかしいことには気が付いていましたが、暴力まで発揮してくるほどに必死だとは誰が思うのでしょうか。

 私はそんなこと全然予想していませんでした。

「ちょ、お前」

 秋月の戦闘行動は実に見事でした、一度秋月は飛ぶと、まるで重力がないみたいに空中で静止し、そして体を回転さながら蹴りを二発放ちます。

「この、お前!」

「パンツ見るなんて、エッチ」

「もうそれどころじゃねぇよ!」

 だって目をそらせばよけられない、当たったら死ぬ勢いの蹴りを放ちますし、もはやどうしようもないです。

 それに命のやり取り中はパンツなんて布です、少なくとももはや音瀬の頭の中にはパンツという単語はありませんでした。

 かわせなければ死ぬ、その予感だけがありました。

 続けざまに秋月はとても綺麗に蹴りを放ちます。

 それも秋月の蹴りはなぐような回し蹴りではなく、突くような蹴り、膝を曲げて正面に伸ばして放つ前蹴りなので、よけるのはそれほど難しくないのですけれど。それだけに威力が高いことを音瀬は纏っている風圧から感じることができるのです。

 これを一撃でももらえばやばい。

「暴力反対!」

「私は好き」

「俺は嫌い」

「君の話は聞いてない」

「君呼ばわりも、嫌い!」

 音瀬がついに回避しきれず肩に蹴りを受けます、信じられない衝撃が体に伝わり、すぐ後ろの木に背中を叩きつけられました。

「っぅ…………。少しは女らしくしろよ」

 それは音瀬渾身のイヤミでした。もう音瀬にはそんな悪態をつく力しか残されていないということでもあります。

 しかしそれが思いのほか心に来たのか、秋月は攻撃の手を止め、口を開くのでした。

「女の子らしいじゃん! 私」

 その瞬間秋月が胸に手を当てて叫びました。

「髪も、肌も、目も、スタイルも、損所そこらの女の子よりずっとすごい」

「内面の話をしてるんだよ」

「ああ!そうね、あの子は女の子らしいものね。一人守られて、おしとやかで、おどおどしてて、守ってあげなくちゃって、私はそう言うの反吐が出るのよ! 人間として間違ってる」

「人の悪口はどうかと思うよっ」

 音瀬は秋月の射程から逃れるべく、後方に思いっきり飛びます、それこそ十メートルは飛んだのではないかと本人は思えるほどに飛び、しかし突如強い衝撃を全身に受けます。

 一瞬秋月がワープして後ろから攻撃を仕掛けてきたのではないかと思いましたが、そんなことはありません、目の前にいます、それは音瀬の錯覚だ。

 そして突如鋭い痛みが全身を駆け巡ります。これはまるで。

(刃物で刺されたみたいな)

 冷たいおぞましいものが体に差し込まれるような痛み、しかしその正体を確認することなく秋月が攻撃圏内にまで近づいてきます。

「もらった」

 秋月は走ってきた勢いそのままに体を回転、音瀬に背を向けます。膝を曲げ、ふくらはぎを抱えるように威力をため、腰の回転も加えて放つそのけりは。単純ながら秋月の技の中でも最高威力を誇る、後ろ回し蹴り!

 これを受けては音瀬も日の出は拝めないでしょう!

「とった!」

「何を! 命?」

 その瞬間、音瀬の脳内に駆け巡る今までの楽しかった一時、アリナの笑顔、水場とバカをやったこと、そして雲雀の涙。

 音瀬は死ぬわけにはいかないのでした。

「うおおおおおおお! ギブアアアアアアアアアップ」

 音瀬は思わず両腕で顔を保護しながら、とっさに全力で屈みました。その結果足は外れましたが、ズドンと鈍い音がして、木が大きく揺れます。

 音瀬は頭上を見上げます、ブリッジのように秋月の足が樹まで伸びていて、秋月は冷たい目で音瀬をみていました。

「つまんない」

 そう秋月は吐き捨てるように言うと、腰砕けになった音瀬に背を向けます。

「お、おい、どこ行くんだよ」

「チャイムが鳴るから、もどる、ほら私優等生だし」

 そして秋月は肩の激痛に気が付きます。アドレナリンで痛みを感じなかったようで一安心すると激痛が波のように押し寄せてきます。

「俺も行くよ」

「ついてこないで」

 それは無茶ですよ、音瀬の目指しているところはあなたの教室なんですから。

「秋月、なんで怒ってるんだ?」

 秋月はそれに短く言葉を返しました。

「怒ってない」

 そしてチャイムが鳴り響きました。

 作戦失敗、残念ながら秋月からSDカードを取り返すことはできませんでした。


*   *


 突然ですが秋月は優等生です。それに比べて音瀬は意外と不良でした、というのも不良な水場の影響も多大に受けているので仕方がないことかもしれません、その結果音瀬はたまに授業をさぼります。

「ごめん取り返せなかった」

 音瀬は水場たちがたまり場に使っている、中央校舎裏の集会場に来ていました。

「別の方法を考えよう、最悪僕が真っ向から……」

 ここには常時人がいます、学校からドロップアウト寸前の不良が筋トレしていたり、無能教師の授業は受けずに塾の宿題をしたい自分勝手な人がいたり、クラスになじめない不登校児がゲームしていたりします、全員水場の友達でした。

「雲雀は?」

「さすがにあの子をこの脱落者ひしめく社会の裏側へ連れてくるつもりにはなれなかったよ」

 それもそうかと音瀬は納得し、あたりを見渡していると。

「……おい音瀬、その傷どうした」

 鋭く水場が言い放ちました。

「きず?」

 音瀬は自分の体を見渡します、擦り傷や打撲痕などは見当たりますが、こんなことを日常茶飯事です、水場がなぜそんなに強く言うのか理由がまるで分りませんでした。

「背中だ、おい誰か来てくれ」

 そう呼ばれて近づいてきたのは、体長190センチある白人の大男のダニーと、黒人の筋肉マン、ジョニーでした。ちなみにこれは偽名です。

「音瀬を羽交い絞めにしろ」

 そう言われるや否や、外人二人が無言のままに音瀬を取り押さます、そして、手近な机に音瀬の胸を当てる感じで押さえつけました。

「なんだよこれ、どうした水場」

 顔を赤らめて不安げに音瀬は問いかけます、心なしか声が震えていました。

「大丈夫だ、そんな不安そうにするな、すぐにとってやる」

「何を」

「なんでこんな風になるまで木が付かなかったんだよ、おかしいだろ」

「だから何が」

「音瀬、これ、いったいどこで」

 水場の指が音瀬の背中を這います。

「うひゃ」

「変な声出すな。音瀬これ、秋月にやられたのか?」

 水場がメガネを持ち上げて、音瀬を撫でた指を音瀬に見せました。

 そこにはべったりと血が付着していたのです。

「これは……」

 音瀬には心当たりがありました。秋月の攻撃から逃れるためにバックステップした時、体に何か突き刺さる感覚がありましたから。

「これは、その秋月とじゃれてるときに」

「じゃれてる時につく傷じゃない。背中真っ赤じゃないか。保健室に連行だ」

「いいって、大丈夫だから!」

「いや大丈夫じゃない、傷口を見たが、枝が残ってるぞ、早く摘出した方がいい。行くぞ」

 そう大男二人に抱えられて保健室まで連れて行かれる音瀬。

「これは、さすがに報告ものだ」

「やめろって。違うんだ、これは俺が勝手に」

 おそらくは、音瀬がぶつかった木木から枝が突き出していて、それに自分から刺さりに行ってしまったんでしょう。

「いや、報告する、秋月が人に怪我をさせたんだぞ、秋月の家に報告する義務が俺にはある」

 ですがそれは秋月が音瀬を追い詰めたがためです、だれがどう考えても秋月が悪いと思うでしょう。

「なんで気が付かなかった」

「俺、痛覚鈍いから」

「…………そうだったな」

 すぐさま保健室に運び込まれた音瀬は肩の枝を抜くことには無事成功しました。特に引っかかることもなくずるりと抜けたので、保健室に集まった一同の口からは、おおっと感嘆の声が漏れたほどです。

「あら、ずいぶん出血が少ないのね」

 保険医のオタ子先生は……まぁ、あだななんですが。

メガネをかけて早口でしゃべり一本の大きな三つ編みを作っています、その髪自体はあまり手入をしていないのか、キューティクルを失っています。

 保険の先生が不衛生でいいのかよという声を多く聞きますが、彼女が保険医になってから授業を保健室でさぼる生徒がいなくなったので、学校側は別にいいかなって思ってるみたいです。

「い、いたくないの?」

 早口にそうオタ子先生がまくしたてます。

「痛覚鈍くて」

「うっそ、信じられない。普通の人間なら激痛で身悶えているはずよ」

 そうオタ子先生は早口にまくしたてると。念のためこのまま病院へ行った方がいいと、ぼそぼそと言いました。

「いや、だって病院に運び込まれると秋月の叔母さんに見つかるし」

「そう言う問題じゃ」

「いえ、大丈夫、血は止まってるんですよね、だったら平気」

 そう音瀬はオタ子先生の静止を振り切り逃げるように保健室を後にするのでした。

そして結局授業の半ばから参加にしました。


*  *



 ですが問題が浮き彫りになったのは、その夜の夜。

 ちなみに音瀬家の二階には寝室用の部屋が四つあり、今は客間を雲雀の部屋として解放していまして、その隣に音瀬の部屋があります。

 そしてどうやら雲雀のベットから壁一枚はさんで、向う側に音瀬のベットがあるらしく、よく寝ぼけて壁を叩く音や……。

 その、いろいろする音が、雲雀の耳に届くのですけれど。

 今日雲雀が聞き取ったのはうめき声。

「おとせ?」

 雲雀が壁越しに音瀬に問いかけます。

 その声は届かないようで、ただうめき声だけが徐々に大きくなっていきます

「音瀬! おとせ!」

 雲雀は壁をがんがんと叩き、音瀬の反応をうかがいますが何の反応もありません。

 そこで雲雀は、すぐさま部屋を出て音瀬の部屋の扉そのノブを回しますが。当然あきません。

「どうしよう、音瀬! 音瀬!」

 そう扉を叩くと、やっと、やっとです。反応がありました、うめき声が止んで、そして足音。徐々に近づきそして鍵の開く音。

 すべてが雲雀にとってただ長く感じられました。

 そして扉を開けて音瀬が顔を覗かせます。

「どうした雲雀、怖い夢でも見たのか?」

 見れば音瀬の様子は明らかにおかしいのでした。

 体中汗でびっしょりですし何より、顔が赤く、震えています。

「ねぇ音瀬、何があったのですか?」

 雲雀が部屋の中へ入ろうとドアを勢いよくあけます、すると支えを失った音瀬の体が雲雀へ向けて倒れ込みました。

「音瀬、熱い、すごいからだが熱いよ、音瀬、大丈夫?」

 雲雀が音瀬の体を抱きしめます、そしてちょうど傷口のあたりに触れると、痛々しいくらいに腫れ上がっているのがわかりました。

「音瀬、怪我してるの?」

 音瀬は最初、何を言われているか分からないと言った様子で呆けていましたが、ゆったりと雲雀から体を話すと。

「いや、そんなことはないよ」

 青ざめた顔でそう笑いました。

「うそっ!」

 そう雲雀は音瀬の手を取って温度を測ります。明らかに普段の体温より高く、またひどく汗ばんでいることがわかりました。

「音瀬、何があったの」

「気にするな」

「秋月さんと何があったの?」

「知らなくていい」

「だとしても、これはほっとけないよ」

「寝てれば治るよ」

「なんでそんな適当なことばっかり、救急車呼ぶね、音瀬はここで大人しくしてて」

 音瀬の体をとりあえずベットに横たえると、音瀬は雲雀の手を取りました。

「あんまり大事にしたくない」

「無理だよ! だって音瀬こんなに苦しそうじゃない」

 音瀬は、荒く息をつきながら、気持ち悪そうにベットの上で身をくねらせました。

「私でどうにかできたらいいんだけど、私じゃ応急手当程度の知識しかないから」

「秋月の叔母さんには、絶対に連絡するなよ」

そう言うと雲雀は音瀬の手を振り払って、一階まで下りました。固定電話の受話器をとり、ボタンを押そうとします、けれど雲雀はここで何もわからなくなってしまったのです。

 何も救急車を呼ぶ番号がわからなくなったわけではありません。

 自分の判断は間違っていないのか、救急車を呼んでどうすればいいのか、病院に行くにあたって必要なものはないのか、知識としてそれはありますが実践したことがない故に、ひどく不安になってしまったのです。

「私、何も知らない……」

 救急車を待っている間にすべきことは? 病院にかかるのであれば保険証がいるのでは? それはどこにあるの? 秋月の叔母さんって?

 不安はそのうち恐怖に替わります、雲雀は怖くなってしまいました。

「おとせ、おとせ、早くしないと音瀬が、しんでしまいます」

 雲雀は目に涙をためながら、記憶しているたった一つの番号にかけます。

「お願い、出てください、お願い」

 受話器を握る白い手が、可哀そうなほどこわばっていて、身を小さくして振るえる姿は心細そうでした

「お願い、でて、アリナさん、お願い」

 その瞬間、願いが通じたように電話がつながります、不機嫌そうなアリナがでました。

「もう、お兄ちゃんこんな時間に電話かけるなんて非常識、なんなのいったい、私明日ロケなんだけど」

「アリナ! アリナ! 私です、雲雀です、アリナお願い、助けて」

「どうしたの?」

「私じゃ、どうしたらいいか分からなくて」

「すぐ言った方がいい?」

「お願いします」

「経緯は移動しながら聞くから、お兄ちゃんの電話にかけなおす。というか雲雀が電話してきたってことは、お兄ちゃんが電話できない状態ってことでいいんだよね」

「はい、熱があって、怪我も」

「わかった、お兄ちゃんの部屋に電話があるから、それ鳴らすから、それで出て」

 そうアリナは言い残すと電話を切りました。

 そして雲雀はあわてて階段を上るのでした。


*  *


 そのあと、雲雀はアリナの指示で、救急車を呼び、大気している間に音瀬の包帯をとき傷口を消毒して冷やしました。

 その間音瀬が目覚めることはなく、うなされながらも眠り続けていたのですが、救急車に乗せられると。うめきながら

「中央病院はやめてくれ、お願いだ、お願いだ」

 そう言い続けました。雲雀にはその言葉の意味は分かりませんでした。

 雲雀は保険証や病院のカードを持ったアリナと一緒に救急車に乗り込み。大学付属の病院へむかいました。

 その車内で雲雀はアリナに経緯を全て話しました。今日おきたこと、秋月が雲雀を地球上から追い出そうとしていること、そして音瀬が怪我をしていたなんて知らなかったこと。

「私のせいで、私を強制退去させないために……」

「こういうほうが無理があると思うけど、雲雀は気にしないであげて、私も雲雀がいなくなったら嫌だし、雲雀を守るためにお兄ちゃんは全力を尽くすべきだと思うよ、だからこそ今回はお兄ちゃんがへまをしたって、ただそれだけなんだよ」

「それは、音瀬に対してひどいと思う」

「はぁ、お姉さまか、よりによってこの町で一番厄介な人に敵視されちゃうなんて、私じゃどうして上げることもできないな、水場さんに頼るしかないかな、でもそうなるとお兄ちゃんの本意じゃないんだろうな」

 アリナは眠り続ける音瀬の手を握りつぶやきます。

「なんですぐお医者さんに掛からなかったのよバカ兄貴」

 病院へ搬送されるや否や、診察を受け、傷を縫合し注射を何本かうってもらうと、苦しそうな表情をしていた音瀬は穏やかな寝息を立てるようになりました。

 そして言い渡されたのは三日間の絶対安静。わりと重症でした。

 その診断結果を訊いた後、二人は音瀬の病室にいったん戻り、そしてアリナは自分の財布からいくらか抜き取って雲雀に渡しました。

「私は、ごめんもう帰るね、雲雀任せてもいいかな、目が覚めた時にお兄ちゃんに全部説明して、お金の説明をして、一緒に帰ればそれでいいから」

「うん、アリナ、ありがとうございます」

 雲雀は音瀬の携帯電話を握りしめながらぺこりとお辞儀をしました。

「着信履歴の開き方はわかる? ここから私の電話にかけられるから、ああもう、お兄ちゃんが元気になったら携帯電話買いに行こうね」

「うん、ありがとう、アリナ」

「うん、やっぱ家族は敬語ない方がいいね、それじゃあ、頑張って」

 そうアリナが立ち去ってから、雲雀は一人きりで音瀬を見守ることになりました。

 雲雀は使い方のわからない携帯電話をもてあそび、そして教わった着信履歴を開き、画面を出します。

 音瀬はほとんど電話はしないようでしたが、直近でアリナの番号、そしてその一つ下に秋月の番号が乗っていました。

「秋月 香奈夜……」

 雲雀は静かにつぶやくと通話ボタンを押しました。

 するツーコールで通話状態になり、そして深夜の頭にはキンキン響く甲高い声で秋月が電話に出たのでした。

「キャー、音瀬? こんな時間に電話ってことは、まさか夜のお誘い? こまるなぁ私達明日学校でしょう? いや学校いけなくなっちゃうな、寝かせないからさ、私優等生なのに、乱れた大学生みたいになっちゃう、キャー」

「すみません、雲雀です」

 そう言った瞬間、電話口の温度があからさまに下がりました、溜息すらきこえてきます。

「なんの用? いたずら電話なら、明日にも国外退去だけど」

「音瀬が倒れました」

「なんで」

「あなたがやったんでしょ!」   

 雲雀が声を荒げ、それを冷静にきく秋月。

「いまから、大学病院まで来てください」

「いいわ、私も心配だし」

「駐車場で待っててください、話したいことがあります」

「わかった、じゃあ十五分くらいでつくから」

 そう言うと返事を待たずに秋月は電話を切りました。

 そして深夜三時ごろ。

 雲雀はがらんどうになった駐車場で、一人たたずんでいました。

 そして遠くから、自転車のタイヤが回るチャリチャリという音が聞こえてきて、振り返ると、秋月が坂を速度を緩めず降りて滑走しているのがみえました、こっちへ向かって走ってきます。

 そして到着するや否や、雲雀が怪訝そうに言いました。

「なんで制服なのですか?」

 そう雲雀は問いかけます。

「もちろん、今日はこのまま学校に行くからよ」

「ずっと病院にいるつもりですか?」

「うん、音瀬のために添い寝とかしちゃう」

「…………なんで、いまだにそんな軽口を叩けるんですか」

「命に別状はないんでしょ、なら軽口の一つも叩くわよ」

 そう秋月が言った瞬間、雲雀は頭を下げました、唐突に。

「何のつもり」

「私が悪かったのなら謝ります、だから」

 雲雀は顔を上げて、そして秋月の目を見つめていいました。

「音瀬に謝って」

「そう言う思い上がった感じ、私ムカつくな」

「思い上がる、ですか?」

「正直、あんたは悪くないのよ、たぶん全部他人の意志でしょ、あんたがここにいるのも、音瀬と一緒に生活しているのも、この世に産み落とされてしまったのも、自分の力で生きていかなければならないのも、あんたの意志じゃない、ならあんたの責任は一つもない」

「だったら」

「だから謝る必要はないし、なにも私に言う必要なない、あんたのあずかり知らぬところですべてが決定されて、あなたはそれに従えばいい、ただそれだけ」

 雲雀はその言葉に対して何も言えませんでした、その通りだと感じたからです。

「なんで」

 代わりに口をつくのは、雲雀の疑問でした。

「友達なんでしょう、何で傷つけるんですか」

 秋月は一瞬何を言われているのかわからない、そんな呆けた表情を見せましたが、すぐに納得したような表情を向けました。

「私すこししか秋月さんと一緒にいないですけど、でも変ですよ。なんであんなに音瀬のことをいじめるんですか?」

「たのしいから」

「音瀬は楽しくないと思うよ、きっと」

 秋月がふと視線を逸らしたことが気に食わなくて、雲雀はその視線の先を追って動きました、そして雲雀は秋月の目を見据えます。

「あなたはいつもそうだ、ふざけて他人の行動をまにうけないで、全部笑って済ませてしまう、今回ばかりはそうはいきません、音瀬はだってこんなに苦しんでる、あなたのせいだ」

「何も知らないくせに、何を言ってるの」

「わたしは……、そう何も知らない」

 雲雀はかみしめるように秋月の言葉を繰り返しました。

「秋月がどういう事情で、音瀬とどういう関係なのか、まだ全然わからないです、けど、二人にどんな関係や事情があったって、今日のこれはひどすぎる」

「謝るって言ってるんだから、もういいでしょ、それより音瀬に会わせて」

「307号室です」

「わかった」

 そう言うと秋月は小走りで病室へ向かいました。

 ただ一人残された雲雀は、立ちすくみます。

 自分は秋月と会って何がいいたかったのだろう、自分は秋月にどうしてほしかったのだろう。

 さらには、自分が消える日はいつなんだろうとも考えていました。

 やがて月に送り返されてしまうことに何の実感もわかないのが不思議でした。

「でも、私、音瀬にもう、会えなくなってしまうんだ」

 雲雀は目を閉じます。

「やだなぁ」

 そう月に向かって微笑みます、そんなとってつけた笑顔の上から、しみだすような涙がこぼれて、月明かりに照らされるのでした。

 雲雀がここに来てからまだ一週間もたっていませんが、雲雀はとってもここが気に入っていたのでした。

「でも、どうしたらいいか分からないのです」

 雲雀は問いかけます、月に。どうしたらいいのか。

「なんでお父様は私を作って地球に送ったのでしょうか、みんなてんやわんやになるってわかってたのかな」

 消えるべきなのか。自分が音瀬に対して悪影響を与えるなら、消えるべきなのか。

 わかりませんでした。

 そしていけないことに、自分が音瀬にどんなに悪い影響を与えるんだとしても、それでもまだ一緒にいたい、そう思ってしまうのでした。

「でも、それは私のわがままですね」

 しばらくすると、秋月が戻ってきました。

 雲雀は振り返り、涙にぬれた目をこすります。

「泣いていたの?」

「ええ」

「人前で泣くのはやめなさいよ、みっともない」

「ごめんなさい」

「いちいち謝るのも腹が立つ」

「不快にさせて申し訳ないと私は思うのです、ごめんなさい」

「あなたはホントに、私を苛立たせる、一人守られて、おしとやかで、おどおどしてて、守ってあげなくちゃって、私はそう言うの反吐が出るのよ、人間として間違ってる」

 そう苦々しげに唇をかんだ秋月。

「私は明日から国外退去ですか?」

「そんな風に簡単にことが運ぶわけないじゃない、一週間程度ね」

「そうですか」

「受け入れるの?」

「秋月さんは私の何を知っているんですか?」

「うーん、寿命とか」

「そうですか、ならそう思っても仕方ないですね」

「私はあいつにとって悪影響を及ぼす奴が近くにいるのが我慢ならないのよ、だから私が排除する」

「まるで、無菌室にみたいですね、それは免疫力が低下する原因ですよ」

 完全に危険のない世界で生きた生物は、危険への耐性を失い、危険への対処方法を忘れる、それは生命として脆弱になる行為って、私聞いたことがあります。

「私、私が音瀬に悪い影響を与えるっていうなら、秋月さんも一緒に音瀬の前からいなくなるべきだ」

「なんで私が」

「音瀬の意志に反して、音瀬からいろいろ奪える、そんなあなたが近くにいればまた同じことが起きるんじゃないですか」

「同じこと」

「私は、わかる、音瀬は他人のために怪我をしてもへっちゃらって人、だからこそまた今日みたいにあなたとぶつかる時が来る、そうなったときまた秋月さんは音瀬に怪我をさせてまで自分の意見を押し通すのですか」

「そんなことは……」

 秋隙は考え込むしぐさを見せました、けれどすぐに思考を終了し、真っ直ぐ雲雀を見据えて言うのです。

「そうね、そうする」

「それはもう、音瀬の友達ではないんじゃないですか」

「…………」

「音瀬が今は許していても、でもそのうち音瀬が許せなくなったら、それは単にあなたが略奪者ですよ」

「意外と難しい言葉知ってるのね」

「私、知識だけは豊富ですから」

「……そうかもしれないわね、そう私はきっと音瀬に甘えていたんだ」

「私が危険なら、秋月さんもきけんです、だからもうやめましょう」

「……そうね、あなたの言う通りかもね、消えましょうか」

「秋月はどうやって消えるつもりなのですか?」

「転校でもしようかなって、私ずっと考えていたんだ、音瀬はきっと私の弱みになるし、音瀬はきっと私を疎ましく思う。だから」


「勝手に決めてんじゃねぇ!」


 その瞬間、鋭く低い声が駐車場にこだましました、見れば音瀬がその体を引きずってそこにいました。

「音瀬」

「安静にしていてって、言われたはずです」

 音瀬はその声を無視して秋月に近づき。

「俺がいつ秋月に消えてほしいって言ったんだよ。確かに度が過ぎることがあってもお前はあんなふうにしか人とコミュニケーションをとれないんだから、仕方ないだろうが」

 そう声を張り上げました。

「なんで、なんで!」

 今度は雲雀が声を張り上げる番でした。

「音瀬は怪我をしてるんですよ、なのになんでそんな風に言えるんですか、音瀬は秋月に怪我をさせられたのに!」

「今回はこんな風になっちゃったけど、でも、これは俺の不注意だしさ」

 そう音瀬は雲雀に微笑みを向け、秋月に向き直る。

「私を許すの?」

 秋月は不安気に言葉を漏らすと、目を閉じて両の拳をギュッと握りました。

「さっきまであなたは昏睡していたのよ、荒く息をしながら、うなされるように体をひねらせて、それで傷口が圧迫されればまたうめき声を漏らすような状態だったのよ、私はそれを眺めることしかできなかった、その怪我の原因を作ったのは私なのに」

 そうまくしたてる秋月に対して、音瀬は穏やかに言葉を返します。

「許すも何もない、友達だし、でも雲雀を学校から追い出すって話はさすがに俺も必死になるよ、それでお互いむきになってこのざまだ、秋月は悪くない、俺が俺をコントロールできなかったのが悪いんだ」

 怪我の話はこれでおしまい、そう音瀬は勝手に話を終わらせてしまいました。

「そして雲雀の件だけど、俺はもう雲雀の親みたいなものだから、雲雀を学校に行かせ義務があるし、雲雀には俺が好きな学校に行ってもらいたいとも思ってる、だから俺は最後の最後まで秋月に抵抗すると思う、それこそこういうけがはもっとするかもしれない」

 秋月がどんよりした視線を音瀬に向けます。

「いい加減あきらめたらいいのに」

「頑固さはお互い様だな」

 音瀬は言葉を続けます。

「それに何より、俺が雲雀と学校に行きたいしな、だからお願いしたい、雲雀を学校に通わせてやってくれ、月に学校はないんだ、ここでしか青春はおくれないんだよ」

「そう言う風に説明されてるんだ……」

 秋月が意地わるく言いました。

「秋月、何でもかんでも警戒するんじゃなくて、もっと他にいい方法もあるんじゃないのか」

「警戒? 私が?」

「雲雀は無害だよ、お前にとっては何の影響力ももってない」

「音瀬は、ほんとうに、いつだって、何もわかってないね」

「お互い様だ、確かに秋月はたくさんのことを知ってるけど、おれしか知らないこともある」

「たとえば?」

「いろいろ」

 二人はけん制し合うように視線を躱します。

「音瀬、だめです、私が、私が納得できない」

 雲雀が二人の会話に割ってはいりました。

「音瀬はこんなに苦しんで、だって夢でうなされる時に秋月の心配までしてました。秋月先生の所には連れて行かないでって、このことがばれるのを予防するためなんですよね」

 秋月の肩がびくりと震えました。

 そうです、秋月の母は医者で中央病院は半分秋月家の物になっています。そんなところに運び込まれ経緯を説明すれば、秋月は一族の中でどんな叱責を受けるのでしょうか。

「でも秋月は、こんな、こんな軽く済ませて、私許せないんです、音瀬がこんなに気遣っているのに」

「雲雀……」

「私はそれがどうしても許せない、何でこの人はこんなにそうなんですか、人からたくさんの物を奪っておいて、壊しておいて平然としていられるんですか。私にはそれがわからない!」

 雲雀の金切り声が夜に響きます、涙ながらの訴えは間違いなく雲雀の怒りに染まっていました、その目からは大粒の涙が流れ、音瀬がはそれをぬぐうのでした。

「雲雀……」

 音瀬がそう、何かを言いかけたその時のことでした。


「ごめんなさい」


 突如、秋月は深く頭を垂れました。

「そして私の親族争いの事情まで心配してくれてありがとう、せめて治療費は出させてください」

「そんなかしこまるなよ」

 そう音瀬はバツが悪そうに頭をかきました。

「治療費ったってそんな大した金額じゃ」

「いいえ、それが責任のとり方だから。その代り学校の保険も使わないで」

「隠ぺいしようとしてるだけじゃない!」

 雲雀が叫びます。

「雲雀待ってくれ」

「お願いします、親族にばれるのだけは本当にまずいんです」

「秋月が、お願いしてきてるんだぞ、これは一矢報いるチャンスだな」

 おう音瀬がにやりと笑うと、間髪入れずに秋月は言いました。

「たいていの条件は謝罪の意味を含めて飲み込むけど、でも、雲雀の強制送還の手続きは続けるからね」

「そうだよな、そう簡単にはいかないよな、お前はそう言うやつだ」

 雲雀ががっくり肩を落とし、音瀬に耳打ちします。

「タイムリミットは一週間と言ってました」

「遅くてもね、それ以上早い可能性はある」

「わかった、そして俺たちに残されている手だては、お前の気を変えることだけ、そういうことだな」

「そんなことできるの?」

 秋月が鼻で笑いました。

「できるよ、たぶん」

 音瀬は自信満々に笑って見せます、雲雀が不安そうに服の袖をつかむので、それを勇気づける意味もあったのでしょう。

「さてこれで話は終わりかな、だったらお願いしたいことが一つあるんだけど」

 雲雀はその時、音瀬の身に起こった変化に気が付きました。

 音瀬がカタカタ揺れています、雲雀は思わず音瀬の手を取りました。

「音瀬、大丈夫?」

 雲雀は音瀬を覗き込みます。

 見れば顔が真っ青でした、月光に照らされ、本当に青みがかって見えました。

「いや、大丈夫じゃない」

「音瀬、あんた……」

「ああ、ごめん、お察しのとおり、俺を病室まで連れて行って」

「「音瀬!」」

 倒れてしまった音瀬を二人は病室まで担ぎ込み、ベットに寝かせるところまではよかったのですが、点滴が外れていることに気が付き結局看護士さんを呼ぶことになりました。

「いや、こいつが暴れてはずしちゃって」

 秋月はそう説明し、面会時間がとっくに終わっていることで怒られてしまいました。

 次の日には音瀬は元気になり、桃だのリンゴだのをむさぼるように食べていたので、特に問題はなさそうでした。



PS

 そんな音瀬と雲雀と秋月とで一悶着あった次の日、心配した水場が音瀬の病室までお見舞いに来ました。

「どうだった、音瀬、体長と首尾は」

「体長は良好、もう今日から学校いけるぐらいだよ、首尾はだめだめ、秋月が頑固で」

「ああ、あいつ自分がそうしなければならないって思うと、自分ですらその意志を曲げられないからな、初志貫徹というか」

「あーあ。雲雀は秋月のいい友達になれると思ったのに」

「それ正気か?」

「むしろ秋月の友達になれるのは、雲雀くらいしかいないだろ」

「ああ、まぁこの町に住んでる時点で秋月家の影響下だから、友達って感じには慣れないよな」

「性格的な問題もある」

 音瀬は差し入れのリンゴを丸かじりすると、水場に差出し。

「やっぱり向いて」

 そう言って微笑みました。












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