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皇帝の復活

作者: とむやん

はじまり、はじまり。

 「なんか急に、なんだこれ、うわ、ふわ……ェクシ!」

 「最近、身体がやけに火照るんだよね…なんか…風邪引いたみたいな…ェクシ!」

 「フェ…フェ…ェクシ!」

 3つのクシャミが折り重なって、奇跡が生まれる。



 火星人の陰謀に気づいたのは、地球上の生物では唯一、皇帝ペンギンのチュッチャロだけだった。

 チュッチャロは最も進化した皇帝ペンギンで、南極の氷を溶かされては困る背の低い人間たちと裏協定を結び、皇帝ペンギンの生物としての地位を確立した。今日もオランダからの定期船が良質な食料を携えてやって来る。

 「火星人のやつら、地球を滅ぼす気だ」

 チュッチャロが苦々しく呟くと、ある程度進化した皇帝ペンギンのポッコリがクチバシを開いた。

 「やつらって美味いのかい!?」

 するとほんの少しだけ進化した皇帝ペンギンのヒョッタレが羽をバタつかせた。

 「エ・サ!オ・キ・ア・ミ!」

 参ったな、どうせ進化するならみんな同じレベルが良かった。チュッチャロは思った。


 背の高い人間たちが発明した小さなツマミは、太陽の光量を少しだけ上げることができた。それによって今の地表を半分くらい水没させ、自分たちが地球を支配するつもりだ。そしてすでに、ツマミは回され始めている。


 「しかし、ツマミの開発技術を発見したのは地球人じゃない。火星人が提供したものだ」

 かろうじて進化したと言えなくもない皇帝ペンギンのガッタスが鳴いた。

 「エダマメェー!」

 チュッチャロの次の次の次に進化した皇帝ペンギンのニッチャロが聞いた。

 「その火星人はどうしてそんなことを…やっぱりツマミは美味いのかい?」

 チュッチャロには火星人の意図が分かっていた。


 ツマミは実は欠陥品で、このままでは、太陽の光量は背の高い人間たちの予想した以上に膨らむ。自然と南極を始めとするあらゆる氷や雪は融解し、一旦地表のほとんどを水で洗い流した後、今度は大規模、長期的な干ばつに襲われる。地球の生物はおそらく全滅だ。死の星…死の星だ。


 「しかし、火星人の本当の狙いはそこではない。そうだろう?」

 チュッチャロにかろうじて進化の及ばなかった皇帝ペンギンのキッセルが疑い深げに聞いた。

 「その通りだ」

 チュッチャロは少し嬉しそうに答えた。キッセルがニヤリと続ける。

 「干ばつで割れた地面の深い底の底から…伝説のマグマ・オキアミが出てくるんだろう?それを独り占めしたいんだ。そうはさせない。マグマ・オキアミ。味や姿を想像しただけで、もうヨダレが止まらない。ああ。マグ・アミ。マグアミアナッツ…!」

違うんだ。チュッチャロは思った。そうじゃない。そもそもマグマ・オキアミはキッセル、君がその進化した頭を無駄に使って生み出した想像上の高級食材じゃないか。そんなものじゃないんだ。


 「火星人は、太陽の光量を、火星にとって最も気持ちの良いものにしようとしているんだ」


 つまり、火星の地球化である。

 火星人は、運悪く太陽光の乏しい環境で誕生してしまった。しかし不屈の闘志によって大進化を遂げ、地球人をはるかに凌駕する科学力を身につけるに至った。だが火星人はとにかく地球の温暖な気候が羨ましく、けれども宇宙法上他惑星の侵略は認められておらず、そしてついに思いついたのだ。地球人を自滅させつつも、自らの母星をより豊かにする方法を。それがつまり、ツマミ…!


 「それがツマリ、ツマミ…ツマリツマミ…!」

チュッチャロは2回言った。言葉あそびが出来るほどに進化したのはチュッチャロだけだったので、他の皇帝ペンギンたちは「ツマミツマミ…!?」と息を飲むばかりだった。


 「そんなことはさせない!」

 チュッチャロはふっくらしたお腹の下からスイッチを取り出した。南極の氷を溶かされては困る背の低い人間たちとの裏協定は、このスイッチによって否応なく結ばれたものである。そう、このスイッチを押すと起動する仕掛け、それは


 「南極の海域に複数の爆弾が設置してある。このスイッチで…爆弾は海底マグマを活性化させて…南極大陸を一旦破壊する」


 「意味がわからないな」

 チュッチャロにかろうじて進化の及ばなかった皇帝ペンギンのキッセルが疑い深げに聞いた。

 「そうしてどうなる?南極の全土を融解させ…海面を上昇させる気か?それこそやつらの思う壺じゃないか?…いや、違う!海底マグマ…マグマ・オキアミ…?そうか!ついにあの海神マグマ・オキアミを呼び起こし、火星人を一網打尽というわけだな!海神マグマ・オキアミ…!ああ。マグ・アミ。マグアミ陀仏…!」

 違うんだ。チュッチャロは思った。そうじゃない。そもそもマグマ・オキアミはキッセル、君がその進化した頭を無駄に使って生み出した想像上の救済の神じゃないか。そんなものじゃないんだ。


 「火星人の寄越したツマミは、南極にあるのさ」


 ツマミを回す者は、安全な場所に避難しておく必要がある。南極の全土が溶け始めるのと、他の大陸の地表が水に流されていくのは並行する。とすれば、標高4000メートルを超える南極大陸の最頂点は、地球を飲み込む終盤まであり続けるだろう。もちろん他の大陸には今の南極よりも背の高い山々が複数あるが、誰かの国で管理するとなると「うちが、うちが」の引っ張り合いになる。ツマミを管理するには南極がちょうど良いはずだった。


 しかしツマミの正確な保管場所は分からなかったし、あまりに標高の高い場所だと、チュッチャロたちでは辿り着けない。そしてそこに待ち受けるであろう背の高い人間や、火星人に敵う直接的な武力はなかった。


 「だから南極大陸ごと、ツマミを破壊する!光量の増加さえ防げれば、気温と水温の上昇さえ防げれば、崩壊した南極の氷が溶け出すわけじゃない。人間たちも守られる」


 地球を守るんだ!南極中の生物をあらかじめ切り離しておいた流氷に避難させ、大陸に一羽残ったチュッチャロは、


 「僕は見届けないといけない。僕が壊す南極を…これから救われる世界の礎を…!」


 クチバシの先でコツンとスイッチを押した。



 「なんか急に、なんだこれ、うわ、ふわ……ェクシ!」

 海底爆発のショックに驚いてクシャミをしたのは、海神マグマ・オキアミだった。

 「やべ、やべぇ!マグマ噴出しちゃったよ!俺知らねーぞ!」

 実際のマグマ・オキアミは、キッセルの想像した救済の神とは少し違っていた。



 マグマの噴火により南極大陸が崩れていく。

 激しい揺れの後、足元に大きく開いたひび割れにあっと吸い込まれたチュッチャロは、何千メートルの氷塊の隙間を潜り抜け、そのまま深い海へと沈んでいった。全て夢であってくれれば、それもいい。チュッチャロは目を閉じ、自分たちを進化させたあの日の不思議なオーロラの夢を見ていた。



 「最近、身体がやけに火照るんだよね…なんか…風邪引いたみたいな…ェクシ!」

ツマミを回されたおかげで妙な発熱を感じた太陽の放ったクシャミが巨大なプラズマ粒子となって地球に降り注ぎ、その瞬間的なショックを受けた皇帝ペンギンたちの中から大英雄チュッチャロが生まれたのだった…。



 …その後、仲間たちが小さな大英雄を引き上げたとき、すでに彼に息はなかった。


 しかし、

 ポッコリ「なぁチュッチャロ。雲って美味いのかな?」

 ヒョッタレ「チュッ・チャ・ロ!」

 ガッタス「チュッチャロォー!」

 ニッチャロ「スイッチを押すなんて…チュッチャロ、スイッチは美味かったのかい?」

 キッセル「しかしその姿は本当のお前じゃないんだろう?本当のお前は、チュッチャロ、本当のお前は…マグマ・オキアミだったんだろう?マグ・アミ陀仏…」

 マグマ・オキアミ「いやーやっちまったよ。マグマ出しちまった。どうしよ母さん?いや俺のせいじゃなくてね?なんでも、チュッチャロとか言う野郎の仕業らしいんだよ。俺のせいじゃなくてね?だから母さん怒らないで?」

 太陽「こないだ風邪引いちゃったっぽいんだけど、宇宙警察の話だと、火星人の陰謀だったらしくてさ。参ったよ(笑)。地球のチュッチャロ君てのが助けてくれたそうなんだけど。でも彼に知性を与えたのが僕のクシャミだったらしくて。それはそれで罰金取られちゃった(泣)」

 背の低い人間「チュッチャロがスイッチを押したが…氷解の被害は少なそうだ。元々我々に被害を与えるつもりはなかったらしい。彼は英雄だ…!」

 背の高い人間「我々は騙されていたのか…チュッチャロがいなかったら人類は今頃…!彼は英雄だ…!」

 火星人A「チュッチャロ…邪魔しやがって…」

 火星人B「しかし身を挺して地球を守るなんて…チュッチャロ…カッコイイじゃねぇか…」


 あんまりみんなが噂するので、


 「フェ…フェ…ェクシ!」


 チュッチャロはくすぐったくて目が覚めてしまったのだ。



(おしまい)


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