街中で
「ふう……平和だな」
俺がここに降り立ってから、数日が経つ。特に何事もなく、書類に目を通したり、武の訓練を行ったりと、正直元いた世界と変わらない生活を送っている。
―――今は休憩中。俺は町の様子を見るためにぶらぶらと一人で出歩いている。本来御遣いともあれば護衛の一人でもつくのかと思っていたのだが、そんなことはなかった。
というのも、むしろ逆に護衛をつけてしまえば、否が応でも意識は俺に向いてしまう。そうすれば俺のことが噂で出回り、いずれは荊州の太守である袁術に伝わってしまうわけだ。
呉の復興のため、切り札はなるべく隠しておきたい。周瑜自身の策だそうだ。
……お前なら数人に襲われても何とか出来るだろう?という言葉をかけられたのはまた別の話。
「信頼してくれるのはありがたいが……大丈夫っていうのはちょっとな……」
俺の力を過信しすぎじゃないかと言われればそれまでだが、やはり期待してくれているということなのだろうか。
喜んでいいのやらどんなのやら……
「さて、ここはあらかた把握したな……次は西側に行ってみるか」
来た道を戻り、途中の曲がり角に差し掛かった時だった。
「ん?」
―――見知った声が聞こえた。
俺からは建物の影にあるその姿は、はっきりととらえることが出来た。
孫策だ。
その様子を見るとどうやら誰かと話しているみたいだが……誰だろう?
「久しぶりおばあちゃんにおじいちゃん。元気にしてた?」
「おお雪蓮ちゃん、久しぶりだね。今日は久々に遠出しようと思ってね」
……?
老夫婦と話をしているのだろうか。
その孫策の表情はとてもにこやかだ。元々表情が変わりやすい孫策だが、それは周りの側近だけではなく、呉の民に対しても全く変わらない。
彼女は間違いなく客将に甘んじるような器ではない、そう思った。
近い将来、彼女は間違いなく覇権を争う一人となる。それに見合う力は十分に持っている。
王として必要なものは財力や武力だけではない。民に好かれ、慕われ、たった一人でも形勢を逆転出来る存在感を持つ人物。
それこそ、王を名乗るにふさわしい人物だ。
―――と。
「あら?」
何気なく振りかえった孫策の視線が俺を捕らえる。
「よう」
「飛鳥じゃない、丁度よかったわ。ね、ちょっとちょっと……」
孫策は笑顔で、俺に向かって手まねきをする。何事かと思いつつも、素直に彼女のもとへと歩み寄った。
「初めてあった時に、飛鳥が持ってた小さな箱? みたいなやつに私や冥琳達の顔が写ってたじゃない?」
「ん、携帯のことか?」
俺が未来から来た人間であることを証明するために、黄蓋の写真を撮った時の事を思い出す。
「そうそう。そのけーたいとやらで前みたいなことをおじいちゃんたちにもやってみてよ」
「あー悪いな。やってあげたいがあれはもう動かないんだよ」
「えーっ、何でー!?」
思いもよらない返答が返ってきたせいか、孫策は表情を崩す。
……これ普通に説明しても伝わらないよな?
「悪いな、あれを動かすために必要な動力源がこっちじゃ確保できないんだ」
「ぶー、ぶー」
すねる孫策を見て素直に可愛いと思ってしまう俺は変なのか。
たぶんだけど俺より年上だと思うんだが、稀に見せる子供っぽい仕草が、どうも可愛いという感情を引き出してしまう。
「でも写真より、絵の方が味があっていいと思うけどな」
「のう雪蓮ちゃん、こちらの方は一体……?」
「あっ、ごめんごめん。この子は私の仲間で飛鳥っていうの。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
孫策に紹介され、俺はその場で頭を下げる。
……正直な話、俺は敬語が苦手だ。
こっちに来てから敬語なんてほとんど使わなかったけど、こういう場合は慣れないながらも敬語を使わざるおえなくなる。
……正直、前の世界の経験もあって、老人に対して良いイメージをいだけないのが玉に瑕だ。全員が全員そんな人じゃないと分かっていても、若干こわばってしまう。
「……おう、おう。ほーかほーか」
「まぁまぁ、あの雪蓮ちゃんがねぇ……」
……? 何だ? 何がどうしたっていう?
さっきと様子が何か……
「あの、何か?」
「わしの雪蓮ちゃんを任せるには。まだまだあれじゃが」
「はい?」
「まぁおじいさん! キリッとした誠実そうな青年ではありませんか!」
「あの……」
「あははっ♪ 残念ながらそうじゃなくて、飛鳥は本当に仲間の一人なの……今のところは、ね」
「ふぅ……」
俺の考えていることがすべて見透かされている、そんな目で俺を見てくる孫策。
……まぁ何も言わん。
「それよりおじいちゃん、絵姿の話なんだけど……」
――――…