忠誠
「孫策様~。袁術さんが呼んでるみたいですよー」
訊問が終わり、ようやく一息つけると思った矢先にまたしても人が入って来た。その特徴的なほんわかとした独声は聞いているだけで身体の力が抜けていってしまう。
呉の国、何をすればこうなるのか不思議でたまらないが、俺はその場でその様子を静観する。
今袁術って言ったよな?
「袁術が? 要件は何?」
「さぁ~? また何かワガママでも言うんじゃないですかね~?」
「全く。私はあいつの部下ってわけじゃないのに。こき使ってくれるわね」
ふてくされる孫策を周瑜がなだめる。ぶーたれながらも部屋を出ていく。
これはとりあえず現状を聞いてみる必要がありそうだ。
―――…
―――今の現状を、周瑜は段取り良く話してくれた。
俺が睨んだ通り、ここは荊州であり、ここの太守には袁術という人間がいるということ。
史実で言うと、これは呉の国として独立する前の話となる。
孫策の母親に当たる孫堅という人物が、一時期は荊州近くまで領土を広げていたものの、孫堅の死により衰退してしまったらしい。
元々母親を慕っていた者たちはその死によって、反乱を起こす、逃走をするなど呉を裏切り始め、後を継いだ孫策は仕方なく、袁術の客将という立場に甘んじている。
だがいつまでも今の立場に甘んじているつもりはなく、いつかは独立し、天下統一に乗り出したいと思っているということ。
……最後に、平穏無事に生活を行うことは許されないとくぎを刺され、状況の説明は終わった。
「重要な時期に俺を引き取ったんだな……」
「まぁそういうことになりますねぇ~あはは♪」
「こっちの方は?」
先ほどからずっと気になっていたが、こちらの人物は一体誰なのだろうか。
若干困り果てる俺に、黄蓋がそっとフォローを入れる。
「穏、自己紹介せい」
「はぁ~い。姓は陸、名は遜、字は伯言……ええと、皆さんは天の御遣いの男の子さんに、どこまで自己紹介したんですか?」
「皆、真名まで伝えた。雪蓮が認めた者よ」
「時雨本人が真名で呼ぶことはまだ拒んでおるがの。儂らは全員真名をこやつに授けた」
「それなら、私の真名は穏って言います。よろしくお願いしますね♪」
「よろしく。俺の名前は時雨飛鳥。真名はないが多分飛鳥が真名に当たるものだと思う。だから飛鳥と呼んでくれ」
「「!?」」
それを言った瞬間にその場にいた全員が顔色を変える。……一体何がどうしたんだ?
「何と……初めから真名を許していたのか?」
「許すっていうか、俺の国にはそういう文化がないっていうかな。だから俺は名前で呼ばれても何と思わないな」
「ふむ、なるほどな」
「……例えどんな風に呼ばれたとしても、孫策が孫策であるように、俺は俺だ。それは変わらないだろう?」
「……これは雪蓮の言ったとおり、当たりかもな」
うん? 孫策が何か俺に関して何か言っていたのか?
本人がいないから何とも言えないが、まぁ今は気にすることでもないだろう。
しかしこの陸遜と名乗る少女が持つ独特の雰囲気は色々な意味で凄いと思う。場を一瞬で和ませてしまうような。
ただ時と場合によっては悪い方向に向かってしまうかもしれない……
「年も近いようだし、仲良くするんだぞ二人とも」
「ああ」
「はぁ~い。よろしくお願いします♪」
「では公謹よ。儂は部屋に戻るぞ」
「了解です……時雨、これからの事はまた明日にでも話し合おう。今はゆっくりしていればいい……そしてこれを返そう」
周瑜は持ってきた刀を俺に返す。それはまぎれもなく、俺が昨日孫策に渡した俺の刀だった。
今一度自分のものをかどうかを確認した後、俺はその場に刀を置き、立ち上がった。
「俺を拾ってくれたこと、大いに感謝。俺が持つ知力、武力。呉の独立、発展、天下統一のために使ってくれ」
俺は今一度頭を垂れ、改めて孫呉に対しての忠誠を誓う。
ここなら俺は変われるかもしれない、家系のためじゃなく、己の大切なものを守るために今度はこの剣を振るおう。
―――そう思った。
「ふっ、いい目だ時雨。ではまた明日だ。穏、行くぞ」
「はぁ~い。じゃあ飛鳥さん、また明日お会いしましょう~♪」
――――俺の長い一日が終わった。