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手負いの御遣い、望まぬ戦




───ドシュッ!!!



肉を貫く音が響き渡る。孫策を守ろうと、飛鳥が伸ばした手。



「なに、これ……」



一瞬何が起きたのか分からなかった。急に大声を出しながらものすごいスピードで孫策の下へと駆け寄る飛鳥。彼女からすればそれこそ、彼のその行動があまりにも不釣り合いすぎて。


普段の飛鳥は冷静沈着。驚いたことにもあまり大きな声をあげることはないし、あげることがあるといったら部隊の訓練の時、そして敵将軍を打ち取った時。


だから本当に稀なことだ。


そんな彼が大声をあげて駆け寄ってくる。少なくともただ事じゃないということは理解できる。でも孫策は察知していなかった、物陰から放たれた狂気が己に迫っているということを。


飛鳥が孫策と話すたびに感じていた違和感、それは彼女の死相の念であり、彼が見るたびにひどくなった夢というのは彼女が目の前で死ぬ夢。


逆に朝早くから魚釣りに行った時に見た孫策の夢というのは、その逆。


飛鳥が自分の目の前からいなくなるという夢。


あわよくばこの夢が現実に起こりませんようにと、互いも思っていたことだろう。





───孫策には確かな感触があった。


いやな感触、それも目を背けたくなるような感触。


その感触は主に顔にあった。生暖かい液体のようなものがこびりついている。その液体は……。



赤黒色をしていた。



「うぐっ!!」



その場から聞こえる声で孫策は正気に戻る。目の前には腕を抑えて痛々しい苦悶の表情を浮かべる飛鳥が、離れた茂みには目標を仕留め損ね、慌てふためきながら逃げ去っていく兵士達の姿が。



「チッ! 邪魔しやがって!!」



現状を把握した孫策は怒りの表情のまま、その兵士達を追いかけようとする。



「待てッ!!」


「ひいいぃぃぃ!!!?」



───このままでは自分たちなど一瞬でやられる。


そう判断した兵士達は一目散に逃げて行く。それを仕留めようと雑木林の中へ飛び込もうとするが。



「追うな孫策!!」


「ッ!?」



その場に膝をついたままの飛鳥が顔だけをこちらに向け、大きな声で叫んでいる。


だがそんなことだけでは孫策の怒りなど収まるわけが無かった。



「飛鳥、どうして!!?」


「お前の身に今もしものことがあったら呉はどうなる」



飛鳥の一言で足を止める。足を止めさせたのは孫呉の王としての孫策か。それとも飛鳥に好意を寄せる一人の女性としての孫策か。


孫策が止まったのを見届けると、腕に刺さった矢を飛鳥は強引に引き抜く。



「う……ぐうううぅぅぅ!!?」


「飛鳥!!」



南海覇王を投げ捨て、すぐさま飛鳥の下へと駆け寄る。


今にも泣きそうな表情を浮かべながら飛鳥の事を見つめる孫策。そんな彼女を少しでも励まそうと飛鳥は弱みを見せないように平静を装う。



(これは……)



矢だけの痛みではない。患部には痺れるような感覚が残った。


飛鳥が受けた矢じりには毒が塗ってあり、それが飛鳥の身体を蝕もうと駆け巡っていた。常人ならば立つことも出来なくなるような猛毒が。


どうして飛鳥が立ち上がれているのか分からない。彼の強靭な肉体と精神力、呉を平穏へと導こうとする思い。孫策に対して心配をかけさせまいとする念がそうさせるのか。



「くっ、もっと上手に守れれば良かったんだけどな」


「無理に喋らなくていいわ! 傷はどうなの!? そこまで深くないんでしょっ!!?」


「何とか」


「姉様っ! 城で緊急事態が!」


「蓮華! こっちよっ!」


「飛鳥っ!? どうしたっていうのっ!?」


「悪い、不覚を取った」



帰りが遅い事を心配して訪れたのは孫権だった。しかし飛鳥の苦悶の表情を見てその事態を何となく察知したようだった。


軍議の後、部屋に戻ることなくそのまま現地を訪れたために、刀を持ってきていなかった。誰かが潜み、命付け狙う場所としては考えにくいのが事実。


だがそれは仮定にしか過ぎず、持ってこない理由にはならない。また持ってきていれば孫策に怪我を負わせることもなく、助けることが出来たかと言われればそれも違う。


様々な奇跡に近い可能性が重なり合った時にその事象は起こりうる。だからこの場合、結果論を話したところで気休めの言い訳にしか聞こえなかった。



「不覚って、一体何が!?」



「刺客が弓で私を狙撃して……でも、飛鳥がそれを庇って……うぅ」


「何だとぉっ!? すぐに犯人を見つけ出し、八つ裂きにしてくれる!!」


「……落ち着け、孫権。それに孫策も。まだ泣く時じゃない」


「だがっ!!」


「安心しろ、そこまで傷が深いわけじゃない。お前が取り乱してどうする。次代孫呉の王がそれじゃ怒られるぜ」


「本当なのか?」


「あぁ。ほら、孫策も」


「……ごめんなさい」



目をこすり、涙を拭きとった後はいつもの孫策に戻っていた。再び孫権の話に耳を傾ける。



「で、緊急事態ってのは?」


「曹操が国境を越えて我が国に侵入。すでに本城の近くにまで迫っているようです」


「何ですって!?」


「………」


「見張りはことごとく捕殺され、一人の勇敢な伝令が命を賭して情報をもたらしてくれたんだ。それを姉様に」


「曹操だと、やってくれるわね」



確かな怒りが孫策にはふつふつとこみ上げてきていた。それも決して消せないほどの地獄の業火のように。キリッとした表情を貫きながら、毅然とした態度で詳しい話を聞きだす。



「私もすぐに城に戻るわ。まずは飛鳥の手当を、蓮華は戻って出陣準備をしておきなさい」


「いや、孫策。お前も先に行け。自分の治療くらい自分で出来る」


「何を言っているの飛鳥!? あなたは……」


「俺の怪我を心配している場合じゃない。指揮官がそんな顔をしてたら、士気に影響する。大丈夫だから、先に行くんだ」


「でも!!」



飛鳥の元に寄り添おうとする孫策。飛鳥は自分から大丈夫だと言い切るも、言うことを聞かずに飛鳥の手を握り締める。迷惑を掛けているわけではなく、単純に飛鳥のことが心配だからこその行動なのは分かった。


そんな孫策の姿を見て、一瞬情に駆られたかのような表情を浮かべる。だがここで自分にかまけていれば、兵士たちを指揮する総大将が不在になる。天下分け目の戦いにもなるかもしれない一線に、総大将が居なければ兵士たちの気持ちがどうなるかなど、誰が考えても分かった。


今国が崩れたら今まで苦労してきた全ての努力が水の泡となる。それだけは何としてでも避けなければならなかった。見たところ孫策に怪我は見当たらない、守ることが出来たのだ。


胸をなでおろすのもほんの僅か、次の瞬間には心を鬼にして強い口調で叫ぶ。



「孫伯符!!」


「っ!!」


「お前は孫呉の王だ! 曹操という他国の者に自国の侵略を受けているというのに、のこのこと側近の男を心配するか!! 今すべきことは王として奴らを追い返すことだろう!!? 見誤るな!! 目の前の目標は俺ではない、呉という素晴らしい国を守ることだと!!」


「飛鳥……」


「いいから行け! 俺もすぐに合流する!! この受けた恩は必ず俺の手で返す!!」


「……分かったわ」



到底納得が出来る理由ではない。


それでも一個人としての孫策としても、王としての孫策としても然り。



「孫権、お前もだ。孫策の後押し、頼んだぞ?」


「え、えぇ。飛鳥も無理しないで」


「あぁ」




すっと近寄り、二人を抱きしめる。少しでも彼女達に安心感を与えるために。


二人は心配そうに何度も飛鳥の事を見いやりながら、館の方へと去っていく。そしてその姿が完全に見えなくなり、一人残された飛鳥は誰かに語りかけるわけでもなく、一言漏らす。























































「よかったんだよな、これで」



つっかえが外れたように木にもたれかかる。よほど痛みをこらえて我慢していたのだろうか、額には大量の汗が吹き出し立つのもやっと。


吐息は荒く、常に酸素を欲している状態。


我ながら下手くそな芝居だったと思いつつも、二人を何とか館へ向かわすことが出来た。


ただあまりこんなところに長くいることは出来ない。こんなところで倒れようものなら、それこそ彼女達にしたことが一瞬にして無意味になる。



「ぐっ……ゴホッゴホッ!!」



現実は無情だ。


どれだけ平静を装って強がろうとも、身体の状態っていうものを誤魔化すことは出来なかった。


多量の吐血。今こうしている間にも確実に、毒というものは飛鳥の身体を蝕んでいた。


症状がこれ以上よくなるなんていう見込みなど微塵もない。



「ゴホッ! ゴホッ! っぐ」



二度三度と吐血を繰り返す。


それが収まりきった時には憔悴しきった表情だった。


もちろん自身の表情が飛鳥に見えるわけじゃない。でも今の自分の顔がどんな顔なのかぐらい、容易な想像はついた。



「まだだ……」



自身を鼓舞するように言い聞かせる。まるで自己暗示をかけるかのように、そうでもしないと今にでもこの身体は倒れてしまいそうで。



「まだ、倒れるわけにはいかない」



自由が利かない身体にムチを入れ、館へ向かって歩き出す。彼女達のためにもまだここで倒れるわけにはいかない、その一心が身体を動かしていく。



「もってくれよ、俺の身体」



一心不乱に身体を突き動かす。全ては大切な者達のために。


















「雪蓮! どこをほっつき歩いていた!?」



孫策と孫権を迎えたのは周瑜の説教だった。しかしそんな説教にも目もくれずに彼女の横を通り過ぎる。



「おい! 一体どうしたというのだ!?」


「……飛鳥が、曹操の刺客の矢を受けて怪我をした」


「なんだと!?」


「冥琳、皆を王座に集めて。大至急ね」


「お、おい! 雪蓮!」



気がついた時には周瑜の前から孫策は走り去っていた。周瑜は孫策に声をかけることが出来なかった。孫策の身体からあふれる冷たく、激しい怒りの混じった感情。それは誰も寄せ付けないほど強いものだった。



(私のせいだ……)



激しい怒りとともに湧き上がってくるのは、自分自身に対する強烈なまでの自責の念。


自分がもっと周りを警戒していれば、飛鳥は怪我をせずに済んだ。少なくとも飛鳥に被害は無く終わっていたはずだった。


自分の油断が判断の遅れを呼び、その遅れが従者である飛鳥に怪我をさせる原因になってしまった。孫呉の王としてあるまじき失態、そんな自分を孫策は許せなかった。


歯をかみ締めて苛立ちをあらわにする。


だとしてもこんなふざけた奇襲が許されるわけが無い、それも自分にとって大切な人間を傷つけたのだ。その罪は重い。



「絶対に許すものか」



この仇は絶対にとる。そう胸に誓い、孫策は王座へと向かった。






孫策が王座についた時にはすでに多くの重臣がその場にそろっていた。時雨隊所属の張楊、趙雲、呂布もそろって軍議に参加。ただ一つだけ足りないこと、隊長である飛鳥がいないことだ。


飛鳥が矢を受けたという事実はまだ周瑜と孫権、そして孫策以外はまだ知らない。


ただ時雨隊の三人に至っては自分達の主がまだ来ていないことにいささか違和感を感じていた。いつもなら一番先に来ているはずの主が来ていない。


ただ状況が状況だ。もしかしたら何らかの理由があるかもしれない、そんな思いがその違和感を霞ませていた。


王座の前に立ち、孫策はジッと周りを見回してあらかた人数が揃っていることを確認すると話し始めた。







「すぐに済ませるから聞いて頂戴。許昌の曹操が孫呉に侵攻してきたわ」



話し始めると、一気にピンと張り詰めた空気が充満する。先ほどのざわついていた雰囲気が嘘のように。


孫策は一つ一つ順を追って説明していく。


今自分達が置かれている状況、こちらの損害の大きさ。そしてこれからどう曹魏に立ち向かい、ここから追っ払うかを。


怒り心頭だった孫策も、軍議が進むに連れて冷静さを取り戻していく。


あらかたの内容を話し終え、いよいよ軍議も佳境を迎えようとしたそんな時だった。







「あの、孫策様! 先ほどから飛鳥様の姿がお見えになられないのですが」



張楊自身、この軍議での発言は失礼極まりないと認識していただろう。だが軍議が終わろうとしているのに一向に姿を現さない彼のことを心配しての発言だった。


自分の主を心配する。それは主である飛鳥に仕える者として当然の反応だった。


他の二人もそれに同調するようにすっと前に出てくる。


口を真一文字に結ぶ孫策。そんな彼女を代弁するかのように周瑜が口を挟む。



「張楊、今は……」


「良いわ冥琳。私が話す」


「雪蓮……」


「彼女達にも知る権利はあるわ。むしろ黙っていようとも思っていなかったし、最後に話すつもりだったから」


「……それは一体どういうことですか?」



その会話の流れに、趙雲が口を挟む。曹操が攻めてきただけでも重大なことであるのに、その言い方ではまるで飛鳥の身に何かがあったみたいな言い方ではないかと訴えるように。



「飛鳥は今、怪我を治療していると思うわ」


「飛鳥様が!?」



突然大きな声を上げる張楊。


飛鳥の身に何かがあった。


それは飛鳥のことを誰よりも心配して見守ってきた張楊からすれば信じたくないような出来事だった。ましてやそれが戦場ではなく、こんな自分達の領土で起こるなどと。


そんな彼女を趙雲が抑える。



「落ち着け。主が心配なのは分かるが、今はどうしようもないであろう?」


「で、でも」



落ち着けるわけが無い。平静を装うとしている趙雲も、隣で黙っている呂布も、内心はとてもじゃないが落ち着いていられるわけが無かった。









「……そんなに俺のことが心配か? 張楊」


「あ、飛鳥様!?」



不意に後ろから声が響き渡る。


声の聞こえるほうを振り向くとそこには入り口の扉にもたれかかっている飛鳥の姿が。そしてこちら側に早歩きで近づいてくる。その手には刀の他に袋のようなものが握られていた。


そのまま孫策の方へと歩み寄り、その目の前に袋を落とす。



「怪我のほうは?」


「何とか。それよりも、お前に矢を放ったのは魏軍の兵と見て間違いないみたいだ」


「……確証は?」


「これだ」



落とした袋を指差す飛鳥。よく見るとその袋は赤くにじんでいる。




「中には俺達を襲撃したうちの一人の首が入っている。手負いの人間一人なら一人でも何とかなると思ったんだろ、館に戻る途中に襲われた」


「………」



その襲われた者の首がここにあるということは、飛鳥に返り討ちにされたということだ。



「死体も別の場所に置いてある。魏軍にも同じ兵装をしたやつがいるはずだ」


「―――――ッ!! 曹操!!」



その言葉を聞いて皆に湧き上がる感情は激しい怒りによる、曹操に対する憎悪。


それは周りにあっという間に伝染し、部屋中が一瞬にして曹操に対する敵対心むき出しの雰囲気が充満した。


再び辺りがざわつき始める。


平静を装いながら、その報告を受けた孫策は言葉を続ける。





「軍議はこれにて終了する。いいか、すぐに出陣する! 私の大切なものを傷つけたことは絶対に許さないわ!


奴は私を欺き、卑怯にも刺客を放って私を暗殺しようと企てた!


挙句の果てにはこうして飛鳥に怪我を負わせた!


これが許されることか!!?


───否!! 断じてそんな筈が無い!!!


この決戦に泥を塗り、それでも尚侵攻を続ける奴らを許すな!!!」


「「はっ!!!」」





散会し、各自持ち場へとついていく。


時雨隊の三人も持ち場へ戻り、残ったのは飛鳥、孫策、周瑜の三人だった。


大勢いた人間が一気にいなくなり静かな雰囲気が流れる。


先に口を開いたのは孫策だった。



「飛鳥、ごめんなさい。私がもっとちゃんとしてれば……」


「気にするな、お前は悪くない」



やはり先ほどの自責の念からか、飛鳥に対して出る言葉は謝罪の言葉しかなかった。気にするな、そういわれてもやはり気にしてしまう。


包帯を巻いて止血こそしているものの、飛鳥の羽織っているフランチェスカの制服の左腕の部分は真っ赤に染まっているのだから。





「………」


「さすがに手負いのお前に無理はさせられん。今回ばかりは前線から下がってもらうぞ」


「分かった」



素直に引き下がる。



「どうした、やけに素直じゃないか?」



周瑜も何かがつっかかる。射抜くような視線からどこと無く視線をそらす飛鳥。いつもなら、周瑜が射抜くような視線を向けても決して物怖じすることは無い。それどころか三国無双の武を持つ呂布と対峙した時でさえ、決して物怖じしなかった。


怪我をしても決して退くことを知らない飛鳥が、初めて素直に応じたのだ。


何か我々に隠しているのではないか、そんな考えが脳裏に浮かぶ。



「手負いの状態で戦場を生き残れるほど甘くは無い。そうだろう?」


「あぁ」


「なら今無理をする場面ではない。今出来ることを、俺はやるだけだ」


「………」



押し黙る周瑜。その横を歩いて去っていく。



「冥琳、行くわよ。飛鳥を手に掛けたこと、曹操に目にもの見せてくれる」


「ええ、そうね」







馬に乗って移動し、軍隊の整列する一番前へ孫策は立つ。


呉にとって大切な人を傷つけたことを


孫策が初めて惚れ、孫策の初めてをすべてささげた男を傷つけた報いを


怒りを微塵も抑える事無く、南海覇王を抜刀して声高らかに叫ぶ。






「呉の将兵よ! 我が朋友たちよ!


我らは父祖の代より受け継いできたこの土地を、袁術の手より取り返した!


だが!


愚かにもこの地を欲し、無法にも大軍をもって押し寄せてきた敵が居る!


敵は卑劣にも、我が身を消し去らんと刺客を放ったのだ!


その卑劣な所業は御遣いの果敢な行動で防がれた!


しかし、その者は怪我を負っている!


許せるか!? 我らにとって大切な者を傷つけた卑劣な所業が!!


許していいのか!? その行為に走った魏の蛮族共を!!


否、許されるはずが無い!!


勇敢なる呉の将兵よ! その猛き心を! その誇り高き振る舞いを!


いいか!


狙い受けるは曹操の首ただ一つ! それが傷を負った御遣いに対しての最大の褒美となるであろう!!


孫伯符! ここに大号令を発す!


天に向かって叫べ! 心の奥底より叫べ! 己の怒りを胸に叫べ!


その雄たけびと共に、曹魏の兵を一人残らず根絶やしにせよ!!!」



「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


















「どういうことだっ! 誰が孫策を暗殺せよと命じたのだ!」


「わ、我らがそのようなことを、するはずがありません!」


「ならば何故だ! 何故あの男が傷を負う!? 何故このようなことが起こる!」



曹操自身が今天下のほかに最も欲していたもの。


それは他でもない、呉の御遣いの時雨飛鳥だった。


正々堂々を自分の信念として持っている曹操にとって、孫策の暗殺をしようとするなど最も許すべきことだった。


ましてや矢を受けたのが孫策ではなく、飛鳥の方。


一体誰がしたのか、怒りを隠す事無く夏候惇に詰め寄る曹操。その彼女の元に一報が届く。



「か、華琳様ーーーーっ!」


「事情が判明しました! 許貢の残党で形成された一段が孫策の暗殺を企てたようです!」


「その者どもの首を刎ねよ!」



考える必要も無い。


この聖戦を汚した奴を。


自分の欲しがっていたものを傷つけた奴を。


生かしておく義理なんて無い。


それほどまでに即答で決断を下した。



「えっ!?」


「知勇の全てを賭ける英雄同士の聖戦を、下衆に穢された怒りが分からないのかっ! その者ども全ての首を刎ねよ!」


「ぎょ、御意っ!」



もはや穢されたこの戦に何の意味も持たない。



「春蘭!」


「は、はっ!」


「呉へ弔問の使者を出せ! 我らは一度退く!」


「し、しかし華琳様! この状況では!」


「下衆に穢されたこの戦いを続けることに何の意味がある! どのような意義がある! もはやこの戦いに意味は無い! 退かなければ私は───!!」



彼を手に入れるどころか、彼にあって謝罪することすらままならなくなる。


魏の王としての統率の甘さが事態を招き、そして彼に傷を負わせた。


これだけで充分顔を合わすことなど出来ないのに、これ以上意味の無い戦いなどする意味など持たない。



だが。



「ダメです! 孫策を筆頭に敵軍突撃を開始しました!」


「くっ、なんだこれは! このような戦い、誰が望んでいるというのだ……!」



「華琳様! 本陣を後退させてください! 我らが殿を務めます!」



「季衣と流琉は華琳様の護衛を。命に代えてもお守り申し上げろ!」


「追撃や無駄な戦いはするな! せめて無事に収拾せよ!」


「はっ!」




無駄な争いは、まだ終わる兆しを知らない。

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