弁明、そして判決は
ギギッと木が軋む音と共に部屋の扉が開かれる。―――――地獄への開門、処刑台の上に立たされた人間だとするのならそう感じるかもしれない。ただこの場合はちょっとばかし大げさすぎるか。さまざまな思いを交差しながら開かれたドアの方を見つめな、入ってくる人物の顔を確認する。
「準備は出来たかしら?」
「あぁ……何とかな」
部屋の中に入って来た人間は三人だった。一人は孫策、上品な笑みを浮かべながらもその気品ある雰囲気を少しも隠さずに俺の下へと寄ってくる。もう一人も俺の見覚えのある人物、黄蓋だった。こちらも表情は淡々としたもの、ただし少し期待を込めたような眼差しで見つめてくる。ま、やれるだけやってみるさ。
「訊問される前の人間にしては、随分落ち着いてるのね?」
「慌てたらからって、助かるわけでもないだろう? これが俺の性格でね、あまり素の表情ってのを見せたくないんだ」
「ふふっ、相変わらず達者な口ね」
やや挑発じみた俺の発言に怒るわけでも、呆れるわけでもなく、笑い飛ばすあたりは流石孫家の主ってところか。その器の大きさが見える。そして孫策のすぐ斜め後ろに、不敵な笑みを浮かべる長身の女性。腰まで伸びた黒鮮やかな長髪をかき分けながら前に出てくる。
「聞いていた通り、良い度胸だな。私は周瑜という。貴様の訊問官の一人だと思ってもらえばいい」
「……俺は時雨飛鳥。よろしく」
「よろしくするかどうかは、これからの貴様の返答で決めさせてもらおう」
ぐっと前かがみになり、俺の顔を威圧するかのように覗き込んでくる。流石軍師、訊問のやり方も完璧に把握しているってことか。相手の心理を掴み、本心を聞き出す。背けたくなる視線をそらさず、その視線に対抗するかのように見つめ返す。
「……準備は出来ている。答えれる範囲ならいくらでも答えよう」
「うむ、ならまずは生地を話してもらおうか」
「まず一つ目、俺はこの世界の住人ではないということ。東京ってところで生まれ育った」
「日本……それはどこにある国だ?」
初っ端から頭に引っかかった疑問を投げかけてくる周瑜、いきなり彼女にとって知らない国名が出てきたわけだから当然といえば当然かもしれない。三国時代は184年から280年までの約100年間のことを指す。中国が三国時代をむかえている頃、日本は弥生時代から古墳時代の前期……日本なんて地名は存在しない。周瑜がいかに勤勉家だったとしても書物に書かれていないことを知っているはずは無いのだから。
「この大陸からほぼ東に海を渡った先にある小さな島国って言えばいいか」
「東方……遥か昔に徐福が向かったとされる蓬莱のことか」
随分昔の話を出してくる。思えばきちんと授業だけは聞いていてよかったなんて思ってしまう、彼女の話している内容も何となく理解できたからだ。蓬莱……日本最大の山である富士山のことを蓬莱山なんて呼んでいたらしい。で、徐福って言うのは昔不老不死を求めてやってきた中国秦王朝時代の方士のこと。
「そう捉えてもらっていい。確かに徐福が来たという記録は国にも残っている」
「ふむ、では次の質問に移ろうか」
「あぁ」
「二人より、貴様が未来から来たという話や、違う世界云々という話を聞いたが、それを証明することは出来るか?」
「証明かどうかは分からないが、ここの土地には無いようなものならある」
さて、ここからはついに俺が遠い未来から来たという説明をする話。信じてもらえるか分からないが、持ち合わせでどれだけ彼女達を納得させることが出来るかにかかっている。
懐にしまってあった二つの道具のうちの一つ、まずは三色のボールペンを取り出して三人に見えるように置く。
いきなり自分達の見慣れない道具が目の前に置かれて三者三様の反応を見せた。孫策は目を見開きながら興味津々と言った表情でそのボールペンを手に取る。ただこれだ何をする道具なのか分からないために、上下左右さまざまな角度から見つめたり、遠目から見つめたり、挙句にはパタパタと振り始めたり。
一方の黄蓋も孫策と一緒になってボールペンがどんなことをする道具なのかの解明に取り組んでいる。何か物心ついた子供を見ているみたいだ、口が裂けてもそんなこと言えないけど。ただやはり使い方が分からないのか、頭をおさえながら考え込む素振りを見せていた。
そして三人の中で最も冷静だったのが周瑜、腕を胸元で組みながらジッとボールペンを見つめる。ただ冷静とは言っても初めて見るようなものを前に完全に落ち着いていれるわけではない。時々組んでいる腕の片方をあごの前に持っていったり、手を下半身の前で組みなおしたり。周瑜自身も少なからず多からず、ボールペンに興味を持ってくれているみたいだ。
「ボールペンっていう道具でな、筆の代わりみたいなもの。ただ筆に比べて断然滲みにくい」
「へぇ~。ね、これってどうやって使うの?」
「周りに黒と赤と青の突起物があるだろう?」
ボールペンを指差しながら、ボールペンの上部に三色の突起物があることを教える。
「あ、ほんとだ。これをどうするの?」
「それを下に引いてやると、下から何か出てくるだろう?」
「えーっと……」
不慣れな手つきで突起を下げる。カチッという音がしてペン先が出てきたものの、その変化に孫策は気が付かないでいた。下のほうに視線を移すように誘導すると視線を下のほうへとずらして行く。すると孫策より先に黄蓋がペン先に起こった変化に気が付いた。
「策殿、これのことではないか?」
「で、その状態で紙かなんかにペン先を走らせてみな」
「走らせる?」
「つまり筆と同じ要領で何かを書いてみなってこと」
「………」
俺に言われるがまま、孫策は近くにあった紙にペン先を近づけていく。俺からすれば日常茶飯事の出来事が、彼女達にとっては全てが始めての体験。紙にペン先がつけ、何かを決心したかのようにゆっくりとペンを走らせた。
「……すごい、文字が書ける。それに全然滲まない!」
一言目に来たのは、筆には見えない棒で文字が書けるということに感動した孫策の声だった。よほど驚きだったのか、ボールペンで紙に自分の名前を書き始める。何か小学校に入学したばかりの子供を見ているみたいだ、最初の授業は自分の名前を書いてみようなんて授業だし。
これには流石の周瑜も驚いているみたいだ。先ほどまではじっと見ているだけだったが、今はそっと孫策に近寄り、ボールペンを興味深げに眺めている。どうやら掴みは悪くないみたいだ、これ以上印象を悪くしないように話していきたい。
「これは墨か……?」
「同じ種類だな。その墨が先端から出てる」
「ふむ、随分と便利なものを持っているのだな……」
「確かに物を書くのにはかなり便利なものではある。……ボールペンの説明はこれくらいかな」
次に携帯電話の説明に行こうと思っているのに、孫策と黄蓋の二人は未だボールペンに夢中だった。さっきまでは文字を書くことに夢中になっていた二人だが、今度は互いの似顔絵なんかを書き始めている。
そこまで喜んでくれるのは見せたものとして嬉しいが、命のかかっている弁明なのにいつまでもボールペンの性能に固執してもらっては困る。俺は半ば強引に次の話に移ろうとする。
「で、次にこれ。携帯電話」
次の話題に移り変わったことを察知したのか、孫策と黄蓋はいったん手を止めて目線を俺の方へと向けた。ボールペンから興味が手に持っている携帯電話へと移ったところで、今度は携帯電話の説明に移っていく。
「本来なら遠く離れた人間と話すことが出来るものなんだけど……残念ながら電波が来ていないからそれは叶わない」
「でんぱ? 何それ?」
「目に見えない波動みたいなものかな」
「波動……氣のようなものか?」
「それだと人間の能力的なものになっちまうからちょっと違うな……」
どうやって説明すればいいのやら、電波という単語が携帯を説明する上ではキーパーソンとなる言葉なのに、上手く伝わっていないみたいだ。それに会話という手段が証明されない以上は……
「出来ないならばそれは証明にはならんが?」
俺が未来から来た人間と信じさせることは出来ないわけだ。警戒心を含んだ目つきで睨まれるが、元々これは想定内。別のことで説明することにする。ズボンのポケットから財布を取り出すと中から顔写真の貼ってある学生証を取り出し、それを今度は三人の前に差し出す。
「何これ?」
「一般的には学生証と呼ばれるもの。……ここに俺の写真が貼ってあるだろ?」
学生証の俺の顔写真の場所を指先で示しながら、そこに興味が向くように三人を誘導する。すると早くも孫策が聞きなれない単語に反応したようで。
「しゃしん?」
なんて言葉を投げかけてきた。
「あぁ、これ。……俺の顔」
「……あ、ホントだ。凄いそっくり」
「そっくりというか、姿をそのまま写すのが写真なんだけどな」
「絵ではないのか?」
「絵ではないな、何なら今とってみることも出来るけど……どうする?」
「うん! やってやって!」
見慣れないことはとりあえずやってみたい、そう思ってしまうことが人間の摂理。つまり好奇心と呼ばれるものを皆持っている。その好奇心が働いたのか、小さな子供のような反応を見せる孫策。先ほどまで釘付けになっていたボールペンには目もくれず、乗り出すようにして顔を近づけてきた。ただ、自分の主が見ず知らずの相手の差し出した物の実験台になることなど、許すはずも無い。
「伯符! 迂闊に話に乗るな!」
当然の反応といえば当然の反応、多少強引に孫策の行動を制止させようと語気を強めて言葉を投げかける周瑜。
「まぁ強要しているわけじゃない。好きにすればいい」
「やるやる。……冥琳、ちょっと黙ってなさい」
「黙ってはいられんな。おまえにもしものことがあったらどうする?」
「儂も公謹の言葉に賛成じゃ」
「むぅ……」
周瑜も黄蓋も間違った選択はしていない。孫策は王だ。王を守るのが軍師の役目、たった一つの油断が命取りになる。それをよく理解しているからこそ出てくる言葉。
とはいえ、このまま写メを使えずに終わってしまえばこっちはジリ貧になるが……どう出る?
「まぁ拗ねなさんな。まず儂が毒味役をしよう。何もなければ策殿もやってみればよい」
「……分かった。じゃあ祭がやってもらいなさい」
「うむ。……では時雨。儂をしたいようにせい。ただし、儂の身体に変化があれば、すぐさま貴様をくびり殺す。覚悟せいよ?」
「承知した」
相手を脅すような言葉とは裏腹に、黄蓋はどこか緊張した面持ちで前に出てくる。ただ単に写真を撮るだけなのに、冷や汗はタラタラだ。写メをとることで身体に支障を来すなんてことはないけど、万が一偶然に偶然が重なることを想像してしまうと、こちら側も妙に緊張する。普段どおりの面持ちとは行かないが、携帯を黄蓋の方へ向け、カメラの中心に黄蓋が来るように調節する。ピントが合ったことを確認すると、俺は満を持してシャッターボタンを押した。
「……っ!?」
ボタンを押すと携帯カメラ特有のシャッター音が部屋に鳴り響く。三人はその音に思わず体をびくつかせた。そんな三人をよそにきちんと写真が撮れているのかを確認する。特に手ブレもしてないし、変なものが写りこんでいるわけではない。一通りの確認を終えて、携帯のモニター画面を三人のほうに向けて見せた。
「ん、撮れたぞ」
「何じゃ今の音は?」
「変な音……」
「聞いたことも無い音だな。……それは楽器の一種か何かなのか?」
「さぁな。……つっこみは後、はいこれ」
今は撮った写真を見てもらうことが優先、向けた携帯を見てもらうように三人を促す。そして一番先にモニターの画像を見た孫策が驚きの声を上げた。
「……わーっ! 祭がいる!」
「おおお……儂はこんな顔をしとるのか……」
「……すごいわね。これは妖の術?」
周瑜よ、俺は妖ではないって証明しに来たのにその言い方だと俺が妖みたいじゃないか。
「妖の術じゃなくて、科学技術って呼ばれるものだな」
「なんだそのかがくというやつは。道術や仙術のようなものか?」
……よほど興味がそそられる分野らしい。とにかく食いついてきてくれたことにはこちらとしては嬉しいもの。携帯電話だけではなく、日常的な電化製品やらを例に取り上げて科学に関する話を続けていった。
―――――…
「ふむ、話は分かった。どれもこれも信じがたいことだが、『ぼーるぺん』とやらとその『けいたい』とやらに黄蓋殿の生き写しの絵があって、なおかつ体調を崩してないことを考えれば、貴様の言っていること全てを否定はできん」
「理屈っぽいわねぇ~」
「それこそ軍師のさがというものだろう」
「じゃあ我らが軍師様、この子をどう判断する?」
「……」
「……」
ひとまず俺の弁明は終わった。次にくる言葉をじっと待つ時間が限りなく長く感じられた。次にくる彼女の言葉で全ての行方が判決が決まる。はたしてどんな結末になるのか……俺に想像することはできない。
ただこれだけははっきり言える、どの判決が下されようとも後悔はないと。その結果に恐れることも無ければ、やましいことも無い。
孫策の言葉に返すには充分すぎる時間をかけ、少し柔らかに微笑みながら口を開いた。
「本当に御遣いかどうかは分からないが、少なくとも我らの知らぬ国から来たということは分かる。それに人柄は悪くない。何よりも澄んだ瞳をしている。強制的なら分からんが、自分から悪人になることなんて出来ないだろう」
――――澄んだ眼をしている
この言葉に対して正直に喜ぶことは出来なかった。自分の職業柄ほめられる事に抵抗を覚えているのか、俺のどこが澄んだ眼をしているのだろうかと思うほどに。ただ、今は素直にほめられたことに喜びたい。
「お眼鏡に適ったか。儂もこやつの度胸はなかなか好ましいと思っておる」
「なら決まりかな?」
「天の御遣いとして祭り上げる資格はあるだろう……雪蓮の好きにすればいいわ」
「了解♪」
どういう意図が彼女達にあるのか完全に把握することは出来ない。でも仮に俺が天の御遣いでは無かったとしても、偽称する資格はあるってことか。つまりは俺は先ほど説明の時に使ったものがこの世界とは別の場所から来たという証明にはなる。
「……で、俺はどうすればいい?」
「それは我らが主の意志による。……どうする?」
「元々考えていた通りにするわ。その為に連れてきたんですもの」
「まぁ儂は特に反対はせん。何より儂はこいつを気に入った」
豪快に笑いながら黄蓋は俺の肩をバンバンと叩く。何気なくしているが、流石は武人、その力は見た目とは裏腹に力強いものがあった。確かに力強いには力強いが、加減をされているために本来ならダメージなど無い。
「……はぁ」
生死を分けるような張り詰めた緊張感から開放され、盛大に身体の力が抜けてしまい後ろ向きにベッドの布団の上に倒れこんだ。もう今は他のことなど考えたくないと、身体は正直に訴えていた。
「大丈夫?」
「あぁ、ちょっと気が抜けただけだ……で、俺はどうすれば良い?」
「とりあえず、あなたはこれからどうするつもりでいるの?」
寝転んだ俺に孫策が語りかける、どこか期待を持った眼差しで。その問いに俺は一瞬間を置いた。
今までケガレ者として生きてきた俺が、ここにいてもいいのかと。
うちの家系は代々暗殺業を行う一家。
俺はその家に生まれ、周囲は俺が殺し屋のエキスパートになると期待をしていた。
嫌だった、例えどんな事情があろうとも人を殺したという事実には変わらない。
今まで依頼で何人もの人間を殺してきた。
自分の感情を殺し、表の生活でも極力人とは関わらないようにして来た。
俺は人として大切なものを失いたくないがために実家と絶縁した。
それからは毎日のように来る脅迫文に脅迫電話、堪えても耐えてもその苦痛はとどまることを知らなかった。
――――だから俺は……
「……場所も分からない、生きる術もないんじゃ、行き倒れて終わりだろうな」
「……じゃあさ。しばらく私たちと行動しない?」
「俺が……か?」
「そっ、一人で生きるよりはいいんじゃない?」
「本当に俺でいいのか?」
「ええ。ただいくつか条件があるわ」
「条件?」
世の中甘くないってことは知っているけど、孫策の提案した条件という単語に反応した。倒れこんだ身体を起こして、その詳しい内容を聞こうと話に耳を傾ける。
「ええ。まず一つ。あなたの知恵を呉の統治に役立てるということ。もう一つは私に仕えている武将たちとあなたから率先して交流をもつこと」
「前者は理解できたが、後者はどういうことだ?」
「つまりは、口説いてまぐわれってこと」
種馬的な存在になれってことか、言われたからには受け入れてやるしかない。孫策がそのように言う理由は何となく理解できる。天の血が入ったとなれば、畏怖の対象となる。天の世界という言葉を聞いた民たちはどんな反応をするか、おのずと答えは出る。かつての日本が仏教の力で国を治めようとしたように、天の御遣いというものをうまく利用して、国の統制をはかろうとしているのだろう。
特に今に比べると昔はその風習が強い、そう考えると俺の血というものは孫呉を支える要にもなり得る。
「……理解した。その条件、受けよう」
どっちにせよ、俺に多くの選択権はない。ここは素直に従っておくべきか、そもそも条件を飲んだ時点で俺に拒否権はない。
「決まりね! じゃ、改めて自己紹介。姓は孫、名は策、字は伯符、真名は雪蓮よ♪」
「ほぉ。真名までお許しになるのか?」
「だって身体を重ねることになるかもしれない男なんだし。それぐらい特別扱いしてあげないとね♪」
―――――真名。それを相手に預けるということがどう意味合いを持つのかは、館へ移動する最中に聞いた。自分の生き様が詰まった最も大切な神聖なる名前。孫策は真名渡すという形で信頼するという証をくれた。だからこそ俺にかかる責任は重い。
「我が名は黄蓋。字は公覆。真名は祭じゃ」
「姓は周、名は瑜。字は公謹。真名は冥琳。時雨よ、貴様には期待させてもらおう」
三人は俺に次々と真名を預けてくれる、俺を全面に信頼するという形で。
真名の意味合いをよく理解したからこそ、納得の行かない部分もあった。俺は何もしていない、まだ何も恩として彼女たちに返せてない。
変なプライドを持つなというかもしれない、でも俺はこの状態で彼女達の真名を呼ぶわけには行かないと悟ってしまった。うつむいた顔を上げて、口を開いた。
「すまない三人とも。俺はまだ貴方達に恩を返せていない……だから俺が三人にとって誇れる男になった時、俺から真名を呼ばせてくれ」
「え~何で? いいじゃない。私は別に気にしないわよ?」
「孫策は気にしなくても、三人に誇りがあるように俺にも誇りはある。貴方達は行く宛もない俺をこうして拾ってくれた。だからこそ、俺はきちんとした形で恩を返したい。―――だから、それまで待っててくれ。頼む……」
柄にも無く俺はその場に頭を垂れる。真名を呼びたくないわけじゃない。俺自身のプライドかもしれないが、俺は今回孫策達によって助けられた身。助けてもらった恩を返せていないのに相手の真名を呼ぶ、何度考えてもそれを実行するわけにはいかなかった。
本当に俺が彼女たちにとって大切な者となった時に初めて呼ぶ。たとえ孫策達が何を言おうとも、これだけは譲れない。
―――恩をしっかり返したい、少なくともその時までは。
「……はぁ、頭の堅さは冥琳並ね」
「何か言ったか雪蓮?」
どこか呆れたように返す孫策。ただその言い方に若干問題があったのか、周瑜が孫策をジロリと睨む。
「何も言ってないわよ。……いいわ、飛鳥の好きにしなさい。いずれは必ず呼んでもらうからね?」
「分かった」
「とにかく、明日からはバンバン働いてもらうからな?」
「好きに使ってくれ。何でもやるさ」
「期待しているぞ?」
「あぁ」
――――――こうして孫策達に同行することが決まった。