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孫呉、独立へ




「……な~んてね」



「……ほえ?」



「……はえ?」



「くくくっ……孫策のバケモノって言われた時の顔ときたら……」



「むぅ~……しつれいねぇ。私だって我慢しようと大変だったのよ?」




 今までの殺気満々の雰囲気はどこへやら、和気藹々とした雰囲気に塗り替えられた。何が起こったのか理解できないのか、袁術も張勲もオロオロするばかり。


正直、今もう二人に手をかけたところで何にもならないしな。あくまで意趣返しということで盛大に驚かせるつもりだったってわけだ。


はじめからずっと笑いをこらえていたけど、実際きつかった。何度噴出しそうになったか分からない。



「ま、最後まで孫策の演技は決まっていたぜ? 二人とも全然気がつかなかったみたいだし」



「そうね、隠居したら芝居小屋でも作ろうかしら?」



「し、芝居……?」



恐る恐る張勲が口を開く。


ことの異常さにどうやらまだ戸惑っているみたいだ。



「そ。今更あなたたちの命を奪ったって、何にもならないでしょ」



「え……じゃ、じゃあ妾を助けてくれるのか?」



「この城から二人だけで出て行くならね」



「出て行く! 出て行くぞ! なぁ七乃!」



「はいです! もっちろん! 命を助けてもらえるなら、さささーって居なくなってみせます!」



「そう。……なら後は好きにしなさい」



もう金も名誉も地位も何もかも要らないって感じだな。


人間結局は我が身が恋しい。さっきまでは袁術も蜂蜜水が飲みたいって言ってたけど、そんな考えはどこへやら。完全に忘れてしまっているみたいだ。



「はぅ! 助かったのじゃ、七乃!」



「はい、お嬢様!」



「ただし!」



「ひぅ!」



「ひゃーっ!」



「二度とこの国に戻ってこないこと。……もし見つけたら痛~いおしおきをしてあげる」



何か二人のことだから隠れてこの国に戻ってきたところを孫策に見つかって、大目玉を食らうって事がありそうだな。


……ま、孫策のことだから大軍で攻めてこない限り処断することも無いだろう。またこんな感じでの芝居は覚悟してもらわないと困るけどな。



「お、おしおき……」



「そっ。頭と身体が永遠にさよならしちゃうような、きつーいお仕置きをね」



「あわわわわわわ……」



「はううぅぅぅぅぅ……」



いや、実に単純な思考の持ち主だことで。



「……それが分かったら、さっさと出て行きなさい」



「うう、ありがとうなのじゃー……」



「このご恩は一生忘れません~……ってワケで、お嬢様、行きますよ!」



「分かったのじゃ……うー、でもでも、やっぱりいつか覚えているのじゃー!」



「何か言った?」



孫策はスラリと剣を引き抜く。いや、実際何を言ったか完全に聞こえているんだろうけど……素直にさっさと逃げれば良いのに。



「うううう嘘なのじゃ! 何も言っていないのじゃ! ではさらばじゃ孫策!」



……あぁ、そうだ。俺からも一言言っておかないとな。



「……袁術」



「な、なんじゃ!?」



不意に俺に声をかけられ、不安そうに見つめる袁術。


そこまで怖がられるとは心外だ。ちょっとへこみそう。



「あまり張勲に我侭を言うなよ? 後張勲も甘やかせ過ぎないように」



「うう……妾は我侭じゃないぞ」



「私も……そんなことはありませんよーっだ」



「ほお? この後に及んで嘘をつくのか?」



ちょっと凄みを入れて、持っている刀を少しだけ抜刀しかける。



「ひいぃぃぃ!? 何でもないのじゃ! もう我侭言わないのじゃ!」



「わ、私も! もうあまり甘やかせません!!? だから刀をしまってくださいいいぃぃ!」



「はぁ……ったく」



 刀をしまい、袁術の元へと近づいていく。何をされるのかとびくびくしながら俺のことを見ている。後ろから「いじめよくない~♪」なんて声が聞こえる気がするが、俺は孫策みたいに人をいじめて楽しむような人間ではない。


袁術の前まで来ると、視線を落とすためにその場にしゃがみ込む。……まぁこんな状況だけど、張勲が変な気を起こそうものならすぐに抜刀して防ぐことくらいは出来るし、まず孫策が黙っちゃ居ない。


手をそっと伸ばし、頭にその手を置く。



「ほぇ……?」



「……まだ先は長い。二人きりのたびになるだろうけど、その生活で多くを学ぶんだ」



反乱を起こすのなら命の保障はしない、と付け足す。



「もう何にも縛られることは無い。好きに生きろ……」



「……うぅ……ごめんなさいなのじゃあぁぁ!!」



 再び泣き出してしまう。何か俺がいじめているみたいだけど、断じて俺はいじめてないからな。


しばらく泣き叫んだ後、落ち着いた彼女にここから去るように催促する。



「ほら、もう行くんだ」



「ぐすっ……うむ……なぁ、時雨よ?」



「なんだ?」



「お前がもし、妾の元に来ていたら……妾に仕えていたか?」



「……さぁな」




――――――それは分からない。


あの時俺が孫策じゃなく袁術の下に落ちていたとしたら。


そんなこと考えもしなかったし、思いもしない。


本気で守ろうとしていたのか、それともこんな主に仕えてなるものかと裏切っていたのか。


俺にとっての主は孫策であり、守りたいものは孫策をはじめとした呉の人間だ。


今の俺として答えを言うのなら、ありえない。


これが答えだった。




「孫策の下におりたのも運命だと思っている。だからこそ、その可能性は無いかな」



「……そうか」



どことなく、寂しげな表情を浮かべる袁術。


……やれやれ、こういうことされるとどうも弱いんだよな。


でもそこはきっちりと区切りを仕えなければならない。今の俺は孫策の側近。


これ以上袁術に情けをかけることは、孫策を裏切ることになる。



「お嬢様、そろそろ行きましょう」



「分かった。……時雨、いろいろありがとうなのじゃ」



「あぁ……」



今度こそ、その場を去っていく二人。


あの様子なら、もう孫呉に歯向かうことも無いだろう。後は二人それぞれ、外の世界を知って大人になっていけばいい。



「……ふぅ」



気がつくと孫策は俺の隣に来ていた。


二人並んで走り去っていく袁術と張勲の後姿を見つめる。



「これでよかったのか? 孫策」



「さあね。でも二人だけなら、きっと大したことは出来ないわよ」



「そうだな……」



「あんま悪い気はしてないんじゃない? 飛鳥の場合は」



「そうかもしれない。……俺にとって袁術はやっぱり小さな我侭な女の子にしか見えない」



「飛鳥らしいわね」



それが率直な感想だった。


いくら孫策や、孫権が……呉の皆が散々こき使われていたとしても、日が浅い俺にとって見れば袁術はただの我侭な女の子にしか見ることが出来なかった。



別に嘘をついているわけではない。自分が袁術と短期間ではあるが接してきて思ったことなのだから。


二人でそんなことを話していると、後ろから声をかけられる。




「……甘いのではないですか?」



「じゃあ蓮華は私に袁術を殺せって言うの?」



「あ、いえ……そういう訳ではありませんが……」



「ならいいじゃない。……お馬鹿さん二人くらい、見逃して上げなさいな」



「はい……」



まだどこか納得がいかないって顔をしているな。


気持ちは分からないでもないけど、孫策の下した結論だ。無理やりにでも納得するしかないだろう。


そんな俺達の下に部下たちがかけて来る。どうやら城内の制圧が完全に終了したらしい。



「飛鳥様。袁術たちは?」



「もう行った。一応すべて終わったところだ」



「そうですか……ご無事で何よりです」



進行方向を指差してやる。


どうやら事無く無事に終えて安心したのか、張楊も表情を緩めた。



「現在、星殿と思春殿が宝物庫や食物庫の確保に向かっております!」



「そう、みんなご苦労様。……ふぅ」



一息つく孫策。


だがまだ一息つくには早い。ここを拠点にして新たな戦いが始まるのだから。





「……各部隊はこれより城下の治安維持に務めよ! すぐに統治活動に入るわよ。蓮華、あなたも手伝って」



「はいっ!」








――――――こうして袁術を追放し、ようやく国といえるものを手に入れることが出来た。


ついに独立することに成功したのだ。


そしてここからいよいよ始まる天下統一。


まだ喜んでいる暇は無い。むしろ喜んでいる場合ではない、やることが山積みになっているんだ。


拠点を新たにここに移し、再び呉国としての始まりを告げる。


それぞれが何を考え、どう行動するべきなのか。





ただ――――――



当初の目標である独立には成功した。


頭の片隅であれ、喜ばしいことに違いなかった。



呉に永久の平穏を――――――




それを念頭に、俺達は再び動き始めるのだった。

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