洛陽へ入場
「……俺の勝ち。だな」
俺は目の前に倒れている呂布を見ながらそう告げる。
――――それとほぼ同時に体力が尽き、その場に大の字になって倒れこむ。情けないことに満身創痍。むしろ呂布とまともにやりあって生きていたことにまずは感謝したい。
……俺も死ぬつもりはなかったぞ、死にかけたのは事実だけど。
「主!」
「飛鳥様!」
駆け寄ってくる趙雲と張楊。見守ってくれた二人にも感謝しようと何とか起きあがろうとするものの、体力をほとんど使い切ってしまったために上手く起き上がることが出来ない。
「あまり心配をかけないで下され。心臓が飛び出るかと……」
「悪い……」
いつもはひょうひょうとしている趙雲だが今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。本気で心配をかけてしまったらしい。
倒れている俺の首を抱えて上半身だけ起き上がらせる。
そして張楊に至っては……
「飛鳥様のバカ! 死んだらどうするんですか!? あなたが死んだら私……うぅ……」
「うわ!? わかったから泣くなって!」
ものすごく泣きそうな顔をしながら訴えてくる。
……罪悪感が尋常じゃない、何か何の罪もない女の子を泣かせてしまった気分だ。
そんな彼女を落ち着かせるために俺は動く右手を差し伸べ、彼女の頭を撫でてやる。照れながらも気持ち良さそうに目を細める張楊。
今はこれくらいしか出来ないからこれで勘弁してくれというように。
「ごめん……心配掛けた」
「うぅ……ほんとに大馬鹿野郎です」
「うっ……」
案の定そんな訳にもいかず、オーバーキルをされる。
ただ今回は全面的に俺が悪いために、何も言い返せない。
罪悪感にさいなまれている最中だが、いつまでもこんなところで寝そべっているわけにはいかない。張楊と趙雲の肩を借り何とか立ち上がり、その場に倒れている呂布の下へと行く。まだ呂布にもダメージが残っているのか、呂布は倒れたままだ。
「よう、大丈夫か?」
「恋、負けた」
「あぁ」
「初めて負けた」
「そうだな」
「何で。恋、殺さない?」
「殺す意味がない。そう俺が判断しただけだ」
倒れた状態のまま俺の事をじっと見つめてくる。その瞳は俺に何を思うか、憎悪かはたまた憤りか……表情がほとんど変わらないために分からない。
ただ俺もすでにボロボロ、支えられて立つのがやっとという状態だし、さっきと同じ事をしろと言われても今はもう出来ない。
そんな状態でも何とか彼女の事を起き上がらせようと、手を差し伸べる。
「立てるか?」
「………(コクッ)」
呂布はその手を取り立ち上がる。ダメージは幾分取れたのか、ボロボロの俺とは対照的。何食わぬ顔でじっと見つめてくる。
勝てたのは本当にラッキーだった。
同じ手でもう一回戦ったとしてももう勝てない。呂布が柔道というものを知らなかったために今回は勝てたようなもの。
改めて呂布と自分との武芸の差というものを見せつけられた気がする。
「怪我してる……」
「そうだな、あれだけの戦いだったんだ。怪我の一つや二つはあるさ」
左肩は上がらず、顔にはいくつもの斬撃を避けた際に出来た傷もある。我ながらかっこ悪いと思う。
「恋、負けた。言うことに従う。でも、月達には手を出さないで」
呂布の口から発せられる『月』という言葉。誰かの真名なのか、ここで一番想像しやすいのは董卓の真名であるという可能性。
この子なりに自分が犠牲になってもその人物を守ろうとしているのか、強い眼差しで俺を見つめながら言う。
「それは董卓の真名か?」
「………(コクコク)」
「こっちも一つ聞きたい、董卓は民に悪政を働く人物だったか?」
「……月、そんなことしない」
少しムッとした感じの表情で返答される。華雄に続いて呂布も、董卓は悪政を働いていた人物ではないと断言する。
これが意味するのは何か。一番近い答えとしては、すべてがでっち上げの噂に過ぎなかったということ。つまりは何者かの策略に、反董卓連合はハマってしまっていたということになる。
有名諸侯が何人も集まっていながら本質を見定めることが出来なかった、それどころか噂に踊らされて多くの命を失ってしまった。
全て無意味な争いだったということになる。
……ほんとに、情けない限りだ。
「やれやれだ……」
「……ふむ、結局無意味な戦いになってしまいましたな」
「誰の差し金なんでしょうね?」
「………白装束」
「ん?」
「白装束が来てからおかしくなった」
呂布の口から出てくる白装束という単語、それが何を意味しているのか分からない。ただそれらの存在がこの戦いのすべての元凶だということ。
もちろん、主犯を断定できるわけではない。でもこの白装束という者が反董卓連合を起こさせる原因になりえるものというのは間違いないみたいだ。
「漠然過ぎて何とも言えないな。……うちの陣に来てもらっても?」
「……分かった」
「張楊、趙雲。一旦戻るぞ」
「はい」
「御意」
「じゃあついてきてもらえるか?」
「うん……」
俺の後をトコトコとついてくる呂布。どうやらもう敵対意識はなく、何か抵抗しようという気ももうないらしい。
終始、俺の顔を覗いていること以外は。
……おい待て、落ち着かないんだが。
敵意も何もないので害はないが、自分という存在をじっくり見られているために落ち着かない、というよりも観察されるということに慣れていない。
というか慣れるはずもない、自分の事をじっと観察されたら親友でも何か変な気分になるだろ、それと同じだから別に俺が変というわけではないよ?
「……あんまり見られると恥ずかしいんだが」
「恋、お前に興味もった。だから見てる」
「興味って……」
「名前、教えて」
「……時雨飛鳥」
「良い名前……」
純粋なのか天然なのか、俺の考えるよりも斜め上の思考を持っているのか。もしかしたらこの子も今回の戦いは本意で戦っていたわけじゃないのかもしれない。
「……恋は恋」
「……それって自己紹介になっているのか?」
突拍子もない真名だけの自己紹介、いや確かに呂布だっていうことは初めに名乗っていたけど……これじゃまるでぜひ真名で呼んでくれ。いや、真名意外じゃなきゃ呼んじゃ駄目って言われているみたいなんだが……
「呂「恋って呼んで」……」
「くくく……これは一本取られましたな、主」
「飛鳥様も頑固ですからねー」
もはや逃げる術はなし。
というかこんな純粋な眼で見られながら真名を呼んでと言われたらもう呼ばざるおえないのか。
……いや
俺はあくまで孫呉に忠誠を誓った身だ。一度契約した内容を……まして自分で決めた事を。
覆すわけにはいかない。
たとえそれが非難されることだとしても、裏切るわけにはいかなかった。
「ごめん……やっぱり呼ぶわけにはいかない」
「主……」
「飛鳥様……」
「………」
「俺のわがままかもしれない。でもここで真名を呼んだら、間接的に孫策達を裏切ることになる……だから……ごめん」
「……分かった。でも飛鳥、頑固」
「そういう性分だからな」
どうやら呂布も何とか納得してくれたみたいだ。正直純粋な目で見つめられたときはどうしようかと思ったけど……
あれだ、男には譲れないものがあるってことだ。
「飛鳥様、そろそろ本陣に……」
「そうだな、一旦戻るか……っ!」
先ほど呂布の一撃をガードしたときの痛みが本格的に出てきてしまったらしい。歩くたびにズキズキと痛み、歩くことさえ困難というレベル。強がって骨には異常はないっていったけど、正直そんな強がりも出来ないほど痛い。
ぶっちゃけると折れてるかもしれない。
アドレナリンが出ていたためか、痛みを忘れるっていうのは本当にあるらしい。
「飛鳥様!?」
「……痛みが出てきたみたいだ。悪い、手を貸してくれ」
情けないことに一人で歩くことが出来ない始末。よくこんな状況下で勝てたなと思う。
ただこんな状態でも勝ちは勝ちだ。
両方を支えられて俺たちは本陣へと戻っていく。
戦神・呂布に勝ったという名誉を抱えて。
――――…
「何でこんな無茶してるのよ! 心配掛けないでって言ったでしょ!?」
甘い考えをしていた俺が馬鹿だったということに気がつく。
帰還後、俺の事を出迎えてくれたのは盛大な説教だった。しかも怒っているのが孫策っていうのがちょっと……いつもと立場が違うような気がするんだが。
い、いや。言い訳をするつもりはないけどこうして生きて帰ってきたわけだし、少しは……
「全くだ! こんなになるまで無理する人がどこにいるのよ!!」
続いて孫権にまで説教をくらう。
確かに左肩は上がらないし、顔にも傷はついてるけど。でも生きて……
「生きて帰ってきたからいいという問題ではないぞ。たまたま勝ったからいいものを。もっとお前は自分を大切にしろ」
「……はい」
孫策、孫権、周瑜の順で集中砲火を食らい、もはや俺のライフはゼロに。
ふふ……四面楚歌というのはこのことか。張楊も超雲も苦笑いをしながら眺めているだけだし味方は誰もいない。
「お前が死んだら、蓮華様が悲しむ……」
「飛鳥様! 心配したんですよ!」
「お前はもう少し自分の心配をせい!」
さらに甘寧、周泰、黄蓋とオーバーキルは続く。もはや何も言うまい……俺が悪いから何も言えない。
「とにかく! もう飛鳥は大人しくしてること! いい!?」
「……分かった」
――――この後、孫呉は勢いそのままに洛陽まで追撃することになる。当然呂布とサシで戦って心配をかけた罰として俺は後方待機していることを命ぜられる。
呂布は孫呉に落ち、張遼は魏に落ちた。そして董卓も行方を眩ませる。
正直何がどうなっているのか状況判断が難しいが、洛陽はこれで完全に落ちたということになる。
洛陽の調査が進む中、俺達は洛陽の外に陣営を構築した後待機することに。その間、俺は孫策のお守をすることになった。
「おおー。争ってる争ってる、さあどっちが先に入るかなぁ~?」
劉備と曹操には前もって一番乗りをすると伝えていたため、それを追うようにこの二勢力が少しでも先にと言わんばかりに城門の前へと押し寄せてきている。
……だからってそれを酒のつまみにする奴がいるか。
「楽しそうだな。まだ終わったわけじゃないっていうのに」
「こんな楽しい見世物、他にはないでしょ?」
「……どさくさにまぎれて何杯飲んでるんだよ」
「えぇ~……だってこれ、まだ二杯目よ?」
「杯と本まで間違えるようになったか。そろそろやめておけ……」
こんな状態の俺が言えることかと言われれば、正直それとこれとは話は別。とりあえず抑制役を頼まれているんだから何とか止めておかないと。
可愛く拗ねながら三本目に手を伸ばそうとする手を止める。
「あら、ばれた?」
「もう何となくすることが分かるようになったしな」
「じゃぁちょっと聞いてみようかな? 飛鳥は私のこと、どう理解してるの?」
「行動の半分以上が勘だな」
「うっ……」
「後甘えん坊、みんなに甘えているだろ?」
「……甘えてないもん」
「後は何だかんだ言っても、俺達の言うことを聞いてくれるところかな?」
少し微笑みながら言ってやる。すると少し顔を赤らめながら俺に訴えてくる。
「むぅ……そんなこと言われたら、お酒に手を出せないじゃない……」
お酒を一体いくつ隠し持っているのかと思う。背後に隠し持っていた大徳利を俺に渡してきた。ほら、やっぱり俺の言うことを聞いてくれる。
「ん、確かに受け取った」
「……飛鳥、性格悪くなったわよ。昔はもっと素直だったのに」
「昔も何も、俺はずっとこんな感じだろ」
「むぅ……」
拗ねてる拗ねてる。
……なんだか、こういう顔を見ると安心する。平和って言うわけじゃないけど。何か近くにいてくれているって感じがして。
「……まぁこれが終わるまでの辛抱だから、それまで我慢しな」
そんな彼女を宥めるかのように言ってやる。
正直ここで酔っ払われても怒られるのは孫策……だけじゃなくて俺も怒られる。一応お守りを頼まれたわけだし、言い訳は無用だ。
話せば分かる! 問答無用!
……なんてな。
そんな感じで和気藹々としながらお守りをしているわけだが、冷静に考えていなくてもここは陣営内。
知らない人物が来るということはないが、知っている人物は来る。つまり十分に人前だってことだ。
「ほう、楽しそうだなぁ」
「………」
「あ、お帰り冥琳」
「……おかえり、首尾はどうだった?」
「話を変えたな……まぁいい。上々だ。台帳と地図はしっかり確保した。これは呉にとって無形の財産になるだろう」
「なるほど、この後は?」
「劉備と曹操の一番乗りが終わった後、洛陽に入場する。場内が少し荒れてるから、その再建に力を尽くそうと思う」
「荒れてるってどういうこと?」
「董卓軍が退却した後、黄巾党の残党が狼籍を働いたようです」
状況をよく飲みきれていない俺達に周瑜と甘寧が補足説明をしてくれる。
ここでも黄巾党か……全滅させたとはいえ、まさかこのタイミングでやらかしてくれるとはな。
出てる杭は打たなきゃならんか……ったく面倒をかけさせてくれる。
「そういうことだから、私達は入場後、すぐに復興作業を開始しようと思うの」
「当然でしょ。穏!」
「はいはーい。資材は充分……とはいきませんが、供給できる分をまとめておきますねー」
さっきの和気藹々にも似た雰囲気はどこへやら、孫策は酒のことなど忘れ、すでに気持ちを切り替えて復興支援に向けて準備を始めようとしている。
「孫策様、劉備軍と孫策軍の入場を確認出来ました」
「了解、……じゃあ私達も行きましょう。……飛鳥も良い?」
「あぁ、大丈夫。行こうか」
俺達は現場へと行こうとする。すると行こうとした手を誰かに握られる。
俺はその場で後ろを振り返る。
「……飛鳥」
「あぁ、どうした呂布?」
そこにいたのは呂布だった。俺達が保護した後、陣営に連れてきたわけだが、特に何かをおこす気配もないし自由にさせてやれという周瑜の判断により、先ほどまで甘寧と周瑜と共に洛陽の案内および調査に協力していた。
「……恋も一緒に行く」
「分かった、ついてこい」
「……(コクッ)」
「そういうわけだ。良いよな、孫策?」
「ええ、構わないわ」
「よし、被害が広がらないうちに急ぐぞ」
今は俺達が出来る事をしよう。
痛みがあるとしても、俺に出来ることぐらいはあるはずだ。
―――――俺たちは一同、洛陽へと入場する。




