激突・飛将軍VS最強の仕事人
「ふふ♪ 慌ててる慌ててる♪」
「お前何気にでもなく鬼だな」
「あら、策士と呼んで欲しいわね」
目の前で起こっている風景を見ながらケラケラと笑う孫策。この反応を見る限り作戦がどうなったかというのは分かるだろう。
深紅の呂旗……袁将と袁術を壊滅状態にまで追いやった張本人、その名を呂布奉先。
天下無双の武とはこの事を言うのか、策もなければ彼女を止めることはできない。
なす術もなく兵士達の人数を減らされていく。
「ただここまで一方的にされるとな」
「ええ。私達にまで被害が出かねないわね」
汜水関で勝利は収めたとはいえ、相手は呂布。このままでは押し切られて甚大な被害が出るのは必至。なんとか再び押し返さなければならない。
とはいっても今の袁術、袁紹にその力はもうない。
俺達の作戦が上手くいったのは運が良かっただけではなく、隠れながら曹操が協力してくれたからだ。その為に先鋒にいた袁紹軍が盾になり、俺達は最小限の被害で交代することが出来た。
が、思った以上に今の状況はよろしくない。
「劉備軍が今加勢に行っているが、かなり手こずっているようだ」
「あの関羽と張飛がか……とんでもねえな」
「手助けに行くのが得策だろうが……どうする?」
手助けか。正直手助けだとしても今まで以上の激戦区だ。極力消耗を防ぎなおかつ呂布を撃退しなければいけない。
そう考えると少数精鋭で行く必要がある。
となると考えられるのは……
「時雨、張楊、子龍、興覇、幼平! いけるか?」
「「御意!」」
ま、そういう布陣になるよな。
現孫呉の当主の孫策と次代当主の孫権。この二人には何としても生き延びてもらわなければならない。そう考えると選ばれるメンバーはおのずと限られてくる。
周瑜の人選は妥当だけど、相変わらず孫策は不機嫌な顔をしたままだ。
どうやらことごとく自分が強い相手と戦えないために不満がたまっているのか。
頬を膨らませながら周瑜の事を見つめている。一方孫権はやはり心配そうな顔でこちらを見つめてくる。こういう顔を見てしまうと何としても傷を負ってはならないという気持ちになる。
誰かが負傷するのを見たくないからか、でもその気持ちはよく分かる。
「とりあえず隊を二手に分けよう。俺達が右翼から回り込むから、甘寧と周泰は左翼から展開してくれ」
「分かった」
「了解しました!」
二人とも俺の目を見据えて頷く。よし、これで方向性は決まった。後はこれでいいのか確認を取るだけだけど……
「何か嫌な予感がするのよ……」
「姉様?」
――――突如孫策がポツリとつぶやく。珍しい、孫策にしてはえらく弱気な一言だ。しかもその視線は俺に向かっている。
……おい、こんなところで勘が的中しちまったら洒落にならんぞ。
変な死亡フラグを立てるのはやめてくれ、若干怖い。
「飛鳥が強いのは知ってるわ。でもなんか胸騒ぎがするの……」
「俺が死ぬとでもいうのか?」
「そういうわけじゃないけど……否定は出来ないわ」
相手は呂布、最悪のケースが予想できないわけではない。確かに手駒はそろっている。張楊だけじゃなく、趙雲もいる。そう簡単にやられるつもりもない。
孫策の勘がそう告げているのか。
「勘か……?」
「それもあるわ……けど……」
「けど?」
「飛鳥は私にとって……大切な存在だから」
「―――ッ」
恥ずかしげもなくまっすぐな瞳で俺にその言葉が投げかけられる。
そこでようやく認識する。決して偽りの言葉ではない、それは孫策の本心から出た言葉だと。
ここまで心配されると何かこちらも申し訳なくなる。それこそ戦闘に行きたくなくなるくらいに。
でも行かなければならない。
そんな時、俺が孫策に出来ること………
彼女を少しでも安心させること、彼女が俺にしてくれたように。
彼女に歩み寄り、その身体をそっと抱き寄せてやる。
『わぁ』とか『ほぉ』とか聞こえたのは無視することにする。
「大丈夫、俺は死なない……」
「……ホントに? 無理しない?」
「あぁ」
「………」
いまいち信用できないって顔してるな、まぁそもそも戦に絶対なんてないわけだし、約束することは出来てもそれが思ったとおりになるとは限らない。
でも俺はこの戦では死なない、絶対にだ。
そっとその華奢な身体を離す。孫策は名残惜しそうな表情をしているが、今は長々とそんなことしている時間はない。
「周瑜」
「無理はするなよ。絶対生きて戻ってこい」
絶対と念押しをされる。
――――あぁ、絶対だ。
「張楊、趙雲。援護を頼めるか?」
「任せてください!」
「御意! 必ずお守りいたします」
「よし、じゃあ行くぞ!」
――――…
―――――三人称 Side
出陣後、二手に分かれて行動を開始する。
甘寧隊と周泰隊は左翼から、時雨隊は右翼から呂布を取り囲むようにつめていく。
右翼の先陣を切るのは時雨飛鳥、時雨隊隊長にして呉の御遣い。その横には情報収集、隠密行動に長ける時雨隊副隊長、張楊。そして新しく時雨隊に入隊した五虎大将軍の一人、趙雲。
林の中を駆け抜けながら呂布の姿を探す。
「主、体調のほどは大丈夫なのですか?」
「問題ない。流石にこの程度でへばっていたら何も出来ないよ」
「しかしあまり無茶をする必要はないかと思われたのですが……」
「そうかもしれん……でも孫呉からすれば孫策と孫権に危害が及ぶ方がよほど痛手だ」
「優しいのですな、主は」
「そう見えるか?」
「私からは、少なくともそう見えますよ」
「そうか」
ただ星の心境は飛鳥とは少し違う。
星にとっての直接の主は飛鳥だ。彼女からすれば彼に危害が及ぶことはもっとも見たくないことなのだ。
それは愛莉に聞いても同じ事を答えるはず、直接仕える相手に危害が及ぶというのは誰もが見たくないものだ。
「! 飛鳥様! あれを!」
「……居たか!!」
愛莉の指さす方角。人が何かゴミのように吹き飛ばされる光景が広がっていた。
誰一人、相手に一撃を入れることも出来ない。
異様なまでの光景だった。
「あれが……呂布」
その呂布の姿を見て一同は言葉を失う。
呂布の正体はどこにでもいるような普通の女の子だ。その女の子が槍を振り回している。
「行くぞ。張楊、趙雲!」
「あ、主! お待ちくだされ!」
「飛鳥様!」
一直線に呂布に向かっていく飛鳥。これには愛莉も星も驚いたのか、一瞬行動を止めたものの、すぐにその姿を追い掛ける。
周りの相手をあらかた蹴散らしてた呂布も突っ込んでくる飛鳥の存在に気が付く。そして飛鳥に向けて方天画戟を向けて臨戦態勢を取った。
「……会うのは初めてだな」
「………」
飛鳥の問いかけに反応を示さない。ただじっと飛鳥の事を見据えるだけ。
異様な雰囲気があたりを包む、これだけ大勢の人数が集まっているにも関わらずまるで二人だけの世界に入り込んでいるかのように。
あたり一面を砂埃が覆う。
まるで呂布と飛鳥、愛莉と星を取り囲むように。
「聞き方が悪かったな。お前が呂布でいいか?」
「……(コクッ)」
呂布は言葉を発さず、顔の動きだけで肯定を示す。
その時だけ周りの空気が少しだけ柔らかくなる。だがそれもほんの一瞬。たちまちあたり一面を凄まじい殺気が包み込む。
「主、気をつけてくだされ。今までの相手とは格が違う」
「あぁ、分かるさ。殺気が普通の比じゃない……」
「飛鳥様、危なくなったら私達が……」
飛鳥の意志を二人はくみ取っているのだろう。一対複数ではなく、飛鳥は一対一の真剣勝負を所望しているのだと。
あくまで二人が一番大切にしているのは、主人である飛鳥の命。勝ち負けではない、彼の命を何としても守ることだ。
本気で命が危なくなったら、飛鳥が何と言おうとも彼女達は手を出すに違いない。
「分かった。……呂布、一つ手合わせ願う」
「……来い」
その言葉が戦闘開始の合図となった。
地面を勢いよく蹴り、素早い行動で呂布の手前まで迫る。そして納刀状態のまま、一気に抜刀。居合抜きで刀を振るう。
――――が
「!?」
「……遅い」
普通の武官なら確実に当たっていたであろう一撃を難なく防がれる。そして攻撃後の硬直をつき、やりを突き出す。
ヒュンという矢が風を切り裂くかの様な音を立てて迫りくる槍。飛鳥はこれを強引に身体をねじり、間一発スレスレのところでかわす。飛鳥の頬を冷汗が垂れる。
「あぶねぇ……」
「……今度はこっちから行く」
地面を蹴り飛鳥に接近してくる呂布。そのスピードは飛鳥のものよりも速い。
パワーとスピード、どれをとっても飛鳥より上だ。受けることが危険だと察知した飛鳥はその攻撃をかわす為にその場にしゃがみ込む。
これもギリギリのところでかわす飛鳥。わざとギリギリで避けているのではない、ギリギリでよけざるおえないのだ。
呂布ほどの武将になればスピードを乗せた一撃であっても、途中で強引に斬撃の軌道を変えることが出来る。つまり余裕を持たせて避ければ、すぐに反撃に移れるという一般的な常識は呂布には通用しない。
それどころかギリギリで避けなければ斬撃の軌道を変えられ、強烈な一発を食らってしまうことになる。
その一撃をくらうということが示すものはつまり、死だ―――――
「……くそ、速い」
流石にこの斬撃をよけ続けるのは体力的につらいものがあるのか、飛鳥に疲れというものが積み重なっていく。
しかし集中力を切らせば待っているのは死。一瞬たりとも気を抜くことが出来ない。
「お前、確かに強い。でも………」
再び間合いを詰めてくる呂布、そして繰り出される攻撃。これを避けようと飛鳥は一方後ろに下がろうとするが……
ガツッ!
「なっ!?」
集中力というものは持続させることが難しい。それは相手が強敵であればあるほどにだ。
今の飛鳥の集中力は呂布に対して究極にまで集められていた。
………しかし
その集中力が強すぎたため、周りに対する意識というものがほんの一瞬欠けてしまった。
ここは戦場、あらゆるイレギュラーというものが存在する。
石に躓く、そんなことは武人としてあってはならないもの。飛鳥だけじゃない、一定以上の武力を持つ者に関してはそんな些細なことは起こらない。だがその物体が戦場ならではのものだったとしたらどうなるか。
それが今の現象を引き起こした。
誰かの使っていた刀、それが飛鳥の足に引っ掛かってしまった。
とっさの事にバランスを崩しかけるが何とかそれを保とうとする。
ただそんな些細な隙は呂布にとっては絶好の隙となっていた。
「……終わり」
呂布は槍を振り下ろす。
「主!!」
「飛鳥様!!」
二人が駆け寄るが間に合わない。終わった、誰もがそう思った。
ドゴンッ!
「うぐっ!」
「なっ……!」
辺り一面に鳴り響いたのは肉を切り裂く音ではなく、何かがぶつかる鈍い音。
飛鳥はとっさに呂布の進行方向とは逆に移動し、刃の部分を外して左肩で攻撃を受けてめていた。
だがその一撃は重い、骨折まではいかなくても肩には多大なるダメージを受けたのは間違いない。
左肩を押さえながら、立ち止まったままの呂布から距離を離す飛鳥。
しかしその表情は歪んでいる。
「主! 大丈夫ですか!?」
「痛い……けど何とかな」
「何とかって……骨が折れてるんじゃ!」
「いや、骨折までは行ってないよ……まだ動ける」
再び呂布に対して視線を向け直す。
肩が痛むのか、左腕はだらんと垂らしたままになっている。
「そんな手負いの状態じゃ……恋は倒せない」
「やってみなきゃ分からないだろ、諦めた時は俺が死んだ時だ」
「………何かお前、ヘン」
「……何が?」
いきなりヘンな奴という輩がどこにいるのか、思わずあっけにとられる飛鳥。そんな飛鳥をよそに呂布は言葉を続ける。
「お前、全然恋に殺気を向けてこない。恋、お前に殺気を向けているのに。……なんで?」
「何でって言われてもな……」
「………」
「この争いが作られたものだと分かったからだ」
「???」
何を言っているのか分からないという表情を浮かべる。
そんな呂布に対して飛鳥は言葉を続ける。
「言葉で分からないなら、無理やりにでも分からせなければならない……お前を倒して」
「!!!」
刀を握っている右腕を呂布の方へと向ける。
飛鳥からあふれ出てくる闘気、その闘気は今まで以上に大きく。威圧あるものになっていた。
飛鳥がまだ勝負はついていないと訴えかけるように気迫を見せれば、それを見た呂布も再び方天画戟を構え直す。
だが呂布は疑問に思っていた。闘気こそ感じられるものの、お前を倒すと言われたのにも関わらず飛鳥からは微塵も殺気が感じられないからだ。
(やっぱりヘン……)
心で思いながらも言葉に出さない。飛鳥の目をじっと見つめながら攻撃の機会を待つ。
「正直な話……もう左肩が上がらない。体力的にも限界が近い……」
「………」
「……次が最後の一撃だ」
「……分かった」
先ほどまであたりを包んでいた砂塵が晴れていく。
互いに武器を構えたまま、二人は一歩も動かない。その様子を黙って見つめる張楊と趙雲、しかし二人はいつでも飛びだせるように手にはきっちりと武器を握っている。
砂塵が消える、それが合図とばかりに二人はほぼ同時に地面をける。
「はぁっ!」
「ふっ!」
ガキンッと互いの武器がこすれ合う音が響き渡る。続いて二撃目、目にも止まらない攻撃の嵐、それを互いが撃ち合い、そして互いがよけ合う。
一進一退の攻防が数分間続く。
実力的には飛鳥の方が呂布に劣っていた。それは飛鳥自身も分かっていたこと、それでもあえて一対一を買って出た。
しかしこの攻防は完全に互角、むしろ左肩を負傷してからの方が飛鳥の攻撃精度は上がっているのだ。
(こいつ……強い。さっきは恋よりも弱かった、でも今は恋の攻撃に追いついてきてる)
それは呂布も感じていた。戦う中でレベルアップしていく飛鳥の成長速度を。
(恋もヘン……何か凄く……楽しい)
呂布がそう思うのはなぜか、それは彼女自身にしか分からない。でも彼女が戦うのにも確固たる信念がある。だからこそ、彼女も負けるわけにはいかない。
(でも、恋は負けない!)
ここで呂布が動く。
飛鳥の斬撃をかわし、そして避けた勢いのまま方天画戟を振り上げる。当然、飛鳥もこれをガードする……が、疲れというものはどこまで無慈悲なものなのか。
凄まじい攻防で心身ともに限界点を超えていた飛鳥の体力はほぼ、そこを突きかけていた。
握力が弱くなっていた腕ではその斬撃を受け止めきれずに、刀は空高く弾き飛ばされる。これで飛鳥は丸腰、もはや呂布の斬撃を受け止める術はない。
(恋の勝ち……!)
勝ちを確信した呂布は方天画戟を振り下ろす。
――――そう、普通だったらこのまま呂布の勝利で終わっていた。
―――そう、普通なら……
「なっ……」
呂布は眼を疑った。
そんな馬鹿なことがあるのかと。
飛鳥は痛む左肩を動かし、両手で方天画戟の棒の部分を受け止めていた。一度ならず二度までもだ。
しかもそれだけではない。今度は体を前に動かして一か八か刃が当たらない場所で受け止めるという博打ではなく、完全に呂布の斬撃を見切って、両手で受け止めている。
槍を引こうとする、でも動かない。いかに呂布が力を込めようともびくりとも動かすことは出来ない。手負いの飛鳥のどこにそんな力があるのか。
―――刹那、呂布は自分の身体が宙に浮いていることに気がついた。
飛鳥が最後の力を振り絞り、呂布の握っている方天画戟もろとも一本背負いの要領で投げ飛ばした。
槍の長さによって増した遠心力によるその一撃の重さは計り知れない。
「ガハッ!!」
地面に勢いよく叩きつけられ、肺から一気に酸素が吐き出される。
この時代の中国には柔道というものは存在しない、さらに方天画戟を握ったまま投げ飛ばされたために受け身も全く取れないまま叩きつけられた。
――――立てない。
いくら力を込めても立つことが出来ない。
立つことが出来ない、つまりそれが示すのは………
「……俺の勝ち。だな」
呂布自身の敗北を意味していた。
――――三人称視点 End




