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対華雄戦



―――趙雲の加入、それは飛鳥達にとって大きなものとなっていた。


飛鳥と張楊の双壁にさらに五虎大将軍の一人としても有名な槍の名手、趙雲の加入によりその突進力の威力は計り知れない。


人数で圧倒的に勝っていたはずの華雄軍を圧倒、みるみるうちに人数を削っていく。


後曲にも甘寧の隊、周泰の隊。


そして最後尾には孫呉の主である孫策の隊がある。



それだけではない、劉備軍にも張飛や関羽を筆頭に名高い武将達がいる。



――――誰がこの展開を予想できただろうか。






その闘いの様子を高い丘の上から眺める女性が一人いた。





「……」




魏の盟主、曹操孟徳。


小柄の体からは想像も出来ないオーラを発しながらその戦況を黙って見つめる。


その視線の先にうつるのは呉の天の御遣い、時雨飛鳥。


彼の姿に何を思うか、興味深そうな笑みを浮かべながら見つめている。




「華琳様」




「桂花、戦況はどう?」




「最初こそ数に勝る華雄軍が押していましたが、今は孫策の兵たちがこれを食い止めて押し返しています。そして左右からは関羽と張飛の軍勢が加勢。汜水関が落ちるのは時間の問題かと思われます」



桂花と呼ばれた少女は魏の軍師、荀彧(じゅんいく)


彼女は冷静にその戦況を分析する。




「そう……しかし見事なものね」




曹操自身、劉備軍が先鋒でここまでやると思っていなかった。もちろん曹操は気が付いている。この作戦を発案したのは劉備軍ではなく、孫策軍であると。


さらにこの作戦には、時雨飛鳥という男が絡んでいるということも。


だとしても相手にしているのはあの華雄と張遼の軍隊だ。そう簡単に落とせるはずがない。


しかし蓋を開けてみれば互角以上の戦いを演じている。


作戦勝ちといえばそれまでだが、その作戦を成功させ、自らも戦場に赴いて戦っているその武力と、天性の勝負勘、勝負強さ。


その高いレベルでの戦い方に曹操は見惚れていた。




「何で孫策ほどの人物が袁術何かの下についているのかと思ったけど。それが壊されるのも時間の問題みたいね……春蘭!」



「はっ!」



「あなたはあの男の事どう思う?」



「まるで鬼のように見えます。あの男からあふれ出る闘気……大陸を探してもそう何人もいないでしょう。それとあの武力、一筋縄ではいきません」



春蘭と呼ばれた女性、名は夏侯惇。


曹操の右腕として仕え、その武力は三国の中でもトップクラスを誇る武芸の達人。


頭が弱いのがたまにキズだが、その戦況分析ぶりはいくつもの戦場をくぐりぬけてきただけのことはある、実に冷静な分析だ。




「欲しいわね、あの男」



「しかし華琳様、あの男を手に入れるには一筋縄ではいきません……捕らえるだけでも姉者と同等の武お持つ者が必要になってきます。そして何より彼の周りを取り巻く存在……これを相手にするとなると……」



「なるほど。魏が総出で立ち向かわないと無理ということね、秋蘭」




「はい。なので現状手に入れるのは不可能に近いかと思われます」




「………」




そう分析するのは夏侯惇の妹、夏侯淵


――――曹操孟徳。


冷静沈着で武力と知力、そして人材を揃えた魏を統べる王。


彼女がその気になれば、天下統一も決して不可能というわけではない。むしろ諸侯の中では一番天下統一に近い存在だ。


しかし蜀と呉にあって、魏にないもの。


それは『天』という存在。


宗教的なもので、その存在というものは絶大な力を発揮する。


現にもともと義勇軍でだった劉備達は今やほぼ独立状態に。そして孫呉も独立に向けた整備がほぼ整い、その機会を淡々と伺っている。


二人の御遣いの中でも突出した存在、それが時雨飛鳥。


北郷一刀が人徳に優れる人物だとするならば、時雨飛鳥は人徳、武力、知力の全てを兼ね備えた人物だ。


どの諸侯も欲しがるような存在、そして脅威になる存在が呉にはいる。


曹操もこの男をどうにかして手に入れようとしているのか。




「今度、直接会った方がよさそうね」




それだけ言うと曹操は飛鳥から視線を外す。




「桂花、春蘭、秋蘭」



「「はいっ!」」




「私達は張遼を抑えに行くわ。準備はいい?」




「「いつでも!」」




曹操はその場を去る。


帰り際、再び飛鳥に目を向ける。





「あなたは必ず、私の手においてみせるわ……」







――――…








――――飛鳥 side



趙雲の加入により隊にも以前にもまして厚みが出た。


突破口を開ける人物が増えた事で、以前より戦いやすい戦い方が出来るようになったのかもしれない。


さて、砦までもう少しだ。


劉備軍の加勢により戦況は大きく変わり、食い止めていただけだった侵攻を今度は俺達が押し返し始めている。




「大丈夫か?」



「まだまだ、心配には及びません」



「はい、大丈夫です!」



「よし。なら……一気に突破口を開くぞ」





ぐっと腕に力を込める。


今までこっちでは一度も使ってこなかった"技"


神経を研ぎ澄まして体の気を腕から持っている刀に伝える。


人間というものは普段筋力の20パーセント近くしか使いきれていない。それはあくまで自然な現象であり、体を守るために起こること。


――――火事場の馬鹿力。あれは迷信ではなく実際に起こりうる事象だ。


それと同じ原理。



一撃に100の力を込め一気に華雄の下への道を切り開く。


身体の心配はない、もう何度もやっていることだ。今更100の力を込めたとしても、連発をしなければ身体に影響が出ることはない。


頃合いを見計らい一気に刀を振り上げる。


その状態のまま突進し、なるべく敵の近くでその刀を振りおろした。




「ハァ!!」




振りおろしたと同時にその斬撃と斬撃から生まれた気による衝撃波が一直線に切り裂いていく。


直線上にいた者は真っ二つに切り飛ばされ、その衝撃波により周りにいる者も吹き飛ばされる。


道が開ける。今が前進するチャンスだ。



「張楊! 趙雲! 援護を頼む!!」



「「御意!」」




開けた道を一気に駆け抜けていく。


その侵攻を妨げようと敵兵が立ちふさがる。援護に回ってくれている張楊と趙雲の二人が敵を排除していく。


そしてついに敵兵たちの最後尾までたどり着く。ここまで華雄には会っていない。


それが指し示すはこの先に華雄がいるということ。


前を見いやる。


そこに一人の女性が立っている。手に持っているのは身の丈の二倍はあろうかという斧。


それを片手で担いでいるところを見るととてつもない力を持っているということが見て取れる。




「少数の敵にここまでなすがままにされるとはな……情けないものだ」




ぽつりと漏らした愚痴が聞こえる。


圧倒的な数の優位がありつつも蓋を開けてみればご覧のあり様。愚痴の一つもこぼしたくなるもの……

だがこの発端を起こしてしまったのは他の誰でもない華雄本人。彼女の方に立っていうのなら、彼女自身が挑発に乗らなければここまでの体たらくをさらすこともなかった。


確かに彼女の武は有能かもしれない。でも指揮官としては無能だ。


はっきり言おう、彼女の無能さがこの事態を招いた。それは動かしがたい事実だ。




「……その情けない体たらくを晒す指揮をしたのはお前だろう?」



「誰だ!?」



「名は時雨飛鳥という」



「貴様があの江東の御遣いか!!」



「ほう、俺の事を知っているのか。なら話は早い……」



「……!?」



「……お手合わせ願おう」



「くくっ、面白い! 私と戦おうとは笑止! 貴様の血を我が斧のさびにしてくれようぞ!」




「お前らは見ていてくれ、ここは俺がサシで戦う」



「御意」



「はい!」




二人はすっと後ろに下がる。


俺が死なない限り、彼女達が戦いに手を出すことはない。無論、影から俺を狙う者がいたとしたら容赦はしないだろうけど。


無論死ぬつもりはない。


……俺は負けない。




「こい!」



「はあぁぁぁぁ!!!!」




俺の掛け声が始まりの合図となる。


一直線に突っ込んでくる華雄。そのスピードは速い。


振りおろされる斧、そのまま受けるのはまずいか……


とっさに華雄の懐付近にまで潜り込み取っ手付近で一撃を受ける。ずしりと重い感覚が腕に伝わってきた。力があるというのは伊達じゃないようだ。


俺はいったんその場から飛びのき、間合いを取りなおす。



今の斬撃は何度も受けていたら危ないな……今のはうけどころが良かったから何ともなかったものの、まともに受けていたらかなり手にしびれが来ていたはずだ。


そう考えるとまともに受けなくてよかったとほっと胸をなでおろす。


……さて、切り替えよう




「まだまだこんなものではないぞ!! はあああぁぁぁぁ!!!」




巨大な斧を振り上げ一撃、二撃と連続攻撃を加えてくる華雄。俺はそれを左右前後に動きながらかわす。


かわすのもヒヤヒヤものだ。


威力だけでいったら本当に天下一品、しかし斧自体の重さと初動の大きさによる隙というものは存在する。


何度も斬撃を加えてくるものの、俺は華雄に攻撃を仕掛けることなく、その斬撃をよけることだけに集中する。





「どうした!? 避けているだけでは私には勝てないぞ!」



「ふん……言ってろ」





 さらに華雄の猛攻は続く。まだだ、まだこちらから攻撃を仕掛ける時ではない。



 華雄の斬撃をかわしていくうちに徐々に目が慣れてくる。攻撃の幅が狭いのか、ただ単にこれが華雄のパターンなのかは分からない。でも、攻撃のパターンがほとんど同じだということに気がつく。

それだけじゃない。攻撃がパターン化しているだけではなく、徐々に単調になってきている。


単調になってくる理由で今考えられる可能性は大きく二つ。


一つは疲れてきて緩急を使った攻撃が出来なくなってしまったという場合。だが相手は力自慢でいくつもの戦場をくぐりぬけてきた華雄、その可能性は極めて低い。


となると残るは一つ。


自分の斬撃をすべてかわされ、ダメージというダメージを相手に与えられていないことに対する苛立ちだ。


華雄は武に関しては誇りを持っている。逆にその大切な誇りとしている武が相手に通用しなかったとしたらどうだろうか。


相手に口で何か言われたわけではないものの、華雄の受けるものは相手から完全になめられているという屈辱。


先ほどさんざん煽られてイライラしている上に、不甲斐無い部隊の体たらく、なおかつ自分の攻撃が全く当たらないという状況。



華雄の攻撃を単調にさせる要因としては十分だった。





「この!! ちょこまかとよけやがってええええええ!!!」



「当たるわけないだろ。当たったらこっちがやられちまう」



「大人しく斧の餌食になれ!!」



「餌食にしたいなら、俺に一発でもあててから言うんだな」



「貴様あああぁぁぁぁ!!!!! 私をどこまで愚弄すれば気が済むんだああああぁぁぁぁぁぁ!!!」




怒りで沸点が振り切れ、鬼のような形相で俺に向かってくる。


怒り任せに華雄が斧を振りあげると同時に、その場に屈みこむ。


刀を納刀したままその来たるべき瞬間を待つ。






「ふっ、()った!」






振りおろされる斧、俺はその斧に対し自分の刀を振りぬいた。


互いの獲物が衝突しガキンという鈍い音があたりに響き渡る。空高々と舞い上がったのは……華雄の斧だった。




それを見届けると俺は一気に華雄に接近し、足をかけてその場に転ばせる。


倒されてもなお立ち上がろうとする華雄の首元に俺は刀を突きつけた。





「くっ……私の負けだ」




「あぁ、そうだな」




「……殺せ」




「あ?」




「安い挑発に乗り、誇りにしていた武も破られた……もはや私が生きている価値など無い」




「……断る」




「――――っ!! 貴様!!! どこまで私を愚弄する気だ!!」




「お前は何の為に戦った?」




俺は刀をしまいながら華雄に問う。




「私は自分の誇りを汚されたから……」



「……違うな」




俺が聞きたいのは俺と戦った過程じゃない。


何故この戦場に立ち、誰の為に戦うことを決意したのかということだ。


ここを守っている以上、誰かの為に戦っていると考えるのが普通。少なくとも最初の目的は私的な理由ではないはず。




「まぁいい、逆に聞こう。董卓は民に暴挙を働くような人物だったのか?」






逆に聞いてみる。誰かの為に戦うとするなら、華雄が守ろうと考えるのは土地の領主である董卓だ。


ならその董卓は本当に暴挙を働くような人間だったのか、確かめる必要がある。


華雄だけではない、張遼も名の知れた誇りある武人だ。圧政や暴挙を働くような主人に従事するとは到底思えない。




「董卓様はそんなことをする人物ではない! 董卓様は民の事を第一に考えておられる方だ!!」




激しい口調で訴えかけるように俺に言葉を投げかけてくる。


……いるじゃねぇか、守りたい対象っていうのが。守りたい相手を命がけで守る、そんなやつの命を奪うことなんて俺には出来ない。


何より……




「俺はお前を殺さない。お前が死んだら残された董卓はどうなる? きっと悲しむと思うぜ」




以前の俺だったら考えられないような言葉が出てくる。正直自分でもこっぱずかしい。


華雄はぽかんとあっけにとられたような顔を浮かべる。だがそれも一瞬。すぐににバツの悪そうな顔を浮かべてうつむいてしまう。


……まぁ何にせよこれではっきりした。董卓が圧政を働いて民に暴挙を行っていたということは全くのウソであるということが。


この戦いは全くの無意味だと証明されてしまった今、どのようにするかなどもう決まっている。





「飛鳥様」



「あぁ、もう終わったよ」



「主、華雄の所存はどういたします?」



「保護でいいだろう。もう戦意もないようだしな。うちか劉備陣営で保護する。この戦が終わるまではそれでいい」



「承知」



「華雄、それでいいな?」



「あぁ……私はお前に負けた。敗者が言うことなど、ない」





なら決まりだな。


――――別のところで雄たけびが上がる。どうやら張遼の方も決着がついたらしい。


つまりこれで汜水関は完全に落ちたということになる。



………恥ずかしいけどやっておくか。




「猛将華雄! 孫呉の時雨飛鳥が打ちとった!!」

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