戦の始まりと仲間
「さぁ皆さん! 雄々しく! 勇ましく! 華麗に出陣しますわよ!」
一刻後、予定通りに出陣を開始する。
軍議での決定通り先鋒は劉備軍が、その後に曹操軍、孫策軍と続く。
俺達の前にいるのは曹操。何が気にくわないのか、ずっとしかめた顔をしてる。それを隠そうとも思わないらしい。
気持ちは分からなくはない。
「不機嫌さを全く隠そうとしないのな」
「ね~。袁紹って袁術ちゃんとそっくりだものね」
「気持ちはわからんでもない……行くぞ二人とも」
――――そんな感じで反董卓連合は洛陽へ向けて第一の関門、汜水関に向けて動き始める。
そしてしばし行軍を続けていると断崖絶壁に囲まれた先に一つの砦が見えてくる。これが汜水関……確かに攻めずらいなこれは。
「さて、私は劉備達のところに行って作戦の指示をしてくるわ、雪蓮、部隊の事は任せたわよ」
「了解……さて、準備に取り掛かりましょうか」
「前は俺が何とかする。後ろは……」
「私が受けて立とう」
そういうのは甘寧。
悪くない、いやむしろ心強い。安心して後ろを任せることが出来る。
「お願いね、後は状況に応じて臨機応変に」
「はっ!」
「明命もサポートをお願い」
「御意!」
―――こうして各持ち場に人員が振り分けられていく。
―――…
いよいよ始まる。
そう考えると体からアドレナリンがあふれてくる。
気持ちは恐ろしいくらいに落ち着いていた。
そして連合軍より戦闘開始の命令が下った。
のだが……
「そういえば最初は心理作戦だったっけな」
「えぇ、今さっき張飛と関羽が砦へ向かったわ」
華雄さえ引きずり出せば、それをサポートするために張遼も出てくる。
砦から出てくればこちらのもの、厳しい戦いにはなるんだろうが勝機を見出すことが出来る。
が―――
「張遼に華雄ね。どっちを相手にしても骨は折れそうだな」
「張遼ね、一度戦ってみたいわ」
「却下。……あなたは一度、華佗にでも血を抜いてもらった方がいいわね」
「強い奴と戦いたいって思うの、武人の習性なんだから仕方ないでしょ?」
「武人の前に王だってこと、忘れないでね」
「はぁ~い。あ~ぁ、つまんないの」
「拗ねんなよ、孫策」
「べぇ~っだ」
あー、何かまた胃が痛くなりそうだ。
変に暴走しなければいいけど、たぶんどこかで暴走するんだろうな……
しかし長い、もう一時間近くは粘っている……
だが相手は出てこようとしない、全く動きがない。逆にこれだけ静かすぎるとむしろ不気味ささえ感じる。
思った以上に状況は芳しくないみたいだ。
時間が経てばたつほど相手には冷静さが戻ってくる。このままでは時間を浪費し、むしろ神経を張り詰めているこちら側に疲れが出てくる。
それはこちらにって最悪のケース、それだけは防ぎたい。
何か手はないかと考えている最中、先ほどまで若干むくれていた孫策が反応を示す。
「ね、ちょっと私袁術ちゃんのとこに行ってくるわ」
「こんな時にか?」
「えぇ、こんな時に。すぐに戻ってくるから冥琳、飛鳥、後はよろしくねー♪」
とだけ残すとあっという間に場を去ってしまう。どこまでも自由奔放な人間だ。
「はぁ……」
「冥琳様ぁ、大丈夫ですか~?」
「あぁ、もうあの子に振り回されているのは一度や二度ではないからな」
溜息しか出てこない周瑜の気持ちも分かる。非常に良く分かる。
……でも孫策だから仕方ない、という一言で片付いてしまうのがオチ。もういつもの流れだ。
――――それからどれくらいの時間がたっただろうか。
張遼と華雄側にも何の反応はなく、かといってこちら側も何か行動を起こすわけではない。
そんな異様な膠着状態の中、孫策は戻ってきた。
「じゃ、冥琳。さっさと軍を動かすわよ」
「おい、目立った行動は避けるんじゃなかったのか?」
「袁術ちゃんに許可もらってきたから。あくまで、袁術ちゃんの命令で劉備軍と連携するわ」
「「……」」
「あれ、冥琳も飛鳥もどうしたの?」
……いやまぁ何と言うか。
許可を出させる孫策も凄いけど、簡単に許可を出してしまう袁術って一体……という思いが浮かんできてしまうわけで。
年齢相応の考え方といえばそれまでなんだろうけど、重要な判断の時の為に側近に張勲を置いてるわけであって……
うん、まぁ……もういいよな。仕方ない。
正直何も言葉が見つからない、何も言えねえ。
「つくづくだな、袁術は」
「でもあの子ワガママだから。気が変わる前に行きましょ」
「そうしよう。……時雨! 興覇! 幼平!」
「あぁ」
「はっ」
「はいっ!」
「劉備軍の横まで前進する。その後は華雄の挑発に参加するぞ」
「承知した」
「はっ!」
「了解です!」
――――了承をしたところで気がつく。
前線……つまり劉備軍が徐々に後退してきつつあるということを。
最初の作戦。それは華雄を挑発し、出てきたところを後退。その後俺達孫呉と合流し、対峙するというもの。
つまり劉備軍が後退してきているということが何を物語っているのか、すぐに判断することが出来た。
そう、華雄を引っ張り出すということに成功したのだと。
汜水関にそびえ立つ大きな門が音を立てて開き、多くの軍勢が外へと飛び出てくる。
「時雨隊! 準備は出来てるか!?」
誰かに言われたわけでもなく、俺は張楊に確認を取る。
「はい! いつでも!」
「周瑜!」
「ああ! 興覇!」
「はっ!」
「時雨隊これより前進する! 行くぞ!!」
「「応!!!」」
―――――俺の隊を筆頭に華雄軍に向かって突撃をする。
その合図が伝わったのか劉備軍も後退をやめ、再び突撃を開始する。
そしてものの数分、静寂に包まれていた汜水関は血なまぐさい臭いが漂う戦場と化した。
今までのものとはまるで比較にならない、どろ臭い戦い。
鉄と鉄かぶつかり合う音と、肉を切り裂く鈍い音。
音の交差がその戦場がいかに激戦区かを物語っていた。
時雨隊は劉備軍と合流後、そのまま前線に出て敵をなぎ倒していく。
突進力とは大したもので、凄まじい勢いで華雄軍を圧倒していく。だがこの圧倒は初めから予想できたものではない。
策がうまくはまり、華雄が冷静さを失ったために起きた事象。
もし彼女が挑発に乗らなかったとしたら、今はどうなっていたかなど想像もつかない。
「ぎゃあ!!」
ザクッ!!
「うわあああ!!」
ドシュ!
「がはっ……」
前線にいる俺も周りにいる敵を蹴散らしていく。
……仮にも殺し屋、殺しに関しては誰よりも優れていなければならない。
相手が鍛えている武官だったとしても、そんなものは関係ない。くぐりぬけてきた経験の数が違う、負けるわけがない。
ほんの少し疲れは出てきているものの、まだ体は動いてくれている。
「はぁ!!」
目の前から俺に襲いかかる敵、俺もそれに応戦しようと刀を振りかざす。
――――が、それは届くことなく空を切った。
目の前には絶命した兵士、そしてその兵士を倒したのは……
「さっきぶりですな、時雨殿」
「趙雲……お前劉備のとこにいたはずじゃ……こんなところにいて良いのか?」
「構いませぬ。今の私はただの平原の兵にすぎません」
「何?」
「先ほど付けで、劉備軍を抜けました」
抜けた? 劉備軍を? なぜ?
「……何か意図があるのか?」
「いえ……意図はありませぬ。ただ、見つけたのです……はっ!」
「ふっ!」
趙雲が俺の背後に迫っていた敵を、俺が趙雲の後ろに迫っていた敵を阿吽の呼吸でなぎ倒す。
どんぴしゃりのタイミングだった。
別に連携を練習していたわけではない、自然に出たそれが完璧のタイミングで合わさったのだ。
「見つけた……?」
「私が仕えるべき主をです」
真っ直ぐに俺を見つめてくる趙雲。
言葉で語らずともその瞳は物語っていた。
――――その主は目の前にいると
その真っ直ぐすぎる瞳に俺の思考は一瞬硬直する。そしてすぐに我に戻り、言葉を続ける。
「何故俺だ? 主に相応しい人間など俺以外にもいるだろう?」
「相応しいも何も、あなたには確固たる信念があるではございませんか」
「……俺の理想など小さなものだぞ」
彼女が俺をどう思い、俺の理想をどのように感じたのか分からない。
でも俺に確固たる信念があるように、彼女自身にも信念がある。
仕えるべき主、それが俺だと言っている。
俺も見極めなけれならない。彼女がどのような人間なのか、彼女にとっての相応しい主とは何なのかを……
「天下統一……確かに目指している。だがあくまでそれは孫呉のため、それ以上でもそれ以下でもないのだぞ?」
「ふふ、貴方は何かを勘違いしてますぞ時雨殿。それのどこが小さな理想です?」
「何?」
「孫呉を守るために、天下統一を果たす。それのどこが小さな理想です? あなたはその理想を叶えるために天下統一を果たそうとしているのですよ?」
「……」
「天下統一するということは、大陸全土を守ることと変わりませぬ。あなたは孫呉のためにすべての人を守るということをしようとしているのです」
……天下統一、それはあくまで孫呉に平穏を取り戻すための一つの手段だと思っていた。
孫策も孫呉の平穏を取り戻すために戦っている。
でも……
天下統一をするということは、孫呉だけではない。大陸中の人々を守るということにつながる。
……確かに、俺もそれは常々考えていたことではある。
しかしあくまで目の行きとどく範囲と限定するのなら、孫呉のためと言ってきただけだ。
孫策も天下統一したあかつきにはそう言うだろう。
趙雲はその為に力添えをしたいといっているのだ。
「そうだな」
「……あなたさえよろしければ、是非ともあなたの配下に加えてほしい」
「俺は手が届く範囲でいい、それでも守れるものを守りたい……」
「あなたの理想を叶える為に、私もあなたの支えとなりましょう。一番でなくてもいい、私はあなたの為に尽くしたい、貴方の理想を共に叶えたい」
「……分かった」
一人ですべてを叶える、それは無理だ。
誰か一人でも助けは欲しくなる。
同じ理想をもつ者、それは多いようで少ない。
彼女はそれを共に叶えたいとそう言ってくれる。
俺はそれにこたえなければならない。
「お前の力、俺に貸してくれるか?」
「仰せなるままに。この趙子龍、どこまでもあなたについていきます……」
「はぁ!」
「せい!」
互いに敵をなぎ倒していく。初めて共同するというのに、恐ろしいくらい息が合う。
「飛鳥様の理想を叶えたいのはあなただけではありませんよ、趙雲」
「む……?」
もう一人、俺達の理想をかなえようとしてくれる者がいる。
……その名は張楊、字は史、真名は愛莉
「飛鳥様。私もあなたの理想のため一緒に歩ませてください」
「……ありがとう、二人とも」
「改めて。名は趙雲、字は子龍、真名は星。我が真名、二人に託します」
「俺の名は時雨飛鳥。……諸事情で、まだ誰の真名を呼んでいない。でもいつか必ずその名を呼ばせてもらう。それまで待っていてほしい」
「は、いつまでもお待ちしております」
「私の姓は張、名は楊、字は史。真名は愛莉。よろしくね、星」
三人そろって背を合わせたまま、互いの真名を交換し合う。
戦場なのに、何とも異様な光景だ。
……だがそんなこと、今は関係なかった。
「華雄の元まで後すぐだ……俺の背中、任せて良いか?」
「はい!」
「添い」
「よし、行くぞ二人とも」
―――新たな仲間を加え、俺達は再び前進する。




