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最終確認


「ただいま」



「おかえりなさい飛鳥、何ともなかった?」





俺を出迎えてくれたのは孫権だった。


少し帰りが遅かったからか、心配そうな顔をしながら俺を見つめてくる。



「ん、大丈夫。特に何もないよ」



「そう、よかった。貴方だけ帰ってこないから、少し心配で……」




孫策のやつ……孫権に黙っていたなこれ。

今でこそ孫権は落ち着いているけど、もしかしたら孫策と一緒に帰ってこなかった時は、劉備陣営に乗り込もうとしていたかもしれない。


いや、そんなあれではないか。




「ごめん、心配掛けた。ありがとう、孫権」




「―――ッ、あ、あなたが無事ならそれでいいわ」




少し照れながらも俺を心配してくれていることが俺は素直にうれしい。


さて、こんな感じも悪くはないけどあと少しで出陣だしな。俺も自分の隊のところへ行こうか。




「……時雨、あまり蓮華様に心配をかけるなよ」



「あぁ、悪い。甘寧も心配掛けたな」



「……ふん」




甘寧はそっけなくそっぽを向いてしまう。何かこのやりとりが定番化しているような気がする。……あれ、これもしかして俺甘寧に嫌われている?




「気を悪くしないで飛鳥。思春も照れているだけだから」




やや気落ちした俺に孫権は慰めの言葉をかけてくれる。ふむ……女性はよく分からない。






―――孫権に感謝しながら俺は二人と天幕の奥へと向かう。そこでは作戦の打ち合わせを行っているからだ。


と、孫策他数人が俺の存在に気がつく。




「おかえり、何ともない?」



「この通り。で、どうだった劉備達は」




「上手く乗せられちゃったって感じね」




「……伊達に義勇軍からのし上がって来たわけじゃないってことか」




上手く乗せられたという割には孫策はどこかうれしそうだ。


不快感というか、面白い人材が出てきたという感心に近いものか。




「しかしそれぐらい出来ねば、この乱世では生き残っていけまい」





周瑜はいつも通り辛口の評価を下す。


敵を見た目で侮る無かれ、実際あぁ見えてもやる時はやるってことだ。


さっきの一件は俺達にもいい経験になったと捉えよう。




「ま、ともかく。劉備も言っていたように信義ってやつを見せないとな」




「そうね。あの子みたいな人間は、一度信用できると認めたら、心強い味方になってくれるわ」




キリッとした目つきのまま孫策は続ける。何人もの人間を見てきたからなのか、持って生まれた天性の勘がそう告げているのか。


何とも説得力がある一言だった。





「その為にも汜水関で信用を得なければならんな」



俺らが出来ること。これから行く汜水関にて信義を行動で見せることだ。




「だね。……でもどうしようか?」




「汜水関に籠る敵兵は八万から十万、劉備軍と併せてもそれには遥かに及ばないわ。それに相手は難攻不落の関に籠っている。……打つ手なしね」




「黄巾党の時よりも厳しい戦いになりそうだな……」




次の相手は賊ではない、多くの有名な武将がいる。加えて難攻不落の汜水関関に、圧倒的な兵数差。


ただのごり押しでは向こうの思うつぼ―――と普通は考えるはずなんだけど……




「打つ手なし? そんなの必要ないでしょ。火の玉になって寄せるだけよ」




若干一名、そんな事を考えずにどストレートな事を言う人物がいるわけで。




「……姉様、冗談もほどほどにしてください」




何だろう、こんな感じのやりとり黄巾の乱で黄巾党本隊を攻めた時にも見た気がするんだが……


そもそも最初の主旨と全然違うし。



「……雪蓮の言葉は戯言だから気にせんで良い」



「ぶーぅ。戯言なんてひどい!」





ふぅ、話が進まないな。


てかそもそもそんなやり方で攻められるなら苦労はしないし、悪く言うと袁紹の言ってた『雄々しく勇ましく華麗に進軍』と何ら変わらないぞ。


あの時孫策はその作戦さんざん馬鹿にしてたし……まぁこれ以上言うと怒られそうだから何も言うまい。




「ところで時雨、お前の意見を聞かせてほしい」




「そうだな……」




汜水関という難攻不落の場所に籠っていて、敵兵数は十万近く……普通に考えたら打つ手なしだ。

そもそも無理な話で、むしろ出来たらそれこそ神だというもの。


―――ふと、一つの疑問が頭をよぎる。




「なぁ、華雄って確か前に孫策の母さんに負けたって言ってなかったけっか?」




「えぇ」




「あの時は同僚の一人が暴走して部隊が混乱している間に攻め入ったというものだったが……」




「ふむ、因縁っていうのもありそうだな。肝心の華雄の武っていうのはどうなんだ?」




「武に関しては有能だな」




武に関して有能……てことは自身の持つ武に関してのプライドは高いと捉えて良いかもしれない。


逆に考えると知能戦はどうだろうか。


ありとあらゆる起こりうる事象を考えながら、可能性を探し出す。するとまたもや一つの疑問が浮かび上がってきた。




「孫策」




「何?」




「もし孫策が母親の事を馬鹿にされたり、自分の武の事を馬鹿にされたとしたらどう?」




「……やられてみなければ分からないけど、たぶん黙ってはいないでしょうね」



―――やっぱりか。


華雄も誇り高き武人だ。その自身が持っている誇りを馬鹿にされたとしたら起こりうる事象は推測できる。


例えるなら親しくもない人間に自分の真名を呼ばれるような屈辱を味わうことになるだろう。



「……上手くいくか分からないけど、心理的に動揺を与えるってのはどうだ?」




「例えば?」




「煽って相手が興奮して出てきたところを叩くとかだな」




「……悪くないが、少し弱いな」




「だよな」




これくらいで相手が出てくるなら汜水関水関の守りなど任せるはずもない。


華雄一人だけだったらともかく、汜水関にはもう一人、張遼がいる。たぶん張遼が華雄のストッパーになるから、これだけでは弱いか……




「……罵って愚弄した後、闘いを仕掛けて退いてみるとかどうだ」





あー……なんていうか、それやられたらむしろ的にも同情したくなる。えぐすぎる。


さんざん馬鹿にされて戦いを挑まれたにも関わらず、いざ出てきてみれば全員いない。どんないじめだ。


つくづく、敵じゃなくて良かったと思う。


後はこれをやる人物だけど……




「これは劉備達に任せるのがいいかもしれないな」




「無論、そのつもりだ」




「……私がやってもいいけど?」




「「却下」」




「はぁ~い……」




珍しく俺と周瑜の声がかぶる。


流石に二人に言われれば観念せざるおえないのか、孫策はしぶしぶと後ろに下がる。





「初めは劉備達に任せ、頃合いを見計らって駆けつける。その時の先鋒は……」




「俺が引き受けよう」




「頼めるか?」




「あぁ……張楊!」




「はっ!」



近くで聞いているであろう張楊の名を呼ぶ。


するとどこからともなくその姿を現す。まるで本物の忍者みたいだな。




「話は聞いた通りだ。部隊全員に直ちに伝えてくれ!」




「御意!」





張楊は素早い行動で天幕を出ていく。これで初めの準備は整ったって所か。




「いつも以上に厳しい戦いになりそうだな」




「その……飛鳥は大丈夫?」




「ん……俺?」




「何かその……最近色々あったみたいだし……」




おずおずと聞いてくる孫権が可愛い……じゃなかった。


……おい孫策、お前何にやにやしてるんだ。別に俺は何もしないぞ。





―――孫権が気にしているのは、先日の黄巾党の残党を処断した時のことだろう。完全に引きずっていないかといわれるとそういうわけではないけど……


いつまでそれを引きずっていても何もないし、何も変わらない。


あくまであれは俺という人間の一面


そう割り切ることにした。


無論、近い未来にはなくすつもりだ。




「あー……もしかしてずっと心配してくれてたか?」




「当たり前よ! あなたは……私にとって……」




……訂正、孫権以外全員ニヤニヤしてる。なんとかしてくれ。



どうやら知らないうちにかなり心配かけてたみたいだ。

俺は心配そうな顔をする孫権に出来るだけ優しく声をかける。




「ありがとう孫権、俺ならもう大丈夫だから。だから、心配してくれてありがとう」




「……バカ」




プイと横を向かれてしまう。

でも怒っているという様子ではない、照れ隠しのためか、よく分からない。


そんな横で甘寧が「蓮華様を(ないがしろ)にしたら分かってるな?」的なオーラを出してるのは無視、だってこえーし。


ま、それはさておき―――





「まぁ冗談は置いといて。飛鳥、ホントに大丈夫?」




入れ違いに今度は孫策に心配される。

俺そこまで弱いつもりはないんだけどな……内面の弱みはつい最近孫策に見せちまったけど。




「お前もか孫策。もう大丈夫だよ。武でも遅れを取るつもりはない」



「そう、私達もしっかり援護するから」



「頼む」




最終確認が終わったところで、周瑜の方へと向き直る。





「じゃあもう準備に取り掛かっていいな?」




「あぁ、頼むぞ時雨」




「任せろ」







俺は天幕を後にし、部隊の下へと急いだ。

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