小さな理想
「この場合は久しぶりでいいか? 北郷」
「あ、あぁ」
「何固まっている? 別に俺の顔を見たのは初めてじゃないだろ?」
「いや……意外でさ」
「……何が?」
「いつも誰ともつるまないで一人でいただろ。それが気になってさ」
「………」
それを言われて俺は一瞬、現世での学校生活を思い返す。
北郷の言うとおりだ。遊びに誘われても行かず、クラスメイトと会話を交わすことなどほとんどなかった。あるとすれば言われたことにYesかNoで返していたことぐらい。
でもそれで終わり、それ以上の会話などしたこともない。ましてや自分の私生活など、一切話したこともない。
俺には親友どころか、知りあいすらいなかった。
……目の前にいる北郷一刀も最初は俺に声をかけてきた一人。
当然のごとく、俺は軽くあしらって終わり。俺と仲良くなる必要を感じなかったからだ。
こっちの当たり前に慣れてしまい忘れていたこと、向こうでは拒絶が当たり前だったんだと。誰の手もいらない、仲良くする必要もない。
―――そんな考え方しかもっていなかったから。
「そうかもしれないな」
「……時雨?」
「確かに向こうの俺はそうだったな。でもそれは過去の話だ」
「え?」
「時が経てば人は変わる。俺もこっちにきて変わったものがあるってことさ」
「……??」
「ま、俺の話はこれくらいでいいだろ。俺もお前に聞きたいことがある」
「ん、何を?」
「お前、ご主人様って呼ばせてるのは趣味なのか?」
「は!? ち、違うぞ! これは桃香達が勝手に……」
「でもお前はそれを許可してるんだろ?」
「う……それはそうだけど……」
「じゃあ確定じゃねーか」
「違うってーの!」
北郷は一人であたふたしながら、勝手に悶えている。間違ってないよな? 実際に『ご主人様』って呼ばれてるわけだし。
何かメイドが実の主人を呼ぶときみたいな感じだけど……まさか北郷ってメイドフェチか何かなのか?
その場にいる劉備と張飛が北郷をなだめている、何だろうこの図は……異様過ぎる。少なくとも俺の周りではこんなこと無かったぞ……甘すぎる。
……一方で俺にやや敵意籠った視線を向けてくるのは関羽。
敵意を向ける理由が分からないでもないけど、実際ずっと向けられるのには来るものがある。主に精神的な意味で。
「ま、それはもういい。実際どうだ、こっちにきて」
「……充実してると思う。確かに現代の方が便利だったけど、こっちの世界も悪くないよ」
「そうかい。んじゃ俺と同じだな」
―――確かに現代は便利だ。
通信機器もあるから連絡も便利だし、公共交通機関も発達しているから、俺達みたいに免許を持っていない学生でも、すぐに目的地につくことが出来る。
料理も火や電気があるかららすぐに作ることも出来るし、材料も豊富で、値段も全く手に入らないというほど高くはない。
……それに比べ、伝達という意味でも相手に文通が届くのには長い日数がかかるし、場所の移動にもかなりの時間がかかる。
電気なんてものはないし火をおこすのにも一苦労。おまけに料理の調味料は高級品……これだけとっても生活の差は歴然だ。
……でも現代社会での生活よりも、こちらの世界の生活の方が充実している。
何故だろう?
今ならその答えが分かる、俺は一人じゃないってことが分かったから。
誰かがそばにいる、誰かを守ろうと思える。それだけで、俺の毎日は恐ろしいくらいに充実していた。
所詮自分は殺し屋だからと、ふさぎこんだこともあった。もちろんこのことはまだ誰にも話してはいない。
でももうそんなことはどうでもいい。
「悪くねーよ、こっちの生活も」
「何かあれだな……俺はお前の事を見違えてたみたいだな」
「根暗なゴミ野郎とでも思っていたのか?」
「バ、違うって! ただ取っつき難い奴だなって……」
確かに根暗っていうのは俺自身も承知してたことだしな。実際誰ともかかわりたくないからそういう風に装ってたし。
ま、正常な反応だろ。
「さて、話すことは話したし俺も本陣に戻る。次に会うのは出陣の時だ」
「ん、そうか。じゃあまたあとでな、時雨」
「飛鳥だ」
「へ?」
「飛鳥でいい。じゃあまた後でな、一刀」
後ろ向きに手を振って劉備陣営から出ていく。偶然とはいえ、せっかく再会したんだ。別に名前で呼んでもらっても構わない。
俺が少しでも変わってのを知ってもらえれば……そんな事を思いつつ俺は陣営を後にした。
―――…
「お初にお目にかかりまする。時雨殿でお間違いないか?」
天幕に戻ろうとして劉備陣営を出ようとした矢先、不意に声がかけられる。
呼びとめていたのがもし野郎だったら一発ぐらい殴っていたかもしれない。声質的に女性だからやらないけどな。
振りむいた先にいたのはやはり女性、孫策や周瑜で見慣れてはいるものの、劉備陣営で見た中では明らかに眼のやり場に困るようなラフな服装。
慣れてなかったら顔を真っ赤にしていたかもな……とか思いながら、その女性の言葉に受け答えする。
「あぁ、そうだが……お前は?」
「我が名は趙雲。字は子龍。呉の御遣い殿がどのような人物であるかを知りたく、呼び止めさせていただきました」
ふむ、見た感じ取っつきやすい感じだな。
趙雲子龍……確かここに仕える前にもいろいろな場所を転々としていたとか。
噂で聞くには、自分の仕えるべき主を探しているみたいだけど……
「俺なんか別に面白くもないだろ。買いかぶりすぎじゃないのか?」
「いえ、そんなことはありませぬ。先ほども北郷殿をからかっていたではありませんか」
「あれは同郷のよしみってやつで、他意はないさ」
「ふふふ♪」
意味深な笑みを浮かべる。まるでこっちの心が見透かされているみたいに。
ただ、ジッと見つめられるとこっちが恥ずかしくなってくる。お世辞じゃなく趙雲も美人だ。女性と話すことに関しては別に恥じらいを感じることなく話すことはできる。
でもまじまじと目を見つめられたら勝手は違う。流石に恥ずかしい。
彼女は気にせず、淡々と話を続ける。
「いや、これは失敬。噂には聞いてましたが
、どんな人物なのか気になりましてな。少しふざけが過ぎました。申し訳ない」
「気にしないでいい。顔に出ることもあるけど、割とこういうのには慣れていてね」
「なるほどなるほど。ちなみに北郷殿とは同郷とのことですが……」
「直接的な接点は少ないかな。顔見知り程度だったし」
「ふむふむ……後もう一つ聞きたいのですが……時雨殿の理想とはなんです?」
「俺の理想?」
「はい」
「俺の理想なんて小さなもんだぜ? それでもいいのか?」
「構いませぬ」
真っ直ぐな眼差しで聞いてくる趙雲に若干気圧される。どうも俺はこういうのに弱いな。
俺の理想ね……
無いわけではない。むしろ一つしかないっていうかなんて言うか。そんな大したことではないから言ってもな……というのが本音だ。
でも趙雲も俺に聞きたいと言っているわけだし、隠すようなものでもない。別に秘密なものではないんだから構わないよな?
「天下統一による孫呉の平穏。争いを無くし、呉の民が安心して暮らせる世の中にすることだ」
「………」
「趙雲?」
「あぁ、いや失敬。少し考え込んでしまったもので……」
「こんなんでいいか? 流石にあまり長居すると、うちの主が心配しそうでな」
やや苦笑いを浮かべる俺に対して趙雲も俺に微笑みながら話しかけてくる。
……あれ? 何だこの雰囲気。
「羨ましい限りですなそのような関係は。少なくとも私にはそう思えますよ、時雨殿」
「そう言ってくれるとありがたい。この後の作戦でまた会うことになるだろう。その時は頼むぞ、趙雲」
今度こそ本当に天幕へと戻る。
帰り際、趙雲が何かを呟いた気もしたが……気のせいだよな。




