目的の人物
「さて、皆さん。何度も言いますけれど、我々連合軍が効率よく兵を動かすにあたり、たった一つ、足りないモノがありますの」
「………」
耳が何もかもが受け入れないってこと、よくあるよな? 特に面倒な授業とか。
教師が寝ていると注意するような授業だと特にそうだ。
今俺の目の前で起こっていることは、それがちっぽけなものだと思えるくらいのひどさだった。
その事の発端は、少し前にさかのぼる。
―――…
「それより冥琳~、軍議に行ってきてー」
目標地点に着いた俺は、隊の事を張楊に任せ、孫策達の元へと向かった。
まぁ合流はしたわけなんだけど……
反董卓連合の軍議に出たくないと孫策がゴネ始めた。おい、仮にも代表だろう孫策。
その一言に周瑜の眉間にしわが寄る。
「軍の代表が出るべきだと思うけど?」
ごもっともなことで。
「却下、興味ないもの」
実に分かりやすい理由なことで……
「はぁ~……」
「冥琳はそうやって溜息吐くけど、どうせみんなが主導権握るために腹の探り合いをするのなんて、目に見えてるんだから、そんなところ行きたくないわ」
「私だって行きたくないわよ」
互いの腹の探り合いをするような場所など、誰も行きたくはない。
むしろ二人の反応は自然っていえば自然なんだけど……
「でも行ってくれるんでしょ♪ 冥琳優しいし♪」
「……貸し一つよ」
何かいつの間にか決まりそうな雰囲気だけど……大丈夫だよな?
「あー悪い。ちょっといいか?」
「なんだ、時雨? 何かあるのか?」
「大したことじゃないんだ、その軍議に俺も行ってみたくてさ」
「えー!! なんでー!?」
まさか俺がこんなことを言うとは思わなかったのか。周瑜も意外そうな顔をしている、孫策は言わずもがなだ。
確かに腹の探り合いは楽しいものじゃないけど……
「構わないけど、楽しいものではないわよ?」
「知ってる。ただどうしても確認しておきたいことがあってな」
「そんなのどうでもいいじゃないー! 私とお話しましょうよー!」
納得いかないのか、盛大に頬を膨らませて俺に訴えてくる。
というか、これもしかしなくても初めから俺と一緒にいるのが目的だった気がするんだけど……気のせいか。
「確認したいこと?」
「あぁ、まぁいろいろとな」
ま、これはあくまで俺の個人的な都合だ。別に周瑜に迷惑をかけようとも思わないし、口出しをしようとも思わない。
「そういうわけで俺も行くから……」
「分かったわよー……私がいくわよぅ」
結局こうなるのか。周瑜はやれやれといった表情を浮かべる。内心はほっとしたところもあるのかもしれないし。
で、孫策は俺が行くことで構える人間がいなくなるので、やっぱり出ると。
何かほんと子供みたいだな。
「じゃあ、私達は天幕を張っているから。時雨、雪蓮の事を任せたぞ」
周瑜はくるりと身をひるがえし、全員に指示を出していく。
その様子を少し見たのち、俺も大陸から集まった諸候のいる天幕へと向かう。そして孫策はまだやや頬を膨らませたまま、ジト目で俺の事を見てくる。
当然と言っちゃ当然か、ある意味俺の言葉に乗せられたようなものだし。
「もう……飛鳥のバカ」
「孫策が勝手についてきたんじゃないのか?」
「むー……それはそうだけど」
「そんなに一人が嫌だったのか?」
「当たり前でしょ~? 好きな人と居たいっていうのはそういうことなのよ」
「お、おい……こんなとこでそう言うことを……って抱きつくんかい!」
少し拗ねた口ぶりで、後ろからべったりとくっついてくる孫策。
いきなり真面目に面と向かって好きと言われて、こんな大多数が集まるようなところで抱きつかれたら恥ずかしさが尋常じゃない。
顔の表面が熱くなるのと、鼓動が早まっていくのがはっきりと分かる。
あー、もう!
「そういうことは後で好きにすればいいから! 軍議にさっさと行くぞ!」
「ふふ♪ 照れてる照れてる」
「誰のせいだ誰の!」
照れ隠しが見え見えだから、尚恥ずかしい。
ほんとに調子を狂わされっぱなしだ、それも全部数日前のあの時から……だ。
振り向くとそこにはニコニコした孫策の顔がある。この顔を見ると俺は何も言えない。
……はぁ、尻に敷かれてるな俺。
―――そんな調子はここまで
ここから先は切り替えなければならない。
天幕の前にたどり着く、いやでもその奥から並々ならぬ雰囲気が漂ってくる。
「行くわよ、飛鳥」
「あぁ……」
――――ここまでが軍議が始まる前までの話。
そしてここからは軍議が始まってからの話だ。
とにかく話が進まない。何の為の軍議か、そんな突っ込みを入れたくなる感じだ。
―――江北の雄、袁紹
彼女の存在が、軍議の妨げになっているのは間違いなかった。
軍議が始まったかと思えば、話される内容は袁紹自身の自慢やら、家系がどうだとかそんな話ばかり。正直うざったい。
とにかく、自分が総大将になりたいという魂胆が見え見えだというのは、誰が見ても分かる。
話を何とか軌道修正しようと公孫賛だったけっか? その公孫賛が話を進めようと努力しているのだが、話は平行線をたどるばかり。
周りもやれやれと見守るだけで、一切話に耳を傾けようとしない。
いや、かかわりたくないのかもしれない。
袁紹がこれでも、持っている兵力は膨大。逆らったら最後とでも考えているのか。ま、それが正解だろう。
まさかここまで無能とは俺も思っていなかったしな、会話を聞いてて疲れる。話は進まない、まさに悪循環しか生まれない。
とんだ豆鉄砲と食らった感じだ、まさか袁術だけではなく、袁紹も無能だったとはね。
だが俺がこの軍議に出た理由はそれではない、俺は数ある諸侯の中から、ある軍勢を探す。
俺がこの軍議に来た最大の理由、もう一人の御遣いの顔を拝むこと、だ。
劉備の軍勢もこの反董卓連合に参加していると聞く、ならその御遣いも必ず姿を現すはずだ。
一つ一つ、注意深く確認していく。
俺の今の立ち位置は孫策のすぐ斜め後ろにいる。そこから目線だけを動かし散策する。
周りに俺の意図を悟られないように、だ。
――――そしてその軍勢を発見する。
桃色の髪の毛に豊満なスタイル。
羽のアクセサリーのようなもので髪を結えている少女。
最近義勇軍として目覚ましい活躍を遂げている劉備玄徳だった。
どことなく抜けた感じの雰囲気だが、ここまでのし上がってきたってことは相当な統率力をもっているんだろう。
そしてその劉備の後ろにいる人物。
――――一瞬俺は我を疑った。
その見覚えのある顔。そして俺と同じ服をまとった男。一目見て分かった、この男が劉備軍に仕えし天の御遣いであると。
そして同時に俺と同じ世界
同じ学校
同じクラスで生活していた者あると。
「―――北郷……一刀」
俺はその者の名を、誰に聞かせるわけでもなく、誰に聞こえるわけでもないほどの小さな声で呟いた。
……一体どれだけの偶然なのだろうか、ましてや同じ世界、同じ学校、同じクラスの顔見知りが目の前に居るなどと。
俺はその存在を確認すると、目を背ける。
向こうはどうやら、まだ俺の存在に気がついていないみたいだ。
というのも、その劉備と話をしていたからか。
そして、進まない話を分断するように声を上げる。
「すみません!」
意を決して手を挙げる劉備。
それが今やってしまっては自殺行為に近しい行為だと分かっていての決断だということは誰もが理解している。
あのワガママお嬢様気取りの袁紹の性格だ、無理難題を吹っかけて、自分の責任を全て押しつけるきなのは目に見えてる。
それでもあえて、その選択肢を選んだ。
……いい度胸をしている。何よりも目がまっすぐしている。
面白いじゃないか劉備玄徳、そして北郷一刀。
一度、きっちりと話をしてみたものだ。
―――案の定、袁術が無理難題を吹っ掛けて、責任をすべて劉備達に押しつけるという形で軍議は終わった。
作戦も何もない、ただ進軍するだけ。
あえて言うなら袁紹が書簡に記した一文『雄々しく、勇ましく、華麗に進軍』が作戦のつもりなんだろうけど、こんなものは作戦でも何でもない。
つまり自分の仕事はすべて棚に上げて、劉備軍およびに周辺諸侯に丸投げしたってことだ。
あまり発言という発言はなかったけど、どうせ袁術あたりが裏で手を引いてるんだろう。
そして俺達はその旨を皆に伝えた。
「……そんなものをよく作戦などと言えたな」
「袁術が袁術なら、袁紹も袁紹だったな。無能にもほどがあるだろう」
愚痴を漏らすのは周瑜と孫権。確かにこんな作戦内容では愚痴の一つや二つを言いたくなるのは分かる。本人たちはいたって真面目だったみたいだけどな。
洛陽を目指す上での進路となる?水関と虎牢関を力ずくで押し通ると大マジで言ってるのだから、もはや話のとりつく島もない。
で、この先陣を任されるのが劉備の軍。
「劉備の軍は捨て駒ってところじゃのぅ」
黄蓋が目を細めながらいう。その考えは確かに十中八九当たっている。
受けざるおえなかったのが本音だろう、今の劉備軍には袁紹に抗う力はない。
歯向かえば自分達に危害が及ぶ。
でもこの苦境を乗り越えれば……
「しかし、これを乗り越えれば劉備達も天下を担う英雄になる可能性はあるだろう。何より………」
「あぁ、劉備にも天の御遣いが付いている。それも俺の顔見知りのな」
その言葉に一同が俺の方を向く。考えていることは同じだってことか。
「……味方に引き込む?」
「可能だろうな」
孫策と周瑜が口をそろえる。兵力不足が否めない上に向こうも先陣を任されたことで、どこかを味方に引き込もうと考えるやつが、一人はいそうだ。
「ま、私が直接会って話してみるわ。駄目なら捨てるだけだし」
「俺もついていこう」
「よし、きまりだな。向こうには使者を出しておこう。各自解散!」
―――…




