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完全勝利








「ふぅ……あと少しだな」





 陣地を作り、天幕の中で休養を取ったために体調は悪くはない。


作戦開始時刻までもう少し、休み明けでまだ起きていない身体を起こすために、天幕の外に出て、外の空気を吸う。


今回は今までの作戦とは違い、突入する前の作戦……つまりは放火作戦がうまくいくかが成功のカギを握っていると言っても過言ではない。



後はいつも通り。

今回、俺は最後の仕上げ以外前線には立たず、部隊を指揮をする側に回るという以外は何も変わらない。






「なるようになるだけだな……」






「一人で何をしている」







俺が一人で物思いにふけていると、後ろから唐突に声をかけられる。


その人物とは他でもない、孫権だった。









「ん、身体を起こしているだけさ。休んでそのままじゃ身体も動かないし、頭も働かないだろう?」






「……落ち着かないの?」






「慣れるものじゃないな。人の命を預かるなんて」





「そうか……」





「………」





「………」










会話が止まってしまい、俺と孫権の間に沈黙が流れる。


互いに会話をよくするというタイプではないため、この間はすごく気まずい。


何か話題は………?









「孫権は何でここに?」





「わ、私は、その……これが私の初陣なんだ。緊張して何が悪い」






拗ねたような口ぶり、若干言いずらそうな感じで俺に応える。




……なるほど、先ほどから感じていた違和感の正体。





この子、自分が次の孫呉の後継者だから、無理をしているのか。


孫堅、孫策と続いているが、この二人はかなりの武闘派だという。


彼女はそれに必死で追いつこうと、追い抜こうと、知らぬうちに自身の良いところを隠してしまっているのかもしれない。


少しでも自分が全員に認められる孫呉の後継者になろうと。自分の本当の理想を押し殺してまでも。









「ふっ……」





「な、何を笑っているんだ、失礼な!」




「いや、無理してんのかなって思ってな」





「む、無理などしてない! これが私! 孫仲謀のあり方だ!」





「……ま、それならそれで良いよ。俺がそう見えただけだから」 





「ふんっ……」







顔をプイと横に向けてしまう。


……その顔を見ていると、どうも自分の弱みを見せまいと強がっているようにしか見えなかった。















「……次の作戦、かなり激しい戦いにはなるだろう。だから――――俺がお前を守ってやる」





「何?」





「俺がお前を守る。だから安心しろ」





「き、貴様に出来るのか?」





「出来ないって考えても出来ないだろう。出来るって考えて作戦に入るだけさ」





「ふ、ふん! 好きにしろ」







ツンツンしながら天幕に戻っていく。


なびいた髪から見える耳がはっきりと真っ赤に染まっていた。


多少は期待してくれているととらえてもいいのかもしれない。












――――夜はさらに深まっていき、日付が変わろうとする頃。




城の周りは異様なくらいの静けさが漂っていた。




兵たちが寝静まった頃、その作戦は始まりを告げようとしていた。














――――作戦は無事に成功。


甘寧と周泰が夜風に紛れ、建物へと放火。


黄巾党本陣は炎の渦に包まれ、夜風に乗って一気に火の手がまわる。



……黄巾党が慌てふためく間に、正門で囮作戦をしていた黄蓋、孫策の隊が突撃。


それだけにとどまらず、左翼と右翼から甘寧の隊と周泰の隊が突撃。



そしてとどめに時雨隊が突撃。




数と城で圧倒的な優勢だった黄巾党も策の前に伏すこととなる。


命乞いをするもの、投降するもの……様々な反応ばかりだ。



……だが一度人としてのそれを捨てた今、それらはもう人ではない。



一人一人、容赦なく叩き潰していった。




そして見事、敵大将を討ち取ることに成功。黄巾党本隊を全滅させ、敵大将を孫策が討ち取った。




何人か命からがら逃げ出した者もいるかもしれない。が、それもごくわずかだろう。壊滅させられた状態で、再び元の勢力をもつとは考えにくい。







孫策が黄巾党を全滅させたことは近いうちに、諸候の間でも有名になることだろう。




江東の小覇王が現れた……と。




















 気になったのは劉備が率いていた義勇軍に降りたという御遣い。


確か軍議でも話題に上がっていた。俺と同じような見たこともない様な服を着た男が舞い降りた……と。



姿の確認はできなかったが、おそらく劉備の率いていた義勇軍の中にその男もいたのだろう。




同じ歴史を知る者か……




手を取り合うか、それとも敵対するか……





敵対したとすれば、かなり厄介な存在になるのは必然……かといって簡単に手を取り合えると考える事は難しい。



いずれにせよ、このことについては俺自身でも調べてみる必要がありそうだな……






「……か」









同じ世界から来たのだとしたら、この世界をよく知っているわけだ。もし何かあった時に、作戦の裏をかかれるリスクは大きくなる。


そうなるとお互いの読み合いになってしまい、孫呉に与える負担は通常よりも大きい。


孫呉は復興のために、俺を招き入れた。



でもそれは一つの方法であり、俺一人の存在が国を動かすことはできない。だから、劉備軍の御遣いとの衝突は避けたい。





「あ……か!」









無論簡単なことではない。それに脅威になるのは劉備だけじゃなくて他にもいる。北の曹操だ。





史実通りなら、蜀にとっても呉にとっても強大な敵と……










「あすか! 飛鳥ってば!」





「え?」





「もう! 何ぼーっとしてるの? さっきから我ここにあらずって感じだったわよ?」





「へぇ、孫策でもそんな言葉知ってるのな」





「もう、からかわないの! で、何考えてたの?」





「ん、まぁ……孫権の事をな」





「あぁ、蓮華のこと?」






ここはあえて嘘をつく。



場所が場所だけに、ここで話すのはまずい、というか正直これは誰にも知られたくないことだ。


下手をすれば、歴史そのものが変わってしまう可能性もあるのだ。命は全力で守るけど、それと史実を変えるのは違う。


史実を変えてしまったら、これから先に何がどうなるかすら分からない。それがかえって皆を危険に陥れることになるかもしれない。




……それを考えてしまうと、言えるわけがない。














「何だかんだ気にしてくれたみたいだしな」





「気がついてたの? あの子ったら貴方のことずーっと見てたのよ?」





「へぇ……そうだったのか」






あの態度を見せられてしまうと、ちょっと今の言葉を疑いたくもなるが、孫策がそういうのならそうなんだろう。


孫権自身がかなり無理をしてることは分かったけど……




何か放っておけないよな。



今度話す機会があったら、本人に尋ねてみるか……かなり怖いけど。










「ふふ♪ モテモテね飛鳥」





「さぁ、どうだかな。俺が孫策に手を出さないか見てただけかもしれないぞ?」





「あっちの方の手は出してくれても構わないわよ?」





「はいはい、そうだな」






「むー、付き合い悪いな~」






「俺はこういう人間だからな。仕方ないさ」








適度にからかいつつ、適度になだめながら会話をする。


こうして考えると、話すようになったなという変化に気が付き、若干苦笑いが浮かんできてしまう。


決して悪い感じはしないけど。





――――とにかく。



黄巾党を殲滅したからと言っても、問題自体は山積みなわけだ。



とりあえず、今日の事はもう終わったわけだ。




大人しく、ゆっくりしようと思いながら、俺達は本陣へと帰って行った。




孫呉の大勝利、という栄誉を抱えて。

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