真緒と昴のハロウィン
すこーし長くなります。時間がない方はお気をつけ下さい。
辺りにはミイラやらヴァンパイアやらフランケンシュタインやらがうじゃうじゃ。
「なんでこんな事になって…」
「まぁ…しょうがないよな…」
私の口から漏れた独り言に対して、予期せず返ってきた言葉に後ろを振り向くとそこには近しい人の顔。
「すば……桜井」
ついつい昴と名前で呼びそうになったのをあわてて言い直す。
そう、こんなおちゃらけた所でも一応会社行事。
社内恋愛禁止のこの社内で名前を呼ぶわけにはいかない。
「気をつけろよ、佐藤」
「はーぃ」
「しっかし…佐藤その格好――魔女――か?」
「そうよ。これが一番楽だったんだもの」
真緒が今着ているのは黒いローブに黒いマント、それに黒いウィッチハットと肘上まである黒い手袋。
ハロウィンの趣旨にあわせたのかなんてよくはわからないけど、会社命令でこの日のこのパーティーだけは仮装で来いとのお達しが来ているのだからしょうがない。
「そういう桜井だって魔術師ってトコ?」
「理由は佐藤と同じ」
昴の格好は黒いスーツにマント、それから白い手袋を付けただけの姿。
…確かに楽かもしれない――けれどこういう時ぐらいはちょっと普段と違う格好をしてみたいものじゃないのだろうかと思い聞いてみたらメンドクサイと一蹴された。
まぁこんな格好をしなきゃいけないのも何もかも我社の社長のせい。
気まぐれで有名な社長だけど突発的に会社でのハロウィンパーティーなんて思いつくんだもの。
お互いあまり華やかな所は好きじゃないので、壁際に寄りかかって雑談程度に仕事の話やら、人に聞かれても平気な程度の世間話をして時間が経つのを待つ――つもりだったのだが。
「姉貴!」
人の塊の中からこちらに向かって歩いてくる見知った影。
「あ、桜井部長、お疲れ様です。もう姉貴こんなトコにいたんすか!料理食べに行き
ましょうよーw」
そいつは他部署ではあっても仕事が出来ると有名だから知っていたのであろう昴に一言挨拶をすると、私の手を引っ張り始める。
彼は筒井帝。
去年の新入社員で教育全般を私が担当した子で、今は私の部署で有能といわれる位置に属している子。
チラリと桜井を見るが引き止めるつもりは全くないらしい。
「はぁ〜わかったから手、離してくれる?」
寄りかかっていた壁から名残惜しげに離れると、掴まれている腕を指差す。
無理やりでも連れて行こうとしているのか、腕を掴む強さが強い為に少々痛いのだ。
「あ、す、すいませんっ!」
離された手をプラプラと振ると、やはり少し強く握られていたようでちょっと痛む。
まぁ放っておけばすぐに気にしなくなるだろうけど。
「んじゃ桜井、また今度ゆっくり飲み行こう」
「あぁ」
社交辞令になりそうな言葉を一言二言言い残して昴を後にする。
「姉貴って桜井部長と仲いいんですか?」
「ん?いや別に普通じゃない?」
筒井と二人で歩いている途中昴とのことを聞かれるが、今までに答えてきた事と同じ答えを返す。
どんな状況でも二人が付き合っていると公言出来ないのは多少不満はあるが、こればかりはしょうがないと割り切ることにしている。
「そーっすか?ん〜、そいや総務の橘さんでしたっけ?噂になってますよねー」
「…そうね」
筒井が言っている噂というのは美人だが派手好きで有名な総務の橘さんと昴が実は付き合っているという噂。
――根も葉もないただの噂話だ。
「実際どうなんすかねぇー?そんな話聞いてないですか?」
「ねぇ、筒井。根拠のない事は他言しない事って教えたはずよね?そんなワケのわからない噂に振り回されなきゃいけない桜井に同情するわ」
まぁ私も初めて聞いたときは昴にそれとなく確認いれたけど(笑)
っていうか昴のあの仕事スケジュール、土日に私と居ることを考えると疑うのがバカらしいほど橘さんなんて構っている時間はないということがわかるはずだ。
…っていっても土日に私といるっていうのは私しか知らないんだからしょうがないのだけど。
ホール中央にある立食テーブルまで歩いていくと、途中色々な人から声をかけられる。
その中でも。
「マーオ♪♪」
――という言葉と共にガシッという効果音がつきそうなぐらいガッシリと背後から抱きしめられ――。
――ドスッ――
次の瞬間鈍い音がして抱き着いていた後ろの重みが消える。
「――うっ…真緒――肘打ちはやめろょ」
後ろを振り向くと脇腹を抑えながら恨めしそうにこちらを見つめる嫌いな顔。
「抱き着いてさえこなけりゃしないよ、椎名」
私が冷たく言い放った相手は椎名悟。
同期で同じ部署。
いつからなのか記憶が定かではないが、入社後暫くしてからこんな調子で機会があれば近づこうとする。
それさえなければいい奴なのだが――。
「んなこと言わずにさ〜、俺お得だと思うよ〜?」
「椎名…うち社内恋愛禁止なの知ってるよね?」
「いや〜真緒が手に入るなら会社変えるし」
うちの社内においてこんなに積極的に気持ちを伝えるのはコイツだけだろう。
ある意味とても羨ましい。
私も昴もお互い暗黙の了解的に会社を変えないと言うことになっているから。
そこまでハッキリ言える椎名が本当に羨ましいと思ってしまう。
「私――彼氏いるし」
『えぇ!?』
「…………なんで筒井が驚くのさ」
今まで彼氏いるって言った事なかったっけ?
二人同時に同じ事を言うもんだからこちらの方が驚いてしまう。
「ぇっ!?いやー…ぅん…」
一瞬顔を赤くして言葉に詰まる筒井を見ながら、ここにも不安の種があったかとインプットする。
「……どんな奴?」
「さぁ〜ね。ほら筒井料理取りに行こ」
「は、はい」
椎名の質問をはぐらかして筒井を促す。
目の前に並べられた料理を少しずつ皿に盛る。
社長が企画しただけあって豪華な料理が並んでいる。
「あ、やっぱり桜井部長モテますねー。あの周りにいるの庶務の人達じゃないっすか」
筒井の言葉にチラリと昴がいた壁際を見ると周りを女性社員に囲まれている。
「まぁあの容姿にあの性格、しかも出世頭と来たら……モテるよなぁ」
確かに容姿はいいし、出世頭ではあるし性格もいい…、でも会社で噂されているほどしっかり者ではないことを私だけは知ってる。
料理はからっきしダメだし、部屋がとても汚い。
昴の家に行くとまずは掃除をしなきゃいられないぐらいに。
「――まぁしっかりしてるとは思うけど…所詮私生活がどうなんかなんてわからないじゃなぃ」
「うっわー姉貴――超辛口…」
「そうかな?」
まぁそれでも付き合ってる私みたいのがいるからしょうがないかもしれないけど。
しかし――あまり外に出さないようにしているけど…やっぱり自分以外の人が昴の横にいるって言うのが気に食わない。
まぁ、そんなこと言ってもしょうがないけど。
「真緒。ちょっと」
若干気分が落ちがちになった所で腕を掴まれて会場を横切り始める。
「ちょっ、椎名!?」
「姉貴?」
「あまり時間は取らせないから」
抗議の声を上げるも、肝心の椎名はコチラを見もせずに、ただ掴んだ腕と一緒に会場を横切っていく。
向かうのは会場の出口、ロビーの辺りらしい。
腕を引っ張られながらなので斜め後ろから椎名の顔を見ると仕事の最中に見せるようなとても真剣な顔。
いつものふざけたような顔ではないので、引かれる手を払いのけることが出来ない。
そのあとはお互い無言のまま会場の扉をくぐる。
扉から外へと出るときにチラリと昴の姿を見るが、昴は真緒には気付いていないらしく視線が絡まることはなかった。
会場をでてからはロビーを横切り、人の少ない通路の方へと引っ張られていく。
危機感がないのかといわれるとそんなことはない。
けれどそれでも私にそこまでの危機感が浮かばない理由は、彼は私のギリギリの線をきちんと理解したうえでアプローチをかけていることだ。
だからこそ、彼と二人きりになったとしてもそこまでの不安は沸いてこない。
まぁ、友達から言わせれば私のこういうところが危ないらしいんだけど。
廊下の隅で歩みを止めた椎名だが、何かを話すというわけでもなくただ時間だけが過ぎていく。
「――…椎名」
その沈黙に先に耐えられなくなったのは私。
彼の名を呼ぶことで進行方向を向いたままで顔の見えなかった椎名の顔が私の方へと向き直る。
「…えと…」
「何?」
真剣な顔はそのままで、けれどもどこかたどたどしいその物言いについ素っ気無い相槌をしてしまう。
椎名が今、何故私を連れ出したのか見当が付かないからだろう。
「椎名?」
「…ごめん」
「何が?」
「――桜井…昴…――だろ?」
「…なんの事?」
多分今私は動揺を隠せなかっただろう。
まさか椎名の口から昴の名前が出るなんて思わなかったから。
自信があった。
バレるわけない…と。
「真緒の…彼氏」
けれどその自信は次に発せられた椎名の一言で簡単に砕け散る。
まだ…ごまかすことは可能だと頭の中で言い訳を考える――が。
「さっき…真緒の事見てたらわかった。桜井部長のことばっかり見てるし」
顔が一気に赤くなる。
同時に動機が激しくなる。
けれどその逆に…冷静になる頭――。
「そう、よくわかったね」
私の口から出たのは無感動な相槌――。
何故だろう?
あんなにも露見することを恐れていたはずなのに――、いざ露見した今のこの安心感は何?
「今まで気付かなかったのがバカみたいだよ。そういう相手がいるをだって思って真緒の事見てたらわかった。俺…本気だから…」
「そっかぁ…。バレちゃったか」
そっか…。
私は――言いたかったのかも知れない。
昴は私の彼氏なんだって。
きっと――。
所有欲とかそういうんじゃなくて…――上手く言えないけど人に隠れて…というのがイヤだったのだろう。
「…――別れてよ――」
身体がピクリと震える。
椎名の真剣な顔。
もしもバラされたら、昴に迷惑がかかってしまうだろう。
バレたのは私の責任なのだから、それは避けたい…が、昴とは別れたくないという二つの想いが交錯する。
「ふっ、そう焦るな。――言わないよ。真緒が桜井部長の事本当に好きなの見ててわかったから」
「椎名…」
――つらそう・・・――そう思うような顔を見せながらもそれでも笑っている椎名はとても強いのだと思う。
「…本気だから…真緒が幸せならそれ壊そうとは思わない」
「…ありがと」
「あ、でも一つ。真緒が付き合ってるとしても諦めるつもりはないから、そのつもりで」
シリアスなまま終わらないのは椎名のいい所なのか悪い所なのか…。
けれど椎名がモテる理由はこういうところにあるのかもしれない。
優しくて暖かい。
「私もあしらい方変えないからねー」
「げっ、肘打ちはやめてくれょ…」
「ヤーダーw」
こんな話の後でも笑顔で話せる人っていうのはとても貴重なのかもしれない。
もしも昴と出会わなかったら…とは考えない。
それは椎名に失礼だから。
「椎名戻ろ、筒井が心配してるかもしれないし」
「…そうだな」
椎名に腕を引っ張られてきた道を戻る。
椎名が後ろから付いてきていることは気配があるから確かだろう。
「――真緒」
――えっ?――と思う暇もなかった。
後ろから抱きしめられるというのは少なくはないけれど…普段抱きしめられている感覚とやっぱり違う。
――昴じゃない――というだけでこんなにも違う。
けれど払うことも出来ずに抱きすくめられたまま硬直する。
触れている部分から椎名の鼓動を感じる。
「…椎名?」
呼びかけても椎名の腕は緩まない。
けれどいつまでもこの体勢で居るわけにもいかない。
「椎名」
責めるような口調でもう一度名前を呼ぶとまるで何かのいたずらを見つかった子供のようにビクリと震える。
「――ごめん」
そういって緩んだ椎名の腕の中から抜け出し、文句を言おうと口を開くが――言えなかった。
椎名があまりにも切ない顔をしていたから。
「――真緒先戻ってて、後で行くから」
「椎名」
「――ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」
背を向けて去っていく椎名の後姿を私は見送ることしか出来なかった。
どんな言葉をかけても、椎名の気持ちを軽くすることは出来なかっただろう。
それはただの慰めでしかないから。
言い知れぬ自己嫌悪を抱きながら真緒はただ一人会場へと戻る。
頭の中はごちゃごちゃ。
縋るように昴の方を見ると肝心の昴の姿はそこにはない。
こんなところで何かしてもらいたいというわけではないけど…やっぱり顔を見たかった。
落ち込んだまま筒井の姿を探していると――。
「佐藤!」
と、後ろからとても聞きたかった――声――。
「――昴…」
人の前だとか、会社の集まりだとかもう頭になかった…。
「――真緒…?」
多分縋るように見つめていたのだろう。
昴が私の顔を見て目を見開いたから。
そのまま腕を掴むとツカツカと会場のバルコニーへとひっぱっていく。
その顔が少し焦っているように見えるのは気のせいだろうか?
幸いバルコニーに人の姿はなくて胸を撫で下ろす。
誰も外に出てこない割に、バルコニーからの眺めはとてもいい。
少し肌寒いくらいの風も緊張して張り詰めた心を落ち着かせる事に一役買ってくれる。
ノースリーブのローブなので多少寒いけど…。
きっといつもならここで昴は上着を貸してくれるんだけど…。
「ん?何?」
「…別に〜」
今日に限ってはそれもないらしい。
まぁ薄着してる私が悪いんだけどさ…。
薄い生地ではあるがないよりもましなのでマントの生地を手繰り寄せて風の通り道を無くす。
そんな私の行動を見ているはずなのに昴は私に向かって微笑んだまま。
それがなんか淋しくて、けれど意地をはってわざと昴との距離をあける――と今度は笑い出す始末。
一体何が可笑しいのか全くわからない――けれど私の事を笑っているだろうことはわかって何だか苛々する。
昴は多分そんな私の心境に気付いているはずなのに笑い止むそぶりすらないし。
そのことで顔を背けながら思い描いたのは、なんで昴の前だとこんなにも幼い行動をとってしまうんだろうって事。
素直に甘える事のできない自分がずっとコンプレックスだったのに…。
やっと笑いは納まったらしいが、まだにやける顔を隠そうともせずそっぽを向いた真緒の顔を覗き込む。
「真〜緒?何怒ってんの?」
「――何も…」
こんな時だけ素直じゃないのは相変わらず。
もうちょっと素直な方がいいなーとは思うのだけど相変わらず。
……来年の目標にするかなぁ〜なんて思っていると、突然目の前が真っ暗になる。
足は地面についてるから倒れたわけじゃないようし…何故か息苦しい。
「ホントに素直じゃないな、真緒は」
聞こえたのは昴の声。
耳元で聞こえたそれと合間って感じる息遣い。
見上げると満天の星を背負って見下ろす大好きな顔――といいたい所だけどこんな大都会でそんなもの見えるはずもなく、星なんて言葉だけじゃないかと思うような真っ暗な空。
手を引いて抱きしめられたのだと気付くのに多少の時間を要した。
「寒いなら寒いって言えばいいだろ?」
近付いた距離に、高鳴る心。
意地を張っていたのがバカみたいだと思えるほどの安心感。
頭を撫でられる感覚がとても好きでもっととねだるように昴の胸に頭を擦りつける。
「腕の中だと犬みたいなのにな(笑)」
なんと言われてもしょうがないと思う。
だってホントの事だから。
ちょっと見上げて下から昴を覗き込む。
「ん?何」
(こんな風に甘えられるようになったのは昴だけなんだよ?)
と心の中で問い掛ける。
見上げた私の顔を見返して、不思議そうにしている昴に「なんでもない」と返すとトスッと胸に寄りかかる。
ドクンドクンと聞こえる鼓動の音がとても心地いい。
昴の後ろで行われているハロウィンパーティー。
二人の近くにもオレンジ色のカボチャの中で光が灯されている。
揺ら揺らと揺れる光がどこか頼りなく、街中で聞いた話を思い出す。
「――ねぇ昴?ジャックオーランタンってなんだかわかる?」
「ん?カボチャのことだろ?そこにあるみたいな」
揺ら揺らと揺れる光が疎らに昴の顔を照らしている。
「じゃぁ、なんでカボチャにジャックなんて人名が付いてるか知ってる?」
「知らない。ってか、今までそんなの気にしたことなかったよ」
――私もなかったよ――なんて今は言わないほうがいいかな(笑)
「なんかね、アイルランドに伝説があるんだって」
「伝説?」
「ジャックって人がまず悪魔と約束したんだって。自分を地獄へはいかせないって約束。でも生前の行いが悪かったから、
天国にもいけなかったんだって。だから明かりを灯したカブを持たされて暗い道を歩き続けることになった――って奴」
「へぇ。でもカブ?」
「うん、なんかカボチャに変わったのはアメリカではカボチャがいっぱいあったかららしいよ」
「天国にも地獄にもいけずに…か」
「もしも一人じゃなかったらそれもいいかもねーなんて思ったり(笑)」
「バァーカ。その時は二人で天国のがいいじゃんか」
二人で笑い合う。
そのまま――二人だけで時間が過ぎる。
会場内ではパーティーがラストを迎えたらしく気まぐれな社長が長々と何か話している。
二人とも黒基調の服だけに外に居ても目立たないらしい。
ジャックオーランタンだけが二人だけのその空間を空虚な目で見つめていた。
今回のこの話はこれで終了!
――っていいたいところなんですが、実はこの後のエピソードを書きたいんですよね。
ちょっと大人向けにするつもりなのでアップするかはわからないですが(笑)皆さん先を想像してみてくださいねw