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第7話:巫女、……。

 イズナは美しかった。日中に見た姿も綺麗だったが、夜見る彼女の姿はまた違ったおもむきがあった。抜けるように白い肌は夜のとばりを寄せ付けず白く輝くようで、銀髪は銀糸のように彼女を飾り、赤い瞳の違和感は神秘さに変わる、ほそく卵形をした顎には紅をさした唇。衣装は裾も袖も長い着物のように見えた。白い布と縁飾りの朱色が彼女を彩る。天女か女神のようだと思った。

 イズナは女官と共に俺のそばに来ると、ニョルズの様子を伺い、再び短めの祈祷をした。間違いない、彼女の体は淡く発光し、その光の粒子をニョルズに流し込んだ。


 ふうとイズナが息を吐くと、女官たちは一礼し去って行った。この大きな建物の大広間に俺とイズナ、そして寝入っているニョルズだけが残される。そういえば前庭に集まっていた人たちは、治療がひと段落したあたりで解散を促されたのだった。バルドルたち威勢のいい若者が「明日の朝にきちんと話してやるから、今夜は帰れ」と言っていたような気がする。


「あなたのおかげでニョルズは一命を取り留めました、感謝します」


 まっすぐ背筋を伸ばして俺と正対して座ったイズナがそう言った。俺は彼女の凛々しさを目の当たりにして気圧されまいと表情を引き締めた、何よりひとつ、きちんと話しておくべきことがある。


「余計な真似をしたのかもしれない。あなたの威光を利用した、それでもイトゥンとバルドルの後押しがなければ皆は動いてくれなかった。私はあなたに謝罪を言わなくてはならない立場だ。すまなかった」


 座ったまま頭を下げた。下げっぱなしの姿の俺に声がかかる。


「あなたはニョルズとわたくしを救ってくれました。私の祈りは足りませんでした。ニョルズを救えるかどうかはかなり危うい状況のように思えました、必死で祈りを込めましたが私の力は足りず、朝までの祈祷を行えませんでした」


 朝まであれをやり続ける気だったのかと、頭を上げると目がマジだった。


「あなたはそれほど体が丈夫のようには見えないが」

「それが私の役割です。里の皆の身体を癒し、心を慰め、人々の望みを叶えるのが巫女としての使命です。それが達せられなければ、火にくべられ、里に実りをもたらす最後の仕事をするだけです」


 マジだ、こいつは本気と書いてマジと読むタイプの人間だ。人身御供というか人柱というか、崇め奉られながらその能力が疑われたら殺されるのを受け入れているのだ、集団に全てを供するタイプの人間だったか。

 そういえば、大昔にどこぞの島の王様で『1年間だけ王様、期間が終われば腹を裂かれ、皆に食べられる』というものがあったと伝記本で読んだことがあった気がする。あれは実在する島だったろうか。原始的シャーマニズムというやつだろうか。それは分かりやすく、明確で、残酷だ。

 なんだろう、この異貌の美人はどんだけ真っ直ぐなんだろうか。やってみてダメだった時、皆から「能力ないっすよこの巫女さま」と言われるリスクを本気で考慮しないのだろうか、何か理由をつけて責任から逃げた方が幸せになれるとは思わないのだろうか。それとも「来る者拒まず、常に全力投球」で燃え尽きる気なんだろうか。なんだろうな、この目は。


「ニョルズは聡明な少年です。次代を担うひとかどの人物になるだろうとユーミル様もバルドルも申しておりました。イトゥンの数少ない友人でもありました。明るく朗らかで皆から好かれておりました。里の宝です」


 なるほど、だから力及ぶかどうか分からなくてもトライし、そしてダメだったと。なんだろうこの身に沸き立つぐったり感は。俺は少しぬるくなったお茶に口を付けてから言った。


「あなた達の力になれたのなら、良かった。」

「キトゥトゥージローと申しましたか、あなたが施したのは実に興味深い技術でした。これほどの大怪我で、これほど穏やかに眠っているのも不思議です。」

「いまは薬が効いているからだ、明日の昼にはまた痛みだすだろうな」

「キトゥージローは、薬師だったのですか?」


 じっと、あどけなくも見える表情で見つめられているうちに、なぜか俺からイズナに対する気負いが徐々に抜けていき、もう自分の名前がどう呼ばれているかも気にならなくなってきた。そしてふと、残念な美人、という単語が頭に浮かんだ。ぼりぼりとビスケットをかじる。うん、悪くないコレ、空腹は最大の調味料と言うけれど悪くないよコレ。俺は味覚に逃げることにした。

 イズナの向ける視線に、いま気が付いたふりをして「やらないよ?」と呟いて、体の向きを45度そむけて、ひざを立て、サルがしゃがみむような姿勢でボリボリ齧る。


「いりません!」

「そっか」


 ボリボリという音だけが二人の間で流れる。「栗鼠りすですか、あなたは」とあきれた声が聞こえた。「じゃあお前は白ウサギじゃないか」と思ったが言わないでおく。手の中のビスケットが無くなったところで口を開いた。


「なんにせよ、言葉が通じて良かったよ」


 イズナは怪訝な表情をした。


「もしかしたら、俺はあなたたちの言葉を知らなかったかもしれない。そうなれば何が起きているか分からず、俺は足早にここを去ることになっていただろう。あなたたちの優しさも、苦労も、覚悟も分からないままにね」


 本当に良かったと思う。ここが過去だとして、太古なら絶対に言葉は違っていたはずだ。方言どころの騒ぎじゃない、いやそもそもここは日本なのかなぁ。とにかく、どのような偶然か魔術か作為かは知らないが、そこは本当に感謝する部分だろう。できれば俺をこんな場所に叩き込まないでくれたらもっと感謝……できていただろうか。何もない平穏こそが幸せという事実を、俺はきちんと実感できていた毎日を過ごしていただろうか。


「そうだ、もうひとつ伝えておこうと思ってたことがあったんだ」


 きちんと正対し、居住まいを直してから口を開いた。


「あなたの祈る姿は綺麗だったよ」


 イズナの顔が朱に染まる。気がつくと、俺は平常の言葉遣いになっていた。まあいいかな、この直情型っぽい残念系ジャンルなヒトの前で妙に堅苦しい言葉を使っていると、どこまで時代がかったやり取りになるか知れたものじゃないし、言葉に引きずられて、行動や判断まで時代がかって来てしまいそうだから、きっとこれで良いだろう。しばらくは道化のように振舞ってみようか。

 森でふくろうがまた、ホー、ホー、と鳴いた。

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