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第53話:エピローグ(おまけ1)

【53】


 初夏を感じさせる青空と白い雲、日に日に勢いを増す緑も目に眩しい。そんな力強い生命を感じさせる山と森を背景にバルドルが口を開いた。


「で、初夏の祭なんだが」

「やはりやらないとならんのか」

「当たり前だ、これがないと里人から不満と不安が出る」


 山社の大広間でにやりと不敵そうに笑っている。ここで非常時だから祭は中止、もしくは規模を縮小し最低限の祭事だけ……などと言い出したら一番に不満をぶちまけるのはきっと目の前のこの男になるのかもしれない。何しろ初夏の祭りといえば戦士たちの力比べが多く含まれる。バルドルは今年こそあの大岩を持ち上げ首位を狙う気なんだろう。しかし俺はあの岩以上の大岩も持ち上げることができるのだが……いや俺は今回出場を見送ればいいのか。


「今年は負けねぇ」

「やはりやらんとならんのか」


 二重の意味でぼそりと漏らした俺の声に、バルドルは「おうよ! 勝ち逃げは許さねぇからな!」とびしり、と音を鳴らすように指先を突き付けてきた。やめろ。俺は困った顔のまま答える。


「森の開墾、大型船の製作、峠の整備、やることは山ほどあるんだが……」

「祭だって大事な『やること』だぜ?」

「うん、分かっては、いる」


 効率重視の合理的な考えで判断するのなら、祭にマンパワーを回す余裕があるのかと非常に不安だ。しかし人間が生活を営むというのは決して「合理的」なものだけで推し進めれるものでもないことを俺は学んでいるつもりだ。

 人には休日が必要で、何にだって遊びの余地は必要だ。それを俺はむかし親しく付き合っていた機械屋のオヤジから学んだことでもある。機械油まみれの親父いわく「機械も人も、遊びと呼ばれる余裕がなくなるとうまく動かない」というものだった。そしてそれは真理だ。忙しさで気持ちが荒むとチームワークが乱れもするし怪我もする。動作不良も起す。そういうものだ。あの油まみれの手はそう教えてくれた。


 「仕方があるまいな」と俺は答える。「そしてやるからにはきちんと盛り上がるように取り計らないとな」と山社の天井を見上げて俺は言う。さて、どうやれば盛り上がるのか、俺にはそんな知識はさっぱりだ。そもそも何が受けるのか知らん。そんな俺にバルドルはもう一度声をかけてきた。


「で、今年は海社でも祭事をやるんで、後でオマエそっちにも行け」

「二度もやるのか?」

「里も規模がでかくなりすぎた。それに向うは向こうでの祭事がある。槍を抜くわ、墓場は掘り起こすわで、鎮守の祭事が無いと問題が出ると申し出が出ている」

「そういうものか」

「そういうものだ」


 二度もやるのか、俺は二度もあのけったいな衣装を着て、舞台の上でなにやら添え物にならんといかんのか。正直あのような場に立つのは苦手なんだが。ため息が自然に漏れる。


「いいじゃねぇか、仲間内で不満を作っても良いことないだろ?」

「ああ」

「それに飯が美味いし」

「お前の発言に対し、一気に信用が無くなった」


 お前はご馳走の相伴に与りたいだけではないのか。

 俺一人であんな祭事に出る気はさらさらないし、どう考えても山社からそれなりの責任者を連れて行く必要があるとなれば、漁師や海の戦士たちをうまくさばけるバルドルに同席を願うのは当然の流れだろう。しかしどうもバルドルは向こうの祭事や連絡調整より飯に釣られて訪問している気配が濃厚なんだが。いや、仕事にそつは無いので問題には一切ならないのだが、俺の気持ち的に釈然としない。まあ、海社の海の幸はたいへん美味いのは認めるところではあるが――。


「美味い飯に罪はないだろ?」

「お前の罪を追及したいんだよ!」


 蒼穹に俺の怒声が飛んだ。怒鳴られた大喰らいは平気そうだった、イズナのふくれっ面の視線が怖くは無いのかこいつは。大物とはこう言う奴のことを言うのだなと俺は心底思った。



☆☆☆☆☆ 



 海社での準備も順調そうだ。


 俺は海社に祭りの準備の下見に来ていた。明日は山社での祭事、その明後日には海社での祭事と祭事が続く。今日は準備の確認と祭事におけるリハーサルのようなものの為に俺は海社まで来ていた。隣にはバルドルとイトゥンがいる。先導するのはフレイとスュンにシェヴン。小柄でまだまだ娘さんという雰囲気の二人を従えて悠然と歩く背中姿、そして立派な背丈と肉付きの良い尻に俺たちは妙な安心感を持って先導される。


 海社の里では潮風が香る。この季節、海はなんとも魅力的に光り輝き、それを見ると心が躍る。それはどうしようもない衝動に近い。俺の心は高鳴る。そして考えてみれば脂ののった魚なんてここ数日食べていなかった。昼餉が近づいているのだろう、庫裡から塩焼きの香ばしさが漂ってきて鼻をくすぐり唾液が出そうになる。いや、山社でも多少は川魚は出る。しかし基本は山菜、山芋、里芋、根野菜に瓜っぽいもの豆や雑穀類の類、あと山鳩とか雉とか、あれはあれであぶり加減が絶妙で――しかし川魚も鳥肉もご馳走だ、そう毎日口に出来るものではない。

 それに時には貯蔵行軍食の消費もある。たまに古いものから処理しないと痛んでしまうからだ。雑穀を炊いて押し固めた板状のそれを齧ったり、小鍋で煮込んで食べたりする、味付けは塩と香草で非常にシンプルだ、雑味の多いいオートミールみたいな感じか。まあ、あれはあれで味わい深いが、やはりたまにはチョコレートとか生クリームとかの甘味やハイカロリー食品を食べたいと思わないでもない。


 いやそれより今は魚だ。存在しないご馳走よりいまある料理だ。

 初夏の今は何が旬なんだろう、サワラか、細魚サヨリか、カツオだろうか、いや魚の見分けなんてさっぱりなのでよく分かってないのだが、うまい魚が食えるのなら、隣でもう飢えた犬のようなバルドルではないがそれはそれで大歓迎ではある。

 俺の思考を読んだのか、振り返るとにっこり艶然と笑いフレイが教えてくれた。


「いま旬なのはフレイという魚です」

「いやそれ絶対違うだろ」


 それは確かに旬ではあろうがいまは聞きたくない情報だ。しかし俺のツッコミに反応したのはやや後方の横からだった。


「違う、イトゥンという魚」

「お前も嘘をつくな、それは稚魚だ」


 その稚魚を、喰わずに我慢し続ける夜で俺がどれほどの精神修養を――。


「双子魚というもののあって」とシェヴン「なんだその魚」「稚魚だっておいしい」「シラスとか旨いよな」「バルドル殿、それは殿方としてどうかと思われます。脂ののったカツオと、ちっぽけなシラス、どちらを好むのが殿方の姿として立派でしょう?」「オレなら迷わず両方食けどな」


 驚きの表情で息をのむのが見えた。その方法があったという顔も見えた。それに乗っかろうとするかのような顔も見えた。


「いいからお前ら黙ってろ! まずは仕事だ!」


 俺は姦しすぎる会話に我慢が出来なくなって叫んだ。空は青く雲は白く、日差しは明るく風は香る――里は今日も平和である。

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