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第52話:エピローグ

【52】


 俺はその世界でヒトガタに乗り、華々しく戦場を駆けていた。朝靄が漂う丘に立つ、丘向うからは鎧武者ヨトゥンが隊列を組んで迫りくる。それを俺は若武者たちを従えて迎え撃つ。水晶のように透明で光り輝く操縦桿を握りしめ、俺は激しい光線レーザーと爆発をまき散らしして敵部族を倒してゆく。そして最後は突撃だ。俺の操るヒトガタの機体色は目に鮮やかな青色で、俺が身に纏う衣も蒼く染め上げられている。キャノピーは透き通るような透明になっており、遠くの敵も近くの敵も明瞭に観察することが出来ていた。接近戦ともなるとその迫力は大きく、俺は胃がせりあがる恐怖と共にその高揚感に歓喜した。何より俺とヒトガタの同調は完璧で、完全な充実感を感じている。どのような敵が来ようとも負けはしない、そんな気分だ。空を駆けるかのように疾走し、射撃、跳躍、刺突をくり返した。

 しかしやがてヒトガタの生体電力エネルギーが切れかかり、水晶棒の輝きは急激に弱くなる。単騎突撃がこれほどに消耗するものだとは予想外だった、しかし敵はまだ数多く迫りくる――


「おい突っ走りすぎだ」

「いったん下がって、後はボクたちに任せなよ」


 悲壮な覚悟を決めそうになっていた俺に声がかかる。ヒトガタと完全同調している俺に、まるで心の中で会話するかのように届くクリアな思考波、それは信頼に足る仲間たちからのものだった。援軍だ! ヤツらが来てくれた! 俺は歓喜に打ち震える。しかし口から出るのは憎まれ口だ。


「遅せぇよ! 何さぼってんだよ!」


 しかし口元が緩むのは止められない。


「助けに来てコレかよ!?」

「どうする、放っておくかー?」

「賛成に一票」

「マジかよ!」


 俺は笑いながら絶叫する。朗らかに馬鹿話をしながらヤツらは隊列を整え射撃を開始する。光り輝く閃光が、俺の背後から前方へと幾筋も流れ、再集結していた敵部族をなぎ倒す。まるで虹のよう――。


「ヤツラもぜんぜん諦めないんだな」

「しつこいですよねぇ」

「よっぽど俺たちのことが好きなんだろ」

「最低のアプローチです」


 なんだなんだ余裕だなお前たち、足元すくわれんぞ。だがその心配は杞憂だ。俺たちは強く、俺たちは完璧だ。俺たちが俺たちである限り、いかなる困難だって吹き飛ばして見せる。現に敵軍に撤退の兆しが見える、駄目押しの連続射撃、今日も大勝利だ、空は蒼く、風は暖かく素晴らしい春、このような無益な戦は早く終わらせたい。俺たちはそう、いつまでもここにはいられは――。



☆☆☆☆☆ 



 ――目が覚める。冷気が俺の意識を覚醒させる。夜だった。静かで寒い夜だった。満月が雪を照らし、外は思いのほか明るいようだ。それゆえに冷え込みは厳しい。そう、ここは山社の大広間だった。春の朝靄はなく真冬の白い風景が格子窓越しに見えた。そしてあいつらはもういない。ずっとずっと前に、消え去った者たち。俺はため息を漏らす、冷たい、冷えた呼気、寒い、とても寒い。

 俺の身体から毛布がずれ落ち、上掛けによりかすかに残っていたぬくもりが消え、俺はいっそう厳しくなった寒さに身を震わせる。ここは本当に寒い――そう身を縮める俺の頬に手が伸びてきた。暖かく、ちいさく、なめらかな手だった。


「つめたい」

「手が冷えてしまうぞ」

「つめたくて、きもちがいい」

「冷えるぞ」


 俺は上掛けを広げて彼女に掛けた。俺の身体はいっそう冷気に晒されたが、俺の心は温かくなった。気遣いをくれる相手がいる、気遣いをするべき相手がいる、何かを分かち合える相手がいる。俺の気持ちは暖かくなった、これ以上なく暖かくなった。


「なにか、あったの?」 

「夢を見ていた、ずっとずっと古い記憶の回想だ。ヒトガタの記憶」


 この説明では分かるまいな、そう思いながら呟くように答えた。大きく黒い瞳が俺を見つめるのを感じる。しかし俺は夢の記憶をいま一度明確に思い出そうとそれを無視した。手を伸ばすほどに薄れゆくあの充実感、明晰な映像、霧のように頼りない記憶に俺は寂しさをいま一度感じ始めた。すると彼女はひたりと身を寄せ、俺の頭部を抱きかかえて尋ねてきた。


「そこに、わたしはいた?」

「――いたよ、俺をとずっと一緒にいた」


 自然と呟き漏れた。

 今は思い出せないヒトガタ乗りたち。それらのひとりひとりに思いをはせる。それはきっと君たちの先祖になるのだろう。かつてもっと若く、もっと強く、もっと雄々しく完璧だった頃のヒトガタの記憶なのだろう。前の、もしくは前の前の、もしかしたらそのまた前の御使い記憶に違いない。俺は最近その夢をよく見るようになった。もう無い、失われた時代の記憶。それらの結果いまの俺たちがいる。そのことを喜ぼう、そのことに感謝しよう。そしていつか、俺たちのこの体験を記憶が受け継がれることがあるのならどれほど幸せだろうか。


 俺はそっと明日を抱きしめた。明日を内包する彼女は、ちいさく、そして暖かだった。

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