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第48話:閃光、命――。

【48】


 気が付くと俺は――ヒトガタは、無様にも地べたに倒れ伏していた、左側をやや下にし、右腕と長槍を支えにした横倒しとも言えるような体勢であった。視界は開けていたが意識は半ば微睡むかのように曖昧で、もう、指一本とて動かせそうになかった。全身が燻されたようなヒリつく火傷の様な痛みを感じていた、呼吸は浅く、早く。ただそれをくり返すだけの体力しか残っていなかった。そもそも本当に俺の目は開いているのか、夢ではないのか、そんな不明確な感覚で周囲の光景を知覚していた。


 ムスペルは――ヤツはどこだ――。


 倒れた俺が腕を伸ばす先で、右胸部の装甲と右腕を欠損させたムスペルが各坐したまま鳴動していた。蠢いているのは肉塊だ。背中の肉塊が大きく脈打ち、その動きの度にムスペルに何かが送り込まれ、再度の活力を与えているように見えた。やがて歪んた一対の羽、皮膜を羽ばたかせて立ち上がるのを見た、それは歪な動きで、かつてない不快さで奇妙な四肢動作を伴った稼働だった。ぎくしゃくと昆虫のようにムスペルが歩み寄ってくるのを見た。ムスペルの身体は焼け爛れ、ケロイド状にも見える肉襞が、背中から胸部、残った四肢に向かって葉脈のように発生していた。

 ムスペルに残った左腕、それに生えた大きすぎる爪、それが動作確認をするかのように大きく稼働する、異音を立て、粘液を噴き出して。そして腕が振りかぶられる。大きく最大限に伸ばされ、引き絞られた上体、渾身の力を込めた一撃を繰り出そうと全身の力を込めたヤツが見えた。だが、俺もヒトガタももう動けない。


 一筋の閃光。


 次の瞬間、ムスペルの左腕がはじけ飛んでいた。ひじ関節から引き千切れ、インナーフレームがむき出しになり、人工培養筋肉の繊維が飛び散り垂れ下がった。ムスペルの背後の大地に「丸太」が突き刺さり、その傍らに禍々しい爪をむき出しにした右腕が転がった。俺は横目で見るように知覚した。俺の背後、ずっと背後の峠、その砦の屋上にある『ヒトガタ』の姿を知覚した。


 ヒトガタが砦の上に坐していた。


 ヨトゥンではなく、ムスペルでもなく、ヒトガタだった。俺の愛機と同型、同族の機体。色素の抜けた乳白色をした俺の機体と違ってまだ色濃く青色が残っている。それは若々しさと精悍さを感じさせた。それが膝立ちで坐していた。槍の遠投を行った姿勢で膝立ちになっていた。ヒトガタの周囲には数多くの丸太が立てられており、青いヒトガタは、坐した姿勢のまま次の丸太――先を鋭く削り尖らし、多くの鉄片を刺して巻き付けた――木槍を引き抜くと、再び投げつけてきた。


 破裂音。


 落雷のような閃光と轟音が響き渡る。茫然と立っていたムスペルの左大腿部を木槍は突き抜けた。ムスペルは倒壊するかのように倒れた。そして青いヒトガタは次々と槍を引き抜き戦場のあちこちに投げつけ始めた。轟音、炸裂音、倒れるムスペル、逃げ回る兵士たち、閃光、火焔、悲鳴と怒声が混ざり合う。やりやがった、あいつはやってくれた! バルドルがやってくれた!


 バルドルは新たなヒトガタとの契約に成功したのだ!


 海社の丘からヒトガタ外装を掘り出していた。大量に発掘される機体の残骸の中に、ムスペル型とは違った機体も出てきていた。ひとつは蝙蝠のような皮膜を持つ蜥蜴のような機体であり、もうひとつは俺の操るヒトガタと同型の機体だった。海社の山は、あらゆる機体の墓場でもあったのだ。撃破した機体と撃破された機体の墓標だったのだ。


 そして驚くべきことに、そのヒトガタのひとつには生きた人工培養筋肉が残っていた。生きている! 海社の山は水量が豊富だった。湧き水が豊富に湧き出る山だった、その水と大量のヒトガタの死体が何か影響をしたのだろうか。とにかく完全な形でないにせよ、胸部と腰部と右腕の筋肉が鳴動する機体があった。また首部と左脚部も新鮮な色を多く残していた。

 俺はそのヒトガタを山社の滝に移し、かつて俺のヒトガタが各坐していた滝の泉に安置した。そこで丁寧に泥や腐肉を洗い流して、あとは丹念に手でこすり上げながら話しかけた。「お前は生きている、お前は新しい生を受ける、新しい主人を見つけてお前はきっと再生する――」そう言い聞かせて世話をした。


 俺の大脳直結ブレインリンク共有情報シェアデータは、いまだにまだら模様のような記憶の断片ばかりではあったが、サブパイロット緊急登録の基本手法だけなら引きだせていた。俺はバルドルに「お前の髪の毛……いや唾液か口内細胞片か血液がいいな、ちょっとよこせ」と言ってドン引きされた。俺は滝までバルドルを引きずって行き、お前にコイツを育ててもらう、と宣言した。それからはイズナが日に一度の軽い祈祷を行って人工培養筋肉の回復を手伝った。バルドルは左小指からその血液をヒトガタに与えた。


 あのバルドルが操る青いヒトガタはいまだ完全稼働が出来ていない、しかもあれには左腕と右足が欠損している、欠損箇所には外装もなく、インナーフレームに細々と貼り付いた人工培養筋肉が直に見える。しかし、その他の部位において、そのヒトガタは若々しく精悍に見えた。片膝立ちで坐す青いヒトガタは、まるで何かの指示を待つかのような清々しさと活力ある存在感を放っていた。最後の最後で同調を可能にしたバルドルの精悍さを現すかのように凛々しく坐していた。


 ついにやった、バルドルがついにやった! 同調させ、動作をさせ、鉄片に帯電をさせて木槍を投げつけるほどの起動をこなした! 脚部欠損のため移動こそ困難があるものの、この距離! これほどに正確に!


 バルドルの青いヒトガタは木槍を投擲する。次々と投擲する。大気を切り裂き大地に影を落とし地面に突き刺さる! 地面に激突する! 雷撃のスパークを放ち、周囲に詰める軍団を、ヨトゥンを粉砕する。あちこちで爆音と煙が上がり、あちこちで悲鳴が上がる。一瞬の閃光が照らす中、皮膜を羽ばたかせ、地面を動き回るムスペルに対し、俺は残る力を振り絞って這いずるように距離を詰めた。俺の周りで蛍が煌く、四肢が引きちぎれそうな痛み。だが、ヤツをここで逃がす訳にはいかない! 俺は守るのだ! 里を、皆を、あの笑顔を! 気ままに山野を歩き回る自由を、穏やかな昼下がりを、共に笑い合う時間を! この身が引き裂けようと構わない! 俺は、俺は、俺が守るのだ、守ってみせる! 俺はもう声にならない声を上げてヤツに迫った、あわてて迎撃を行おうとする仕草が見えたがもう遅い! 俺の爪はヤツの首筋をえぐった。――終わりだ!


 雷撃の閃光が奔る。煙を上げてムスペルは再度倒れ込んだ。

 俺はもつれ合って倒れ込む。呼吸が速い、動けない、だが、まだだ! そこにバルドルの声が届く。


「――無茶苦茶だぜオマエ」


 バルドルの声――思考波が俺に届く。


「この土壇場でいきなり動かせ、投げつけろって。こんなの秘策でも作戦でもなんでもねぇ、破れかぶれの行き当たりばったりじゃねぇかよ」

「バルドルなら、できると信じていた」

「見え見えの台詞でおだてるんじゃねぇや、焦ったんだぜ」

「助かった。感謝する。流石はバルドルだ」

「もう、オマエ、口を開くな」


 呆れ果てながら、どこまでも広がる青空を連想させる清々しさでバルドルが笑ったのを知覚した。高揚と歓喜、いまバルドルはきっと大きな力と肉体を得た喜びを全身で感じているに違いない。そうだとも、奴こそがヒトガタ乗りに相応しい。だが、今はまだ奴の高揚感に付き合うことは出来ない。


「頼む、本当の敵はコイツの背後にいるんだ」

「おうよ」


 倒れたムスペルの背中が蠢いている。今は小さく炎を上げて燃えている『黒翼』、しかしそのつけ根の『肉塊』はいまだ蠢いている。脈動し、鼓動を繰り返している。


「槍を!」


 俺は右手を伸ばし声を上げた。俺の伸ばした右手の先に、ずどんと地面に『長槍フレキ』が投げ込まれた。俺はそれをしっかりと握りしめ、抜いた。

 槍だ。

 あの墓標の地中に眠っていた俺の槍。2本目の俺の長槍だった。しっかりと握る、大きく構える、本当に最後の力を込めて、立ち上がる。紫電が迸る。蠢く肉塊で割れるように反転する皮膚、その下に眼球が現れた! 蛇の瞳のような虹彩を閃かせた視線が俺たちを射抜いた!


『よもやこのような事態になるとは――、しかしそれもあり得たこと、悠久の刻のなか、幾度となく巡りあう、青と黒と緋色の争いの一頁が再び幕を上げたにすぎん』


 蠢く肉塊から思考波が飛ぶ! 俺は唾も飲み込めない、バルドルは息を吸い込んだ。異形なるもの、そのイメージと姿が思考波に乗って俺たちの脳裏イメージに飛び込んできた。これが果国の王、その肉の一部――グロテスクにぬめる体液とも粘液とも呼べぬようなものが全身を覆うかのような不快感と心的風景。赤黒く鳴動するおおきなおおきな肉壁、それに包まれ飲み込まれ消化されるような――俺の意識が千切れ飛ぶ――その寸前に、ばんっという閃光が奔った、涼やかな風のイメージと声が俺を包む。


≪青ハ我々ダ、黒ハオ前タチガ「ムスペル」ト呼ブモノダ、我ラハ魂ノ高位変成ノタメ、悠久ノ刻ヲ競イ合ッタ≫


≪蛇ハ奴ラダ、我ラノ戦イノ邪魔ヲ行イ、魂ノ輪廻ヘノ阻害因子ヲ――≫


『黙るがいい前史の残滓よ! もはや生きる屍と変わらぬ巨人ども! 儂は今期の『導き手』と語っておる!』


 再びの粘液イメージ! 清風と粘液の二つのイメージがぶつかり合い、拮抗し、俺の右と左、前と後ろ、上と下で暴風のような激しい意思と『力』がせめぎあった。


≪蛇ヨ、今期ハソノヨウナ異形ヲ導キ手トシタカ≫


『青よ、今期はそのような特異を導き手としたか』


≪黒ハ飲マレタカ? 今期ノ導キ手ハ?≫


≪イヤ、イマダ目覚メノ時ヲ待ッテイル≫


 何だ? いやうっすらと理解し始めたる、これはヒトガタとムスペルとあの肉塊の会話だ。理解が追いつかないまま俺の意識はぐるぐると思考を渦巻かせ、俺は何か大きな流れに飲み込まれそうになる。蛇の哄笑が耳に付く。


≪イカン!≫


 一瞬の閃光、俺は再び意識を取り戻す。閃光には俺を守るヒトガタの意識があった、俺を支えるバルドルの姿があった、俺を信じるイトゥンの姿があった、婆さんとイズナ、里の皆の姿があった。俺は叫んだ! 咆哮ウォークライ


「どうでもいい! 太古の話はどうでもいい! いまだ! 現在の人々の営みだ! 今を生きる者の話をしろ!」


 渦巻く思考の激流の中、その中心のわずかな隙間に俺の思考は立っていた、俺は最後の声を上げた。


「見ろ!」


 イメージの濁流の中、蛍舞う光の中、戦士たちが雄々しく戦っていた。兵士たちは混乱し潰走を始めていた。戦士たちの脚は早く、兵士の歩みは遅かった。しかし彼らは死に抗い、生に執着し、あちこちで剣を槍を斧を振るい、矢が飛び交い、汗と血を流していた。多くの者たちが倒れ、多くの者たちが立っていた。そして、力強く立っているモノたちがいた。ヴィーダルが、ヴァールが、汗まみれになって血を迸らせ槍を剣を振るっていた。ウルは弓を矢継ぎ早に引き絞り背筋が汗で光っていた、細い体躯をしなやかにニョルズが銛を投げつけ、関からは大勢の戦士たちが泥まみれで駆けつけていた。誰も彼もが死にもの狂いで戦っていた。


「蛇よ! 侵略の王よ! そこにいるのは分かっている!」


 遠き土地、遙か遙かの山向う、淀んだ空気をはらむ都の奥、街路を抜けた先の居城、城の奥のそのまた奥の王座、背後に坐している「空飛ぶ黒い蛇」とそれに繋がる老人「果国の王」! 俺と同じ異邦人! 皺がれた肉体と欲望と怨嗟と嫉妬に濡れた虹色の虹彩!

 俺は全身の力を振り絞り咆えた。伝えねばならない、示さねばならない、俺の、俺たちの、そうだ俺たち! 覚悟と決意!


「お前が侵略を始めたとき、俺たちは僅か2つの里の集団に過ぎなかった! ヒトガタも一体だけ! それがどうだ! 今、俺たちは数多くの賛同者を得て、こうしてお前たちを押し返している! いまこの時も、俺たちの志を知って、この里に足を向けて駆けてくる者がいる! その者の背中には百や千の願いが込められている! 故郷に迫る脅威を共に跳ね除けたいと願ってやまない者たちが集っている! 俺たち百の戦士と千の仲間は数を増やし、千を越え、万にもなる! 一体だったヒトガタは二体になり、そして、いま、三体になるぞ!」


 俺は槍をムスペルに突き立てた。背中に貼り付く肉塊を引きはがすように突き立てた。


「この機体も奪い返し、取り戻して見せる! 俺たちの仲間だ! 俺たちの力だ! その代りにお前は力を失う! 人から奪い、人に寄生する簒奪の力なぞに屈しはしない!」


 槍を捻り、肉塊を引きはがす。 


「俺たちは大きく強く! そしてお前は小さく弱くなるんだ!」


『人を超越した我に児戯の論理で刃向うか! そのような曖昧な理論で本気で我に勝てるとでも思っておるのか、愚か者め!』


 距離を軽々と越えて果国の王の声は届いた。怒声。しわがれひび割れた声。それは不信と不安と嫉妬と怯懦を内包した声、そうだ、俺はそれを知っている! それこそが「空飛ぶ黒い蛇」が望むもの、俺たちはそうはならない、なってたまるものか!


「お前は超越したんじゃない、諦めたんだ! 人としての努力を放棄したんだ! 諦めた者に、諦めず抗う者たちが負けるはずがない!」


 喉も破れろとばかりに俺は声を上げた。思考波以上の力を持って、遠く遠くまで届けと叫んだ。そうだ、聞け、届け、響き渡れ! 俺はあきらめない! 俺たちはあきらめはしない!


 沈黙が降りる。


『――よかろう! お前の理論は理解した、お前の目指すものもな! ならば我は我が進めた理論を推し進めよう。夢想家の世迷い事がどこまで通じるものか、この世界の遊戯盤で見せてみるがいい!』


「世界は遊戯おもちゃじゃない! いま、そこで呼吸し鼓動し生きているんだ! この身体と心の全てを使って感じ取っているんだ! お前にこの叫びは聞こえないか、全身を駆け巡る血潮の熱さを忘れたか!」


 剥がれた肉塊がぬめる虹彩を光らせ鳴動する。


『見せてみよ!』


「見せてやる!」


 俺は倒れこむように前のめりに槍を繰り出した。


「これが命だ!」


 落雷が落ちた。



☆☆☆☆☆ 



 やったぞバルドル、やったぞイトゥン、見てくれていたか? 聞こえていたか?


 ――無事か? おい、無事かよ!?


 伝えてくれ、俺たちは敵の大将をやったぞ、蛇は、ムスペルはもういない。


 ――おう、確かにやったぜ、オマエはアレを焼き尽くした。


 残りのヨトゥンを木槍で駆逐するんだ、敵をこの森から叩き出して――。


 ――おう、もうやってるぜ。


 そうか、それなら――。


 俺の耳に、意識に、戦士の声が聞こえてきた。鬨の声だ、吼え声だ、ウォークライが聞こえてきた。

 それなら、安心だ――俺の意識は闇に飲まれていった。

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