第42話:発掘、新たな力。
【42】
昼飯を取った後、午後の日差しを浴びて山道を歩く。
場所は海社の小山だ。整備された山道は歩きやすく、眺めも良かった。少し乾き始めた空気、夏の盛りが終わり秋の足音が聞こえてきそうな風だった。風に吹かれる木の葉の音が、やや掠れたように感じる。
柔らかな日差しの中、俺は相も変わらず汗だくで山道を登る、軽快に颯爽と登るのはバルドルで、トコトコと音を立ててそうな身軽さで登るのはイトゥンだった。何故ここにいる。捕まったともいう、俺が。こんなことならもっと慎重に行動すべきだった、ヒトガタを駆り峠の砦から海社へ向かう途中、戦士の館に寄ったのは失敗だったか。
「見せたいモノってなんだろうな?」
「わかんない」
俺は飯を喰い過ぎたからか腹も身体が重く感じられ、へばり気味だった。バルドルはそんな俺にちらりと視線を送ってイトゥンと登り始めて何度目かの同じ会話を繰り返していた。「おい、大丈夫か」の声は既に1度掛けられているので不要ではあるが、なんだ、バルドルは俺の2倍近い量の飯を食ってなかったか、なんで食後のハードな運動でこうも差がつくのか。ああ、これが若さか。そういえば俺も二十歳や二十代前半まではいくらでも食えたような気分だったな。三十路越えたあたりからか、急に食が細くなったというか食い放題系では元が取れない身体になったのは。
そんな薄らさみしい気持ちと共に焼肉の味を思い出し、唾液と同時に胃液が出そうになる。本当に年は取りたくないものだ、こういう若々しいやつらと一緒に行動をしていると特に思う。そんな馬鹿な思考を垂れ流しながら急激な運動中に痛むこととなる横っ腹を押さえ、しかめっ面で登山を続ける俺。そんな俺に聞かせるつもりなのか無意識なのか知らないがバルドルは「珍しい食い物でもあるのかな」とか呟いている、バケモノかあいつはまだ食えるのか。こんなことなら、海社の登山道を確認するためヒトガタから降りて登ろうなどと言うのではなかった。
いや、そもそも同じ話題を何度も語り合うのは、さすがに彼らも疲れてきて思考がまとまらないからなのかもしれない。となるとあの食欲魔人の発言もそれに誘発されたものだと信じたい、じゃなきゃただの馬鹿か、それともさっさと俺に話せというプレッシャーなのか。
俺はまだ、バルドルにここまで足を運んでもらう理由を話していない。
しかしこれから相談することは、どう話して良いやらちょっと戸惑う部分があることだった。少し躊躇もある。バルドルに頼って良いものだろうか? しかし俺は彼以外に相談するべき相手に思い当らなかったのだ。そういう中で、まず現物を見てもらった方がきっと早く理解をしてもらえるし、彼の判断にも曇りは出ないはずだ、先入観がない状態で見てもらおうと、あえて何も話していないのだ。
いや、決して忌避すべき内容の相談だから事前に話していない訳ではない。無理やり引っ張りこもうという訳でも、ない。
しかしなんでイトゥンがここにいるのだ? できればこの相談は、そう多くの人を巻き込みたくないんだが……。そんなことを考えていたら睨まれた。なんだろう、イトゥンからすごくおっかない視線を感じる。そして「フレイからの贈りものでも食べる?」「食い物に罪は無いだろうさ」そんな会話をしている。やっぱりあいつらは鈍い馬鹿のようだ。
俺は額から垂れる汗もそのままに前を歩く二人を見た。すらりと引き締まった四肢のバルドルは頼もしく見えた、もしかしたら痛々しいほどに白く細い身体のイトゥンと並んでいるからそう見えるのだろうか。少し日焼けした青年は、若さというエネルギーに満ちて見えた。比べるとイトゥンはまだ弱々しい貧相な子ネコみたいなものだ。彼女は「えいやっ」と大きな段差を乗り越える、その仕草で短衣の裾からうち腿が見えた、眼を射すほどに白く、眩しかった。女としての萌芽が垣間見える唯一の箇所だろうか。何を凝視しているんだ俺は。
俺は足を滑らせないように自分の足元を見た。まったく何を考えてた俺は、イトゥンだというのに。
☆☆☆☆☆
海社の広場中央には大穴が開いている、かつて長槍が突き刺さっていた場所だ。
筵で覆われたその大穴の横を抜け、海社の片隅にある仮小屋っぽい倉庫へと足を向けた。この仮設倉庫の中に相談したい内容に関わるモノが保管されている。俺は小屋入口前で二人に声をかけた。
「深呼吸をしてくれ、そしてあわてずに見てほしい」
「なんだ? すいぶんと慎重だな?」
怪訝な顔をするバルドルと、言われて素直に深呼吸を始めるイトゥンが好対照だった。俺は人を疑うことを知った思春期の少年と、疑うことをまだ学んでない幼女を見た気持ちになって苦笑した。しかしいくらなんでもその感想は彼らに失礼だった。ハルドルは戦士の長であり成人の資格以上のものを示している。イトゥンだって里の指導者たる姫巫女の役割を果たそうと頑張っているのだ。
「まぁ、そう驚かせるモノではないんだけどな」
そういって俺は扉代わりの筵をめくって見せた。窓のない小屋の中は薄暗く、日差しの下を歩いてきた俺たちにはちょっと見えにくい、が、小屋や天井の作りは荒く、ところどころに隙間があり、そこから日差しが糸やテーブのように差し込んでいた。ちろちろとした埃が浮遊するのが見えた。筵の下をくぐり中に入ったイトゥンとバルドルが口を開く。
「なにこれ?」
「鎧、か?」
彼らの前には大きな「すね当て」や「胸当て」「手甲」があった。俺は答える。
「ヒトガタの外装だ」
「なんで外装がここにあるんだ? 機体は山のふもとに置いてきたろ?」
俺の説明に怪訝そうな声が返る。
「槍で封印されていた機体の外装なんだ」
「なんてもんを掘り出してんだオマエは!」
俺の回答に対し、バルドルは大声を出して飛びずさり身構えた。
「槍が封印をしていたってことは、これは災厄の原因となった悪霊だぞ!? どんな禍が! 動き出しでもしたら!」
「これは外装だけだ、本体はもう朽ちている。それにこれは悪霊ではないと思う、これはヒトガタやムスペルと同じもので、敵対する勢力が乗っていた機体なんだよ」
「どういうことだ?」
「あくまでも、道具だという事だ。剣は剣だけでは襲ってはこないだろう? 人が持って振りぬくから人を襲うんだ。そういうことさ、操っていたヤツが敵対勢力だったというだけでこれ自体が悪いものではない。それに人工培養筋肉が朽ちている。これに、もう悪さをする力は無いよ」
俺の説明にしばらく身構えて外装を見ていたバルドルはふっと力を抜いてから言った。
「言っていることはよく分からねぇが……まぁ、襲ってこねぇならいいか。で、こんなモノを掘り出してどうする気だ」
「掘り出すだけじゃないぞ、使うんだ」
「正気かよ!」
胸を張って言った俺に対し、バルドルはまた眼をむいて叫んだ。そして複雑な手さばきをした。あれは確か呪いの一種で厄災除けの仕草だったろうか? 見るとイトゥンは別の印をしていた、男女で仕草は違うんだったかな? よく覚えていない。
「この形は『御使いさま』のカタチと違う」
「ああそうだな、これはムスペルとよく似ているな。かつてヒトガタと争っていた相手部族の型式らしい」
かつて、大脳直結共有情報で見た映像がよみがえる。大昔、青白のヒトガタ一族と争っていた黒のヒトガタがきっとこれだ、頭部を始めいくつかの部位が破損してはいるが全体のシルエットにそう違いがない。そういう観察をするとムスペルというのはこの「黒色の部族」の同型機といえるのではないだろうか?
俺は外装にそっと触れた、ヒトガタとよく似た感触。軽石のような、陶器のような、硬い感触だった。
「これをだな、峠の砦に運んで、なんだ縄で吊るしたり、内部に木組みを組んで動かすように仕組もうか、とな」
俺は提案のひとつめを伝えてみた。
「それでコイツは戦えるのか?」
「まさか」
「じゃあ意味ねぇだろ」
バルドルがなんでそんな面倒なことを、という風に肩の力を抜いた。俺は説明を続ける。
「遠目に見ればヒトガタに見えると思わないか? ヒトガタがそこにある、と思わせれば、敵に対する威嚇行為になる。敵の進軍をひと時遅らせたりすることも出来そうじゃないか。その間にヒトガタは別の場所で運用しておけるし、場合によっては背後に回らせてだな……」
「えげつねぇ! えげつねぇ考えばかり出てくるな、このおどろき箱さんはよ!」
「やれることは全部やる、そう決めたんだ」
卑怯ともいえる策略の提案を胸を張ってする俺に対し、バルドルため息をついて答えた。
「元は里に災いを呼んだ悪霊の死体で敵払いってか。縁起でもねぇなぁ。でも仕方がねぇ、付き合うよ」
「賛同してくれて助かるよ。あまりおおっぴらにはやれないんだ。戦士の一~二隊程度だけの隠密での構築をしたい。きれいに洗って、木組みを組んで吊るしたい。どうやればいい?」
「鍛冶の里の連中が適役かなぁ」
「しっかり掘り出さないとならない。長槍の先にあったのは1体や2体じゃないんだ」
「やれやれだ」
俺とバルドルがこれからのことを考えてうんざりしている間、イトゥンはずっと外装を見ていた。見つめていた。




