第41話:再整備、あの人の苦労。
【41】
状況が明確になったことを喜ぼう。
見えない敵ほど厄介なものは無い。闇雲に不安を誘発し、場合によってはヤケになって無理や無茶を推し進めてしまう場合もある、方向性を見失うことになったらもう最悪だ。どのような敵であろうと、どれほど敵が強大であろうと、見えてきたことによって状況は良くなったと思うべきだ。そして俺たちが目指すべきものは変わらない、果国の侵略への抵抗であり支配からの脱却の幇助だ、それを成し遂げるために進むだけだ。
怪我人以外の里人が総出で日々の生活を紡いでゆく。畑を耕し、魚を獲り、鳥獣を獲り、鉄器を生成する。子どもをあやし、家畜の世話を行い、糸を紡ぎ、布を織る。いや、怪我人ですらできることを探し、ささやかながらも生産活動に努めている。当然、俺とヒトガタも大きく運用を押し進め、砦の補修と増築が始まった。
山社の北側峠では大きく補強を進めた。ヒトガタの爪で斜面を削り、登山路を明確する、そしてその登山路を使う限り、確実に関にて対処できるように関の構造を明確化させた。
峠の山頂砦もより大規模になった。戦士の宿泊施設、詰所、食料庫、貯水施設が完成した。これで長期的で効率的な要所として機能する。監視の目はぐっと進んだと言って良いだろう。大丸太を積み上げ壁を作り、岩と土砂を盛って土塁も作った、ミニミニ版ではあるが峠の稜線にそって万里の長城のような土塁壁を繋げ、全てが組あがった時は、もはや山城と言って良い拠点が出来上がっていた。俺たちは砦の頂上に立ち、皆で歓声を上げたほどだ。本当に立派なものが出来た。
遠くはるか遠くまで見渡せる山頂部、その上に見張り塔が建ち、ずっとずっと先の峰々まで進軍の様子を観察できる。また視界の先、降りた谷や山野部にも、狩人を生業とした戦士たちが、見張り、斥候の良好な場所となる箇所に仮小屋を設営したり、印をつけて回ったり、地形図を作って回った。どれだけの大軍勢が攻めて来ようとも、今度こそは里を脅かさせることはしない。難攻不落の山城だ。
海社の防塞化にも力を向けた。山頂部では大型避難所としての機能を充実させ、里人を確実に受け入れることが出来るだけの家屋を用意し、竃や水瓶や食料庫などの整備に、薪などの備蓄も行った。
浜では鹵獲船を改造、改良もしくは資材流用とし、軽快な軽量船を多数そろえた。ヨトゥン搬送船を四方から迎撃できるような3人乗りのカヤックだ。漕ぎ手2名、銛突き1名を定員とした高速船は、横波にこそ弱いが移動と方向転換を容易にさせる構造であり、いままで使用していた双胴船、丸木舟、箱舟とは少し違う構造で、海の戦士の大きな力になってくれるはずだ。軽快さはそのまま通常の船舶での戦でも大きな役割をこなせると思える。もちろん漁にも使える、日常の漁に使ってもらえなければ船の操作法が熟知できない。3人乗りという事は2人で行う網漁にも使えるし、荷物の搬送も使えるからだ。クローズドデッキゆえの使い勝手の悪さは我慢してもらおう。むしろその部分はこれから寒くなる秋冬においての漁期の延長に繋がるかもしれない。どうかな、やっぱり寒いかな。
そしてヒトガタの手でやや大きめの船舶の停泊場も作り上げた。船を引き揚げ、整備を用意にする場であり、簡易ドックでもある。余力ができれば今度は中規模から大型船舶の建造にも手を広げたい。竜骨を使った造船、そのような知識が俺に記憶野に残っているかどうかは甚だ疑問ではあるが。
いかなる状況であろうと、やるべきことはやらねばならない。食料も増産し、開墾も推し進める。この里には賛同者が変わらず詰めかけてきていたし、果国の兵団を撃退したことで支配圏から脱却しようとする里も出てきているのだ。斥候と呼んでいいものかどうか、数名の戦士を送り込み、確実に情報を手に入れ、味方を増やしてゆく。俺たちはレジスタンス支援も行うのだ。
しかしこうなってくるとさすがに助手がほしい、ヒトガタがあと2体、いや1体だけでもいい、そういった存在があれば現場が離れた場所での作業を並行処理して進めれる、大幅に効率化が図れるはずだ。
☆☆☆☆☆
「飯にすんぞー」
がんがんがんと木盾を棒で叩いて呼びかけるのは本日の食事当番隊だ。食事作りは日替わり交代制であり、バルドルが嬉しそうに突っ走って行ったので、たぶん調理が上手な隊なんだろう。献立は基本、豆と野菜の煮物だ。僅かではあるが魚や肉の切れっぱしも入る。身体を使っているのだ、栄養は十分に取る必要がある。新鮮な材料を使ったシンプルな料理で、味は悪くない、腹は膨れるし身体も温まる。問題は飯を食う連中がどいつもこいつもむさくるしいという部分だけだ。ここに潤いはほとんどない。
食事当番の面々は、それぞれの隊へ大鍋を渡してゆく。昼食を待ちかねていた腹を空かせた男どもがどこの男子校だというようなすっぱい感じの汗もそのままに、自分の椀を持って駆け寄り始める。
鍋ひとつが十人の隊に割り当てられる。割り当てられた鍋に対し、ここでどのような手腕を発揮するのかによって隊長の価値が図られるといっても過言ではない。料理に一家言ある者なら、自分の隊で保管している食材や調味料を使い、塩を足したり香草を加えたりして最終調整を行っている。若年層に優しい隊長ならば年少者から食事を注いでゆくし、能力主義の隊長は本日の訓練や労働の成果に見合ったように配給する。
バルドルはというと「大盛りでっ、大盛りで頼む!」とヴァーリに声をかけていた。どうやらここの隊は隊長の手腕は発揮されないようだ。お前は本当に人望のある頭なのかと思わず心の中で突っ込んだ。しかし前にバルドルに聞いたところによると「俺がやると汁を大量にこぼすんで不評なんだ」と言っていたな、自分の得手不得手は理解し、人にゆだねるとう俺への助言は、自身が行っているからこそ出来るとみなせば、やはり大物なのかもしれない。今は餌を待ってる大型犬だけど。そう思っているとバルドルから声がかかった。
「おう、オマエもこっち来いよ、一緒に食おうぜ!」
「いいのか? 取り分が減るぞ」
「その分は夕飯時の手土産で取り返すさ、なあみんな!」
にやりと笑って返した返答は、バルドルの丁々八丁の会話で混ぜっ返され、周囲からどっと笑い声を上げさせた。軽やかな笑い声が呼び水となり、次々と戦士たちから声が上がる。
「継手殿ともなれば、社の食料庫から干し魚や干し肉をちょろまかすことも簡単でしょう! 今夜はご馳走ですな!」
「馬鹿いえ、ちょろまかす必要なんかある訳ねえ、ひとこと『所望する』と口にすれば、ずらりと貢物が並べられるのさ」
「そういえば、香草と薬草が足りなかったです」
「山社、海社の女官たちが、ずらり勢揃いで戦勝祝いを上納しに来たのでしょ?」
「あ、その噂おれも聞いた―」
「いいなー、よろしく願いしまーす」
お前ら、俺をどんな風に見ているんだ。代表者が権限を私的に行使し、それで皆の信頼が得られるものか。そもそも俺がそんなに異性に縁がある男に見えるとしたら、とんだお笑い草だ。こっちは女日照りで飢え乾きそうな有様だぞ、二股になった木の切り株にすら思わず欲情しそうになるほどに飢えているんだよ! 貢物の分け前が欲しいならバルドルにでも言いやがれ、あの野郎また頬を染め上げた村娘から雉肉の差し入れを受けていやがった。まぁ既に俺たちでそのご相伴には与った訳だが。なあバルドル、あの後、娘さんにちゃんとお返しはしたのだろうな?
「何の話だ?」
木匙を口を含んだまま、上目だけで答えるバルドルに俺は唖然として口を開けっぱなしのまま固まった。お前、異性から贈り物をもらっておきながらそのノーリアクションは無いだろう、と思ったのだが、俺の忠告が口から出る前に若い戦士たちから声が上がる。
「継手殿の精錬潔白さは充分に承知しております。……でも、手に入るんでしょ?」
「海社から、干し貝の貢物いーっぱいもらってきたと頭に聞きやしたー」
「ぜひ、ご相伴に与りたく」
「食いたいですー」
フレイたちの手土産のことか? スュンとシェヴンが二人がかりで運び込んでくれたあの木箱、確かに干し鮑みたいなものがびっしり詰まっていたようだったが、あれは丸ごと山社の庫裡に放り込んだぞ。
「なんでー!?」
貴重な保存食だからだよ! わかったよ、今夜にでも少し持って行くよ、この飯のお礼だ、ニョルズの料理の腕に感謝するんだな。
「ありがとやんしたー!!」
っておい、俺の飯は?
「誰か―、椀を貸してやれ―」
「じゃあ食い終わりましたら」
「それじゃ鍋が空になるだろ」
「ちがいねぇ」
青空の下、男どもの馬鹿話が花盛りだった。
☆☆☆☆☆
「しかし、解せない」
「何だよ、飯時に深刻そうに」
ひととおり皆の食事が終わり、遅れて食事をする俺と、いつまでも食っているバルドルだけが鍋の近くに残っていた。あと給仕役のニョルズも傍に居てくれた。俺はここ数日ずっと考えてきたことを口にしていた。
「敵の兵士の数を考えていた、どう考えても多すぎる」
「確かに大勢だったな、でかい敵だ、次も全て蹴散らしてやろうぜ」
血気盛んなバルドルは闘志を漲らせている。こいつにとって敵が強く強大であることは、励みにこそなれ恐れにはつながらないのだろう、羨ましく、またありがたく思う。バルドルが恐れを見せないからこそ戦士たちは皆安心して奮い立ってくれているのだ。しかし今の話題の問題点はそこじゃあないんだ。
「大勢すぎるんだ。都の規模と配下にした村や里、明確な人口数や世代構成比は分からないが、それでも兵士として徴用する若い男の数が多すぎる気がする。これでは共同体としての労働生産人口が賄えない」
「……オマエの口にする言葉、時々わからねぇものが多すぎだ。つまりなんだ、簡潔に言え」
「敵国は兵士の数を揃えるために、里から若者を根こそぎ奪っているとしか思えない」
「そうだな」
バルドルは食事の手を止め、少し虚空を見た。
「オマエ覚えているか? イトゥンと三人で行ったあの里、名前もよく分からない場所の……」
「山々を越えて言った里だな、確か『見晴らし岩の里』と呼ばれていたか、食料支援をするまで分からなかったが」
「あの里に、若い男がいたかよ?」
「確かに居なかった、ほとんど居ないと言っていい状態だった」
「そういうこったろ」
「しかしそれでは果国は『収奪をし続けなければ成り立たない』国家と言うことになる、そんな不完全な……」
「なあ、オマエ。」
バルドルは俺に向き直って言った。
「オマエは頭がいい、いろんなことを知っていて理解できる。だから俺の感じていることを言っておくぜ」
俺は僅かなプライドを刺激されながら黙ってバルドルの言葉を待った。
「なあ、完全なモノってどこにあるよ? 人で里でも、完全無欠なヤツがどこにいるってんだ? いつだって何だって不完全なのは当然だろう?」
バルドルの視点は、本当に簡潔であり明確だ。そうだ、この世界の全ては不完全だ、だからお互いを補っているに違いない。果国という存在に足りないものを俺たちが補ってやろうじゃないか。
「バルドル、ひとつ提案がある。手伝ってくれるか」
「よしきた、任せろ」
内容も聞かずにバルドルは承諾してきた。残りの飯を掻き込むヤツに、俺は己に足りないものを確かに見つめていた。