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第40話:戦の跡、その後。

【40】


 意識が覚醒してゆく。久々にぐっすりと満たされた眠りを終えたという感覚を抱いて目を開いた。

 まだ意識はまどろんでいる。ここ数日、ずっと砦の最終施工段階のため早朝から夕暮れまで指揮を取っていた。そして日が暮れてからは自らの思考の奥に入り込んで考察を続けていた、どうすれば効率的になるのか、どうすれば攻めがたくなるのか。理想と現実、実際の自然構造と加工する者たちの手間と労苦、常にその折り合いを付け続けねばならなかった。

 そうやってくたくたになった肉体と脳を休ませる寝床は、無邪気で粗野な戦士たちとの雑魚寝状態であった。どいつもこいつも細マッチョ、戦士階級を示す長髪の結い上げ髪、短髪なのは俺とバルドルだけだ。脂臭く男臭い。砦の休息所となる小部屋は体育会系の更衣室か夏合宿中の体育館のように汗臭く、目にも鼻にも優しくない空間であった。とにかくお前らは足が臭いから寝る前にきちんと洗って来いよと何度言ったことか。そんな日々だったのだ。

 それに比べ、今朝はとても心地よい。いい香りがする。朝餉あさげの匂いとも違う。少し柑橘のような、甘いミルクのような香りだ、なんだろう? 鼻先を干し草につっこんで「ああ、いま何か生まれている感じ」という命の匂いにも似た、日向と平和を連想させる香りだ。大好きだ。くんくんくんと俺は意識をまどろませながら数回鼻から深呼吸をした。うん、もう少し嗅いでいたい、童心に戻りた……ちいさな黒髪の頭が俺の顎に当たっていた。


 意識が覚醒した。


 心臓が、どくんっ、と跳ね上がった。今の鼓動は明らかに血管に過負荷をかけた、胸が、痛いぞ。俺の胸の中で、何かがまるで抱き枕のようにすっぽりと収まっている。肌と肌がぴったり貼り付き汗ばんで、蒸れる。汗の湿りが皮膚と皮膚とを溶け合わせて、その境界線が曖昧になっているような感覚すらある、蕩けるような気持ちだ。自分の身体の一部が柔らかで華奢でぐにゃりでくたりでしっとりで甘い疼きを持つものと同化しているような錯覚――イトゥンだった。

 俺は部屋の片隅で、壁に背中に当てて眠り込んでいた。そして俺に寄り添う様に、俺を壁に追い詰めるようにイトゥンがぴったりくっついて寝息を立てていた。俺たちの身体には布が掛けられていたが、その布は肩口でくしゃくしゃに丸まりマフラーのようになって首と肩を覆っているだけだった、なんて寝相だ。どれだけ蠢いたらこうなる。そしてむき出しになった俺の腹と腰に、イトゥンの腰と脚が絡まっていた、暖かい。そしてそれは丸見えだった、ケツのあたりがスース―する。

 俺はそっと身体を抜いた。

 イトゥンの肩口を押さえ、俺の寝ていた場所には丸まった布を押し込んでイトゥンを支えた。なんでコイツはこうも始終裸なんだ! ボンチョの位置のような形で毛布がかかり、なんだろうこの倒錯したテルテル坊主は。下半身が丸見えじゃないか。何か嫌な降雨祈願の術でもおっぱじめるつもりなのか。俺は残った掛け布を広げイトゥンの身体に掛けた。そして自分の着衣を探した、何で俺も裸なんだ? 俺の着衣は部屋の片隅で綺麗に折りたたまれていた、俺の畳み方と違う。イトゥンが寝入った俺の衣類を剥いだのだろうか? いらん気遣いをする子だと思う。まあ、寝汗で濡れてなくてありがたくはあった。

 そして、息を殺して部屋を抜けた。外気は少しだけ涼しく、深呼吸すると寝汗でぬめる額を手の甲で拭い、衣類の裾でこすり付けた。良い天気だ、今日も暑くなる、さっさと冷水を浴びて寝汗を流し、いろいろな感覚と身体に籠る熱を流し去ろう。俺は肩掛け布を腰に当ててぺっぴり腰で泉に向かって歩き出した。



☆☆☆☆☆



 峠での死者は六名、大きな怪我を負ったものが十二名だった。

 浜での死者は戦士で十九名、村人で十四名。行方不明者が八名だった。怪我人は大小含めれば百名を超えていた。


 俺たちは亡くなった者の埋葬をした、まともに死体が残っている者はそれぞれの里の風習に従って処置をされ、社に繋がる集団墓地へと埋葬されるのが習わしらしい。まともに死体が残っていない者、行方不明となった者については彼らが愛用していた品を埋葬することで代用となった。

 それはとても気の滅入る作業であったが、彼らの貢献と、また残された親しい者たちの心情を推し量ると、とてもそのような言葉で言い表して良いものでは到底ありえない。誰も彼も、全て俺の采配不足による被害だ。その息苦しさや重苦しさを飲み込むることも俺の仕事であり役割なのだ。

 だからこそ、それを伝える相手はいない。俺はただ黙って彼らの埋葬に同行し、土のひとかけらを盛った。膝を土だらけにして、両の手を泥だらけにして涙を流す家族を前に、俺の悼んだ心情なぞ本当に一握りの重さしかないと実感した。魂の慟哭と呼べるような、傷ましい嗚咽と悲鳴と嘆きがいつまでも耳の奥に残った。俺は無力だった。


 気持ちが滅入るとともに手間をかけることになったのは捕虜の扱いについてだった。

 海社の里を襲った兵士たちで捕虜としたのは百名を超えており、捕虜とした際に既に重傷だったため、その後息を引き取った者が三十名ほど、ほとんどの者は俺がヒトガタで吹き飛ばし踏みつぶした時に怪我をした者だ。骨が折れ、肉が割れ、傷口が化膿した結果死んだのだ、失血性ショックで息を引き取った者も大勢いただろう。彼らの治療までは手が回らず後回しになっていたのも理由になる。仕方がない、トリアージをするまでも無く、俺たちには俺たちなりの優先順位があった。

 しかし結果として、怪我が少ないまま投降をした者も相当数残ったのだ、彼らをどう扱うかが、今後の里の方針と運営に直接関わってくるはずだ。


 ひとまず適当な家屋に閉じ込めはしたが、まさかずっとそのまま監禁し飢え死にさせる訳にもいかない。かといってただ飯を喰わせる云われも余裕もこの里には無く、ひとまず彼らを二人一組で縄紐でがっちりと繋ぎ行動を制限させ、三組セットで肉体労働に駆り立てることとした。まずは自身を閉じ込める檻や仮住居を作らせ、倒壊した家屋の立て直しと修繕、資材の運搬、穴掘り、柵の増強などにあてることにした。しばらくの間、彼らは牛馬の扱いだ。家畜の数は決して多くなく、また貴重なものであり、体調管理に気を配ったり休ませる必要もある訳だが、捕虜であり人である彼らならば数も多く、体調管理も容易といえた。

 しかしやはりこのような扱いをずっと続ける訳にはいかない。俺たちは捕虜から代表者を幾人か選びだし、彼ら代表者に彼ら自身の管理監督の一部を行わせ、また恭順の意志を示し、働きの良い者については、まず三年を目途に開放することを約束する体勢を整えた。もちろんその審査は厳しくした。

 捕虜を十二名一組の数珠繋ぎにして山社へ一度連れて行く、そこで六名一組の面談を繰り返したのだ。


「我が里を脅かしたオマエたちに告げる! これから処遇を決めるための問答を行う、素直に答えよ!」


 里の戦士がそう告げた。

 捕虜たちは社前の広場、それぞれ腰を繋がれたまま土の上に直接座らされている、頭上からの怒鳴り声だ。捕虜の正面には社の高床がある。そこに座るのは、身ぎれいな服装に整えた、ユーミル婆さん、イズナ、イトゥン、ヴァール、フレイ、そして俺だ。まるで時代劇のお白洲だ。この配置関係が既に心理的圧迫だ。捕虜の側面と背後にはずらりと戦士が武具を手に複数見張りに立っているし、里の重鎮たちも椅子に腰かけ同席している。そしてここに来るまでにあらゆる里人たちから敵意ある視線にさらされ続けてきたのだ、どんな屈強な捕虜であろうと埃と汗にまみれぐったりと憔悴をしているように見えた。


「まず名前と襲撃での役割、生まれた場所を申せ! 虚偽は許されない!」


 声のでかい、強面の戦士二名がこの進行役だ。俺たちには嘘を言われてもその真偽を図る手段はほとんどない、相手を委縮させ自白を吐き出させ、かつ人となり、その能力を推し量るのだ。かなり高圧的で一方的な『密室取り調べ』、悪名高い『圧迫面接』などよりも数十倍悪い問答をこれから行う。間違いなく捕虜待遇は人道的ではない。しかしそれでも無差別に野放図に肉体的危害は加えさせはしなかった。私刑リンチだか死刑リンチだか知らないが、やる前に一定の手順は必要なはずだ。共同体の掟は常にある。

 戦士の声で委縮した捕虜たちは、おどおどとした態度で、また小さくつぶやくような声で答え始める。


「所属って言っても……果の兵士、南遠征の二番隊、槍持ちだったよ。大谷おおだにの里で生まれた……」

「漕ぎ手として参加してた、南遠征の六番隊、短刀を使ってた。生まれは平山ひらやまの里で……」

「四番隊、剣を持って戦った、海浜沿いの金色岩の里出身だ」


 ここ数日、倒れた家屋の復旧や資材の運搬で疲れ果て、また気の休まる時間が持てなかった捕虜たちのほとんどは気力も萎え果てている様子で応対を始める。気力が残っていても腹は減り、喉は枯れ果てていることだろう。食事は一日二回、それも俺たちの食事の残りで作った粥を与える程度でしか、与える余裕がなかったのだ。

 進行役が再び口上を述べる。


「聞こえぬぞ! もう一度!」

「この里を襲った理由を示せ! 何をしたのか語るべし!」


 威圧し続ける。「オレらは食い詰めて」「故郷が襲われたんだ」「里ごと配下になった」かつてイトゥンが果国の兵士たちの心を読み、予想していたとおりの回答が迸る。かつては彼らも「襲われた側」であったようだ、果国はそんな彼らを組み込んで雑兵として運用をしている。


 兵士の大多数は「俺は命令されたからっ、他にどうしろっていうんだよ!」と泣き言半分の感情をぶつけてきた。そしてそのうち半分は「死にたくねぇ! 助けてくれ!」と命乞いの懇願へと繋がっていった。涙を流し、鼻水を流し、髪をかきむしり地面を叩く者が出てくる。ごく一部、十人に一人か、二十人に一人程度、きつい視線を向けて、口数少なめに堂々と答える者もいた。俺たちは進行役が厳しく彼らを問い詰め、吐き出させる言葉を観察し続けた。そして最後近くになると質問をぶつけるのだ。

 ユーミル婆さんが口を開く。


「お前たちの境遇はよぉく分かった。そう泣くな嘆くな、悪さを重ねるような真似をお主ら行わぬ限り、命を奪うようなことはせんよ。ただ聞かせてくれんか、お前さん、この里を襲う前は何をしてた? ――そうじゃな三番目のお前から聞こうかの」


「漁師だ」「牛馬を扱っていた」「畑を耕していたよ」「山猟を」「組頭をしていた」


 婆さんが重ねて声を聞いたものは、まずそういった気骨のあるように見えた者たちだった。目に光があり、力があり、幾人かには剣呑な意志が見え隠れもした、「寝首をかかれそうだな」そういう印象を持つ者すらいた。強く、強靭ということは、そういうことだ。しかし俺たちの里は既に大きな痛手を被っている。使える人材、使える手立ては全てやらねばならない。特に生産力の落ち込みは痛いのだ。うまく更生させることが出来れば、更生は無理でも彼らを労働力に組み込むことは必要だ。そうすることで、活路も見いだせるかもしれないと思った。しかしそのような現実と感情はまた別でもある。この面談をする前、最中、した後で、問いかけ続ける声は止まない。


「許されるのですか?」

「カレらは里を襲い、我らの仲間を、家族を殺めたのですぞ」


 バルドルをはじめとする里の有力者たちは納得が行っていないようであった。俺は答えた。


「捕虜を雑多には扱えない、それに手間だ。まずは捕虜を取りまとめる者を決める必要はある、戦士隊と一緒だ。代表者を決め、責任を持たせる」

「ソレはいいんだけどよ、その先だ。――許すのかよ?」


 俺はよそ者だ、この里で生まれた者ではない。そのよそ者がよそ者を増やそうという提案と行為を行うのだ、当然反発は大きくなるはずだった。しかしそこで、その質問に対し矢面に立って返答してくれたのは、やはりというかユーミルの婆さんだった。


「いつかは許さねばならぬ、それでなければ我々は、他者を排斥するだけの獣となろう」

「ヤツらは里を襲ったんだ、獣同然だぞ?」

「人ならば変わることができるものよ。成長し、変わる。種はいつまでも種でなかろう? 蕾もいつまでも蕾であるはずもなく、花はいつまでも花ではなかろうて」

「良い果実が成るってか?」

「その者と環境次第じゃよ、よい光と風に当て、慈雨も必要じゃな」


 婆さんはにんまり笑って俺たちを煙に巻き、戦士を取りまとめる者、里の有力者たちからの質問をことごとく跳ね除けた。その姿勢は一貫しており「心を入れ替え、役に立つ者ならば受け入れる。害をなす者は冷遇し、また排斥する」というスタイルだった。


 基本的に武を競い、剣槍と拳を交える者同士である戦士たちからの排斥の声は低く、すぐに大人しくなった。彼らは命のやり取りを「誇りある行為」として認識している部分がある、勝ち負け、命を落とすかどうかは「天の意志」や「戦神」が見て決めているという認識が強いようだ。ならば雄々しく戦った者、戦える者ならば受け入れても良いという気風だ。


 釈然としていないのは里長たちのようだ。家屋を破壊され、親しい人の命を奪われた、大怪我を負った者、彼らと親し者たちもいる。荒くれ者として皆に迷惑をかけたりせねばいいが、という危惧だろう。俺としては下手に自由にして破壊工作をされては堪らないという部分と、あまりに粗雑に扱い暴動を起こされては困るという部分、そして生産力や人手の確保の懸念があっり、あまりに思索が多岐に及んで混乱しそうにすらなった。


「逃げているヒトはだめ、考えを閉ざしているヒトもだめ。でも、婆さまの問いかけに対して恥じているヒトもいた。悔しがっていた。なぜ望まぬことを強制され、自分の不幸を広げる真似をさせられたのかと、いま深く思い悩んでいるヒトもいた――」


 イトゥンは心を読む。

 呪力は使っていない、それでも人の心の機微を読むのが得意と言われる評価どおり、彼女の感じた印象の一部ならば俺も理解できた。そしてそれ以上に彼女の診断は適格だった。言われてみれば、幾人かは、歯を食いしばり、唇をかみしめ、拳を握りしめ――怒っていた。それの怒りは俺たちや他者に向けてではなく己に向けているように見えた者も数名いたのだ。彼らなら、彼らなら変われるかもしれない。

 だといい、俺は心の底からそう思った。もう、こんな戦後処理はたくさんなのだ。


 捕虜にしたの兵士には、幾人か果国出身の者もいた。隊長格や、古参の兵士などからは多くの情報が入手できた。彼らは言った。

 果国にはムスペルが八機、ヨトゥンは約五~六十体。ヨトゥンは「生み出され」また早くに「死ぬ」時もあるが、ムスペルは無敵で不死であると聞いているとのことだった。

 果国の本国はここから北にある。もしかしたらやや北北東よりかもしれないが、そこは山岳部高地の湖があり、その麓にクニを拓いている。里とは呼ばずと呼ぶ大きな集落には約四万人から五万人の人が住むという、この世界では大都会に属するだろう。人々の生活用水や排せつ物の処理だけでも一苦労のはずだ。よっぽどシステマティックな社会と建造物で組み上げられているに違いあるまい。

 その都は、周辺の村々を併合しその数は五十を越えている。総動員兵力は一万を軽く越え、現在は各五千人の侵攻・制圧軍を北と南に振り分けているようだ。


 つまりだ、敵の首都人口はこちらの三~四倍、協力か支配かの違いこそあれ傘下に収めた村の数は五倍、兵士の数は侵攻分だけで十倍、全軍合わせると二十倍以上。巨人を一律で計算すると彼我格差は六十対一なのだ。

 状況は明確になった、それを喜ばしいと思うしかない。何にせよ、俺たちは抗わねばならないのだ。

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