第4話:バルドル、不信。
【4】
「で、婆様はオレにこの怪しげな大男と引き合わせて何がしたいんだ?」
あれから俺は小屋から3人と共に出て、森の小道を下り、丘の上の社に来ていた。たぶん社で良いのだろう。どことなく神社のような雰囲気がある、それなりに大きな建物だ。天井は高く、高床式で、これに匹敵する大きさになると、屋敷とか飛騨高山の白川郷とかの合掌造りとかしか思いつかない。後はそうだな……体育館とか?
だだっ広く、天井が高く、風通しがよい、そんな奥まった一角に1段高くなった床があり、草を編んだ敷物が敷いてあった。高くなった場所には3人の女性が座り、その前に2枚敷かれた敷物それぞれに、俺と、先ほど威勢のよい疑念を口にした……若者? でいいのかな、彼が座っている。
俺のことを大男と表現したが、やはりそれは彼が小柄なだけだった。身長は160センチないだろう。小柄ではあるが腕も脚も長く、痩身で姿勢がよいので遠目には小柄に見えなかった、が、彼がこの部屋に入ってきたとき、座ったままでは失礼かなと、立ち上がって目礼をした際に、彼の小柄さに気がついた。
それに本当に身体が細い。
冗談抜きで細かった。男子中学生の手足の伸びる成長期辺で、妙にひょろ長くなる感じになる時期があるのだが、まさしくそんな体型だった。薄っぺらく細い体躯。ダンサーのような細さにも似ているが、筋肉はそのついていなさそう。彼も貫頭衣的なものを着ており、太ももの肉の薄さが見えるからだ。腰紐で絞られた部分も、娘さんたちほどではないにせよやはり細い。
かといって弱々しい感じはまったくなく、堂々と力強い動きをしていたから「もやしっ子」という訳ではないのだろう。新進気鋭の村落リーダー、若長、そんな風情すらある。年齢は十八~十九歳ぐらいかな、それとももう少し若いのかな。
「この者はキトゥトラージローと言う者で、神域を犯した。その処分を決めねばならぬが正直、即急に処分をすれるには惜しい者だと思う。気骨はまっすぐのようであるし、この身体だ。いろいろと役に立ちそうではないか?」
婆さんが面白がるように若者に話しかけている。まるで俺を売りつける奴隷商人のようだ、あながち間違ってなさそうなのが、なお悪い。しかし婆さん、なんか俺の名前が微妙に変わってきてますが、特に発音。
「だからそこで何でオレに聞くんだよ。神域への処分については巫女の領分だろ? 若衆組頭になにを伺いたてるって言うんだ?」
「とぼけるでない、バルドルよ。神域への出入りが知れれば、若衆どもが黙っとるはずがなかろうが」
「まあ、そうだな」
胡坐をかいて座ったまま、バルドルと呼ばれた若者は、ぼりぼりと後頭部をかいた。
「崇め、近寄ることのできないのが神域だ。誰もが望みながら、年に1度の祭りの時以外には、真っ当に入ることは許されない。そのお姿を拝謁し、自らの器量を問いかけることができるのは生涯にそう何度もあることじゃない。そんな場所によそ者が、のこのこ入ったと聞けば、まあ、殴る蹴るだけじゃすまなかろうよ」
「お前さんがたの言うお姿というのは、御使い様かね、巫女かね」
「知るか。あえていうなら両方だよ、このオレでさえ、こうしてここに足を運ぶたびに仲間にはやっかまれるんだ」
「ほう、そんなに羨まれる立場かね」
婆さんがちらりちらりと俺のほうを見ながらバルドルの言葉に重ねた。なにが言いたい婆さん。
「で、回りくどいのはいいから要件を言えよ」
「この者を、若衆で使えそうかね?」
婆さんは共犯者を募るようにバルドルに問いかけた。
「それそこ知るか。たったいま顔を合わせたばかりだぞ、声すら聞いてない相手のなにを評価しろっていうんだ」
俺は、婆さん方3人からバルドルと呼ばれた若者の方に座ったまま身体を向けなおし、時代劇のイメージで、胡坐をかいたまま頭を下げた。
「私は道に迷っています。自宅に帰りたいと願っていますが、正直ここがどこであるか理解しておりません。ひとまず里をご案内いただき、この場所を確認させていただけたら、帰れるかどうかの判断ができると思います。そのうえで、すぐに帰れぬとわかりました場合には、しばらくこの里の方々の好意にすがりご厄介をさせていただければ助かります」
一気に言った。
「神域のことは黙ってりゃいいんだろ。問題は怪しげなお前が何をなせるか、何ができるか次第だろうさ。」
「置いていただけるなら、誠心誠意、力の限り、里のお力になれるよう尽力します。もしかしたら私の知識が役に立つかもしれません」
婆さんは面白そうにこちらを見ている。娘さんたちも同様だ。イトゥンは「御使い様はそんなことをしなくていい」とつぶやいた。
バルドルは、渋面という表情を作りイトゥンを見て、それから俺をじろりと睨んだ後、口を開いた。
「知識? その身体で、槍でも弓でもなく、術者だとでも言うのか? それに御使い様ってなんだ、イトゥンをどんな風にたぶらかしたんだ?」
まいったな、そんな風な援護射撃が来ると思わなかった。そもそもよく分からない単語が出てきたから、下手なことを言うと後で「嘘つき」呼ばわりされそうだ。信頼を得なくてはならない段階なのだから、それはまずい。
知識についてすら、正直、自信はない。ただおそらく、ここの人たちの科学的知識は低そうだから、そこで「貢献できるかもしれない」という程度のものだ。即興の具体的な技術をこの場で俺が持っていると証明することも難しいし……。
不安を覚えながらも、それを表情に出すことは止めた。相手から信頼を得るために話しているのに、自分自身が自分を信頼している様子がなかったら説得なぞは絶対に無理だからだ。先ほど婆さんが言っていた「皆を説得して見せろ」というものの第一段階がまずこの青年なんだ。
「私は彼女の言う『御使い様』というものが何であるか知りません。ゆえに自分自身が御使いであるか否かを言うことはできず、彼女の見立ての理由も分かりません。しかし、この里においていただけるのでしたら、里に害をなすことは行わないと誓います」
「神域を犯し、巫女の前に姿を出し、その身体で槍も弓も表に出さないこと事態が既に迷惑だ」
いかん、なんか説得に失敗しそうだ。
2013.05.28
誤:信州白川郷
正:飛騨高山の白川郷